第三百六十一幕 根比べ
「オラァ!」
「片手の負傷なんて……全然ハンデになってないな……!」
踏み込んで拳を打ち出し、アタシは炎を前方に放って飛び退くように回避。さっきまでアタシの居た場所には巨大なクレーターが造り出され、地面の高さが数十メートル沈んだのを確認した。
この調子じゃ、一挙一動で聖域ステージが見えない壁ステージに変わっちまうぞ。
「“ファイアランス”!」
「無駄だ!」
「だろうさ!」
火槍を放ち、仰ぐように消し去られる。
そんな事は承知の上。視線誘導が目的だ。ラトマも気配は読めるんだろうけど、アタシがそうであるように探そうと思わなきゃ探れない。
要するに常に気配を追い続ける事は出来ないって訳だ。無論、そうじゃない可能性もあるからあくまで可能性の領域は抜けないけどな。
気配を読んでも急に眩しくなったら目が眩む的なそれって事だ。
「“溶岩上昇”!」
「まだ仕込みが残っていたか……!」
さっき地面周りをマグマに変えたからな。その余波は残っている。ステージの大半は消し飛んでたけど、ドンドン熔解させていけば溶岩の領域範囲は広がる。
結果的に今、聖域ステージの地面は溶岩に包まれていた。
「取り敢えず、アタシが行えるアンタへの対抗手段は溶岩の窒息による気絶。それを優先していくぜ!」
「大々的に話すな。作戦が漏れて良いのか?」
「作戦なんて大層なものじゃないさ。別に意表を突いたりすげえって思わせる事が出来る訳じゃないからな。ただ単に手段の一つってだけだ」
結局の所、アタシがやれんのは正面突破。裏を掻いたり意表を突いたりは、出来なくはないけど結局は正面突破の延長線上でしかない。
やれる段階でやれる事をやってるだけさ。
「“マグマボール”!」
「炎魔術から昇格させてマグマ魔術にしたか」
「別にマグマが炎の上位互換って訳でもないぜ。結局は出力な訳だからな。確かに液体って部分ならマグマに軍配が上がるけど、逆にマグマすら蒸発させる炎使いが居てもおかしくない」
「ああ、そうだな」
溶岩球を撃ち込み、ラトマは片手を薙いで防ぐ。
この程度じゃダメージにならないのは把握済み。片手を使わせる事が目的だ。
「その隙に……!」
「気配なら読めている!」
アタシが飛び出した方向へ向け、空気を弾いた空気弾で対処される。気配が読まれてるのも分かっており、今度は眩しい炎で目眩ましとかもない。
だったらどうするか。単純に衝撃波を抑え込むだけ。
「衝撃波だけで山河も壊れるけど、そのくらいなら耐えられる!」
「魔力の防壁か」
山河より頑丈って訳じゃないが、咄嗟に放った攻撃は多少なりとも威力が落ちている。だからギリギリ防御可能。
弱っている状態の攻撃の更に弱体化バージョンですら防御だけで全力だけど、一撃耐えれば此方から仕掛ける事が出来るのは利点だ。
「あらよっと!」
「今更単純なパンチで……?」
魔力で強化し、炎で加速させた拳を打ち込み、頬を殴る。
確かにこの程度じゃダメージにならない。けど言っただろ? アタシの目的は窒息ってな。
「“滞空炎”!」
「……!」
手から放出した炎をラトマの口周りに滞空させ、酸素を奪っていく。
アタシの……というより炎の魔導全般に通じる話だけど、酸素を消費する炎を出せるか出せないかを選ぶ事が出来る。そう言う理屈になるのが魔導というもの。
普段は単純に熱や燃焼の性質と衝撃波だけで挑んでいるけど、今回は窒息が目的なだけあって呼吸も奪っていく。
「はっ!」
「ま、そう簡単にはやれないか」
息は吸わず、現時点で溜まっていた空気だけを吐き出して周りの炎を消し去った。
単なる吐息ですら暴風並み。肉体構造が根本的に違うな。単純な人間と魔族の差だけじゃ説明付かないものがそこにある。
「んじゃ、呼吸じゃどうにも出来ないマグマを使ってくか」
「一応吹き飛ばせるが、確かにこの質量は難しいかもな」
マグマを龍のように操り、ラトマへ向けて放つ。息で吹き飛ばす事は出来ずとも薙ぐように払って消し去り、アタシの眼前へと片手を向けた。
「危なっ!」
「上手く避けたな」
仰け反って躱し、風圧で背後のマグマが消え去る。
そのまま低い体勢から炎で加速させ、後ろ回し蹴りを打ち込んだ。
食らったラトマは吹き飛び、その後を追撃するようにマグマが追う。連続して当たり、再び体を拘束。次の瞬間には解かれるもステージの柱を投擲。拳で砕かれる。
「“マグマバーン”!」
「完全に溶岩魔導として扱っているな」
炎の上級魔術をマグマとして撃ち込み、それはラトマの体に直撃。でも大したダメージにはならず、地面を擦るように体勢を立て直した。
「“マグマランス”!」
「溶岩の槍か」
鋭利なマグマを突き放ち、掌で防がれる。アタシは炎で加速して回り込み、両手に魔力を込めた。
「“フレイムバーン”!」
「今更この魔術を?」
既に防がれた魔術を放出。ラトマは疑問に思いながら掌で消し去り、その逆方向から溶岩を突き上げる。
「本命はこっちだ!」
「成る程な……!」
卑怯臭いが、負傷している方の手をマグマで貫いた。
包帯は焼き切れ、未だに残る痣が露になる。様子を見る限りダメージにはなっているようだけど……なんだかな。
「“マグマ──……うーん」
「傷口を見て悩むなよ。命取りだ!」
「しまっ……!」
追撃しようとしたけど一瞬手を止めてしまい、相手の空間弾がアタシの方へ。
防御も間に合わず、吹き飛ばされて神殿に激突した。
「痛つ……なんか調子が狂うな……」
「その様だな。アンタは優しいみたいだけど、その優しさは試合に不要じゃないか?」
「だな。一応全力でやってるんだけど、微妙に噛み合わないや」
「お互いに本調子じゃないみたいだけど、それじゃ観客達に示しが付かない……本調子じゃないなりに本気でやろうか」
「だな。そうすっか」
一撃で意識が飛び兼ねないけど、まあ戦闘続行可能。油断……ってよりはまた別の何かだな。決して油断はしていない。
このままじゃグダりそうだし、一気にケリを付けるか。盤面は既に整った。
「“溶航路”!」
「さっきより更に……」
「ああ。ステージを溶かして伝達させての繰り返しで既に此処はマグマステージだ。ティーナが植物の女神ならアタシはさながら炎の魔神だぜ!」
「その異名は初耳だけど、確かに足元が掬われるな」
「それだけじゃないぜ! “落とし穴”!」
「……! 溶岩が……!」
魔力の伝達は完了済み。そこから更に深くへとラトマを落とし、数千度のマグマに囲まれた場所へと到達した。
当然此処じゃ呼吸も叶わない。粘度も高く、視界も悪い。普通の水より遥かに嫌な場所だ。常人なら飛び込んだだけで死んじまうしな。
(けど、この程度じゃ俺は脱出するだけだ)
場所が場所なんで言葉は発せないけど、何をしようとしているかは分かる。泳いで上に出るつもりだ。
でもそれを成功させちゃこのフィールドにした意味がない。
「“アクセルフレイム”!」
「……!」
溶岩の中を炎で加速し、ラトマの体を打つ。それによって上ろうとしていた肉体は再び落ち、そこから連撃を叩き込む。
上下左右縦横無尽。けど決して地上には出させない! この溶岩を消し去る動きすらさせない!
(何故ボルカ・フレムは溶岩の中でもこんな自由に……!)
「そらそらそらそらァ!」
(口パク……音は聞こえないがおそらく声も発している……これは……!)
流石にアタシが此処で自由に動ける理由を理解したみたいだな。聞こえないけど「その通り!」と口パクし、ラトマの体を再び吹き飛ばした。
アタシの体は炎の膜で覆っており、呼吸の確保も熱の緩和も適っている状態にあった。
流石に永続的な物じゃないけど、ラトマから意識が無くなるまでは耐えられると思うぜ。きっと。多分。
(更にはこの魔力出力……ボルカ・フレムにそこまでの情報は無かったけど……そう言う事か……!)
お、別の事にも気付いた様子。素振りで分かる。周りをキョロキョロしてっけど、アタシの気配は掴めてる筈だから別件。
即ちこのマグマフィールドの出力に驚いているらしい。アタシはティーナ程の魔力総量じゃないから本来ならステージ全体を覆えないけど、ルミエル先輩の戦い方を参考にしたんだぜ。
このステージは全てが魔力からなる再現。つまり、魔力その物って訳だ。先輩がそうしていたように、アタシはこのステージの魔力に干渉して全体を変化させた。自ら放出する魔力は無く、全てが既存の物だから性質変化のみで消費量を抑えられたって訳だ。
無敵……と豪語するつもりはないけど、かなり良い使い方になった。
そこから拳を打ち付けて吹き飛ばし、蹴りで叩き落とし、連撃を嗾ける。
(ぐっ……このままじゃ息が……)
「流石にそろそろか……? いや……」
まだ分からないけど、かなりの時間無呼吸で耐えてやがる。肉体の頑丈さのみならず呼吸の長さまで。本当に色々兼ね備えてやがんな。
流石にアタシの炎膜も後数分ばかり。持たなくなってきたし、決着に乗り出すしかなさそうだ。
「これで終わりにする……!」
(……! これは……最後の……!)
埒が明かず、決死の特攻。炎膜はまだ持つけど、相手の呼吸がそれ以上に保てる可能性を考慮したら攻めずには居られなくなった。
直接体内に炎を流し込み、一気に意識を奪い去る!
──そしてそれが判断ミスだと、気付くのは全てが終わった後だった。
「オラァ!」
「……!?」
近くに迫った辺りで拳が放たれ、アタシの体は炎の膜ごと吹き飛ばされる。それによって溶岩も割れ、ラトマの前方が晴れた。
しまっ……た……! 勝負を焦り過ぎた……!
「ゲホッ……ガホッ……危なかった……本当に本当に危なかった……もう数分も持たない程だった……けど、根比べで俺がなんとかギリギリ勝った……」
「マジ……かよ……ほんの数分待てば勝負は決まってたのか……」
「ああ……ゲホッ……今の状況……本来なら例え万全の状態でも俺が負けてた……けど、長く息を止められたお陰で勝利の紐を手繰り寄せる事が出来た……」
「……へへっ……勝負は……まだまだこれからだろ……!」
「ハァ……そう……だな……終わらせる……!」
かなり苦しそうな雰囲気。肉体的なダメージは少ないけど、相当の疲弊は見受けられる。
だったら全身の魔力を絞り出す勢いで……終わらせるのみ!
「──はああああ!!」
「──オラァァァ!!」
呪文を言う暇は無い。単なる炎魔術の放出。それだけでラトマに挑む。満身創痍でまだ戦ってるんだ。一撃まともに受けただけのアタシが引く訳にはいかねえだろ!!
「この……火力……」
「はあああああああ!!」
炎は色を変え、青から濃い紫、白へと変化。アタシにはまだこんな力があったみたいだな。
ステージは熔解し、周りのマグマすらも蒸発して消え去る。あまりの熱量に互いの衣服も持たず、文字通り身一つで炎と拳がぶつかり合う。相手の姿は見えない。アタシの火がとんでもなく、まるで太陽のように輝いているから。これなら観客からも見えないだろうし恥ずかしくないぜ……!
「「終わらせる!!」」
互いに現時点での全力を出し切り、炎は霧散。薄れ行く意識の中、全身に大火傷を負ったラトマの姿を確認する。
へへ、こりゃ相当のダメージだ。けど、まだ意識を失ったかは分からない。此処からもまた根比べ。
これにより、アタシの意識は消え去った。
勝負の行方は今──




