第三百九十二幕 束の間の休息・未来への決意
──“数日後”。
ダイバースの代表決定戦が終わり、私達は代表戦までの日々、鍛練を行っていた。
代表戦に合わせた練習であり、かなり大変だけどその後のストレッチで後日に疲れは残さないようにしている。
「明日は休みだっけか。アタシ的にはもうちょっと練習したいけどな~」
「それは私もそうだけど、定期的に休まないとそっちの方が非効率だからね~。ルミエル先輩の教えは守らなきゃ!」
「計算され尽くした内容とそれに伴った成果が出てる訳だからな。アタシ達もやれるんだぜって改良とかしてみたいけど、完璧過ぎてやれる余地が無いな」
「いつまでもルミエル先輩頼りみたいなものだからね~。何とかして私達流のやり方を見つけたいけど……変に変えると改悪になっちゃいそう」
定期的にお休みを入れるのはルミエル先輩の意向。この練習メニューを作ったのが先輩だから当たり前だけどね。
元より実力がある人の分から殆ど初心者の人の分まで、得意傾向から苦手傾向、あらゆる事態や事柄に対応したものと幅広くそれぞれに合ったやり方が確立されている練習メニュー。本当にスゴいよね、ルミエル先輩。
そんな感じで明日はお休み。元より長期休暇には入っているので大体午前中の部活動だけで終わっちゃうけど、明日はよりゆっくりと休められるね。
そしてその日となった。
──“翌日”。
「……どうしようかな?」
お休みの日、私は寮から自宅に戻っており、今日一日で何をしようか考えていた。
今の時代、星の裏側まで転移の魔道具で日帰り旅行も可能。なので選択肢は無限にあるんだけど、あり過ぎると逆に思い付かない感じ。
自室の椅子に座り、周りにはお人形やミニチュアの街を置き、前方にママとティナを座らせて何をしようか思案する。
「ママとティナはどうすれば良いと思う~?」
『そうだね~。やっぱりいつも通り趣味のお裁縫とか!』
「だよね~。何だかんだで創作意欲は湧いてくるし、アイデアも沢山思い付くもん」
『けれど一日中、私達や使用人さん達以外と話さないのも問題よ。いつもボルカさん達と一緒に行動しているから、思い切って一人で遠出するのも良い事だわ』
「一人旅……確かにそう言う事もしなくちゃだよね。ご近所さんまでならママ達と一緒に行く事もあるけど、遠出の時は毎回ボルカちゃんにお世話になっちゃってる」
出た案は趣味のお裁縫か日帰り旅行か。
ママが言う通り、ボルカちゃん達以外と遠出をした事は無いかもしれない。
ママ達とは常に一緒だけど、それは別にいいんだよね。何故かって言われたら……って、誰に向かって話してるんだろう。此処には私達しか居ないのに。関係無い関係無い。
取り敢えず自分達だけで遠出してみるのは悪くないかな。もしかしたら何かあるかもしれないし、何もなくても自分達が遠出したという事実が自信に繋がるかもしれない。
そんな訳で、私は早速準備を整えた。
「行ってきまーす!」
「「「行ってらっしゃいませ。ティーナお嬢様」」」
使用人さん達と挨拶を交わし、ママとティナを連れて私は行く。転移の魔道具までの移動くらいは馬車でも良いかもしれないけど、折角だから改めて馴染んだ景観を見てみようと思ったの。
とは言え距離はあるから途中で身体能力くらいは強化するけど、今のうちはのんびりと行ってみる。
「基本的な移動は馬車だったから、なんか新鮮だね~」
『そうね。小さい頃より景色が高くなってるんじゃないかしら。私は小さくなってしまっているけどね』
『だけどフワフワ飛べるから高さは自由自在だよ~』
昔から知っている道も、今の私が通ると印象が変わる。と言ってもあまり外には出た事なかったんだけど、ママが居た頃……まだお人形になる前だった頃に手を繋いで行った記憶がある。
状況はお人形になった今も変わらない。ママは隣に居て、私達で歩いている。なのに、何だろう。何故か胸が痛む。昔と変わらない今が此処にあるのに、何故だか分からないけど気分が沈んじゃう。
これから遠出するのにそんな気分じゃダメだよね。気を取り直して身体能力を高め、私は転移の魔道具付近にやって来た。
「うーん、何処に行こうか……」
今は時期が時期なので近辺は混み合っている状態。特に目的地は決めておらず、取り敢えず遠出しようと考えて来たので今のうちに目星を付けておく。
やっぱり他の国よりは慣れている“日の下”か“魔物の国”かなぁ。直近で行ったのは修学旅行の時にユピテルさんも居る“フラーゾ・テオス”で、その前は魔物の国に滞在したから……“ヒノモト”が無難かもね。
そこは人気の観光都市なので人通りも多いけど、行き先のチケットを購入して転移の魔道具を使用。夏のヒノモトへと到達した。
──“日の下”。
暑いこの季節。近くの国なだけあり、私達の国と気候はあまり変わらなかった。
だけど心無しか地面の道は石畳に比べて少し涼しいような気がする。それでも暑いんだけど、水を撒いて温度を下げている人も居るね。
「……さて、何処に行こうかな~」
着いたは良いけど、行き先は特に考えていなかった。ヒノモトは私達の国とは一風変わった食べ物が多くて、その上で美味しいから無難に考えるなら食べ歩きとかかな~。
それに適した屋台は多くあり、行き場所を決めてもどれを食べようか迷っちゃうね。この国特有の伝統的な文芸や美術を嗜むのも良いかも。本当に世界中のどの国とも違う雰囲気なんだよね~。
「お、あの人、ティーナ・ロスト・ルミナスじゃないか?」
「今日は一人みたい」
「旅行かな?」
「そっか、学生は長期休暇だもんね」
「練習はしてないのかな?」
「そんな訳は無いと思うけど、息抜きじゃないかな?」
「め、目立ってる……」
そして私は、人間の国でそれなりの有名人。それは他国のヒノモトまで届いており、スゴく目立っていた。
だけど遠目から見てるだけで事情は察し、サインを求めたりプライベートの邪魔をしないようにする国民性が良いね。礼儀正しいや。
やや目立っていても動きが制限される事はなく進み、取り敢えず近くの屋台に入ってみる。
「えーと……こ、これください……」
「はいよー!」
ボルカちゃん達が居ないと物を頼むのにも緊張しちゃう。いつもならスムーズに頼める物へ時間を掛けてしまい、手間取ってしまった。変に緊張してるって思われるかも……。
とにかく購入には成功。一口食べて美味しさが口に広がった。それによって気分も上がる……んだけど……なんだかやっぱり少し寂しいや。心細い感じかな。ママ達も居るのにね。
「──む? ティーナ殿ではないか」
「主も此処に来てきたのか」
「……!」
すると、聞き馴染みのある声が聞こえた。それだけで心細い感情が吹き飛び、そちらに視線を向ける。
「レモンさんに……ユピテルさん!? ユピテルも来てきたんだ!」
一人は分かるけど、もう一人は意外な人物だった。
レモンさんは此処の出身であり、街中を歩いていてもなんら不思議じゃないけど、ユピテルさんも居るなんてね。大歓迎だけど!
二人はそれについて話す。
「ああ、ユピテル殿は今各国を巡って修行を積んでいるらしくてな。武術も鍛えたいところで偶然出会った私と鍛練しているんだ。今はその息抜きだな」
「代表決定戦で敗れてからの武者修行中という訳だ。今年はもう終わりだが、それなりの高等部に入学するのは簡単だからな。勉強の必要も無く、暇である今のうちに来年に備えて鍛えようと考えたんだ。魔族の国や魔物の国にも後々、と言うより暇の多い長期休暇中には行こうと思っている」
「そうだったんだ……」
ユピテルさんが居たのは世界中を巡って修行しているからとの事。その口振りからレモンさんとはヒノモトで偶々会っただけだろうし、一人で世界旅行なんてスゴい胆力……。
ちょっと遠出するだけで緊張しちゃう私が恥ずかしいや。
「ティーナ殿は?」
「私は練習の合間の休息って感じかな。俗に言う一人旅だね。休みが大事って言うのはルミエル先輩からの教えなの」
「ルミエル・セイブ・アステリアの意向か。確かに体に鞭を打つだけでは苦痛しか残らぬものな。肉体の疲労回復も追い付かず、かえって無駄となってしまう」
「我も見習おう。とは言え、既に現状で休憩を挟んでいる訳だけどな」
私は一人(実質数人だけど)で遠出チャレンジの真っ最中と言うのは隠しておく。ユピテルさんのそれを聞いたんだから尻込みしていられないもんね。
他のみんなと一緒じゃないのも伝えておき、次第に話も弾んだところで提案があった。
「それなら共に行動しようではないか。ティーナ殿。一人で気儘に歩き回るのも良いが、皆と過ごすのは愉快であろう」
「それは良い。どうだ? ティーナ・ロスト・ルミナスよ」
「えーと……うん。そうしよっかな!」
此処に私達だけでやって来て、物を購入出来た時点でミッション完了みたいなものだから、私はレモンさん達の言葉に甘える事にした。
それから数時間、夕方にはお祭りもあるらしく、私達、レモンさん、ユピテルさんの一風変わったメンバーでお祭りを過ごす。
「なんかヒノモトは毎日お祭り事をしている気がするよ~」
「祭り好きな国民性だからな。皆ではしゃぐのは好まれているのさ。しかし、単独を望む者も当然居る。それ用の場所も豊富であり、あらゆる者達が祖国を満喫してくれたら私も嬉しいな」
「我が国は温厚で穏やかな国民性だが、それに伴いサボり癖のある者も多いからな。勤勉なヒノモトの者達を見習って欲しいものだ」
「それもまた一興であろう。此処にもそう言った者達は居る。あくまでその傾向が高いだけに過ぎぬよ」
同じ人間の国でも、そこに住む人達の傾向は違う。勤勉だけど堅いところもある“日の下”に穏やかだけどサボり癖のある“フラーゾ・テオス”。私達の国はどうだろう。意外と考えた事が無かったね。
何はともあれ、結局は人それぞれ。私達だけで遠出できないのを悩むのは小さな事だったのかもしれないと思った。私がそう言う性格ってだけなんだよねきっと。
何故か“一人”とか“孤独”って言葉を聞くだけで変な気持ちになるけど、それは別に気にする事無いんだ。そう、きっと何もないから。
話は国民性からまた方向転換する。話の中で内容が変わっていくのも友達との会話の醍醐味だよね。
「そろそろ代表戦か。私達の分まできっちり戦って来てくれ。ティーナ殿」
「ラトマのチームも結局は孤軍奮闘で勝ち上がれなかったようだし、去年とは代表戦の面子も大きく変わっている。強敵と言えるのはシュティル・ローゼ率いる“神魔物エマテュポヌス”くらい。余裕ではないにせよ、きっと今年も勝てるだろう」
「ラトマさんも敗れちゃったんだ……。やっぱり個人じゃやれる事に限りがあるのかな……」
圧倒的な強さを誇るラトマさんが居てもチームが勝ち上がれない。それもまたダイバース。代表決定戦まではどうしても一人じゃ無理なルールもあるもんね。
それだけじゃなく、去年で卒業したダクさんとかリルさんとか、主力の卒業に伴って代表決定戦、もしくは都市大会で敗退しちゃったチームは多く、今年の代表戦は本当に知り合いが少ない大会になりそう。
ちょっと不安があるけど、ボルカちゃん達が居るもんね……。きっと大丈夫。きっと。レモンさんとユピテルさん、私達が勝利したチームの期待に応えなきゃ……! 絶対に勝たなきゃ……! そうしなきゃ……。
そこで思考を停止する。思い詰め過ぎても体が硬くなるだけ。なるようにするしかないよね……。きっと私達なら大丈夫。
「うん。きっと優勝してくるよ! 人間の国の代表戦二連覇は私達に掛かっているもんね!」
「ふっ、それはまた大きく出たな。“魔専アステリア女学院”には最も期待をしているが、他のチームも優勝候補なんだぞ」
「プレッシャーとなってしまったか。確かにそのつもりで言ったが、まあ、あまり気負う事はない楽しむのも大事だ」
「アハハ……そうだよね」
二人からのエール。それは心強い。二人は私達の手で阻まれちゃって代表戦には参加出来ないけど、観客席の方には応援に来てくれるもんね。私達はみんなで戦っている。
……それでも、私が人間の国の主力として頑張らなきゃ……! ボルカちゃん達にばかり負担は掛けられないもんね……!
「では、代表戦。楽しみにしているぞ」
「頑張れ。ティーナ・ロスト・ルミナス」
「うん! 頑張るよ!」
屋台で購入した食べ物を三人で食べ、他愛ない会話を終える。
次は中等部最後の代表戦。中高一貫だから来年もメンバーは大きく変わらないけど、それでも今のみんなとやれるのは今の瞬間だけ。悔いの無い大会にしよう。
そう意識を集中し、代表戦に備える。泣いても笑っても数日後には全てが決まる。少しでも長く、みんなと大会で勝ち残るんだ!
そして私達が……!
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────“ダイバース代表戦会場・跡地”。
《──な、なんと言う事でしょう……! 会場が……会場を含めた全大陸が超巨大植物に覆われてしまいました……! 死者、負傷者、行方不明者の数は不明……! これ程の規模です……果たして生きている方が居るのかすら危うい今……これを起こした方は……“魔専アステリア女学院”、ティーナ・ロスト・ルミナス選手となっております……! 果たして何が彼女を此処までさせてしまったのか……私には生存者の無事を祈り、状況を世界中の皆様にお伝えするしかありません……!》
──その日世界は、突如として現れた超大型な植物によって、全て埋め尽くされた。




