第四百二十三幕 現れた者
ガサガサと茂みから聞こえた物音。既に服も着替えたし、万全の状態で警戒している。
だけどこの気配、何処かで……。
『む? ティーナ・ロスト・ルミナスとボルカ・フレム。珍しい場所で拠点を張っているな』
「リ、リルさん!?」
「道理で……こんなに近付かれるまで気付かなかった訳だよ……」
昼間にも会ったフェンリルのリルさんだった。
珍しいと言うのは此方のセリフだよ……。
「どうしてまたこんな所に……今はある程度綺麗にしましたけど、本来は誰も寄り付かないような場所なんですけど」
「そうッスよ~。特にさっきまでゴミ山だったんで鼻の良いリルさんにとっちゃ大変じゃないスか?」
『そんな状態にあったのか。いや、此処に来るのは初でな。バイトが終わり、時間が出来たから野山を駆け巡り鍛練していたのだ。ダイバースは続けているからな。休みはない』
「そう言うことでしたか」
努力家だね。リルさん。ずっと鍛えているんだ
私達も中等部のダイバースは終わったけど、来年は少なくとも私とボルカちゃんは続ける予定だし、定期的に練習はしなきゃね。
そんな感じで偶々通り過ぎただけのリルさん。私達は少し談笑をし、別の気配に意識を向けた。
「これはリルさんの仲間達?」
『ではないな。主らの友でもなかろう』
「アタシ達は二人旅だからな~」
さっきリルさんの気配を追った時、また違う物を感じ取ったの。
数は一人二人じゃない大人数。全員が揃えてこの近くにやって来ている。
またリルさんみたいな知り合いの可能性もあるけど、感じた事の無い気配の流れだから初対面。ダイバースにも出ていないかな。
「取り敢えず身を潜めるか」
「隠れるの?」
「ああ。何となくな。そんな感じがする。女の勘だ」
「勘……まあ私も違和感はあるけど……」
『正しい判断だ。気配は兎も角、奴等の所持している物の匂い……あれはいけ好かぬ。体を壊す香りだ』
リルさんが感じ取った匂い。体を壊す香りって……。
何はともあれ私達は自分の勘を信じて物陰に身を隠す……とは言えそれなりの範囲内からゴミは消したので近場に隠れる場所は無いけど、植物を生成したから文字通りの木陰で息を潜めたよ。
丁度隠れる準備を整えたタイミングで大人数のグループが現れた。間一髪だったね。まだ残っている遠方のゴミ山に向かっていたら間に合わなかったと思う。
「この辺、こんな整ってたか? ゴミだらけの汚ねぇ場所だった気がすんだけど」
「警団も寄り付かねえゴミ山だったから丁度良かったのにな」
「ああ。誰か客でも居るのか? だとしても殺すから別に構わねェが」
「まあそう言うな。此処はあくまで入り口付近。奥の方に向かうぞ」
「そうだよ。我々は殺し屋じゃない。殺しもあくまで手段の一つ。そう簡単に口走るものじゃないさ」
その人達の種族は全員が人間。こんな場所に来るにしては妙に身なりが整っており、何れも悪趣味だけど高級品だった。
それに物騒な事を話しているね。早くこの場から離れた方が良いんだろうけど、何人かは近くに散り散りで見張り役になっている。それも叶わなそう。
必然的にこの人達の後を追う事が一番見つかりにくい状態となってしまった。
「お、この辺は変わらねェな。やっぱ入り口付近でキャンプしてた物好きが居ただけか」
「テントや焚き火の形跡も無ぇしな。少なくとも今は誰も居ねぇみたいだ」
キャンプ用具とかは既に片付けたよ。気配を感じ取った瞬間にボルカちゃんが迅速な行動でね。それが隠れる準備。
なので私達が居た形跡は無い。調理場はほんのり温かかったりまだ食べ物の匂いが残っているかもしれないけど、消臭の植物も取り払ったから近くのゴミ山から臭いが来て誤魔化せると思う。
そうなると次に困るのは鼻の利くリルさん。だけどそれも大丈夫。悪臭だけを消し去る植物のマスクを作ってあげたから支障は無い筈。
聞くつもりは無かったけど、私達はその人達の会話に耳を傾ける事となる。
「それじゃあ話し合いに移ろうか。各所に配ったブツの売れ筋はどんなもんだい?」
「西側は上々だ。大手が買い取って更に広めてくれるとよ」
「南側も問題無い。元より貧困層の多い地域だからな。他人から貰う物を警戒もしねェバカだらけだ」
「北側も難航したが無事に行き渡った。元々彼処は頭のネジが外れた品の無いマフィアやらチームやら組織の巣窟だからな。ヤクの蔓延は早いが、抗争に巻き込まれたりして北チームの命が心配だな。主に俺の」
会話を聞く限り、何かしら、多分絶対に良くない何かを世界中にばら蒔いているみたい。それが勘違いで何の問題も無い物を配っているだけ……って線は今回も無さそう……。
もう一人も成果とやらを話した。
「東側も順調だったが、馬鹿な下部チームが同士討ちをして一斉に捕まっちまった。ったく。売り上げ金はまだ支払い終わってねえってのによ」
「じゃあそいつらには消えて貰うか。直属の始末屋を呼ぶぞ。支払いは死にたてでまだ新鮮な臓物を売り捌く。このままムショで野垂れ死にするか正気になっちまったら此方に被害が被るんでな」
「そう思って呼んであるよ。もう少ししたら来るんじゃないかな」
「「『…………!?』」」
聞いてはいけない事を聞いてしまった。
始末屋。それってつまりアレだよね……命を取る人達……。聞き間違いや双方の勘違いであって欲しいけど、その後に執り行われる後始末の内容から想像通りの事というのは理解出来てしまった。
そんな人達が来ているって……ど、どうしよう。
「……っ」
距離はそんなに離れておらず、周りにも沢山の見張りが居る現在。目配せ以外の伝達方法が無く、私はボルカちゃんを見る。
本人も理解しているらしく、歯を食い縛って思案している様子。何より此処から逃げ出せたとして、始末されちゃう昨日の人達を放っておく訳にもいかない。してはいけない事に手を染めてしまったんだろうけど、やっと他の人の監視下で反省する機会を得られたというのに。
「………」
深入りする事じゃない。決して触れてはいけない。それは理解している。私達の役目じゃない。私刑は犯罪。それも分かっている。だけど……今行動に出なかったら結局後手に回ってしまい、取り返しの付かない事になる。
少なくとも昨日の人達は……でも何が出来るのか。その狭間で思考を巡らせる。だからこそ私達は行動に出れずに───
「──お前達は新顔か?」
「「『………!?』」」
次の瞬間、気配を消して身を潜める私達に話し掛けてくる存在があった。
警戒は高めていた。この状況だから高めない訳がない。その上で気付かない程の潜伏力。“神妖百鬼天照学園”の忍者さんみたいな気配の消し方。
訊ねられたのと同じタイミングでボルカちゃんは炎を放出。周囲を焼き尽くす。私はすぐに耐久性のあるマスクを作ってみんなに渡し、一先ず顔を隠す事は出来た。だけど見つかっちゃったね。あの人に発見された時点でこうなるのは時間の問題だったからボルカちゃんの迅速な判断は的確だったね。
「……!? 発火だと……!?」
「発火物でもゴミに紛れてた……? いや……」
「侵入者か!?」
「会話を聞かれた!?」
「来ていたかい。その者達が紛れ込んでいたようだね」
「ええ。背後から近付き、顔は見るよりも前に隠されましたがその声音と身長から中等部から高等部の女。一匹は見ての通り犬科の幻獣・魔物かと」
反応はそれぞれ。大半は立ち上がって驚愕の表情だけど、一人は変わらずふんぞり返りながら粗大ゴミのソファーに座っており、不敵な笑みを浮かべて私達の背後を取った人から情報を与えられていた。
あの言い方、この人が始末屋……ダイバースとかの試合とは違う本物の……。
「さて、目撃者は二人と一匹。まだ発展途上の子供だが……攫っても問題は無いかどうか。立場が分からねば我々に如何様な利益不利益を生じさせるか問題だ」
「売れば良いだろう。こんな辺境に居る奴等なんざ底辺層に決まってる」
「決め付けは良くないよ。夜なのもあり、暗くて見えにくいが整った身なりにも見える。貴族などの上流階級だとしたら厄介だからね」
あの座ってる人、かなり冷静だね。
見られた以上タダで済ますつもりはないんだろうけど、私達の立場を考えて貴族相手だと足が付きやすい事も踏まえた上で行動している。これは手強い……。
本とかでしか読んだ事が無いけど、実在したんだ。裏社会のプロ的な人。しかも昨日捕まえた人達の大元……。
「取り敢えず、一度捕らえてから考えよう。何かスポーツをしているのか、身の塾しが常人より高いようだ」
「指示を。オーナー」
「一先ず生け捕りだ」
「了解」
「どうする……」
「やるしかないな。バリバリの犯罪だけど」
『やれやれ。前科持ちとなってしまうな』
「けどま、逆に考えれば目撃者も犯罪者だけだし、見つからなきゃアタシ達は問題無いんじゃないか? 言わなきゃ無実だ無実」
「それなら私達だけの秘密だね」
『フッ、それは悪くないな』
始末屋は一人。まあそんな大人数で行動しないよね。これも本……それも創作物の知識だけど、暗殺を生業にするなら多人数は殆どあり得ないとか。
それが事実かは分からないので他の始末屋も居るかもしれない可能性は考えておく。そもそも周りにはあの人達の部下が大勢囲んでいるので敵の数自体はとても多い。
私達の旅行……だった筈なんだけど……気付いたらとんでもない事態に巻き込まれちゃった。




