第三百八十幕 光のバトン
解放されたレモンさん。忍びのノイチさんも含め、形式では2vs2となりましたわ。
しかしながらレモンさんの実力はお墨付き。ノイチさんも高いですが、勝てない相手では無いのを考えると1vs1で勝てるか分からないレモンさんが加わったのは少々不利ですわね。
更に言えば今のレモンさんは瞑想をし終えて万全の状態。私達が自分の意思で抑えていましたが、それが吉と出るか凶と出るか。
「解放されてすぐですけれど、行きますわよ」
「ああ、来ても良いぞ」
光の効力は長くは持たない。おそらく現時点ではこの世界の誰よりも速い私。その様な力が長時間持たせられる訳がありませんわ。
エメさんやユピテルさんのような、己の力との融合と解放。それを再現してみましたが、負担は思った以上に大きいですの。解除と同時に魔力は使い果たし、意識を失うか控えの誰かと交代しなくてはなりませんわね。
少なくとも今日はもう参加出来ない。しかし、レモンさん達が相手ならばそれくらいしなくては勝てませんの。
「行きますわ……!」
「……!」
私の視界が黒く染まり、何も見えなくなる。しかしながら位置は把握しており、私の手には光球が握られておりますの。
その光球を把握した位置に押し付け、手応えと同時に停止。背後で光の爆発が起こる。
停止せずに一秒でも経過するとそのまま星を数周してしまいますの。その前にステージにある見えない壁に阻まれてアウトでしょうか。光の速度で壁に激突しては体が持ちませんものね。
光その物と化す光速移動の魔法。リスクも遥かに大きいですわね。
「全く見えなかった。成る程。凄まじい強化よ」
「流石に光球で触れるだけでは倒れませんか」
「ああ、そうであるな」
直接触れてはレモンさんのみならず、この星が危うい。それは移動時に生じるリスクも含めて。
移動の際は光その物になっておりますので質量はありませんが、一瞬でもそれを解除すると質量を持った光となり、星その物を消し兼ねない。けれどこうでもしなくてはレモンさんと対等に渡り合う事など出来ない事でしょう。
「続けますわ!」
「……っ」
言葉が届いている頃には既に光球が着弾した後。複数回の爆発に飲み込まれて吹き飛び、レモンさんから煙が出ていた。
高温などのエネルギーが光球の在り方ですものね。必然的にこうなりますの。
「今の私は、貴女よりも速いですわよ! レモンさん!」
「……ッ! その様だ」
パッパッと、さながら空間跳躍でもしたかのように移動して着弾させていく。それらは同時に弾け、複数の爆発でレモンさんを覆い尽くした。
本人も認めた通り速度で言えば私が上。押し付けた光球は同時に破裂するので威力も上乗せされておりますの。
とどのつまり、これを繰り返せば何れ意識に届く筈。継続時間も僅か。一気に畳み掛けますわよ!
光の状態でレモンさんを確認。そこ目掛けて突き抜ける。
「……?」
間髪入れない攻撃。なので位置を確認する一瞬しか映りませんでしたが、彼女、目を閉じていたような気がしましたわ。
何を狙っているかは分からない。そしてどの道この動きは止められない。何をして来ようと追い付けませんの!
「“光速光球”!」
「…………」
光の速度で光球を近付け、彼女に付着。これでまたダメージが──
「はっ!」
「……!?」
入るよりも前に、私が吹き飛ばされた。
一体何が……!? 私でも何が起こったか分からない。ただ頬に痛みがあり、私の体がお店に激突したという事のみしか理解し得なかった。
「何を……まさか光を捉えましたの……!?」
「そうだな。正々堂々と戦う為に説明致そう」
疑問に対しては答えてくれるレモンさん。本人の性格が為、有利不利よりも堂々とした事柄を望みますものね。
その上で圧倒的な強さを有しておられる。気高い方ですわ。
私はその言葉に耳を傾ける。
「私は、目で追ってはいない。触れたと感じた瞬間に体の反射でルーチェ殿の体を打ったに過ぎない」
「触れた瞬間に反射で……光の速度に対して斯様な方法を執り行うなど……!」
「ああ。難儀な技よ。しかし考えるよりも先に体が動けば何より素早く行動出来る。瞑想によって神経が研ぎ澄まされている今だからこその御技。今の私は如何なる速度であろうと対応出来る」
「そうですの……!」
触れた瞬間……厳密に言えば触れるよりも前。気配に反応して体を自動的に動かし、光すら捉えて放つとは。
信じがたい技ですが、事実私は吹き飛ばされましたわ。今のレモンさんは本当にそれを可能としているのでしょう。瞑想とは凄まじいですわね。所謂ゾーンなどに近しい状態という事でしょう。
「なら……!」
「……フム」
光の速度で光速移動。レモンさんの周りをグルグルと回る。
彼女は気配を読みながら今の攻撃をしておりますの。しかし攻撃を放つには条件があり、触れなくてはならない。ですので敢えて触れずに気配を散らし、翻弄した所で仕掛けますわ。
「………」
どれくらいの間隔でどれ程の距離を進むかは把握。その上で常に動き続けるのは衝突の恐れがあると分かっているので途切れ途切れ、一時停止を一瞬未満の間隔にて執り行い、注意を払いながら確実に翻弄していく。
更には光球の在り方を変えますの。範囲を広げ、木刀の射程内に私が入らぬよう細心の──
「この程度では惑わされぬよ」
「……!?」
注意を払って仕掛けようとした瞬間に打ち抜かれた。
まさか……全く近付いておりませんでしたのに……!
「気配を読めば移動地点も大凡は把握出来る。そこに木刀を置いておけば自ずとルーチェ殿が突っ込む形となる訳だ」
「先読み……確かに移動速度は関係ありませんものね……」
打ち抜かれたのではなく、私がそこにぶつかったとの事。一時停止の際には光その物から生身に戻るので激突してしまうという事ですわね。
先程光の状態でも打ち抜かれましたが、それについてはレモンさん自身の技術。彼女は炎や水などのエレメントを木刀で切ったり属性を技術のみで打ち消す事が出来る。無効化の力すらカウンターで相手に当てる事が可能ですものね。常人じゃ到底理解出来ない技術力のみで光である私を叩いたのでしょう。
「ならば……!」
「これ以上時間を割いては私達が不利となりそうだ。終わらせる」
「……!」
再び光速移動しようとした瞬間、レモンさんは私との距離を詰め寄った。
今の私にとっては止まって見える程に遅いですが、先程までの前例がありますの。なので敢えて仕掛けず距離を置き、遠方から光球で牽制する。
「フム……闇雲に近付かないのは流石だ」
どうやらこのやり方が一番お相手にとって厄介な様子。遠距離攻撃は無く、あったとしてもレモンさん自身の振るう木刀より劣るので問題は無し。
このまま続けて攻撃を──
「だが、今の私なら何の問題も無いな」
「……!」
放った瞬間、光球が反射されて私の方へ跳ね返った。
光に攻撃を当てる技術。自分で思っていたのに抜け落ちてしまいましたわ。
しかし光球より私は速い。なので此処は落ち着いて躱せば……!
「この場所に来る事は把握している」
「……ッ!」
そうでしたわ……! 先読みも凄まじく、下手に移動すれば相手の思う壺。いけませんわね。そろそろ魔力切れで思考も弱まってますの。
次の攻撃で終わらせる……もしくは聖魔法に切り替えて回復を……いえ、そんな時間は無いので次の行動は……!
「一瞬でも迷えば、それこそ相手の手中にハマってしまうだろうて」
「カハッ……!」
焦りと疲労によって私はレモンさんに手痛い一撃を受けてしまいましたの。
それにしても速過ぎますわ……。先読みというレベルではありませんの。まるで未来でも読んでおられるような……!
「……とでも考えているだろう。違う。君はただ単に、私に操られているだけよ」
「……!? 思考まで!? と言うより操られているとは……! まさか洗脳の魔法を……!?」
「そんなものは使えないが、操ってはいる。意識を失うまでの間に説明でもしておこう」
「……っ」
鳩尾を木刀で突かれ、吐き気と共に呼吸さえも難しくなる。そこから流れるように打ち込まれて吹き飛び、光の効力が更に減った。
「初撃を与えた時点で君の動きは完全に把握していたんだ。攻撃が当たるとなれば別の方法を考える筈。やれる範囲の事柄を予測し、また別の攻撃を加える事で次の行動を操作」
「しかし、私が次に何をするかなど……!」
「分かる。そもそもまだ慣れていない様子のその力。行動範囲は狭まってしまう。そこへそうなるように仕向けたのだからの。限定的な力という事は把握しており、次第に冷静な判断も限られてくる。分かりやすい光球の反射による視線誘導に引っ掛かってしまったのもそれよ。その上で可能性を提示し、次に移す。だがそれを続ければ何れは気付かれるだろう」
「まさか……時間を割くと不利になるというのは……」
「無論、思い通りに動かし難くなるというだけ。今の私が敗れる道理は無い」
なんという観察眼。なんという胆力。全てを計算した上で光の速度である私を操っていたなんて……! まんまとハマってしまいましたわ!
「気配や動きを読んでいると言うのは既に告げた事。その上で私は勝利を掴む!」
「……ッ!」
鋭い一撃が突き刺さり、私の意識が遠退いた。
確かに全て説明し、動きを読めている事も教えておりましたわね。にも関わらず私はその通りに動いてしまいましたわ。これでは私の敗北も必然。
「これで終幕よ。ルーチェ・ゴルド・シルヴィア殿」
既に意識が遠くへ行く私に話すレモンさん。最後まで宣言してくれるなんてお優しい事。
ならば私も、それに応えましょうか。
「そう……ですわね……!」
「……!」
残った魔力を床に放ち、この階層を崩す。これは流石のレモンさんも予測していなかった事態であり、此処まですれば近道は作れた事でしょう。
「見事!」
「──!」
木刀を振り抜き、私の意識は完全に消え去る。しかし彼女の言葉。気配を読める彼女だからこそ、気付いたようですわね。
後は頼みましたわ──ティーナさん。
「ルーチェちゃん!」
「近くに君が来ていたのは理解していた。まさか、ギリギリの状態で床を砕いて階層を落とし、君の前に私を寄越すとは。ルーチェ殿は凄まじいの」
「そうだね。大事な友達。スゴい友達だから!」
「うむ。誠にその通りよ」
──レモンさんと私は邂逅し、即座に植物を展開する。今の彼女は様子が違う。なんかとてもスゴい感じ。具体的には分からないけど、そう直感する。
私達のダイバース。上にもまだ戦っている二つの気配を感じるけど、全体的に見れば最終局面に差し掛かったかな……!




