第三百八十九幕 各々の役目
「“雷槍”!」
「私が受けます……!」
雷の槍が放たれ、私達の前にはムツメちゃんが乗り出して正面から受け止めた。
体に当たった雷は霧散するように消え去り、ユピテルさんの横から植物魔法とボルカちゃんが差し迫る。そしてそれを雷速で回避し、私達から距離を置いた。同時に雷を放ち、ムツメちゃんが間に合わないので自力で避ける。
「無効化の彼女が主らを守る現状はやりにくいな。素の身体能力は然して高くないが、主らが彼女の背後に隠れて守りに徹されるだけで成す術が限られてしまう」
「その為のムツメちゃんだよ。彼女一人居るだけで私達の戦いは優位に運ぶ。そして身体能力が落ちるって言っても、決して弱い訳じゃない。魔導を含めた様々な力が宿るこの世界で、ムツメちゃんも大いに活躍出来る!」
彼女の近くに隠れるだけでユピテルさんの攻撃を殆ど無効化する事が出来、ネックの身体能力も私達のサポートで補える。
そして何度も言うけどムツメちゃん自身も弱い訳じゃないからね。厳しい鍛練には付いてきているし、サボらず真面目に参加している。そもそもで魔力を宿さない人達も活躍出来るこの世界。みんなに大きな可能性が宿っているんだよ。
「しかし、扱いで言えば便利な道具のような物。主らの性格上、余程の察しの悪い者が見なければそう思っている訳が無いと分かるが、ムツメ・ノーマ自身に不満は無いのか?」
「それは……」
確かに、私達はムツメちゃんも頼れる後輩と思っているけど、扱いで言えばそうなってもおかしくない。
本人がいい子だから否定せずに受け入れているけど、本当のところはどうなんだろう……。
私が言い淀んでいるとムツメちゃん自身が口を開いた。
「わ、私は構いません! 元より魔法は使えず、名門“魔専アステリア女学院”に入った物の、役目が無い事の多かった私が今……先輩達の役に立てていますから! 私は満足しています!」
「ムツメちゃん……」
「……そうか。ならば何も言うまい」
名門“魔専アステリア女学院”。それは学業でも魔導学でも同じ。そこに入れるだけでもスゴいんだけど、魔法が使えない事によって疎外感を覚えていたみたい。
他の一年生の子達と過ごしている様は仲睦まじく見えていたし、みんなもそのつもりなんだろうけど……やっぱり本人からしたら思うところはあったんだ。あの、人より根性がある頑張り屋な姿勢も、それくらいしなくちゃ追い付けないという感情からなるものなら納得出来る。
その心境を読み取ったユピテルさんはこれ以上深く言及せず、私達は戦闘へと戻る。戦闘というよりはウラノちゃん達が謎を解くまでの時間稼ぎや足止めが近いかな。彼女達が全てを解けば私達の勝利は確定するんだもん。
「一番厄介なのは、現時点では主だな。ムツメ・ノーマよ」
「……!」
「ムツメちゃん!」
雷速となり、ムツメちゃんの体を吹き飛ばした。
ぶつかった瞬間に雷は解けるけど、雷速で攻撃した事は変わらない。なので近くの木々にぶつかりながら飛び、致命的になるよりも前に柔軟な植物で受け止めた。
それと同時に応急措置の治療を施し、意識を失うのを防いだ……けど、それは正しい判断だったのかな……ユピテルさんの速度に何とか反応は出来るけど確実に追い付ける訳じゃない。向こうの狙いがムツメちゃんに絞られたら、ムツメちゃんにとってはただ痛くて辛い時間が長く続くだけになっちゃうかも……。
「吹き飛ばしたら、アタシ達より遅くなる!」
「そうだな。触れるだけで能力が消え去ってしまう。相手が常にそれを意識しているからなのだろうが、一時的にボルカ・フレムより遅くなってしまう」
ムツメちゃんは触れるだけで能力を無効化する事が出来る。けれど常にその状態なら今みたいに植物で受け止めたりサポートしたり出来なくなっちゃう。
なのである程度の意識は必要なんだろうけど、反応し切れなかった雷速でも一時的に消せたのを思えば事前に意識しても問題無いみたいだね。
その隙を突いたボルカちゃんは炎で加速して突っ込み、ユピテルさんとぶつかり合う。炎と雷が周囲に散るように迸り、また二人は弾かれた。
「“樹拳”!」
「そちらも厄介なのは変わらぬな」
樹からなる拳を放ち、太めの雷で正面から貫かれ、焼かれて消え去る。
雷は熱も有しているからね。周りの空気が数万度に達する事で破裂音が響き渡る。植物は簡単に焼き払われてしまうよ。
雷の力が無くなるのはムツメちゃんに触れた一瞬だけ。既に戻っている。
「フム、主らが雷に追い付けぬのならムツメ・ノーマを引き離した後、余った時間で二人を相手取れば良さそうだ。我の速度ならそれも可能よ」
「「………ッ!」」
パッと光が放つように消え去り、遅れて轟音が響き渡る。それと同時に雷が走り、私とボルカちゃんの体が感電した。
これはキツイ……けど、私は植物で電流の方向を変え、ボルカちゃんは炎で流動させた。
目にも止まらぬ速度で意識も奪われる可能性の高い電気を巧みに操るなんて。今に始まった事ではなく、何度か戦った相手だけどやっぱり手強いや。
「“雷獣”!」
「“フォレストビースト”!」
雷からなる獣が作り出され、植物からなる動物で対応。複数匹はぶつかり合い、周囲に雷が散って植物が自然に戻る。
植物魔法も変幻自在だけど、形の変化なら実体の無い電気の方が自由自在。当然私達がするみたいにゴーレムやビーストを雷で作る事も出来るよね。植物と違って触れたらアウト。その点もかなり手強い。
「形状変化か。アタシもやってみっか! “ファイアビースト”!」
「実体が無い点なら炎も同じだね……!」
「やれやれ。此方もか」
ボルカちゃんも魔力操作は得意。変幻自在なのは同じだね。
炎の動物達が一斉にユピテルさんへ向かい、雷の動物達が放たれて打ち消される。炎と雷。植物。様々な力がぶつかり合い、衝撃波を周囲に散らした。
「本来なら慣らす為にも小手先の力から徐々に高めたいところだが、ムツメ・ノーマが戻ってくるかもしれないからな。一気に攻め立てる」
「大技にゃ、大技をぶつけるしか無いよな」
「そうだね……!」
向こうも当然時間が惜しい。なので大きな力を使うとの事。とは言え“雷霆”は使わないよね。あれは後遺症が大き過ぎるもん。
仮に特訓を積み重ねて負担を抑えられたとしても完全に消し去る事は出来ない。あくまで軽減。ユピテルさんのは魔法と別種だけど、そう言った力を使い過ぎるとどうなるか、魔導を使う身なら当然把握しているよ。
だからそれよりは抑えた大技を放つとして、それでも手を抜く訳にはいかない。
「──“雷砲”!」
「──“炎球”!」
「──“森擲”!」
雷の砲弾が放たれ、それに対抗するように炎の球。森その物を投擲した。
名前は単純だけど、それぞれの大きさは山並み。森の場合は山その物みたいなものかな。島ステージの三分の一を覆い込む程の大きさを有しており、それら三つは衝突した。
その瞬間に衝撃波を散らし、島を大きく揺らす。そのまま衝撃波が暴風となって駆け抜け、島の一角を消滅させた。
「各々の力は互角と言ったところかな」
「その様だな。それなりの大技だったんだけどさ」
「謎解きの場所に被害が及んでいないと良いけど……」
同じくらいの力で威力も同じくらいだったみたいだね。島は消し飛んだけど、今は謎解きに支障が出ないかを心配するところ。
何はともあれ、決着はまだ付きそうにない。そしてそれは私達の望みでもある。ウラノちゃん達が謎を解くまでユピテルさんを行かせなければ良いんだからね。
「フム、少なくともこの場所にムツメ・ノーマは居るようだな」
「そうだな。彼処だけ無傷。流石はムツメって感じだけど、あの力は本当にスゲェって思うぜ」
「あの調子なら島全体は大丈夫かな……」
「はぁ……はぁ……私もまだ戦えます……!」
植物による薬草の応急措置を終えたムツメちゃんも合流。まだまだ万全には程遠いけど動く事は出来てる様子。
私達は向き合い、魔力を込めて構え直す。それなりの大技は使ったけど余力を残しているのは同じ。互角……だけど、この人数差で互角にしかならないのはユピテルさんの強さの証明だよね。
私達の戦いは次の段階に縺れ込み、謎解きの方もきっと順調に進んでいる筈だよね。




