第四百十四幕 開花
代表戦第一試合、私の相手は魔物の国のテュポンさん……と、そんな事を思っているうちに高速の巨腕が放たれた。
私はそれを紙一重で躱し、避けた傍から植物を打ち込んで嗾ける。
植物ともう片方の巨腕が激突して爆発的な衝撃波が放出。曇り掛かった夜の森を大きく揺らした。
『フム、余の腕と渡り合うか。少し面白くなってきた』
「たった一撃受けただけで……!?」
スゴい評価の早さ。今までは本当に一撃で終わっちゃってたって事かな。
それを苦労と言うのかは分からないけど、初めてまともな戦いが成立する相手なのかも。シュティルさんに勧誘された時も勝負には発展しなかったと思うからね。
『盛り上げて参ろうぞ!』
「それは大事だね……!」
更に巨腕が打ち込まれ、植物で逸らすように受け止める。そのまますり抜け、テュポンさんの顔を叩き付けた。
『ほう? 余に攻撃を届かせたか。面白い。益々気分が向上してきたぞ!』
「……!」
文字通り熱くなり、相手は炎を吐き付ける。
その炎は耐火性のある植物で受け止めて防御。周囲に燃え広がって広範囲を炎上させる。そんな炎を突き抜けて巨腕が突き出され、また植物で迎え撃った。
今のところ互角……という程でもないかな。お互いにしている事は単純な力のぶつかり合い。あくまで様子見の領域は抜けず、実力の半分も出していない。
『良いぞ。更に力を上乗せしていこう』
「お手柔らかに……」
また高速の巨腕が放たれ、風を切って突き進む。この一挙一動が凄まじい。威力自体は更に上がっている訳だもんね。
何とか防げるけど、これでも全体的な力の三割にいくかいかないかの瀬戸際。押し合いが成立している時点でテュポンさんはかなり手を抜いているかな。それでもこんなに強いなんて、やっぱり大きさは強さに直結するね。
「“ジャイアントゴーレム”!」
『ほう?』
だから私も大きさで対抗する。
文字通り山並みの巨躯を誇るフォレストゴーレムを生み出し、その巨腕をテュポンさんに押し当てた。
『力による勝負も成立させるか! 良いぞ!』
テンションが高まるテュポンさん。そんな風には見えなかったけど、本来は結構はっちゃけた性格なのかも。
その上で存分に戦えなかったからその鬱憤が溜まって今に至る。それならこのテンションも納得。戦いは好きみたいだからね。
「存分に戦わせてあげよっか……!」
『…………』
片手を支えるテュポンさんに向け、死角となりうる場所から無数の植物を打ち込む。
その全ては集中させた魔力を有しており、強固な岩盤も柔らかいスイーツが如く抉れる威力。それらを全身に受け、テュポンさんは笑みを浮かべていた。
『良いな。鈍っていた事で生じた凝りが解れた』
「……!」
ちょっとしたマッサージにしかならなかったみたい。ますます好調って感じ。
ゴーレムを片手で振り回すように投げ飛ばし、複数の山を粉砕。そこに巨腕を打ち付け貫通させて核を破壊する。その行動と同時に毒を吐き、私の居る場所を埋め尽くす。私は即座に植物で毒素を吸収して呼吸を確保するけど、消し切るよりも前にテュポンさんは熱を込めていた。
『この毒は可燃性だ』
「……!」
炎が放たれ、山よりも大きな範囲を爆発が包み込む。
この威力、周りにも大きな影響が及ぶよね。新しく他の人達が此処に来るかもしれないけど、そうなったら巻き込まれてしまうかも。
「スゴい爆発……」
『あれも耐えるか。面白い。面白いぞ!』
「さっきからずっと楽しんでる……」
より強度のある樹木で私自身を囲んで防御はしたけど、威力は完全に殺し切れなかった。
けれど応急処置は済ませている。でもちょっとヒリヒリするかな。効くね、これ。
「次は私の番だよ……! “樹脚”!」
『今の余よりは大きな脚か』
テュポンさん以上の大きさを誇る脚を作り出し、そのままキック。とても重いけど浮かす事が出来、力に任せて吹き飛ばした。
蹴り飛ばされたテュポンさんは大きな山に激突して粉塵が舞い上がり、次の狙いをその山に定める。
「“樹槍連”!」
無数の木々からなる巨大な槍を複数放ち、粉塵立ち込める山に突き立てる。ズドドドド! と打ち込む音が響き渡り、更に粉塵立ち込め山は崩壊した。
少しはダメージになったら良いんだけどね。
『良いぞ!』
「普通に現れた……」
崩れ落ちた山の中から出てくるテュポンさん。土汚れは付いているけど、大したダメージにはなっていない。本人にとってはベッドに飛び込んだくらいの感覚だね。
すぐに巨腕が真っ直ぐ飛んでくる。動きは単純で読みやすいけど、この速さを躱すのは結構神経磨り減るんだよね……。
「もっと強い攻撃で確実にやらなきゃね……!」
ママ……のお人形に魔力を込め、更なる植物を生成。まずは雲で隠れて悪くなった視界を明かさなきゃね。ただでさえ夜のステージ。月明かりの確保は大事。
生やした植物を天へ突き上げ、大きく回転。暴風を起こす。それによって雲は晴れ、また月が現れる。明かりが降り注ぎ、私の視界は明るくなった。
「これで良いね。戦いやすくなった」
『天にも作用する力。だが、前の強さはまだ出していないな』
「それをすると暴走する可能性があるから……そうじゃなくても、もっと使い塾せるようにならなきゃ……!」
天の植物を地上に降ろし、今一度魔力を込め直す。それによって植物は強化され、一つに集めて渦を巻いた。
「“貫通転回樹林”!」
『語感が悪いが、ただ回転させて貫通力を高めた植物に過ぎん』
テュポンさんの説明通り。だけど威力は単純に植物を放つより遥かに高い。
回転するドリルのような植物は一直線に迫り──
『もっと楽しませよ!』
「……!」
容易く受け止められた。
回転は無くなり、ただの大きな植物と化す。あれを片手で受け止めちゃうなんて凄まじいパワー。
──だから私は、もう一工夫加えたの。
「“樹海生成”!」
『……!』
受け止められた樹から無数の植物が生え、瞬く間に樹海へと変貌した。
大量の魔力を集中して練り込んでいたからね。あそこから派生させて別の魔導に繋げる事は容易い。爆発的に増えた植物にテュポンさんは飲み込まれ、私は更に魔力を込める。
「……行くよ。ママ」
『……』
語り掛けても話さない。全部私が私の声でしていた事だから。
だけどこれは意思表示。一人じゃないと奮い立たせてくれる。まだ何処かに一抹のその可能性を残しているけど、そんな事が絶対に無いのは明白。だってママはあの時……。
「……っ」
自然と涙が溢れる。悲しみ、辛さ、その他のぐちゃぐちゃな感情。
……だけどこの感情こそが力の源。これをコントロールする事で、私はみんなの役に立てる。
「“悲涙樹海”……!」
『これは……!』
世界を覆った植物。それを一点に込め、惑星並みの質量で押し潰す。それは命を奪い兼ねない技だからこそ、大丈夫であろうテュポンさんに使用した。
彼を埋め尽くす無尽蔵の植物は更に更に物量、質量を高め、徐々に圧縮される。私の前には蠢く森の球体が形成された。
「これで終わり……」
──じゃないみたい。
『──フフ、今のは効いたぞ……。まさか星に潰される経験など無かった……やはり凄まじいな、ティーナ・ロスト・ルミナス。魔物の国無法地帯の中心部でもこれ程までの力を持つ者は居なかった! よもやただの人間がこの様な力を扱うとは! 称賛に値する!』
「……本当に強いね。テュポンさん……」
流石に堪えたのか、全身にはダメージの痕跡が窺える。その上で意識を失わず、また私の前に立ちはだかった。
更に巨大化して。
『今の余の本気モードと言ったところだ。サイズは精々山程度だが、ステージが持たぬからな。これで十分よ』
山並みのサイズ。それなのに小さな私との意志疎通は可能。感覚が鋭いのは知っている事だね。
……そして私も、まだ本気は出せていなかった。テュポンさん相手なら多少暴走しても大丈夫かな。私自身の成長に繋げる為、やってみる価値はある。
「“悲涙華・蕾”……!」
『……ほう?』
ママに魔力を込め、さっきよりも大きな植物を集中させて展開。私を繭のような蕾で包み込み、星を覆う植物を外装として纏う。
さながら舞踏会に向けておめかしするお姫様。ふふ、自分でお姫様なんて、お城でパーティーごっこ以来かな。
「──“蕾のお姫様”」
この世界に伝わる童話、“蕾のお姫様”をモチーフとした魔法。
このお話はみんなで演じ、解像度も高い。故にイメージへと繋がり、この戦いに合わせて扱う事も出来た。
一つ一つ、今までやって来た事は無駄じゃないんだね。
テュポンさんは愉悦のような表情を浮かべた。
『フフフ……いい。いいぞ! それでこそ張り合いがあると言うもの!』
「最終ラウンドだよ。テュポンさん!」
『良いぞ! 来い! 主に王子様と森の精霊さん達が居るかは存ぜぬが、余が巷を荒らす怪物を演じてやろう! ティーナ・ロスト・ルミナスよ!!』
ステージの端から端まで届く巨腕を振りかざし、横に薙ぐ。それによって周囲の山は切断され、大きく崩壊した。
標高数千メートル以上の大きさ。植物を纏った私も同等以上ある。この位置からステージ全体を見渡せるくらい。
私達のダイバース代表戦、最終日第一試合。私とテュポンさんによる戦闘は終盤に差し掛かった。




