第三百五十三幕 死闘
「そらっ!」
「はあっ!」
木刀を振るい、手腕で逸らし、鬩ぎ合いの攻防が繰り広げられる。
とは言え、私の場合は一撃でも受けたら致命的。防御は殆ど意味を成しておらず、主に攻めと回避を中心的に組み立てているな。
対するラトマも一撃を防御はせずに受け、受けながら攻撃をしてくる。ノーガードとまではいかないが、互いに譲らぬ打ち合いが此処にあった。
「今更ながら、素の身体能力がこれなんてスゴいな。一応は純粋な人間と言うに」
「まあな。我ながら特筆しているとは思うが、同じ人間の国でも勝利が確実な訳じゃない。まだまだ発展途上よ」
拳が放たれ、紙一重で回避。即座にやって来る風圧と衝撃波も躱し、顎下へと木刀を叩き込んでカチ上げ、浮いたところに袈裟切り。踏み込んで力を込め、刺突と同時に遠方へと吹き飛ばした。
今回は狙って飛ばした。雪原では少々壁や地面への衝突の際のダメージが少ないからな。氷山がある氷地帯へ向かわせたのだ。
「流石に足元が滑るな。氷の床だ」
「今の時期にその言葉は縁起が悪いんじゃないか?」
「もうとっくに終わってるだろう。寧ろ入学式のシーズンだ。それに、この戦いで氷の床は割れる。滑る要因が粉々に砕けるんだ。かえって縁起が良いとは思わないか?」
「岩盤となんら変わらない硬度の氷。それでも一挙一動で割れるか」
「ああ、そうなる」
氷の床は踏ん張りが利き難いが、その分力を込めて踏み込む。故に氷は砕け、その穴が足の支えとなる。
要するに、滑る事は絶対に無い。
「はっ!」
「っと……」
踏み込み砕き、正面へ加速。木刀を振り抜いて叩き付け、そこから連撃を加える。
向こうは本当に防御の構えを見せないな。既に大会上位者でも意識を失うくらいは与えている。本当に強靭な肉体よ。
少し戦法を変えるか。
「ふっ」
「……!」
体にぶつけても意味がない。ならば脳に直接的な刺激を与え、意識に届かせる他あるまい。
頭に木刀を打ち込み、膝蹴りで距離を空ける。そこへ刺突を繰り出して突き、仰け反らせた所に追撃。頭から木刀を振り下ろして氷の床へと叩き付けた。
おそらくこの程度では大したダメージになっていない。故に蹴り上げて起こし、力任せに木刀を打ち込む。本来なら頭蓋骨は割れ、死する可能性もある攻撃。だがラトマ相手にはこれでも足りないくらいだ。
「オラッ!」
「おっと」
ほらな?
拳が突き出され、背後の氷が割れて舞い上がる。その様はさながら空中に浮かんだ氷山が如く。日の光に反射してキラキラと輝いていた。
この光景は美しいが、景色に集中する余裕は無いな。相手の動きも素早い。
「よっと!」
「攻めに転じたか」
回し蹴りを放ち、私は仰け反って避ける。また風圧が巻き上がり、先程浮かんだ氷塊は粉々に、キラキラと輝きながら消え去る。
その隙を突いて木刀を薙ぎ、支えている足にぶつけて横転。倒れ切るよりも前に打ち付け、力いっぱい吹き飛ばして氷山へとぶつける。
氷山にはクレーターが形成され、そこからガラガラと崩れ落ちた。
打撃と衝突と下敷き。一撃で三回分のダメージを与えられたのは良いが、まだなのだろうという事は氷塊の中から立ち上がる様を見て分かった。
「本当に全然当たらないな。その観察眼が凄まじい……これが世界最高峰の実力か」
「やはりと言うか、肉体は強いが武術面がまだまだだな。誠に無効化能力と身体能力だけで戦ってきたようだ。師事してやっても良いが……はてさて、私としても決定打には繋がらぬ」
「確かに体は頑丈だけど、武術とかもやった事は無いな。お陰で親戚には一度も勝ててない。これから勝つ相手に言うのもなんだけど、戦略の幅も広がるし武術を学びたいかもな」
「勝つ事を前提としているか。まあ、このまま行けば何れはそうなり兼ねないのが末恐ろしいところよ」
ダイバースを初めて数ヶ月。加えて武術などの経験は無し。その上で、持ち前の力だけで此処まで上がってきた存在。
親戚とやらとも相対し、一度も勝てぬと言う洗礼自体は受けているようだが、このままではジリ貧。また攻撃方法を変えてみるか。顔を狙ってもダメだったからな。ともすれば方法は一つ。
「終わらせよう」
「終わるのか?」
「ああ、まあな」
「へえ、そうか」
淡々と数言交わし、木刀を振り抜いて嗾ける。向こうも態勢を立て直し、私に対して迎撃する素振りは見せた。
そう、これこそが私の狙い目。今のラトマは攻めのフェーズに入っている。真剣などを使えぬルール上、意識を奪う手段があるとしたらこれくらいだろう。
わざと、しかし気付かれぬ範疇で隙のある大振りの攻撃を仕掛け、ラトマは拳を打ち込んできた。
狙い通り。放たれた拳は木刀で受け流し──そのままラトマ自身にぶつける。
「……!?」
「己の肉体からなる重い一撃。流石に効くだろう」
ラトマの右拳は自分自身を叩き、思い切り仰け反った。その隙を突き、木刀を振り下ろして追撃。直ぐ様立ち上がったラトマは次いで回し蹴りを。無論、これも私がそう攻めるように差し向けた事柄。
わざと蹴りをしやすい位置に倒し、相手の行動を操作した。その蹴りをまた木刀で受け流し、衝撃をラトマ自身へ。
だが、流石に蹴りは難しいな。威力は確かだが、自分で自分を蹴るのが難しいように足その物ではなく衝撃の方を受け流すからこの重い一撃が木刀に伝わり、粉砕してしまった。
「……ッ!」
自分で自分を殴り、その後に蹴りの衝撃を受けたその体。
ラトマは初めて流血し、私は柔術へと組み替える。
「素手……武術全般が出来るのか……!」
「ああ。木刀だけでは折られた時に何も出来なくなってしまうからな。体術の鍛練はしている」
腕を掴み、氷の床に叩き付ける。それによって地面は割れ、ラトマは寝そべった状態で回転して卍蹴りを放つ。だが、衝撃波だけなら相手に返す事は可能。
蹴りの本元となる爪先を特殊な組み方で掴み、そのままラトマの体に衝撃を打ち込んだ。
「ガハッ……! 俺の蹴り、痛ぇ……!」
「ああ、全くだ」
それによって右手が負傷。おそらく粉砕骨折だろう。辛うじて骨は飛び出していない。
ラトマは吐血しつつ立ち上がり、踏み込んで拳を打ち付ける。寧ろ助かるな。拳なればその方向を本人に向けて逸らせば良いだけだから私に掛かる負荷は少ない。
「……ッ!」
自分自身を殴ったラトマはその勢いを逆に利用し、裏拳を繰り出す。
これもまた好都合。常人や私のやれる範囲なら肘を逆方向に曲げて骨を折る事が出来るが、ラトマの肉体は難儀。然れど脇に手を差し込み、腕の向きを変えれば、
「お返しだ」
「ブハッ……!」
手がラトマの頬を打つ。口の中が切れたか出血し、飛び退くように距離を置いた。
こうなると少し厄介だな。木刀でノーダメージだった彼奴。生身の私自身からやれる事は無く、硬直状態となってしまう。
「成る程な。俺の攻撃を俺で反射させてる訳か……武術ってのは極めたらそのレベルまで達する事が出来るんだな」
「そうだな。だが一つ訂正があるとしたら私は別に柔術自体を極めてはいない。ただ単に人より少しやれる程度だ」
「アンタで人より少しだったら常人の平均レベルと達人のレベルがとんでもない事になるだろ。“日の下”の人間は他国より謙虚って聞くけど、まさにその通りだ」
攻撃のネタは割れてしまったな。まあ気付かれた所で向こうから仕掛けてこなければ試合が一生終わらぬ。流石にそれは待てなかろう。私は待てるがな。
まあ実際に数時間も数日も逃げ続ければ時間制限が設けられ、最終判定が雌雄を決する事となろう。そして向こうもそれは望んでいない筈。
私がやられて最も困る行為は──
「拳や肘の攻撃は逸らされたけれど、蹴りは右手を負傷させたな。それにより、今の攻撃を受け流していたのは全て左手……間接を曲げて俺に俺をぶつけていた事からして、足自体を曲げられない蹴り主体が良いか。普通なら逆方向にも曲げちまうんだろうけど、俺の体がアンタの力じゃどうしようもない強靭さ。諸々の理由からそう判断した」
「……そうか」
さて、参ったな。降参と言う意味ではなく、この試合を終えたとして、次の試合までに私の怪我が治るかどうか。
此処まで残っている実力者。それは単純な力だけでは不可能。何故なら代表戦より前には知恵比べ等が普通にあるから。
流石に思考も鋭く看破されてしまった。
しかしまあ、逃げる理由にはならぬ。逃亡は武士の恥よ。
「そらよっと!」
「……ッ!」
「……ッ! 成る程……我慢比べ大会か……!」
予想通り蹴りが打ち込まれ、その衝撃をラトマ自身に受け流してぶつける。それによって左手も粉砕骨折し、相手の体も軋む。
既に痛みが凄まじいが、一周回って感じなくなってきた。このステージの寒さのお陰でもあるだろう。
感覚が麻痺した今なら、全身粉砕骨折でも戦える。
「……っ。末恐ろしいな……“ヒノモト”の侍……ただ一勝する……その為だけに自分を犠牲にするのか……!」
「フッ、初めて表情が変わったな。主に“恐怖”や“焦燥”を与えられたのなら上々だ」
「これが代表戦か……」
今一度蹴りが放たれ、次は足で受け流して攻撃。ダメージを受けながら更に膝蹴りが打ち込まれ、もう片方の足で同じ事をする。
両手両足の粉砕骨折。普通なら物理的に立っていられないが、問題無い。鍛え上げた筋肉で己を支えているからな。
しかし、そろそろ限界だな。
「はっ!」
「ふっ!」
「やあ!」
「はあ!」
続け様の攻撃は既に砕けた両手で受流。筋肉も千切れ、次使ったら腕が切断されるだろう。
流石に四肢欠損は治療するのが難しい。だが、問題はそこではない。両腕くらいならくれてやってもいいが、足が千切れると立つのが難しくなるからな。限界と言うのはその点。
──戦闘を続行出来なくなってしまう。
「……ッ!?」
「おや? どうした、ラトマよ……」
「いや、今しがた背筋に寒気がね……」
ゾクッ! と大きく反応を示し、私から距離を置くラトマ。
先程までの余裕の表情は疾うの昔に消え去っており、呼吸を整えているのを確認した。
「……そうか。俺の認識が甘かった……マジでたかがスポーツに命を懸けるような存在達による祭典なんだな。……改めよう。俺は全ての相手に敬意を払い……その者達の分まで背負って優勝する……!」
「ふふ、良い顔つきになったではないか。では、私も更に力を入れよう……!」
ラトマの覚悟が決まったか。より有意義な立ち合いとなりそうだ。これは徒手空拳で戦っては面白くない。
私は近くの樹氷の枝に噛みつき、へし折って向き直る。木刀は砕けたが、武士らしく氷の枝を用いて最大限に応えるとしよう。
「枝を口で持って木刀代わりに……本当に、大した奴だよ。ルーナ=アマラール・麗衛門……!」
「ふふ、ほうは……」
ちと視界が歪んできたか。既に感覚はないが、肉体は限界を迎えている様子。これでは元々両手を失うまで持たなかったかもしれないな。まだまだ修行不足と痛感したよ。
だが、訪れてもいない未来を憂い嘆いても致し方無し。私はただ、目の前の一騎打ちに集中するのみ。
「これで終わらせる……!」
「……ああ」
踏み込み、加速。互いに距離を詰め寄り、拳と氷の枝がぶつかり合って粉砕。枝も消え去り、余波で私の意識が急激に遠退くのを感じた。
「……やれやれ……またやられてしまったか。ティーナ達にリベンジ出来なかった」
「……とても強かったよ。その覚悟は俺にはなかった。ましてや女性の貴女がそこまでするなんて……いや、性別なんか関係無い。一人の人間に向け、敬意を表する。ルーナ=アマラール・麗衛門」
その言葉を聞き、私の意識は消失。まあ、悪くない立ち合いだったか。
これにより、試合に決着が付くのだった。




