第三百六十八幕 修学旅行
──“修学旅行・当日”。
暖かさに拍車が掛かり、次第に蒸し暑くなってきた今日、いよいよ修学旅行が始まる。
私達は班ごとに“魔専アステリア女学院”へ集まり、その後に転移の魔道具にて移動。早速目的の国“フラーゾ・テオス”に着いた。
国の玄関口とも言える場所にて入国の手続きを行い、全員の認証を終えて入る。
そんな私達の前には、美麗な白亜の街並みが連なっていた。
「わぁ……全部真っ白……」
「だなぁ。アタシとしても来たのは初めてだし、写真や映像で見るのとは違うぜ」
他にも居るかもしれないけど、私とボルカちゃんは“フラーゾ・テオス”に来るのが初めて。有名な国だから参考資料は沢山あるけど、やっぱり実物は違うや。
その景観はと言うと、まず目に映るのは前述した通りの白亜の街。白い材質からなる建物が並んでおり、太陽の光を反射してまるで光っているように見えた。
街路樹は流石に白くないけど、歩廊や装飾は純白。存在だけでアートと思えてしまう物だった。色を塗らない絵がそのまま飛び出した感じにも見えるね。
「けど、全体的にすげぇ眩しいな」
「うん。具合悪くならないように工夫はされているけど、どうしても眩しさは抑えられないのかも」
ここに来る人の為に色々と工夫は施されているものの、光を反射する白の素材は眩しさを醸し出す。だけど少し居るだけで慣れてきてあまり気にならなくなりつつあるかも。
そんなこんなで白い国“フラーゾ・テオス”。私達は班ごとに並び、注意事項を先生から聞いた後、自由行動の時間となった。
門限までに宿泊のホテルに戻れたらオーケー。みんなは各々で行動を開始する。
「んじゃ、何処から行く? 行き先自体は予め決めてあるけど」
「やっぱり時間に余裕がある今は少し遠い所に向かうべきかな?」
「だな。そんじゃ目玉の城にもう行くか」
「意外と悪くない案よ。この街はお城を中心に広がっている。だからお城からなら何処にでも行けるのよ。その後に寄る予定の場所を踏まえて、行動拠点兼目的地となるお城を中心に見て回るのはアリだわ」
「ではそうしましょうか。あんなに大きなお城は流石に所有しておりませんもの!」
「私もオーケー。その案に乗るよ」
私達の班。班長がボルカちゃんで、地図係がウラノちゃん。
私達にもそれぞれの役職が与えられているけど、その中でも即断即決のリーダーとしっかりしている地図係が居るから行動はサクサク進めそうだね。
なので案通り、お城を行動拠点として“フラーゾ・テオス”の街を行く。
「お、名物の食べ物や土産も色々あるぜー」
「どっちもまだ早いような気が……」
「そうね。朝食は数十分前に摂ったばかりだし、お土産も荷物になってしまうわ。まあ、人によっては荷物持ちの使用人を呼ぶ事も出来るけれど」
「ハハ、アタシん家にそんな財力は無いや。確かに腹もあんまし減ってない。しゃーない、今の時間は諦めるとすっか」
「あんまりという事は少しは減っているのですわね。流石と言うか何と言うか」
「君達は相変わらずだね」
その道中、ボルカちゃんは色んな物を見つけて目移りしながら進んでいた。
フワフワのわたあめ。白いアイスクリーム。ミルクとか甘い飲み物とか、白いスイーツから白い飲み物まで全てが白かった。
お土産は街を象ったミニチュアとか、陶器のお皿にこの国の食べ物等々。ミニチュアはちょっと欲しいかも。色々あるんだねぇ。
ともあれ、食べたばかりでこの食欲はスゴいや。それにいつもの授業中はウトウトしている時間帯なんだけど、今日はスゴく元気だね。
そんな風に街並みのみならず特産品などを見て楽しみながら私達は進む。その道中、カザミさんは疑問を浮かべるように話した。
「それにしても、何でこんなにも白いんだろうね。観光都市としてのテコ入れ的な?」
「この辺りは石灰がよく取れるのよ。だから必然的に建物も白くなる。暑い国だから黒いと日差しを吸収し過ぎちゃうのも理由かしら。石灰がよく取れる場所で日差しの対策にもなる。上手い具合に噛み合った結果の白い建物ね。お土産や食べ物は完全なる便乗だけれどね」
「詳しいね。ウラノさん」
「ええ。学びを得る事は楽しいもの。趣味の延長で自然と得た知識……まあちょっとした雑学程度ね」
そんな理由があったんだね。
確かに石灰は白いから日の光による熱を建物内に込めないし、更には除菌も出来る。
今ではこんなに綺麗な観光都市って認識だけど、昔の人が試行錯誤して生活の為に必要な事をしていたらそうなっちゃったってだけみたい。
でもそれで今ではこんなに発展してるし、それについては良い事だね。
「そんでもって、此処が例の城か。城ってよりかは神殿だな」
「ホントだ~」
「大きいですわね」
「私達のイメージするお城とはちょっと違うね」
「そうね。この国の王様は神様とも謂われているもの。居城兼神殿なのはかつての王様の存在に合っているわ」
私達がやって来たお城は、お城と言うより神殿のような造りだった。
門には白亜の柱が立っており、集った観光客達で賑わっている。このお城も街並みと同じく純白であり、スタッフの方が出入口付近で観光客達の相手をしているのが見えた。
多分どの時間帯でもこれ程の賑わいを見せているんだろうなぁと思う。流石に営業外の時間は居ないんだろうけどね~。
「そんじゃ行くか」
「うん」
私達は学校側の配慮でVIP待遇。行き先を決めた時から予約はしてあり、あまり並ぶ事無く入る事が出来た。今回向かう場所は全部がそうしてあるよ。私達の班だけじゃなく、“魔専アステリア女学院”中等部三年生の全部がね。
とは言え、既に準備は終えていた事なんだけど、ちょっとした罪悪感もある。他のお客さん達はみんな並んでいるんだもんね。
そんな事を考えながらもお城の中に入り、私達はその内装に圧倒された。
「わあ……」
「スゴいな」
街並みや外装と同じく白を基調とした内装に青や金などの装飾が映え、お城を支える一本一本の柱が細部まで丁寧かつ綺麗に造られており、数千年前の超一流である職人の御技が光って見えた。
と言うかよく見たら……。
「まるで美術館みたいに色んな彫刻が置かれているね」
「流石に当時からこうって訳じゃないだろうし、その時の暮らしを再現したりしてんのかもな」
「そうね。だけど本物の美術品である物もチラホラ。鑑賞用に当時から飾られていてもおかしくなさそう。場所は違うんでしょうけど……いえ、こう言った場所では変わらずかしら。そしたら奇抜なセンス」
様々な彫刻がある、光が差し込む大広間。一部は当時の人々の暮らし。一部は本当に置かれていた美術品。
当時のそのままで残している可能性を考えれば数千年前からあるんだね。
それから渡り廊下。当時使われていた部屋を順に見て回り、このお城で一番の人気スポットである王様の部屋にやって来た。
「おぉ……なんかこの部屋だけ雰囲気が違うな」
「うん……そんな気がする……」
その部屋は、彫刻や絵画などは一切無く、中央の展示ケースの中に飾られた一冊の本と大きな椅子が置かれただけの物。
なのに妙な雰囲気があり……何て言うんだろう。神聖な感じが犇々と伝わっていた。
少しボーッとするだけで長い時間が経過したようなそんな感覚に陥る。
「……っと、見惚れている場合じゃないな。次も待ってるし早く見て回るか」
「あ、そうだね……!」
「ついボーッとしてしまいましたわ」
「不思議な魅力がある部屋ね」
「本当だね」
この部屋は他と比べて特別で、一人。もしくは一つのグループでしか入れないようになっている。
一人でもグループでも、一つの持ち時間は10分。人気の高い部屋で後ろにも大勢の人を待たせているから早く見なきゃ見切れないや。と言っても気配が不思議なだけで、周りは外が見える大きな窓。上も天窓。壁にも変哲は無く、奥に置かれた椅子と本だけの部屋なんだけどね。
「てか、この本真っ白だぞ」
「ホントだ……何も書かれてないや」
置かれていた本と全ページの写真は、全てが真っ白だった。
一文字すら書かれておらず、写真を凝らして見ても何も見えない。長い年月を経て紙はくすんでいるけど、当時からそうだったのかな。
「あ、此処に説明がありますわよ」
そんな本に対して疑問を抱いていると、ルーチェちゃんは詳細な説明の書かれたプレートを指し示した。
このままじゃよく分からないし、その説明を読んでみる。
《“王の本”。
かつて人間の国を治めていた王が愛読していたと思われし本。
発見当初から文字のような物は書かれておらず、魔道具などで繊維まで調べてみたが何の情報も見つからなかった。
しかし使用人の日誌にこの本のカバーと同じ特徴を持つ物を愛読していたと記されており、確かな指紋も確認されたが、それ故に謎は深まるばかり。
一説では王は見えない文字を見えたとか炙り出しなど様々な物が唱えられたが何れも確証には至らなかった。》
「当時からずっと真っ白だったって事しか分からないな。なんだこれ?」
「さあ……でも……なんだろう。この本に近付くと本当に何かしらの文字が見えそうな気がする……写真からじゃ分からないけど……」
「マジか。アタシは何も分からないぞ」
「何となくだよ。そんな気がするだけ……本には触れないから確かめる事も出来ないんだけどね~」
確かにインクの痕跡も見つからない白紙の本。でも、展示ケース越しに触れるだけで不思議な感覚が訪れた。
目を閉じれば文字が浮かんでくるような……今日も一緒に居るママやティナに似通った何かがあるような……そんな感じかな……。
──この文字を理解出来るのか。珍しいな。この本は白紙だが、我が物語を想い、綴った。全てを知るからこそ白紙のみが唯一の楽しみだったんだ。その思考を読み取ったか……いや、成る程。君も存在しない者と独り言で対話をするのか。
「……アナタは……」
「……? ティーナ?」
なんだろう……。声のような物が聞こえた気がした。白紙だったのは全知が為、何者にも生み出せない物語を読む為……あれ、そこまで話してたっけ?
それに独り言って……と言うかこの声は何処から──
「それでは、お次のお客様にお代わりくださーい!」
「……!」
スタッフさんの声を聞き、全ての思考が消し飛んだ。意識がこの場所に戻り、ボルカちゃんがそちらの方を向いていた。
「おっと、もう10分経ったのか。体感時間はかなり短かったな」
「……うん。そうだね。ボルカちゃん」
確かにさっき何かを感じた。でも忘れちゃって思い出せない。大した事が無い思考だったから忘れたのかな?
それなら別に良いんだけど……展示ケースに手を翳してももう何も感じないし、私はボルカちゃん達の後を追って王様の部屋を後にする。
「次は何処だっけ?」
「貴女が決めるのよ。班長」
「ハハ、そうだな」
何かを感じた気がしたけど、多分気のせい。それすらもう覚えてないや。
そんな事より今はこの修学旅行を楽しまなきゃね!
私達“魔専アステリア女学院”の修学旅行。いよいよ本格的にスタートするのだった。




