第三百八十二幕 水と空間と忍術
「はっ!」
「“空間掌握・柔”!」
無数の手裏剣が投げられ、私は柔らかい空間を形成して弾くように防ぐ。
弾いた手裏剣はそのままノイチさんへ跳ね返るように突き抜け、クナイでそれをいなして私の方へ迫り来る。
体術が高水準なのも確認済み。私の身体能力じゃまともにやり合えないかもしれないので水で移動速度を高めて回避。そのまま攻撃に転ずる。
「“水砲”!」
「“身代わりの術”!」
水の砲弾はどこからか取ってきた木材に変わって避けられた……のかな。忍術についてはよく分からないから殆ど不明だけど、多分当たってない。
気配を読む力も特訓中。まだ完全じゃないので周りに水を張り巡らせ、その動きから相手を探る。ルーチェ先輩やボルカ先輩のやっていた方法だね。
水は揺らぎ、その場所目掛けて高圧高速の鋭い水を放った。
「“金遁・鉄壁”!」
「それくらいなら!」
「成る程。鉄くらいなら容易く貫通しますか」
金遁の金は金属の金って事みたい。だけどダイヤモンドも削る高圧の水。鉄くらいなら綺麗な風穴が空くよ。
だけど流石の反射神経で避け、また私の眼前に迫った。
「“火遁・放千火”!」
「“水塵壁”!」
炎が放たれ、水で防御。水蒸気で視界が白く染まり、後ろの方で水が反応を示した。
「もう移動して……!」
「はっ!」
本当に速い。魔力操作などではなく、素の身体能力でこのレベル。素の状態じゃ追い付けない。
移動した瞬間にクナイを横に薙ぎ、飛び退くように回避……した筈なのに鼻先が斬られた。
見れば風みたいな物で先端を覆っている。それでリーチを伸ばしたみたい。念の為に更に奥へ逃れてて良かった。目には届いていないし、傷は浅いや。ヒリヒリするけどね。
「“空間掌握・圧”!」
「……っ」
避けた瞬間に左右の空間を操り、ノイチさんの体を挟む。相手は風で押し寄せる空間を抑えていた。けど、空間に掴むとか抑えるとかそう言う概念は無いからすぐに決壊する。今のノイチさんは抑えていると言うより風をクッションにしている状態だね。
今度は身代わりを使わなかったのを見ると、それにも色々と準備が必要なのかな。さっきは丸太になってたし、仮に攻撃が絶対当たらないような能力や技があるならそれだけしてれば良いもんね。少なくとも今はまだ使っていない。
「“風遁・前進風”!」
「空間から逃れた……!」
そのまま風で押し出し、挟み込む空間を躱した。
避けられたけど移動しただけ。完全な防御術が相手にある訳じゃないって事の証明だね。
「“木遁・手刀樹木槍”!」
「片手を……! “空間掌握・硬”!」
植物魔法じゃないけど、複雑な植物の力を扱う事も可能な様子。五遁全てを扱えて、その派生も出来るんだもんね。全てのエレメントを使えるのと同義。何ならそれ以上かも。
けれど私は正面の空間を硬くして防御した。樹の方が砕け、その中から手裏剣が飛び出した。……って、
「仕込み手裏剣……!?」
「次の手を仕込むのは忍びの基本ですよ。複数の武器も所持しておりますので!」
一つの攻撃に複数の用途を交える。ノイチさん曰く忍びの基本との事。それに同じ武器も沢山持っているみたい。それは見て分かったけど理解しても対処が難しいや。
手裏剣も硬い空間に当たって防げたものの、そこから更なる効果を発揮した。
「“雷遁・雷手裏剣”!」
「……ッ!」
シンプルな名前で高い威力と効果。手裏剣から電気が迸り、空いてる場所を通って体が感電した。
全方位を覆っている訳じゃないので、存在するだけで広範囲に影響を及ぼす電流は防ぎ切れなかったかな……!
「やはり、本体にダメージが及べば空間の効力も弱まりますね」
「しまっ……!」
痺れに気を取られ、体の自由も効かない。その隙を文字通り突かれてクナイが肩に突き刺さる。
本当に同じ武器を体に複数個仕込んでいるみたい……! 一つに対応したところで後手後手に回って対処が追い付かない。
「“水弾”……!」
「考え無しの攻撃は、返って自分の首を絞めますよ!」
「……!」
焦りで水の弾をノイチさんに放出。だけどそれは逆効果となってしまった。何故ならその為に空間の硬さが弱まり、ノイチさんに付け入る隙を与えたから。
緩んだ空間を突き破り、相手は今一度クナイを突き立てる。今度感電したら、本当に意識が持っていかれてしまう。じゃあどうするべきか。
無闇な攻撃……それの結果が今。半端な攻撃をしたばかりに……! いや、反省は後……それなら……!
「全力で撃てば……!」
「………!?」
呪文も言わず、単純に魔力を全方位に放出した。最大出力でね。
それによって周りは砕けて床が抜け、魔力が衝撃波となって駆け巡る。近くに居たノイチさんも飲み込まれ、大爆発がショッピングモール内にて巻き起こった。
「はぁ……はぁ……咄嗟の魔力大放出……効果はあったかな……!」
「効果的……ですよ……!」
「それは……良かったよ……あと……同年代なんだから敬語は外して良いんじゃないかな……」
「そうですね……この戦いが終わり、友情を育めたらそれを考えても良さそうです……」
私達は同じ位置に吹き飛ばされ、無数の植物がすぐ下の階層から消えた。移動したから見えなくなったんだ。ティーナ先輩とも大分距離が離れちゃったかな……。
殆ど自爆の形になって私自身が手痛いけど、お陰でノイチさんにも大きなダメージを与えられた。このまま押し切れば勝てるかもしれない。
「続けるよ……!」
「ええ……!」
私は魔力を込め、ノイチさんは印を結ぶ。この所作が忍術には重要なのかな。実はさっきから忍術を使う度に人差し指同士を結んだり重ねたりしていたもんね。
互いに所作を終え、放出する。
「“水球”!」
「“火遁・大噴火”!」
巨大な水の球と火の玉が衝突。それによってまた大きな水蒸気が上がる。
また視界は白く染まったけど、互いに位置は近いから問題無し。
「“水弾”!」
「“土遁・防塵砂”!」
水からなる弾丸を複数撃ち出し、水蒸気を貫いて突き抜ける。相手はそれに対して砂の壁を造り、砂で水を吸って防御した。
「“金遁・鋸刃”!」
「“空間掌握・硬”!」
今度は向こうからの攻撃。水蒸気と砂の隙間から金属の刃が放たれ、硬質化させた空間で防御。火花は散らないけど、金属音のような物が響き渡った。
「“水遁・水流蛇”!」
「“空間掌握・移”!」
一歩下がり、水忍術が放たれる。それは蛇のように硬質化させた空間を避けて迫るけど、此方も空間を動かして防いだ。
自爆の影響で体的にも限界が近いし、なるべく早く決着を付けたいところ。でも焦りは禁物。ダメージで思考が鈍っているのに焦ったらそれこそ相手の思う壺。そしてそれはお互い様。
「“木遁・樹海進撃”!」
「“水線波動砲”!」
今までで最大級の出力を放つ。けれどこれくらいの植物ならティーナ先輩の基本攻撃並み。水で打ち消すように相殺して互いに押し合い、ノイチさんは水と樹の隙間を通り抜ける。
「“忍法・火岩石”!」
「火遁と土遁の合わせ技……!」
迫ってきたのは火を纏った目映い隕石のような岩。水魔術で正面から打ち消し、私はノイチさんの動きを見逃してなかった。
「多分派手なこれらは、陽動ですよね! ノイチさん“達”!」
「気付きましたか」
「しかし」
「準備は既に整えました」
「終わらせます!」
「この一撃……いえ、五撃で!」
分身の術によって数を増やしたノイチさん。植物も火岩も、今までに比べてあまりにも派手な攻撃だから流石に囮や陽動の役割ってのは気付いたよ。
だから、私も既に準備は整えている。
「「「「「“五遁・陰陽五行全放出”!」」」」」
「“水神流域”+“空間掌握・包”!」
五つの属性が最大威力で同時に放出される。それに対し、私は残った魔力を込めて水の最大領域を展開。それを空間魔術で包み込み、力を一点に集中させる。併用は大変だけど、気合いで乗り切る!
この手の相手は小手先の技じゃなく、単純に力を放出した方が良いよね。だからそうしたの。
「はああああっ!」
「やああああっ!」
互いに叫び、複数の力が複雑に混ざり合い、空間に包まれてその中心で破壊を繰り返す。
次の瞬間にショッピングモールの一角が巨大な爆発と共に消し飛び、私の意識も一気に遠退いた。これは感覚で分かる。私はここまでのようです……先輩方……!
「「────」」
でもそれは私だけじゃなく、ノイチさんも同じ。複数の力による嵐の中心に居た私達。流石に体が持たなかったね。私とノイチさんの試合。それは引き分けという形に終わった。
後は先輩達に託します……!




