第三百五十五幕 策略の応酬
流れが相手に向かった時の行動。それはただ攻めれば良いという訳ではない。
勿論それも戦略? にはなるかもしれないが、相手のムードに場は支配されている訳だしな。全てが上手くいく訳じゃない。最悪、躱されては手痛い一撃を食らうのがオチだ。
なのでさっきのシュティルがやったみたいにカウンターを狙うのが一番手っ取り早いんだけど、そう簡単に行く相手でもない。
ま、牽制しながら小まめに仕掛けるか。
「“ファイアボール”!」
「遠距離から攻めるか」
火球を放って撃ち付け、それらは念力で逸らされる。
直撃を避けたって事はダメージが入るから……ではなく、向こうも場の流れを理解しているって訳だ。
アタシは間合いを空けながら魔力を込め、シュティルはその後を追うように嗾けた。
「遠隔戦闘は別に苦手なジャンルではないぞ」
「だろうな。此処まで勝ち上がるような実力者は苦手を無くしている」
「そう言う訳でもないのだがな。苦手な事自体はあるぞ」
「それを含めてだよ。アンタにとっての苦手な分野も全国的では上位の力だろうさ」
高速移動による高速戦闘。大気の爆弾や天候操作による遠隔攻撃が迫り、迎撃するように炎で対抗。
けれど念力によって炎は消されちまうな。圧縮された大気との相性も悪い。逆に雨水は蒸発出来るから良いんだけどな。
遠距離からのチマチマ攻撃は趣味じゃないけど、接近戦を仕掛けても流れを戻せなさそうなのが牴牾しい。
ともすれば、
「“ファイアボール”!」
「またそれか」
アタシの考えなりに攻めるのみ。
次々と放つ火球を躱し、アタシとの間合いを詰めるシュティル。
まだまだ魔力は込めてやるぜ。
「“ファイア”!」
「一段階落としたか?」
全体を覆うように炎を放出。火球は速いけど隙間も大きい。だったら炎で壁を作れば良い。とは言え、全体を包んでいる訳じゃ無いんで逸るように炎も躱される。それどころか念力や大気で打ち消されちまったぜ。
もう一踏ん張りくらいかな。
「“フレイムウェーブ”!」
「火の波……?」
通常の火炎より範囲の広い炎の波を形成。空中なんで逃げ場は少なく、シュティルの全身飲み込んだ。
これで場の流れはアタシの方へと来た。
炎波を念力で押し退け、圧縮した天候で炎の波を消し去ったシュティルを見やり、アタシはそう確信する。
「“フレイムレーザー”!」
「……!」
だって今までの攻撃は全て、より速い炎魔術を放つまでの布石だからな。
単純な火球の連弾で意識を少し寄せ、続いて放った炎魔術で更なる情報を追加。その上で全体を覆いつつ、比較的ゆっくりな波を発生させる。
此処まで来れば後は簡単。超速の光線を放つ事により、緩急に追い付けなくなったシュティルが食らうって訳だ。
最初は小さな火球から広範囲の魔導を連続して放つ事で大小の認識を曖昧にし、アイツの意識を霧散させるのが目的よ。
意識外からの熱線。それによって確実な一撃と共にアタシの方へと流れを戻した。
そして戻したならば、ガンガン攻め立てるのみ!
「そら!」
「急に接近してきたな」
シュティルは当然再生済み。けれど流れはアタシにある。向こうは流れとかを理解していても深くは気にしていないみたいだしな。ま、アタシも軽い験担ぎ程度にしてるけどさ。
炎剣を再び手に持ち斬り付ける。相手は蝙蝠の翼で巧みに動いてやり過ごし、大気の塊を周囲に漂わせた。
明らかな罠。触れれば爆発かなんかして衝撃波が飛び散る感じだろうな。
だったらと炎剣を消し去って両手に魔力を込め、一気にそれを放出する。
「“ツインフレイム”!」
二つの焔を作り出して焼き払い、質量を持たせた熱球をぶつけて大爆発。空気の地雷を作るなんて器用な物だな。……この場合は地雷で良いのか?
何はともあれ、念力の罠からは無事に抜け出し、炎幕の中から飛び出すと同時に眼前にはシュティルが迫っていた。
遠距離も出来るけど、やっぱり近接戦闘が主体っぽいな。
「はっ」
「そーらっ!」
回し蹴りが打ち込まれ、炎の壁でガード。当たった瞬間に巨大化し、炎の牢となってシュティルの体を包み込んだ。
さっきやった炎剣による炎の拘束の更に広いバージョンみたいな感じ。消されるのは時間の問題だけど、その間に仕掛けておく。
「“フレイムバーン”!」
「……!」
両手に力を込めて上級魔術の熱線を放出。シュティルの体を焼き尽くす。
このまま意識まで押し切れれば最高だけど、そう上手くいくものでもない。その証拠に相手は抜け出し、念力を纏って落下する事で鎮火させながら着地した。
「フム、今のは効いたぞ」
「しょっちゅう服がボロボロになってんな。もっと頑丈なのにしたらどうよ?」
「一応特注品ではあるが、相対する者のレベルが高過ぎるとこうなってしまうんだ。私にはどうする事も出来んよ」
「そっかぁ。確かに炎は衣類を燃やすしな。衣服的な意味なら炎を使うアタシとの相性は最悪だぜ」
「それはそうだな。以後気を付けよう」
「軽く流すな~」
強い炎で囲み込んだお陰で一応皮膚にも火傷痕とかは残したけど、それらは全て再生。しかし衣類は再生せず、殆ど裸と変わらない状態で向き合っていた。
全体的にスレンダーな印象を受けるけど、スタイル良いな~。ファッション誌とかに居そうだぜ。
一先ずは裸のシュティルvs服を脱がないアタシ。続行だ。
「よっと!」
「ふっ」
炎剣を薙ぎ、念力の膜に逸らされる。
でも無問題。踵から炎を噴出させて回し蹴りを叩き込み、シュティルの体を屋敷の方へと吹き飛ばした。
ガラスと壁が割れて屋敷内に飛び込み、アタシもその後を追い行く。
外よりは窮屈に感じる屋敷内での立ち回り。既に中で何かを仕掛けている可能性はあるし、警戒していこう。
「思ってる側から……!」
入るや否や、設置されている空気の地雷。触れるんじゃなくて近付くだけで爆発すんな~。
けどま、警戒していたのもあって無闇には飛び出さない。エメとの戦いを見ていたけど、念力で体を拘束されたら大変だしな。
それもあり、止まっている訳にはいかない。常に動いて狙いを定めさせないように気を付けるか。
「気配は消したっぽいけど、微かに残ってるぜ!」
気配の感じたキッチンの方へと炎を放ち、文字通りシュティルを炙り出す。
直後なら気配を辿る事も可能。と言うか、常に気配は追ってるんで何処に行ったかを概ね把握する事も出来るんよ。
キッチンは焼き消え、またシュティルの気配は移動していた。て事は消す前の移動地点から判断して、浴場方面か。
「広い屋敷だなぁ~」
炎で加速して進み、浴場の方へと到達。
周りには水の塊が浮いており、アタシの炎を対策した雰囲気があった。
それで浴場へ向かった訳か。ステージはその場所を完全再現している。キッチンなら実際には食べられない料理が並んでおり、リビングなら人が居た痕跡がある。
浴場は湯が沸いており、戦闘中じゃなけりゃ入る事も可能だ。食べ物と違って魔力からなるお湯だから本物と何ら遜色無いしな。
取り敢えず、周りの水……いや、お湯は厄介。即座に炎で消し去り──爆発を引き起こした。
「……ッ! なんだこりゃ……! 水蒸気爆発……違うな……!」
念の為に距離を空けていて助かった。余波は受けたけど、直撃は避けた。
風呂場で爆発。水蒸気爆発じゃないなら一体なんだ……? するとそこに少し変な匂いがする。
「この匂い……ガスか……! 既に浴室にはガスが充満してやがる……!」
成る程な。これで理解。元々此処は魔法使いや魔術師達じゃなく、それらを使えない人の屋敷をモチーフにした場所だったんだ。
だから湯を沸かすのにもガスが必要。さっき居たキッチンから引っ張って来たか。念力で空気を操るシュティルなら可能。更にはヴァンパイアだからガスが充満した場所に居ても何の影響も無ェ。
道理でキッチンに炎を放ったのに爆発が小規模だった訳よ。
そしてそのガスは──
(既に密封してやがんな~。相変わらず狡猾な奴だぜ。部屋中に広がってら)
理解はしたけど口には出さない。相手に知られないって理由もあるかもしんないけど、それはシュティル相手には大した効果が出ない。
一番の理由は、ガスが充満する中で無駄に息をするのは人間のアタシにとっちゃ致命的だからだ。
逃げ回るついでに念力で家具を操り、空気の抜け道を完全に塞いでやがる。アタシの行動と炎を制限させ、自分に有利なフィールドを作ったみたいだな。エメん時もそうしてた。
その上でまだ出てこないって事は更なる策を講じている可能性大。ちと不利だな。
一先ずは服を脱ぎ、口元に巻いて簡易的なガスマスクとする。そこまでの効果じゃなくてちょっとガスの侵入が遅れる程度だけど意味はある。
下着姿も恥ずいは恥ずいけど、夏場は似たような格好してるしあんま気にならないぜ。脱がないアタシが脱ぐアタシになっちまったのは誤算だけどな。
(さて、ピンチの状態か? こりゃ)
推測混じりだが、気配は辛うじて追えている。まだ近くに来る様子も無し。と言うかドンドン離れてってる。裸で動き回って誘ってんのか?
このままガスでジワジワ嬲り殺しってのはシュティルの性格的にしなさそうだし、家具を退かされたり壁を破壊されたりで脱出されるリスクは高いから無いとして、何が狙いだ? まだ分かる段階じゃないな。
(ま、取り敢えずは気配を追うとすっか。脱出口に罠を仕掛けていない訳が無いし、その方が安全面的にも上だ。二階ならまだガスも広がってないと思うしな)
一階の出入口や家具の置かれた場所には何かが仕掛けられているとして、壁を破壊しようにも単なる魔力の身体能力強化じゃ難しそうだから炎を使うリスクを踏まえて無しの方向。
これなら二階に行って脱出するかとかした方が確実性がある。故にアタシはそうする事とした。
アタシとシュティルによる準決勝第一試合。流れが向こうに行ったりガス室に閉じ込められたり、後手後手に回って不利な状況が続きやがんな~。




