第三百九十六幕 私の心
“魔専アステリア女学院”vs“メニーアイズ”。その対決は今どの段階なんだろう。
気配が一つ消え、もう一つも弱まったように感じる。だけど片方は転移しておらず、確かに気配は残っている様子。
何れにせよ人数差では私達が有利かな。それでもそろそろ誰かと合流したいところなので馴染みのある魔力の方へ向かってみる事にした。
『──待て。ティーナ・ロスト・ルミナス』
「ん?」
その直後、呼び止められた私はそちらを見やる。
呼び方とか諸々からして相手の選手なのは明白。果たしてそれが誰か。魔物の一種なのは間違いないよね。一目見ただけじゃ種族を知りようもないし。
『そうだな。私も人間を一目見ただけではどの地域に住む人間なのかも分からない。魔物よりも見た目が似たり寄ったりでややこしいのだ。お前達人間は』
「何も言ってないのに返答を……心が読まれてる……!? “テレパシー”の類い……!」
『ああ、そんなところだ。しかし厳密に言えばテレパシーとは違う。私の目は、文字通り“心を視る”事が出来る。テレパシーのように心の声を聞いている訳ではない』
「………」
よく分からないけど、取り敢えず私の心は丸見えって事だね。
次の行動が読まれちゃうのは厄介だけど、さっき既に似たような相手と戦っている。結局タネは分からなかったけど、多分なんとかなる。
それより態々手の内を明かすなんて一体……。
『確かに傍から見れば間抜けな行為だ。心が読める事を明かせばそれに合った思考を取る事もある。お前と同じチームのボルカ・フレムも、いつぞやのダイバースにて心をわざと乱す事でテレパシーを打ち破った実績があるからな』
「そうなんだ……流石はボルカちゃん」
それは知らなかった。主に「勝ったよ!」「負けちゃった!」くらいの報告だからどんな方法で勝ったのかまではそんなに話してないもんね。
けれどテレパシーを正面から破るボルカちゃんはスゴいや!
そして話は本題に戻る。
『ああ、話を戻そう。私が敢えてその力を明かす理由……それは──心の内に秘めた恥ずかしい話などを暴露し、相手の集中力を削ぐ為だ!』
「……。…………。……え?」
その言葉に素っ頓狂な声が漏れる。
恥ずかしい話を暴露して集中力を削ぐ……確かに当人からしたら堪ったものじゃないけど、その為だけに能力を明かしちゃうの……?
『その通り! それによって私が勝てばより屈辱的な敗北感を植え付け、私が負けたとしても後に残るダメージを与えられるのだ!』
「えぇ……」
なんて能力の無駄遣い。“メニーアイズ”が代表戦まで行けなかったのってくじ運以外にこう言った側面があるからじゃないかな……。
そんなやり取りの中、相手は目を凝らした。
『見えるぞ。心の内に秘めた過去が……! お前は未だに一人では眠れず、人形を抱えているな!』
「えーと……うん。そうだけど……」
お人形……という事にしておく。深くは考えない。
そんな事よりそれを明かして何になるのか気掛かりな点。別におかしくないよね。
『む、確かに人形魔法使いが人形と共に過ごすのは変ではない……しかし、食事や入浴まで共に過ごしているな!』
「そうだね」
『いや、だから……違う違う。もっと恥ずかしい過去を見つけねば……しかし、何だこれは……! そんな人間居る筈が無いと思っていたが、お前、人に言えぬような隠し事を持っていない……!? 正直に生きているのか!?』
「そう……なのかな?」
言われてみれば、暴露されて恥ずかしい思いをするような事は無い気がする。
ありのままの自分を見せているつもりだし、正直に生きなさいって昔ママに言われたからね。それをずっと守ってるの。
『こんなに清廉潔白な人間が居るのか……! 今まで覗いた者は、心の奥には必ずしも欲望が渦巻いていたと言うに……!』
何だか驚愕しちゃってるね。って、そう言えばこれもう戦闘が始まってるんだ。私の方からも仕掛けなきゃ!
「“樹槍”!」
『……!』
植物を突き出し、相手は紙一重で躱す。
心が読める相手だから大雑把な照準だけ定めて全体に合わせて打ち込んだけど、やっぱり避けられちゃった。
此処はさっきみたいに全体攻撃が安定かな……!
『しかし……なんだこの心は……草木? 花? よく分からぬ物で覆い、奥底を隠している……いや、己の意思に反して自発的に包んでいるのか……こんな心初めてだ』
「何を言ってるの?」
『なに、特殊な心と思った次第!』
「心って目に見えるんだ……」
『私にはな。心の形は生き物それぞれ。醜悪な物から美麗な物。鋭利な物から柔軟な物。その者の精神を映し出している存在。しかし、お前の心はなんだ……? 何かで覆い隠され、その上で中は空洞となっている! 空洞を植物で覆っているだけのような状態……! 心の無い者も居た事はあったが、そうであっても空っぽではなく、どす黒い何かは置かれていた。だが、お前の心は完全に───』
「そうなんだ。“樹拳”」
『……!』
相手の会話に付き合う必要は無い。何となくそんな気持ちになり、形振り構わず攻撃を嗾けた。
ほぼ無意識の攻撃。にも関わらず上手く躱す。やっぱり強いね。
『その心、自分でも理解していない様子。反射的に魔法が出たのがその証拠。これは興味深い……戦いには勝たなくてはならないが、その正体を掴みたい……!』
「何の話……?」
心を読まれている筈なのにチンプンカンプンな発言。読めてるのに分からないって何だろう。
妙に興味を唆られているし……何だか嫌な気持ちになりつつある。別に不快な事は話してないのに。
……やっぱり早いうちに倒すべきかな。
『お前の攻撃は既に見切った。当たる道理は無い!』
「一撃一撃が躱されるなら……!」
『それもお見通しだ。全方位に仕掛けられたとしても、それが避けられない理由にはならない』
「“包囲樹木”!」
そうは言っているけど、取り敢えずそれ以外に方法は無いので縦横、全ての幅を広げた植物を放つ。
隙間は無く破壊する以外の突破口は作っていない。そんな植物に対し、相手は構えた。
『私が見れるのは“心”。それは人のみならずありとあらゆる“心”を見れる。魔法の場合、心に空いた穴からも出入り自由よッ!』
「……!」
魔法の植物から逃れるのではなく、相手は逆に向かって来た。
何かをブツブツ言っていたけどなんの事やら。しかし次の瞬間、相手の姿が消え去った。
「一体……!?」
『消えた訳ではない。通り抜けたのだ。如何なる心も視る目。攻撃する際に思考があるのなら、自ずと魔力の流れも見える。即ちそれの解釈を広げ、魔力や異能にトンネルを作り出す事が出来るのさ』
説明してくれたけど、それについてもよく分からない。植物魔法に穴は空いていなかったからトンネルも何も、壊す以外で通り抜けられる筈が無いのに……。
『何物にも隙間はある。生き物と生き物が触れ合っているように見えても、実は完全には触れていないのと同じ。私は魔力の隙間を見てそこを通り抜けたに過ぎん』
曰く、魔力の隙間を通り抜けたとの事。
やっぱり意味がよく分かんないし、何の事やら。
確かに魔力は“流れ”。隙間がある事自体はおかしくないかもだけど、相手が何をしたのかは一切が不明。
『まあ深く考える事ではない。要するに如何なる魔導も『視えていれば』通り抜けられるという事だ』
理屈はよく分からない。だけど攻撃が当たらないのは間違いないみたいだね。
そうなってくると大変。例えばこんな感じで高速の樹を放つと……。
『……! この速度はマズイ……!』
「……あれ?」
すると、簡単に避けられる筈なのに慌てた素振りで躱した。
もしかして、身体能力はそんなに高くない? 確かにさっきのは範囲に集中して速度は今の一撃より落ととしたけど……。
『そ、そんな訳無かろう。私の速度は随一。攻撃力もピカイチだ!』
「じゃあ範囲と速度で攻めよっか」
『聞いていたのか!?』
あくまで観察し、文字通りの抜け穴を探さなきゃならないみたいだね。
だから自分が反応出来ない速さには対応出来ない。それならまだやり様はあるかもしれない。と言うか、さっきから私の相手は回避性能に長けている……と言うより“メニーアイズ”のメンバーが全体的に回避特化なのかも。
『フン、やられる前にやれば良いだけ。お前の心の奥底を掘り起こしてやる! その覆い尽くした植物を払い除けてな!』
「心を閉ざした事なんて無いけど、そっちがその気なら倒す!」
心の云々はイマイチピンと来ない。けど、それが作戦ならそれを打ち破るのみ。
無数の植物を展開し、高速で打ち出した。
『速いが……!』
狙いは特に絞らない。ただひたすらに相手を打ちのめす事だけを考える。
だから思考を読んでも意味を無くし、まだまだまだまだ突き進む。
『危ないが……見えてきたぞ。お前の心が……いくら覆い隠そうと、私の“目”はその奥まで侵入する。どんなに小さな隙間も抜け、到達する!』
「何を言ってるの! さっきから意味が全然分からない!」
『……! 隙間が減った……なんだこの心は……!? 常に変化し、絶対に明かそうとしない……! 表面は温かく穏やかだが、内側に秘めているモノが……!』
植物を打ち込み続け、相手は躱しながら私の心とやらを読もうとする。
別に隠し事なんて無いから見られても気にしないけど、何故だか焦燥が出てくる。何だろうか。
「…………」
──早く倒さなきゃ……早く、消さなきゃ。見られる前に。そんな、何故か分からない敵意が心の底から沸き上がってくる。
『何だこれは……心に……見ているだけの他人の心に……私の意思が……飲み込まれ……暗く、深く……重い……涙まで出てきた……これ以上はマズイ……!! だが、溢れ出る“好奇心”が止まらない……ッ! 今までに無い事例……一体、どれ程のモノが……!』
絶対に見られたくない。見られたら何もかもが崩れ落ちて消滅してしまう。大事な物が全て無くなってしまう。そんな気持ちに襲われた。
『まるで自らで深淵へ入り込むような、地獄へ足を踏み入れるようなそんな感覚……! ダメだ……絶対にダメなのは理解しているが……これがティーナ・ロスト・ルミナスの……!』
「何を言ってるの!!!?」
私はママを抱き締め、より一層強く、大きな植物を生み出した。
『心の……中にあった物は……!!』
《──消えろ……》
『……!? こ、これは……!?』
《消えて……》
『今、私が見ているモノは……!? いや、聞いているモノか……!? 分からぬ……! こんな事今まで……!』
《消え去って!》
『意識が……遠く……マズイ……非常にマズイ……このままでは……──心に殺される……!?』
──瞬間、相手が植物に押し潰され、光となって転移したのを確認した。




