第四百幕 目覚め
暗く、微かな光が差し込み、落ち着く空間。隣にはボルカちゃんがおり、周りにはウラノちゃん達やレモンさん達の声が聞こえる。
嗚呼、なんて幸福なんだろう。私は独りじゃない。こんなにもみんなが居てくれるんだもん。
「…………」
すると、そんな落ち着く空間を突き破る何か。何だろう。まだこんな時間なのに。もう少しだけ眠っていたい。起きたてしまったら、悲しい気持ちがするから。
だからまだ、このままゆっくりしていたい。
─
──
───
「ティーナさん」
「ティーナさん!」
植物の中から出てきたティーナさん。しかし虚ろな表情で動きがなかった。
声が聞こえているのか聞こえていないのかも分からない。植物にも動きは無いからティーナさんが核なのは間違いないわね。けどこの状態。これからどうなるのかは分からない。またいつ暴走が始まるか。その切っ掛けは……。
「一先ず、ティーナさんとボルカさんを会場に運びましょう。今の状態なら問題無いわ」
「ですわね。またいつあの様な事が起こるか分かりませんもの……!」
取り敢えず、周りが敵か味方か分からない植物に囲まれているこの場所は危ない。普段は本当に頼もしい味方なのだけれど、精神が弱っているティーナさんではどちらにも……主に敵になりうるものね。
ティーナさんと石化したボルカさんは龍の上に乗せ、早いうちに此処を離脱する。これで解決……した訳では無いかもしれないわね。よく分からないけれど、少し胸騒ぎがする。ボルカさんじゃないけど、女の勘と言うモノかしら。
何はともあれ医務室へ。私達はステージを覆う巨大植物を背にこの場を離れた。
───
──
─
何かに揺られる。感覚。ユラユラユラリ、ユラ、ユラリ。
一定のリズムでゆらゆら揺れて、何処かに向かう。落ち着くような、不安なような。不安なのは私の心? それはどちらか分からない。
隣で一緒に揺れるボルカちゃん。揺れが止まり、私達は何処かに移動させられる。
「…………」
あれ、何でだろう。ボルカちゃんが離れていく。誰かが連れていくつもりなんだ……。
ダメ……これ以上私から……誰も離れていかないで……違う……みんな此処に居る……私は最初から……独りじゃない……みんなと一緒に……ずっと居るの……。ずっと……みんなを繋ぎ止めなきゃ……ママの植物魔法で……もっと……もっと……もっと……もっともっと遠くまで……届かせなきゃ……この世界の全部を包み込んで……!
*****
──“医務室”。
暗かった視界が開け、ガチガチに固まった体が解れた感覚に陥った……て訳じゃないな。本当にそうなった訳だ。
浅い眠りに就いていたようなそんな気分。その時近くに居たであろう人達の会話の内容はうっすらと覚えているけど、何処か曖昧な感じ。
石化中も意識はあった。時間で言えば数十分くらい。一時間は経ってないな。
「……さて、此処は医務室……なのか? それともまだ神殿ステージか?」
少しの間石化していたのもあり、なんか全身が凝ったような気がすんな~。
そんな風に思いながら──緑豊かな周りを見渡した。
「リタイアにはならなかったみたいだけど……石化は何処で解かれたんだろうな。此処が神殿ステージならティーナの植物魔法で覆われた……此処が医務室なら……ティーナに何があったんだろうな」
アタシが寝ていたであろうベッド。これはステージにゃ無いよな。
その事から推測して此処が医務室の可能性を考えたけど、じゃあなんで植物に覆われてんだ? ティーナによる過剰なお見舞いで自然豊かにしてくれたのか……にしちゃ尋常じゃない量の植物。
「取り敢えず見て回るか。考えるより実際に見て現場の状況を把握していた方が良いもんな」
一人言を呟き、入り口と思しき扉に張り巡らされた植物を燃やして抜ける。
こりゃ流石にただ事じゃないな。前にあった暴走と同じ状況か。いや、それよりも遥かに範囲は広いかもな。何処で暴走したのかは分からないけど、医務室にまで届く程の──
「……それどころじゃないな。これは……」
──外に出た瞬間、アタシの視界に広がっていた光景は……会場全体を覆い尽くすレベルの植物だった。
夥しい量の植物が全土を埋め尽くしており、世界は目に優しい緑色に包まれている。
植物の種類は多種多様。草木に花にetc.ダイバース代表戦の会場が全て植物と化していた。
「緑豊かな良い場所だな。これが異常事態じゃなけりゃゆっくりとみんなでピクニックにでも行きたいところだ。いや、キャンプの方が良いかな~」
なんて、一人で冗談言っても虚しいだけ。けどまあ、アタシが復活しているって事は石化させたメドが治してくれたんだろう。この場に居なかったから少し前と仮定して、時間制で戻った感じかな。
みんなは何処に居るのか。今のところ人の気配は無いな……と、そこまで考えて足を止める。そんな事あるのか?
「……いや、変だな。比喩的なモノじゃなくて本当に気配が無い。万能って訳じゃないけど、一都市並みの範囲は気配が追えるのにな。それなのに感じないのはおかしいだろ」
気配を研ぎ澄ましてみても他の人は感じない。けど何かは感じるんだよな……まるで何かに覆い隠されているような、そんな感じ。
無難な考えなら植物魔法に囚われているとかなんだろうが、あの植物にそんな力あったっけな。気配の遮断なんて初だぞ。
「……!」
その瞬間、横から植物が迫ってきた。
誰彼構わず仕掛けてくる仕様みたいだな。飛び退くように躱して炎を放ち、植物を焼き払う。
下手したら建物を火事にし兼ねないけど、既にそれどころの問題じゃないもんな。先ずは誰か一人でも見つけてこうなった理由を把握しなくちゃ。
すると何処からともなく声が聞こえてきた。
「……? 気配は無いけど……人は居るのか?」
周りの植物を焼き払い、炎で加速して声と思しき方向へ行く。
依然として気配は感じない。だけど声が聞こえる。そんな矛盾を解消すべく、その場所へ躍り出た。
《──な、なんと言う事でしょう……! 会場が……会場を含めた全大陸が超巨大植物に覆われてしまいました……! 死者、負傷者、行方不明者の数は不明……! これ程の規模です……果たして生きている方が居るのかすら危うい今……これを起こした方は……“魔専アステリア女学院”、ティーナ・ロスト・ルミナス選手となっております……! 果たして何が彼女を此処までさせてしまったのか……私には生存者の無事を祈り、状況を世界中の皆様にお伝えするしかありません……! 現在も一人孤独に、この現状を伝え続けております!! もしもモニターにまだ映像が残っているのなら、避難の準備を……!!》
その声の主は、ダイバース代表戦の司会者。
素直にスゴいな。何処から植物が襲ってくるか分からない状況。だからこそ敢えて一部の植物の中に隠れ、自分の気配と植物の気配を紛れ込ませている。
どれくらいかは分からないけど、数多の試合を解説してきた訳だもんな。あらゆる事柄の対処法は知っているか。
そしてその事から、植物が人々の気配を覆い隠しているのは確定となった。取り敢えず出会える人の中でも一番詳しいかもしれないし、司会者さんに話を聞いてみるか。
「オーイ! 司会者さーん!」
《……!? 今、空耳でしょうか、誰かが私の事を呼んだような……》
「空から話し掛けたけど空耳じゃないぜ。医務室だった場所から出てきたんだ」
《………!》
地上は植物まみれ。なので空中から降り立つように司会者さんの前へ行く。
当人はハッとし、アタシの方を勢いよく振り向いた。
《ボ、ボルカ・フレム選手!? なんと言う幸運でしょう! 天は私を見放しておらず、おそらく現状で最も頼りになる方が来てくださいました!!》
「職業病が抜けてないッスよ。アタシの事を解説しなくても良いんスから」
「あ、これは失敬。しかし、やはり全世界の皆様に現状を伝えなければ。この植物達が何処まで続いているのか分かりませんのでお伝えしなくては!」
「それはそうッスね。ティーナの植物魔法とは思うんですけど、これが何処まで続いているのかどうか」
司会者さんの言う事にも一理ある。確かに世界大会でこんな状況になったら現場に行けない人が知る術も無いしな。伝えると言うのは大事な役割だ。
んじゃ、こうするか。
「取り敢えず、司会者さんも状況が気になる訳ッスね。アタシが守りますんで状況確認に行きますか?」
「おお、それは助かります! ボルカ選手が居てくれるなら百人力です!」
「オーッス! それじゃ、映っているかは分かりませんが落ちてるモニター拾って行きますか」
「では、マイクも持って行きましょう!》
「それは良いですけど、耳元で使うのは止めてくださいね。キンキンするんで」
《おおっと、これは失礼しました!」
何はともあれ、現場検証の為に司会者さんと共に行ってみる事にした。
状況判断能力は高いし、広い視野も持っている。アタシだけじゃ把握し切れない場所があると考えれば司会者さんの同行はプラスに働く。
飛んで行くのも良いけど、人をおんぶしたりしながら行くのは大変なんで取り敢えず徒歩で進む事にした。
「なんでこうなったか分かりますか?」
「いいえ、存じ上げてません。突如として植物が現れ、瞬く間に飲み込んでしまいました」
「成る程……となると本人に聞くか、アタシのお見舞いとして医務室に居たであろう“魔専アステリア女学院”メンバーか石化を解いたメドに聞くしか分からないな」
「お供しますよ! 貴女の近くがおそらく一番安全でしょうから!」
「それは間違いないな。けどま、植物で気配は隠れてるみたいだから探すのも一苦労だけどな」
「そうなのですか。私は人様の気配なんてとても……」
「おっと、危ないぞ」
「わあ!?」
植物の中から出た瞬間に植物が襲い来、アタシが前に出て焼き消した。
本当に所構わず襲ってくるな。ティーナの植物魔法にしては乱暴だ。いや、暴走状態の時は割とこんな感じだったけど、それしてもだな。まるで植物その物が意思を持っているようなそんな感じ。
こりゃ状況を説明出来る人に辿り着くまで時間が掛かるぞ。
「ボルカ選手! 更に植物の……!」
『『『………』』』
「ゴーレムにビースト。魔法の派生全員集合だな」
捕らえようと迫った植物を焼き払った瞬間にゴーレムやビーストの御出座し。まるで長編映像のパニック物だ。
それらも炎で焼き消し、司会者さんの腕を引いた。
「わわ……!」
「飛ばしますよ!」
炎で加速し、燃えた炭の中を通り抜ける。
一気に突き抜け、停止と同時に周りへ火柱を立てて消し去る。これなら一時的に炎は抑えられんだろ。
《何と言う圧倒的な力! あの恐ろしき植物達を簡単に焼き払っております! 私、同性にも関わらず惚れてしまいそうです!》
「今度は実況モードか~」
司会者さんの切り替わりも流石だな。
映像が繋がっているなら救援も来るかもしれないし、好きにやらせるのが一番良さげだ。単純に賑やかで心細くもならないしな。
何はともあれ、アタシと司会者の植物道中。ダイバース代表戦の筈が、大変な事に巻き込まれた……と言うよりティーナを一人にさせちゃったアタシが原因だな。その責任は取るぜ。
植物を焼き払いつつ、誰かを探しに向かうのだった。




