第三百四十九幕 ダークホース
──“天空都市ステージ”。
今回の舞台は空中へと浮かぶ浮遊島。天から世を掴み取る我に相応しい舞台だな。
相手はティーナ殿の知り合いと言うラトマとやら。試合経過は見ていたが、一挙一動の破壊力が凄まじかったな。魔族の国の予選通過をしているから頭脳面も高いだろう。油断ならぬ相手だ。
直ぐ様その気配を読み、そちらの方向へと直進。一撃を受けるだけで致命傷になり兼ねんからな。先手必勝。迅速に仕掛けよう。
「行くか」
ラトマを見つけて少し離れた場所に着地。雷の力で推進力を高め、その眼前へと差し迫った。
「はっ」
「……来たか」
どうやら向こうも気付いていた様子。まあ当然か。
然れど此方はまだ亜雷速にも達しておらずとも高速。一瞬にして距離を詰め寄り、触れる直前に雷を放出して意識の奪取を試みる。
体と多少の距離があったとて、電流は肉体へ届く。並大抵の生き物なればそれだけで意識が奪われる事であろう。
バリバリと激しく放電し、その全身を覆い尽くした。
「この力……魔力とはまた違うな。何処か神々しさを感じる」
「フム、どうやら貴様は“並大抵の生き物”ではないようだ」
「まあ、生まれついての体質とかあるからな」
放電を受けても無傷な様子のラトマ。
体質。そう言っていたが、何らかのギミックがあるのかもしれぬな。
数は然して多くないが、その様な者と戦った事もある。そのギミックが分かるまで仕掛け続ける、もしくは仕掛けぬのが一番の近道だろうな。
「なればその体質を解き明かしてやろう」
「別に聞けば教えてあげるよ。知ったところで対策のしようがないからな」
「それも良いが、やはり自分で明かした達成感が心地好かろう。自己満足……即ち充実感は生きる上で最も大事と言うのが我の持論だからな」
「充実感か。確かにあると良いな。金持ちでも健康でも、充実感が無い人生は死んでいるも同然。けど、俺は未だにそれを味わった事が無い」
「気にするな。主くらいの年代となるとそう言う時期は必ず訪れるのだからな」
「いや、そう言う話はしてないんだが……確かになんか無償に何もない所で佇んでみたくなったりするけど、断じてそうじゃない」
「断ぜずともそうだろう。自白したような物だぞ」
「うっ……だ、だけど俺がそう思ってないから違う! と言うかアンタはなんだよその一人称とか話し方! アンタは人間だけど、年齢的には俺と同年代だろ!?」
「これこそ生まれつきよ。我は神の生まれ変わりだからな。おそらく記憶は封じているが、間違いなくそうだと言う確信がある。家系図もそうだしな」
「否定してやりたいけど、確かになんか妙に堂々として神々しさもあるし本当にそうなんじゃないかと思うよ。この世界にかつて神々や魔王が居たのは間違いないしな。家系図も……まあ、スゴい奴が先祖だったりするのは頷ける」
「斯く言う主もその様な雰囲気があるな。何かがあるのだろう、ご先祖に」
「何故に倒置法? ……まあ、まあまあな先祖だよ」
「そうかまあまあか」
「ああ、まあまあだ」
それだけ告げ、一気に大地を踏み砕き加速する。魔族だけあって高い身体能力を有しておる。それに加えて本人曰く特異な体質。
まだ初動でしか試しておらぬ故、一先ずは様子を窺うとしようか。
相手の能力が分からぬ場合、取れる行動は猛攻か回避。
能力が分からずとも仕掛け続け、攻撃が決まればその方法に移行する事が出来るのが猛攻の強み。しかし体力の消耗は激しい為、遠隔から仕掛けて様子を窺う事によって確実な攻撃を与える事が出来るのが回避の強み。
既に初撃は無傷で防がれているからな。此処は受け身に回るのが得策だろう。
「“雷撃”」
「此処まで自在に雷を操るのは世界中でも稀有だ。今までの相手とは一線を画すな」
正面に雷線を放ち、ラトマは手を薙ぎ払う事でそれを消し去った。
フム、この一撃で大凡の事は分かったな。後はその方法。何らかの魔導で打ち消しているなら良いが、理由が無い“その場合”の攻撃だった時は対策が思い付きにくいな。
それを確認する為には意識外となる死角からの余裕を持たせた攻撃で確かめるしかないな。
「“落雷”」
「自然現象を口にしているだけだが、それを遂行してしまう力が恐ろしいな」
天から雷を落とし、目眩ましを狙う。この目映い光なれば実力者でも防ぎ様があるまい。
天に意識を向けた瞬間に正面から雷を打ち出した。
「目眩ましからの攻撃。でも防げない事は──」
「“反雷”」
「……!」
正面の雷は周りの雷に反射されるよう曲がり、雷速でラトマの死角へと回る。
天雷すら囮。本命はこの一撃であり、その全ては相手の能力を確かめる為だけに使う。雷は磁石の元だからな。我程の実力者なれば多少の操作で雷その物にS極とN極を付与する事も出来る。
曲がった雷はラトマに直撃し、激しく放電。バリバリとステージが白く染まり、何処までも目映く照らす。
そして無傷で現れた奴を見、その能力を理解した。
「貴様の能力……あらゆる異能の無効化か。一部のみならず全身にその作用がある」
「ああ、そうだよ。わざわざ手札を切らずとも教えてあげたのに」
「だから言っただろう。ただ単に我自身が自己満足を感じたかっただけだ」
「そうだったな。分からなくはないけど……理解はし難い。なので今は戦闘に集中しようか」
「ああ、それが良さそうだ」
能力の無効化。それは厄介。更には我が危惧した“その場合”……意識外の異能であろうと無効化出来る能力の持ち主。
世にはそう言った魔導や異能の無効化に長けた者も居るので、我自身も能力に頼りっ切りという訳ではないが、大半のウェポンを防がれたも同然の今、やり方は限られてしまうな。
「さて、やろうか」
「雷を自分自身に……そんな事も出来るのか」
「貴様の国には居なかったのか?」
「居たかもしれないけど、それをされる前に倒せるからな。他にも様々な力の用途がありそうだ」
「単純に知識不足……実践経験は殆ど無いか」
「まあそうかもな。ダイバースも始めたばかりだ」
ラトマはあまり力の使い方を知らない様子。それで此処まで勝ち上がるとは才能の塊だな。
力も理解した今、様子見のターンは終了。雷速で一気に片を付ける。
「ふっ」
「……速い……!」
雷速で正面から迫り、ラトマの体を単純な拳で打ち抜く。
奴の体は弾かれるように天空都市の建物を粉砕しながら吹き飛んだ。能力を無効化出来ようと雷速で殴られれば関係無かろう。これは我自身に作用する力だからな。無論、表面には力を流していないので触れた瞬間に解除されるなどと言うマヌケな真似はせぬ。
前までは雷速移動をすると我自身が追い付けなかったが、成長したのだろう。鍛練を怠った事は無かった。
故に、今の我は最速にして最強であると自負している。
「驚いたな。こんなに強い存在が居たのか……現状、俺の攻撃する暇がない」
「実力はあるようだが、流石に“雷”には追い付けないようだな」
「……! ……。……ああ、目で追うのがやっとだ」
「目で追えるか。凄まじいな」
回り込んで会話をする我に対して振り返り、拳が正面から迫る。
しかし今の我からすればスローな動き。その拳は躱し、その風圧で背後の浮遊島が消し飛んだ。
能力の無効化。一挙一動で行われる地殻変動以上の破壊規模。これだけの力があれば然して苦労せず此処まで勝ち上がれたのにも納得だ。
だが、
「此処から先、貴様に対抗する手段は無かろう」
「……!」
背後に回り込む必要すらなく、正面から雷速の一撃でまたラトマの体を吹き飛ばした。
一々飛ばしてしまうのはタイムロスだな。出来ればもっと連続して仕掛けたいところだ。
「確かに反応が追い付か──」
「はっ」
「……ッ!」
言葉を発する暇すら与えない。そうだな。雷速以上で吹き飛ぶ訳じゃない。だったら連続攻撃も仕掛けられる事だろう。
突き抜け、吹き飛ぶ背後から膝蹴りを打ち込む。停止して弾き、上から踵落とし。浮遊島を割って下の島へ向かい、その途中で横から蹴り飛ばした。
更に複数の浮遊島を貫き、貫通痕の瓦礫や土塊が流星のように漂う。その隙間を雷速の我が通り抜け、光の軌跡が生まれた。観客達はこの光景も楽しんでくれる事だろう。
「まだまだ続くぞ」
この言葉がラトマに届く事も無かろう。雷より圧倒的に遅い音だからな。この状態になると会話が成立しなくなるのがちょっと大変だ。
しかしまあ、戦闘に会話はあまり必要無かろう。していて楽しいが、今は不必要と判断した。
既にラトマが空中から地に足付く事はなく、数十回の攻撃を叩き込んだ。
──叩き込んだのだが、
(バカな。奴はいつ倒れる? いつ気を失う? 雷自体のダメージが無いにせよ、この一撃一撃は強固な岩盤すら打ち抜くのだぞ……?)
数十回の攻撃をしたという事は、その回数の攻撃をしても倒れなかったという事。速度は威力に繋がる。雷速の拳を以てしてもこの様だ。
我ながら情けない。より強い力を打ち込むべきか? しかしその攻撃方法は──
「……一瞬、思考が遅れたな」
「……!」
その言葉が我の耳に届いたのは数秒後。気付いた時にはもう我自身の体が複数の浮遊島を貫いた後だった。
そこから激しい激痛が伝わる。
「……ッ! 一瞬の思考の遅れでこれ程までの……!」
雷その物となった我に打ち込まれた一撃。山河を破壊する程の力がこの体に……!
いや、一瞬の隙だったからこそ与えられた力は直接的な物ではなく風圧のみ。それでこのレベルか……!
意識が一気に遠退き、我ながら錯乱しているのか片手には最大級の神力が込められていた。
「──顕現・“雷霆”!」
かつて祖先が宇宙を焼き払った時に使ったと言う雷の槍。
今の我の実力では星の表面を消滅させる程度の威力しかないが、それによって広がる被害は計り知れない。
やってしまった。我の力が数日使えなくなるのとラトマに無効化される可能性があるのは問題無い。これによって付近の都市に如何様な被害が及んでしまうか、それだけが問題だ。
強大な霆の槍は雷を迸らせ、ステージ全体の空気を焦がしながらラトマの元に──
「これは……火傷してしまうかもな。単純に俺の練習不足だ」
「……!」
島を踏み砕いて跳躍し、拳が掲げられて“雷霆”を砕いた。
星の表面を焼き払う御技を鍛練不足からなる火傷程度で収めるか。これは、ティーナらと当たった時厄介な事になりそうだ。
その余波に押し出されて我は意識を失い、この戦いの勝敗は決した。




