第四百二十五幕 肉体活用
「行くよ」
「……!」
踏み込み、加速。大地を砕いて私の眼前にやって来た。
とんでもなく肥大化した筋肉なのになんてスピード。動きが遅い物かと思っていたけどこの見た目でバランスが良いんだ……!
「“ドングリマシンガン”!」
「そんな豆鉄砲じゃ、私の筋肉には傷一つ付けられないよ」
牽制を兼ねた弾を乱射。しかし相手は正面から受けながら直進し、その巨腕を振りかざした。
「ほら!」
「“樹壁”!」
拳の着地点に樹の防壁を張って防御。ミシミシと押されるけど、守り切る事には成功したみたい。
「流石に鋼鉄よりかは遥かに頑丈か。私の筋肉でもまだ山河を砕く事は出来ないからね」
「…………」
という事は同じ肉体戦闘が中心のラトマさんやダクさんよりは劣っているみたい。
それならまだ何とかなるかもしれない。
「“反射槍”!」
「おおっ、防御を転じて槍に変換。これは刺さると痛いね」
防壁から槍を放ってカウンターの一撃。だけど強靭な筋肉には突き刺さらず、相手を弾くだけに留めた。
本当に頑丈な肉体してるね……。
「“降下樹木”!」
「次は上から押し潰すか。けど、そう簡単には潰されないよ」
大木を落とし、山の一角を陥没させて粉塵を巻き上げた。
山ごと沈めたけど、あの自信。多分まだ倒せてない。
「確かに重い。威力も高い。だけど私の筋肉には届かない」
「……!」
樹木を持ち上げ、引き千切って放り投げた。
直接拳で粉砕する事は出来なくてもこれくらいの芸当は可能みたい。と言うか単純にこの人の体がとてつもなく硬いって事だよね。
「“樹拳”!」
「透かさず追撃。セオリーに従っているね」
投げると同時に相手へ今一度樹の拳を打ち付ける。
その体を吹き飛ばし、背後から大量の植物を生成。それら全てを硬質化させ、鋭利な形で固定。鋼鉄並みのトゲの中へ突っ込ませた。
「刺さるね。チクチクするよ」
「その程度なんですね……」
勢いよく鋼鉄のトゲに打ち当たってもチクチクする程度。攻撃力は低いけど、防御力が凄まじい……ううん、攻撃も強いとは思うよ。でも私の攻撃を砕ける訳じゃない。避ける必要性を感じてないからかもしれないけど、全部正面から受けてるもんね。
少なくとも今ある情報じゃ、ちょっとした攻撃じゃビクともしない肉体。硬質化させた植物を粉砕する破壊力は無いけど、とても硬い。それくらいかな。
「次は私の番だ」
「……!」
動きも遅くはない。でも高く見積もって百キロ以上、二百キロ未満。本当に防御の特化型って感じ。
全部自業自得とは言え、いつ何時命を狙われるか分からない立場。そうならない為に鍛えたからとても硬いんだ。
「はあ!」
「“守護樹木”!」
拳が打ち付けられ、植物の守護壁でガード。少し押されるけど耐えられない範疇ではなく、防御自体は崩されない。
鍛えるに連れて筋力も高まっていると思うけど、やっぱり防御特化だから魔力やそれに準ずる力の行く末は耐久方面みたいだね。
「だったら!」
「植物が絡まってくるね」
相手の全身を植物で覆い、そのまま締め付ける。
相手は持ち前の肉体で解こうと試みるもこの植物は柔軟性と耐久性を高めた代物。常人や鍛えた人よりは高い身体能力でも引き千切れない。
一先ずこれで無力化には成功したかな?
「フム、身動きが取れない。そしてこの頑丈で柔軟性もある植物から抜け出すのも一苦労……仕方無い。奥の手を使おうか」
「……!」
瞬間、相手の魔力が大きく動いたような気配を感じた。
筋肉の鼓動ともまた違う魔力の動き。奥の手って言っていたよね。それは阻止した方が良い……!
一瞬でその思考を巡らせ、植物を一点に込める。同時に打ち付け、相手の体へ叩き込んだ。
「良い判断だ。でも一瞬の思考で間に合わなかったね。私が口に出して言う時は既にある程度の準備をしておくというもの。エンターテイメントなら兎も角、言葉にした事で阻止されたらマヌケもいいところだろう」
「……!」
そして、私の攻撃は不発に終わった事を理解した。
植物の拘束から抜け出し、樹の上に立つボスへ視線を向ける。
「奥の手と言っても大した事じゃない。単純に筋力強化以外にも魔導の一種を使えると言うだけ。頑丈な植物であっても必ず耐久力の薄い所はある。そこに集中させただけさ」
「説明どうも……」
魔力の一点集中で突破した。それだけの事。よくある方法。本人が言うように、奥の手と言っても大層な技術とは違うね。
だったらそれが出来ないくらいの拘束力があればやれそうだけど、一度受けた技は警戒するタイプの人。まあ大抵はそうなんだけど、裏組織のボスなだけあってより警戒心は強そう。二度は同じ手を食わないかな。
「“炎樹拳”!」
「……!」
それでもやるしかないけどね。
逃がすのも負けるのも不利益しか与えられない。倒すしか選択肢は無いから!
樹の拳に炎を込め、燃え盛る巨腕を打ち放つ。相手は両手を交差させてガードの体勢に入り、そのまま焼かれながら植物の中を吹き飛ぶ。
いくら肉体が頑丈でも熱によるダメージは及ぶ。それに加えて重い衝撃を与えたんだから少しは効いて貰わなくちゃ困るよね。
「“追撃樹林”!」
そしてそれだけには留めない。
無数の植物を生やして放ち、それらによる追撃を執り行う。
単純な打撃は効き難い。なので一つ一つに延焼効果を付与する。これで更なるダメージが及び、あの防御も貫通する筈。
「効くけど、まだ耐えられる。私の筋肉ならね!」
「……!」
燃え盛る植物を振り払い、私の元に駆け寄ってくる筋肉の塊。
ちょっとした恐怖映像だけど、姿は見切れる。このままの勢いを利用して打ち倒す!
「そら!」
「“棘樹拳”!」
鋭利な拳を作り出し、相手の拳と正面衝突を起こす。
その衝撃で砂は舞い上がり、互いに押し合う形となる。
「“縄の樹”!」
「おっと、そうはいかない」
その隙に今一度拘束を狙ってみたけど躱される。相手はまた拳を構え、次の刹那に眼前に放った。
「さっきより速い……!」
「これも防ぐか。数メートル先からの高速パンチだったんだけどね」
筋肉による向上だけじゃなく、おそらく魔力付与した事による能力上昇の拳。
それによって反応は少し遅れるけど何とか受け止め、互いに弾かれるよう距離を置く。
速いし重いけど、ラトマさんとかダクさんとかバロンさんとか、それ以上の実力者とは何度か戦っている。なのでまだ余力は残っているよ。
『オオオオォォォォォ……』
『カッ──!』
「おっと、気付けば部下達が全滅だ」
そのタイミングで部下達の相手をしていたジャイアントゴーレムとリルさんが加勢。もう部下は一人残らず意識を奪って拘束したみたい。
状況的には有利だけど、相手からもまだ余裕の面持ちは崩れていない。それに、始末屋の方も気になるね。ボルカちゃん、大丈夫かな。
*****
「まだまだァ! そらよっと! オラァ!」
「よく回る口だ」
炎で加速し、相手も加速して互いに打ち合う。
始末屋の武器はナイフ一本。まあ、身体中に隠し持ってるだろうから目安でしかないな。
アタシも炎剣で対応し、鬩ぎ合いを繰り広げていた。流石は裏家業の始末屋だけあって身の塾しが常人離れしてるぜ。
「まだまだ行くッスよ! “火球連弾”!」
「……」
両手から火球を放って撃ち込み、それらを始末屋は回避していく。
木陰やゴミ山の中。一撃の度に姿を眩ませ、翻弄するように仕掛けてくる。
気配も追ってんだけど、その気配の消し方もプロらしく上手いからな。比較的安全な空から爆撃を放つくらいしか対策のしようがねえぜ。
「……」
「おっと、やっぱ何かあった」
小さな針のような物が死角から飛んでくる。多分致死性の猛毒仕込みとかそんなところだろう。
そう言った事柄への対策はもちろん施しており、全身を魔力で覆って防ぐようにしている。ルミエル先輩がやっていた技だな。先輩レベルには遠く及ばないけど、参考にさせて貰ったぜ。
小さな針とかちょっとした弾丸くらいなら防げる防御力はある。
「………」
「本当に静かな攻めだな~」
ササッ……と素早く動き回り、複数のナイフが飛んできた。
投げナイフも常備してるか。先端には毒が塗ってあるし、魔力強化で貫通力を高めている。物が大きいから何とか躱せたけど、アタシの即席防御膜は突き破られちまうな。
「まずは一気に焼き払うか!」
「……!」
両手に魔力を込め、地上目掛けて轟炎を撃ち込む。
ティーナが作り出した植物や元々あったゴミ山も燃え盛り、始末屋を文字通り炙り出す。
「ティーナ程じゃないけど、アタシも結構やるんだぜ! “フレイムバーン”!」
「…………」
更なる特大の炎を放ち、半径数百メートルを火の海に変えた。
ティーナ達からは高速移動で結構離れたし、みんなに届かないギリギリの範囲だ。
「隠れ蓑が無くなりゃ、この明るい空間で姿を把握出来るな!」
「……」
空から下方は見渡せる。それでも上手く紛らわしているけど、ダイバースで多くの経験を積んだアタシはその姿がよく見えた。
隠れそうな場所。相手の思考、行動。その全てをブラフに用いる可能性。相手はプロだ。どんな事をしてくるか分からないし、下手に降りず安全圏から狙うに限る。
「“フレイムレーザー”!」
「……ッ!」
その瞬間、的確に肩を貫いた。
両利きだろうけど、それでも片腕の損傷は戦闘に置いて不利。まあ損傷して動きが鈍くならない箇所を探す方が難しいけどな。
何はともあれ、まともな一撃を与える事が出来た。一瞬の怯みだけで動揺も見せず動きが止まらないのは流石だけど、ダメージが無い訳じゃない。アタシは空中から後を追い、全方位に警戒して追跡する。
「……」
「やっぱな……!」
その時、アタシの周りから無数の武器が放たれた。
これは罠。罠のある場所に誘導する事で仕掛けようって魂胆だろう。そしてこの罠自体は防がれる前提の囮。お望み通り炎で焼き消し、一瞬だけ視界を眩ませた。
「終わりだ」
「それも予想通り!」
「………」
そしていつの間にか死角に回り込んでいる始末屋。
潜入潜伏はお手の物。それを生業にしている訳だからな。向こうで棒立ちしている始末屋はその場のゴミを集めて即席で作り出した偽物。精巧だけど、アタシには生き物の気配が読める。あれからは呼吸も何も感じないんだ。
それと同時に死角の始末屋に向け、炎で加速した蹴りを打ち付ける。それを受け、アタシはハッとした。
「……!」
「……」
これも偽物。いや、厳密に言えば近くに本物は居る。囮の囮を使い、自分自身の気配も紛らわせて確実な一撃を狙ったんだ。
「お前のような奴とは、何度も戦った事がある。もう終わりだ」
「…………」
言い終える頃には即死の猛毒が塗ってあるナイスを一番毒の通りやすい箇所に突き付けられていた。流石だな。わざわざご託は言わず、勝ちを確信した時にだけ流暢に話す。
やっぱプロは違うぜ……アタシがアタシを──信じ過ぎなくて良かった。
「ちょっと苦しいけど……これで良い……!」
「……!?」
そして初めて始末屋の表情が歪んだ気がした。
何故かって? それはアタシが何処にナイフを刺されるか予想し、皮膚を突き破って体内に侵入される瞬間にアタシ自身を発火させたからだ。
「“延焼血爆炎”!」
「コイツ……自らを……!」
「魔力は体内を流れるよな……アタシは魔力を変換する魔導も使えるんだよ!」
「それは自爆に等しい行為だぞ……!?」
「大丈夫だ。開いた傷は即座に焼いて固める……その後に炎で応急処置だ。超痛いけどな……!」
体内を流れる魔力。それを表に出さず爆炎に変換させ、突き破った瞬間に爆裂した。
これは時限式の仕込み。つまり仮にさっきので相手を倒せていたとしても遂行していた。その場合は皮膚の通り道が無く、そのまま体内で暴発しちまうからな。ちゃんと殺しに来てくれたお陰で成功したぜ。
流石の始末屋も超至近距離の爆発は躱し切れずまともに食らい、アタシは更に魔力を込めて念入りにトドメを刺す。
「今度こそ! 終わらせた!」
「──」
宣言してからトドメを刺したんじゃプロには殺られる。だからこそ、確実に意識を奪った後で宣言。
炎で加速した拳を頬に打ち付けて吹き飛ばし、着弾地点にはクレーターが形成される。
至近距離の爆発に高速の炎パンチ。ちょっとやり過ぎかもしれないけど、ダメージ耐性は高いだろうからな。より確実性が重視される。
そのクレーターを炎のドームで囲い、完了。
「……っ……やっぱ……自爆技はキツイな……」
意識が飛び掛ける。
なので炎のドームは永続的な魔導に変換。これで暫くは消えない。アタシは此処で気を失うけど、部下達の気配は兎も角、動く様子は無い。向こうも残すはボスだけにしたみたいだ。
アタシと始末屋の戦闘。それは自爆で相手を巻き込む事によってアタシが勝利を収めた……これって普通の旅行だった筈だよな……?




