第三百五十一幕 策略の追い駆けっこ
「フム、避けるものだな」
「当たると致命的なので……!」
踏み込み、手刀を突き刺すが雷と一体化しているエメは見切って躱す。
場所は狭めたが捉えるのは中々に至難の技。団体の部ではユピテルと戦い、同じ方法で相対したが向こうはガンガン攻め立てるタイプだったからな。
エメの場合はそれを回避に専念させ、矢などで遠距離から仕掛けるやり方。真逆のタイプだからそれに合わせた戦いをせねばならぬな。
「まあ、私は実質二人分以上の戦いが可能だから、狭いフィールドなら速さを影響させずに済むからな」
「岩が……!」
念力にて岩を操り、エメの移動地点を予測して落とす。
それによって動きが止まり、そこへ爪を突き立てた。
「……ッ!」
「もう掠るまで届いたぞ。単純な実力ならユピテルより低いな?」
「それは……そうですね……」
「事実であってもそこは否定するところだろう。素直過ぎやしないか?」
確かな実力を秘めてはいるが、本人の性格的にそれを発揮する機会は無さそうだな。惜しいものだ。
人間の器用さや発想力、適応力に加え、エルフの知能と魔力、身体能力を有していても宝の持ち腐れだな。
対する私はヴァンパイアの知能と不死性、能力。強いて言えばで魔族の身体能力くらい。血が薄いのもあるが、魔族の血筋から受け継いだ物はあまり無いと言うに。
恵まれていたり才覚があっても性格一つで無駄にしてしまう一例だ。
「もう少し楽しませて欲しいものだ」
「……!」
障害物で動きを止め、回し蹴りを打ち込んでエメの体を弾き飛ばす。しかしすぐに着地して立ち直り、魔力で身体機能を高めるのを理解した。
そう言えば、私が魔族の血筋を感じるのはもう一つあったな。戦いは嫌いじゃない。闘争心はあまり受け継いで良い物でもないが、ヴァンパイアの不死性と性格が合わさり、相乗効果で都合の良い物となってしまっている。戦闘欲求は満たせるが、なんともまあ微妙なところだ。
(やはりまずはこの障害物を乗り越え、広いフィールドに出なくては……)
「……!」
なんか動きが少し変わったな。微かな物だがちょっとした変化があった。
この状況で考えられる線は戦闘か脱出。魔力で身体能力の強化が施されたのを思うにどちらもあり得る。
どの道互いに仕掛けねば戦闘は終わらぬのだ。思考は攻撃の後にすれば良かろう。脳が一時的に停止する程の攻撃は現時点では仕掛けてなさそうだし、ヴァンパイア由来の不死性は様子見の役に立つ。
「攻撃にしても逃走にしても、私から仕掛けるに限る」
「……!」
どちらにせよ戦闘の余波で障害物が壊れては逃げられる。今のうちに仕掛け続ける事が吉だろう。
一気に距離を詰め寄り、足を突き出して蹴りを打ち込む。それは躱され、重ねた障害物に私の足のサイズよりやや大きな穴を空けた。
そこからエメはレイピアを取り出し、突くように放つ。狙い目は頭。ゾンビじゃないから一本のレイピアで貫かれたくらいじゃダメージにもならないが、一応躱しておこう。
問題は刃自体ではなく、雷が付与でもされていたら細胞が崩れてしまうからな。その状態からでも再生は可能だが、一定時間意識が途切れたら敗北が決まる。リスクは避けておく。
「……!」
そこでふとカラカラと蹴りで崩した障害物を見て思い付く。既にある程度は決めていたが、確実に倒すにはこの方法が良いかもしれないな。
つまるところ、
((障害物を崩していけば勝てる可能性がある))
とは言えバレては元も子も無い。しれっと崩しつつ、相手の動きを誘導するとしよう。
「雷は、君だけの専売特許ではないぞ。エメ・フェアリ」
「……! 念力で……!」
自分が纏いし霆と私が操る雷はまた別だろう。炎魔法使いが別の炎使いに敗れる事があるのと同じ理屈。
私と障害物の間に雷の線を作り、横に駆ける事で亀裂を生み出していく。
これはまだ表面を少し削る程度。作戦の遂行とは関係無い、このフィールド内で倒そうと試みるやり方。
エメは壁伝いに避けていき、滑り込むように私の股下へ。そのままレイピアを突き上げた。
「“上昇雷剣”!」
「フム……」
雷が上に伸び、私の体を縦に駆け抜ける。
雷が全身を巡り、身体的な一部機能が停止。しかしこれくらいでは意識までは届かない。そのまま背後へと回り込み、エメはレイピアを薙ぎ払った。
元より木刀など以外の凶器の持ち込みはルール上で禁止。故に彼女のレイピアは全てが魔力。雷に変化させる事など容易いか。
もう少し長い時間感電し続けていたらマズかったが、精々股下スライディングの一瞬。これでは到達出来まい。単純な肉体構造も常人よりは遥かに高いのだからな。
見えぬ程に速くとも存在は気配で感じている。その方向に天候を降ろし、大地を粉砕。此処からはより積極的に嗾けるとしよう。
「狭いフィールド。全てを避けられるか?」
「……っ」
壁となっている障害物は動かさず、遠方から別の物を持ってきては降下させる。
地響きと砂塵が舞い上がり、辺りの視界も悪くなる。とは言え積み重ねてしまうとそこを足場に踏み越えられるからな。今しがた落下させた物を再び操り、縦横無尽に仕掛け行く。
エルフの身体能力ならば空中に浮かべた土塊さえも足場として跳び進む事が可能だと思うので、そうはならぬように表面を鋭利にしたりと工夫しておく。
無論、私自身も仕掛け行く。同時に動かすので思考が疎かになると思われるかもしれぬが、予め落下地点を決めておけば同時に動く事も可能よ。
「はっ!」
「フム、土塊の方を狙ったか」
これは堪った物ではないと、魔力の矢が土塊を粉砕。しかしながら、私の操るそれは魔法からなる単一の物を撃ち込んでいる訳ではない。ステージその物は魔法だが、それを操作しているに過ぎないのだからな。
要するに、砕いたところで再び念力で操り粘土のようにくっ付ければ元の形に戻る……更に強化する事も可能という訳よ。
「砕いた岩がまた一つに……しかも鋭利な形……!」
「お陰でパワーアップさせられたぞ」
ズドドドド! と空爆のように鋭利な土塊を狙って落とす。
ただ狙うだけではなく、何処へ行くかの予想を立てての攻撃。中々に躱し難かろう。
「こうなったら……!」
「ほう? 来るか。良いだろう。私に向かってくるのだな。受けて立つ」
瓦礫の雨は凌ぎ切れないと判断したのか、私自身の方に攻め立てる。
雷速……にはまだ達していないが、本来ならば同速以上以外は誰も追い付けない速度。追い縋るのも一苦労だな。
「はあ!」
「気配は読めるが、体はあまり付いていけないな」
気配を読んでいるので反応する事は可能。しかし私自身はあれ以下の速度なので気配を読んでからすぐに避けなければ当たってしまう。
一撃くらいなら食らっても問題無いが、先程の理論と同じように攻撃と同時に雷が脳にでも流されては意識が一瞬消え去ってしまう可能性がある。それだけは避けなくてはならないので無駄な攻撃は受けない。
しかし今の速度は向こうが上。故にそろそろ仕掛けておくとしよう。布石ならもう打った。後はエメの体を捕らえるだけ。
「何処に行こうと、このフィールドからは抜け出せまい。この声が届くのはいつになるやら存ぜぬが、君を捕まえる」
ズラァと土塊を並べ、それら全てを順に投擲。全ては避けられ、天候も交えて更に嗾ける。
大気を圧縮しては空気弾にし、雷を操っては振り落とす。
小さなフィールド内は嵐の渦中と化し、私自身も仕掛けて障害物の壁ごと彼女を狙った。
(……! 今なら……!)
(さて、どう出てくるか)
エメは私の近くで停止し、雷纏でレイピアや魔法に弓矢を打ち込み続ける。
観念した……訳ではないのは承知の上。そうなるように私が仕組んだのだからな。
「はあ!」
「数撃は貰うが、こんなに近くて大丈夫か?」
「大丈夫です……!」
エメの居た場所を蹴り、障害物にまた穴を空ける。人が一人も通れないように小さな穴。果たして向こうは何が狙いか。
考えても仕方無いので蹴りや拳、圧縮した空気などで次々と辺りを粉砕していく。わざと壁に沿って進んでいるが、此処は既に私の手中。
一際大きな力を与えるとしようか。
((次が最後のチャンス))
空気を込め、一気にエメへと放った。
彼女は身体能力を高めた体で跳躍して躱し、私が最後に仕掛けた場所には穴が空く。
それは小さな穴だが、縦、横、斜め方向と全ての位置に複数の亀裂が。その穴によって障害物自身の支えは利かず、一気にガラガラと崩れ落ちた。
((これなら……勝てる……!))
その瞬間、私は策が決まったと確信する。
障害物の壁に空いた穴。即ちトンネル。出口までの距離は僅か数メートル。然れど数メートル。具体的な数は計測していないから分からないが、今のエメでも一瞬の時間は掛かる事だろう。私はそこを突く。
「行きます……!」
「はっ」
切り返し、踏み込み、加速。高速で穴の方へ。それに合わせて、というよりも予め読み、障害物へと攻撃を繰り出す。
その一撃で壁は更に崩れ落ち、エメは──跳躍していた。
「読まれていたか」
「あからさまな罠でしたからね……! 流石にそれには引っ掛かりませんよ!」
トンネルを抜ける瞬間に崩して下敷きにし、動きを止める作戦は失敗に終わった。
更にはその崩落によって障害物の壁は低くなっており、エメが行った今の跳躍そのままで抜け出せる状態となる。
空気を蹴って彼女は今一度加速し、フィールドの外へ──
「悪いがそこは……私の領域だ」
「……!?」
飛び出す事無く停止し、空中に留まった。
既に抜け出す方法は全て防いだ。簡単に説明くらいはしておこうか。
「私の使っている天候や土塊の操作は念力によって行われている。そしてその念力は複数の場所に向ける事が出来るんだ。あらゆる方向から物を持ち出していただろう? つまりそれだ。私だけじゃなく、超能力など念力の使い手は全員がそれを可能にしている」
「……っ」
「そこで私は敢えて通常の念力は使わず、天候や大気、物を操る事に専念した。だからこそ、そんな当たり前のルールが君の思考から抜け落ちた。ヴァンパイアの能力は天候操作だが、それと念力が結び付かない者もそれなりに居るからな。その心理を利用させて貰ったよ」
エメを止めたのは念力。土塊や木々より遥かに軽い彼女を浮かせられない訳がないからな。
説明も〆に入る。
「そして周りにある壁。君はそれによって不自由し、煩わしく思わせた。だからこそわざと壁を攻撃して抜け穴を造るヒントを与え、意識をそちらに向けさせた。畳み掛ける連続攻撃によって複数の事柄には対応し切れなくなっただろう。私がそうさせたんだ」
「全ての行動は……」
「ああ、此処までの布石。だからフィールドをこれ以上狭める事もしなかった。そこでやっとこさ通り道を造ったが、君は頭が良い。対応が難しくなったとしても『こんな簡単に逃げ道を造るなんて何かしらの罠がある』……と、そう思っただろう。だからそこを突き、成功しても失敗しても問題無いような方法で仕掛け、罠が不発に終わったと言う“安心感”を与え……既に念力を使っていた場所に誘導させたんだ。その結果が今」
「私は最初から……」
「ああ。このフィールドを成立させた時点で、私の手中に居た。ヴァンパイアが言うのも変だが、クモの巣みたいなものだな」
念力で縛り付け、万が一が無いように完全に拘束させる。説明による時間を与えたのは少々愚作だったかもしれぬが、楽しめた褒美……いや、敬意を表してだ。
大気を掌に集め、最後の一撃を放った。
「……!」
そして貫く、霆の矢。フム、やはり最後まで油断する事をしなくて良かった。まだ勝利は確信せず、不本意に近付かなかったお陰で脳の中でも中枢には当たらなかった。
思わず笑みも溢れる。
「見事だ」
「──ッ」
大気で体を貫き、彼女の意識を奪い去る。それと同時に最後に射られた矢から電流が迸り、体の半分が焦げてしまった。
最後の最後まで諦めず、一矢報いようとするその行動。感銘を受けずにはいられないな。才能を無駄にしてしまうと言った事。それは訂正せざるを得ない。
《勝者!! シュティル・ローゼ選手ゥゥゥ!!》
「「「どわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」」」
「「「ウオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」」」
『『『グギャアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!』』』
『『『キュオオオオオオオォォォォォォンンンンンンンッッッッッ!!!!!』』』
そして気付いた時には会場に来ていた。これで私の勝利は確定。ようやく気が抜けるな。
私とエメによる二日目の最終戦。それは私の勝利となる。これにより、二日目の全日程が終わりを迎えるのだった。
明日は決勝を含めた三日目。ダイバース新人代表戦の最後の日か。ティーナ達や未だに実力の底知れぬラトマ。強者揃いの最終日。まだまだ完全に気は抜けないな。




