第三百七十八幕 本と筆・物語と絵
「強さは互角と言ったところか……!」
「さあ、どうでしょうね」
筆を払い、距離を置く。その瞬間には絵を描いており、墨からなる炎が放たれた。
本魔法は召喚出来る物に限りがあるけれど、筆妖術は描けば再現無く放てるのが強みね。その分自分の力以上の事には制約があるとしても利点が勝るわ。
「早いところ倒しちゃって」
『ブモオオオォォォォッ!!!』
『……!』
「鬼が……!」
とは言え、一つ一つの存在は相手の実力次第。現状では私の方が上なので、本魔法で繰り出す召喚獣よりは劣っている。少しは拮抗しても消す事は簡単ね。
鬼を消し去ったミノタウロスは一歩踏み込んで墨の小鳥達を薙ぎ払い、本の鳥達も順々に打ち勝っていく。
物語達の単純な実力も今のところは私の方が上みたい。
「くそっ! まだまだ!」
「筆が早いわね。文字通り」
あの子の絵を描く速度はかなりのもの。瞬きのうちに描き終えている。
複数の動物達を嗾け、武器を掲げた兵士達も出陣。その全てをミノタウロスが消し去り、スミさんへ戦斧を振り下ろした。
「そいやっさ!」
『……!』
筆を薙ぎ、戦斧が弾かれた。ミノタウロスの怪力に押し勝つ力はあの子に無いから、今の一瞬で弾く何かを描いたという事ね。見ればクッションのような物がある。
此処からは数で攻めてくるだろうし、ミノタウロスは下げておきましょうか。
「物語──“風雷神”」
『『…………』』
「……!」
次の物語を扱うまでの魔力量は既に回復しているもの。元々ミノタウロスとならもう一体くらい併用出来るけど、雑に広範囲を払える風神と雷神の方が適任ね。
ミノタウロスは消え去り、スミさんは筆を構えた。
「此方に有利な存在を出したって訳。けど問題も関係も無い!」
『『…………』』
「向こうも風雷神。同じジャンルで張り合うと言っていたものね」
同じ姿で色だけが違う風雷神を描いた。
それがあの子の拘り。同じジャンルで上回ろうとしているけど、スミさん以上の実力は出せないから此方の風雷神が勝利を収めた。
『『…………』』
『『───』』
果たして何がしたかったのかしら。
「そこ!」
「成る程。これが狙いね」
消し去られるのは大前提。あくまで風雷神の気を引くのが目的だったみたい。
私の死角には小動物がおり、スミさんと同じタイプの筆を持っていた。その子は同等の画力で描き、槍が飛び出して私の体を掠る。
画力の高い小動物だけど、動きは単純な事しか出来ないから造形が比較的簡単な物を描いたようね。本当にただ刺すだけが目的のような物。それでも死角から突かれたらダメージになってしまうから大変ね。
「余所見はしない方が良いぞ!」
「余所見させたのはアナタでしょう」
その間に畳み掛けるような炎攻撃。けれど風神がフリーなのでロウソクの火を消すように吹き飛ばした。
そこを抜けて槍が投擲される。まずは小動物を何とかしなくてはいけないわね。はからずも連続攻撃と化すわ。
「やって」
『…………』
雷を落とし、小動物を焼失させた。
本の鳥達を再び周囲に羽ばたかせ、スミさんの陣営も出揃う。
「隙は何処にでもある!」
「その様ね」
兵士達を一斉に嗾け、雷神が雷で粉砕。けれど鉄の鎧を着込んだ兵は雷にはやられず、それらには風で対処。
山河を吹き崩す事の出来る風。鉄を着込んだ兵士も飛ばせるわ。ショッピングモールも崩れてしまっているけど、あくまでステージだから無問題。
「そこ!」
「……! アナタは……そう言うこと」
気付いた時、スミさんは横に居た。見れば遠方のスミさんは絵の影武者となっていた。その横には抜け穴があり、回り込んできたのが窺えられた。
突き出された筆を避け、槍を薙いで距離を置く。
「バン!」
「……!」
既に設置されていたのね。墨の塊が破裂と同時に爆発し、衝撃波によって私の体が吹き飛ばされる。
勢いで一つの店内に入り、お店の品物をバラバラにしてしまったわね。
「此処は……奇しくも画材店ね」
マネキンやテーブル等の什器。定番のペン類など色々ある画材店。
筆を使うスミさん相手の時に此処へ飛ばされるなんて、偶然とは面白いわね。
「兵士なら此処でも増やせる!」
「そんな事も出来るのね。不思議な墨」
倒れたマネキンが起き上がり、拳を振り下ろしてテーブルを割った。
マネキンにしては高い威力。操られているのと素の強度を思えばおかしくない事ね。横からはカッターナイフなどが飛んできてそれらは本の鳥達が防いでくれた。
「この店では風も雷も届かないだろう!」
「そうでもないでしょう。吹き飛ばせば良いんだから」
「……!」
風を出入口から吹き込み、画材屋の物を吹き飛ばす。
マネキンも飛んだから大丈夫そうね。本体は入らないけど、こんな風にサポートは可能ね。
「だが、これでも此方の有利は変わらない! 自分自身も吹き飛ばしてしまうからな! 範囲は狭いし威力も低い!」
「そうね。それは正しいわ」
私の体を風で吹き飛ばし、何かにぶつかり意識を失ってしまっては元も子も無い。だから風の威力は弱めてある。対するスミさんはお店の中にも絵を描き、既に兵力を増やしていた。そして自分は少し離れた安全地帯で待機中。
傍から見たら私の方が不利なのは間違いないわね。現状で私の有する兵力は本の鳥達と私自身が持つ槍くらいだもの。此処は武器を変更しておきましょうか。
「銃に切り替えたようだが、銃の数でも私の方が多いぞ……!」
「「「…………」」」
「でしょうね。見ての通りだわ」
兵士達は銃を持っている。大会のルール上、殺傷力は抑えてあるんでしょうけど大変なのは変わらない。外からのサポートにもやれる範囲があり、まずは画材店から出なきゃならないけれど。
「抜け出す事も難しそうね」
「「「…………」」」
出入口には兵隊。及び墨からなる壁で逃げ場は無くしてある。
さて、どの様にして抜け出しましょうか。
「掛かれェ!」
「「「おおおぉぉぉぉっ!!!」」」
「やれやれね」
スミさんの指示で兵士達は一斉に駆け出した。
剣を扱う者から遠方で銃を撃つ者。私も銃を用いて兵士達を撃ち抜き、相手の弾や斬撃は本の鳥達で防いでいるけど多勢に無勢。一時的に凌ぐくらいしか出来ないわね。
「ハハハ! これで私の勝ちは決定的だ!」
勝利を確信して高笑いするスミさん。そうね。間違っていないわ。このまま行けば相手が勝利を収める。
──そう、このまま行ければ。
「物語──“戦争物語”」
「……!?」
風雷神は二体分の魔力。なので追加召喚出来る存在は限られている。
だからこそ一瞬の事象で終わる存在を召喚し、私達ごとこの店内から抜け出すつもり。
「何を……!」
「そうね。警告よ。空襲や地雷に砲撃……あらゆる爆発物に注意しなさい」
「……っ」
召喚したのは“爆発”。
それを発射する人や砲台ではなく爆発その物を召喚した。これなら単純な爆弾召喚と同じくらいの魔力量で済み、既に爆発しているので点火までの時間が掛からない。
このまま使うのは危険だけれど、私の周りには本の鳥達やスミさんの兵士達が居るものね。緩衝材代わりとなり、私に及ぶ威力は下がる。対するスミさんの周りには依然として何も無し。兵士の近くだと巻き込まれてしまうもの。それが正しい判断。
そしてその判断を私は逆手に取った。
「逃げ場ゼロよ」
「しまっ……!」
ドカァン! と爆発が置き、店内とスミさんが吹き飛ぶ。デフォルメされていない爆発音はバァン! とシンプルな音だけれど耳がキンキンするわ。
文字通りの肉壁は音や衝撃も抑えてくれるから好都合。互いに後方へ飛ばされ、私は反対側。スミさんは入り口方面へ向かった。
「くっ……けどこれくらいで意識は……!」
「それともう一つ。雷警報が出ているわ」
「……!」
『………』
「まあ、数百メートル離れたこの位置からじゃその注意喚起も聞こえていないのでしょうけど」
外に待ち構えるは風雷神。スミさんの兵士達は店内で吹き飛んでおり、彼女の周りには誰もいない。
チェックメイト……とでも言っておきましょうか。
「体がヒリヒリするわね。ダメージはそれなりに食らってしまったわ」
「きゃあああああ!!!」
バリバリと目映い光が点滅し、スミさんはその名前通り墨のような色味になった。
それと同時に膝を着いて倒れ伏せ、そのまま転移する。流石に意識を失ったわね。筆の墨も水分。電気はよく通す。
これにより、私とスミさんの戦いは私が勝利を収めるのだった。




