第三百七十六幕 炎と水の一騎討ち
「ハッ、まさか此処で当たるとはな。リベンジマッチとなりそうだ」
『僕の方が負けてる気がするんだけど』
「最初に会った時はアンタの自滅だし、五分五分みたいなもんだろ」
『いや、周りの炎は君からなるもの。それが実力だっただけだよ』
「アタシの気が済まないだけだ。此処で完全勝利を納めて遺恨を払う」
『大袈裟な物言いだね』
ショッピングモール内で気配を追って突き進んでいたアタシは、カッパであるカワミチに会った。
強敵揃いの“神妖百鬼天照学園”でもレモンに次ぐ実力者。相手にとって不足は無いよ。
「大袈裟で良いんだよ。気分の問題な訳だからな!」
『そうかい。でも、確かに負けっぱなしは気分が晴れない。全力で勝ちに行く』
魔力を込め、炎で加速。片手には炎剣を携え、カワミチへ向けて一気に振り下ろした。
相手は体勢を低くして構える。
『“発斬酔”──“鋸弾”!』
「毎回それを入れてくるんだな!」
『作法のような物さ』
拳を地面スレスレに置くと同時に踏み込み、炎剣と空気を切り裂く突進が衝突する。この所作が本気の戦いを始める合図なのかもな。
前までのアタシなら競り負けてたかもしれないけど、今は互角。自分の成長を実感出来るぜ。
『力が付いたね。吹き飛ばないとは』
「思春期は成長の時期だからな!」
炎剣を払い、向こうも風圧で対抗。互いに弾かれるよう距離を置き、カッパは更に妖力を込めていた。
『“水鉄砲”!』
「物理から遠距離まで色々あんな~。“ファイアボール”!」
『君が言えた台詞じゃないだろう』
鉄砲水が放たれ、炎で迎撃。二つの球体は衝突して蒸発し、水蒸気を巻き上げる。
視界は悪いけど気配は読める。炎剣を再び片手に握り、カワミチとの距離を詰め寄った。
「よっと!」
『剣術は専門外だよ』
炎剣を躱し、水掻きのある掌をアタシの方へ。同時に妖力が込められた。
『“月羽璃”!』
「……っ。水が……!」
そこから水が凄まじい勢いで噴き出し、アタシの体を吹き飛ばす。
近くの店内へ突っ込み、商品がひっくり返った。ステージじゃなかったら弁償金額ヤベー事になってたな。連続攻撃なのか、シャボン玉みたいな物が辺りに散ってらァ。
『まだまだ!』
「もう眼前に……!」
相変わらず身体能力も高ぇや。
アタシも成長したけど、同じだけの時間は鍛練が出来た訳だからな。向こうが成長しない理由は無い。
てか、アタシも天才だけど相手も天才揃いだろうしな。天才達の祭典だ代表決定戦は。
取り敢えず何とかして対処しなくちゃならない。とにかく魔力を込めて火を作り出してそのまま炎でカウンターしてやるぜ。
『──“音虚弾視”!』
「……!?」
そう思ったけど、凄まじい音と弾の幻覚が通り過ぎ、アタシには何の影響も出ていなかった。
目の前で手を叩かれてちょっと驚いたし、音と視覚で惑わされたけど、それが狙いの技みたいだ。
『“晴里天”!』
「……ッ!」
そしてその一瞬の隙がダイバースに置いては命取り。
高い威力の掌底打ちが放たれてアタシは店を貫き飛ばされ、別の店へ吹き飛ばされた。
『“夜裏斬”!』
「斬撃もか……!」
起き上がった瞬間に黒い水からなる斬撃が到達し、仰け反るように回避。そこに向けてまた迫っていた。てかこれってそのまま攻撃に……!
『“武血渦魔死”』
「おーっと……! 物騒な名前だな!」
下方に炎を放って浮き上がり、その突進は躱す。けど衝撃波だけで広範囲が吹き飛んだな。当たったら即リタイアでもおかしくないぞこれ。
『“浮羽手儺牙”!』
「なんじゃこりゃ……!」
浮き上がった瞬間に妖力からなる鋭利な物が投擲され、アタシの体に掠る。
脇腹部分の布が少し破れただけで済んだけど、斬撃とか鋭利な何かとか、体術とは違う攻撃もしてくんな。
こりゃ一気にケリを付けないと攻撃を食らい続ける一方だぞ。
躱したし空中に居るし相手は攻撃直後の隙があるし、今のうちに狙っとくか。
「──“フレイムバーン”!」
『──“水掌底”!』
炎に対するは水。高い妖力もカワミチの特徴。上級魔術だろうとお構い無しに受け止めて来やがるぜ。
二つの力は鬩ぎ合って店内全体を水蒸気で埋め、アタシは降り立つと同時に炎で加速した。
「一気に攻め立てる!」
『良いね。ぶつかり合いは嫌いじゃない!』
炎の加速そのままで突っ込み、体当たり。カワミチは水の膜で防ぎ、アタシ達は水蒸気に包まれた店から別の店へ移動して粉砕しながら突き抜けた。
それなりの距離を移動したところで互いに離れ、両手に魔力を込めた。
「“ツインフレイム”!」
『“水遊び”!』
両手から炎を放ち、相手はしゃがんで妖力を込め、掬い上げるように水を掛けた。
本当にただ水遊びをしているようにしか見えないけど、それで炎が消されたんじゃ堪ったものじゃねえよな。
また水蒸気に覆われ、今度は左右の何れかから嗾けてみる。
「“サンドイッチフレイム”!」
どっちもからだったな。
昼食にサンドイッチを食べてる時に気付いた。これみたいに炎で左右から挟めば逃げ場が無くなるんじゃね? ってな。
思い付いたのは大分前で、実践に使った事無かったけど案外悪くないかもな。
『“二丁水鉄砲”!』
「ま、防がれるか」
単純に両手から水を出して炎を消すだけ。それでも無効化するには十分な物があった。
並大抵の水魔導師なら蒸発させて突破出来るんだけど、カワミチレベルの実力者になると厄介さに拍車が掛かる。
前みたいに頭の皿を蒸発させて勝つのは簡単ではないにせよ成功する可能性は高い……けど、そんな勝ち方じゃ実力が届いてないってなるだけだからな。辞めなきゃ来年もあるかもしれないけど、中等部最後の代表決定戦。キチンと勝利を収めたいところだ。
その為には、取り敢えず仕掛けて仕掛けて仕掛けまくる!
「“フレイムアロー”!」
『このくらいで倒せるかな?』
「“ファイアボール”&“フレイムレーザー”!」
『成る程。数撃って倒す作戦か。それともまた頭の皿を乾かそうとしているのか、何れにせよ関係無いけどね!』
「……!」
炎による連続攻撃は周りを覆った水で防御。前に皿を乾かしてるからな。その対策は当然積んできたって訳だ。
そうだとしても、やる事は変わらない。
「“フレイムフィスト”!」
『“水掌底”!』
さっきも思った通り、元より今回は頭の皿を乾かしての勝利じゃなく、ちゃんと正面から打ち破るのが目的。それが決定するまで撃ち続ける。
炎の拳と水が衝突して蒸発し、そこから一気に突き抜けた。
「そらっ!」
『最終的には接近戦に持ち込むつもりかな』
「その方がやり易いからな!」
空気が揺れて水蒸気は消え去り、炎剣と水の防御がぶつかってジュージューと心地好い音が響く。
気配も読み、動きも読み、炎を周囲に展開させて先を読む。
『こんなに展開させて……未来でも見るつもりかい?』
「未来視か。悪くないな。世の中にゃそれくらい出来る奴も居るだろうさ。けどまあ、今のアタシにはまだ無理。限り無く近いそれは遂行してみるけどな」
『面白い。試してみよう』
カワミチは妖力を込め、体勢を再び低くする。それによって周りの炎が揺らぎ、次の瞬間には爆発的な速度で踏み出した。
そしてそれを見極めて回避する。
『へえ?』
「っと……!」
アタシに当たらなかったカワミチは急停止し、そのまま裏拳のような回転混じりの張り手を打ち付ける。それに伴って炎は揺らめき、アタシはしゃがんで避けた。
同時に地面へ魔力を込め、複数の火柱を立てる。
「“フレイムタワー”!」
『成る程。炎の動きで僕の行動を読むか』
「流石だな。たった二撃でバレちまったよ」
火柱は消された。炎が揺れ、掌から火炎を放射して後退るように回避。また炎が揺れ動き、方向転換して見えない水滴の弾丸も躱した。
擬似的な未来視。方法は単純で、動きに反応する炎を周囲に展開。その動きを読んで先を予測する。
既に気配を読んでの行動はしているから、それと掛け合わせて実質複数の目でカワミチの動きを完璧に読んだって事だ。
『だったら……』
「……!」
次の刹那、全ての炎が同時に揺れる。気付いた時には全てが掻き消されていた。
何が起こったのか、全く見えなかった。けどアタシの体にある感覚。それから推察するに……。
『──“鋸弾”!』
「……ッ!」
思考の最中、間髪入れず放たれたカワミチの突進。アタシは全身を強く打ち、鉄の味混じりの息を吐く。
ヤベェなこれ。やっぱり強いぜ。レモンに近い実力を有するNo.2。初戦から当たる相手としちゃハードモードだ。
けどまだそのレモンを倒していない。意識もまだまだ持つし、勝負は此処からだろ。
「大体相殺させられるなら……これが一番良さそうだよな……!」
『……! 炎が……!』
カワミチがさっきしたのは多分空気中の水分を一気に飛ばした感じだろう。だから炎は消された。
けど、消されたのは微細な反応が可能にしてある感知の炎だけで攻撃用の炎は残っている。それを遠隔で操作し、アイツの体を拘束してやったぜ。
どうせこれもすぐに消火される。どう転んでも相殺されるってんなら、されなきゃ良いだけだ!
「どっちが先に力尽きるかだ!」
『そうか。望むところ……!』
思い付いた方法、それが今──
「“フレイムバーン”!」
『“斬鞠手”!』
──ゼロ距離での大放出。
それが今回の勝ち筋。比較的炎に耐性のあるアタシもそこそこ熱いけど、まあ問題無い。意識を長く保てば良いだけだからな。
カワミチは斬撃作用のある妖力をボールみたいにして炎を打ち消し……斬り消しながら耐え忍ぶ。
熱の放出は数分間続き、頃合いを見計らって互いに距離を置いた。アタシ達の体は香ばしくなっており、プスプスと音を立てる。
丁度近くに服屋あるし、今の状態から変えとくか。
そう、そんなアタシ達の結果は──
『……見事……!』
「……っ……はぁ……はぁ……一回戦の初戦闘から……ぜぇ……体力……使い過ぎた……!」
カワミチは意識を失って転移し、アタシも膝を着く。まずは……殆ど無くなった衣服の交換だな。
気を抜いたら意識が持ってかれそうだし、アドレナリン的なのでピンピンしているうちにさっさと着替える。その後に少し回復すっか。それだけの魔力は残してあるけど、多分この瞬間に敵が来たら勝てないんで少しの間気配を消して息を潜ませる。
アタシとカッパの戦闘は、辛うじてアタシが勝利した。




