第三百四十六幕 雪と光の幻想世界
──私達は“ナイトメアカフェ”でお昼を食べてから移動し、テキトーに周辺をブラつく事にした。
寒さによって息が白く染まり、空を見上げると少し曇り掛かっていた。そろそろ雪も降りそうな気配だね。太陽光が隠れて寒さが増した気がするよ。
なので外よりお店の中に入る。
「基本的に制服や指定ジャージだからあまり着る機会は無いけど、服でも見てみるか?」
「良いかもね~。代わり映えしないからこそ衣替えしてみるとか」
「だろー?」
する事もないので取り敢えず服屋さんに行ってみる。色々と着てみるのも良いかもしれないからね~。
入るや否や、多種多様の衣服がズラリと並んでいる。こんなに沢山あると悩んじゃうかな。
「どーよ? これ!」
「似合ってるよ! ボルカちゃん!」
店内は全体的に熱放出の魔道具が付けられているので寒さは無く、薄着の試着も可能。
ボルカちゃんが着た服は普段着にもよく着用しているTシャツとショートパンツ。傍から見たら男の子みたいな服装。本人もそんなに拘ってないもんね~。なのにとても似合ってしまうのがボルカちゃん。
「折角だからティーナも選んでみたらどうだ?」
「私も? でも前にプチファッションショーみたいな事したし……」
「それは関係無いだろ~? ほらほら、似合いそうな服は色々あんぜ~!」
「あ、ボルカちゃ……」
試着室に押し込まれ、着せ替え人形みたいに衣替え。
ボルカちゃん自身はファッションに興味無いけど、センスが良いから私の好きな感じの服は選んでくれるんだけど、今のところ買う予定は無いからちょっと困るかも。単純にお裁縫セットや材料で寮部屋が埋まっちゃいそうだから場所がほぼ無いって感じ。
「んじゃ次行こうぜ!」
「結局何も買わないんだ……」
「まあな~」
そしてノリノリではあったけど、お気に召した衣服は無かったみたい。
このまま帰っちゃうのも悪いなぁと思ったけど、
「あの子達が着ていた服ってこれ?」
「とても可愛かったよね~」
「似合いそう~」
「店長! 売上記録更新です!」
「す、スゴいわ……!」
ボルカちゃんが着た事によって服の良さが伝わり、商品が売れていっているのを見届けたら宣伝効果があったのかなぁって思った。ラフな格好だけど、暑い日は露出の多い服を着た人も見掛けるし誤差の範囲なのかな。シャツとかと言うよりほぼ裸みたいな人も居るもんね……。あ、私が試着した服も買ってくれてる。ちょっと嬉しいかも。
そして次は一風変わり、やって来たのは工具? 的な道具のお店。ここに来た理由を訊ねると、
「趣味の料理やキャンプセットも新しいのを買おうと思ってな」
との事。
確かにそれがボルカちゃんの趣味。私も最近はお裁縫セットとか色々買ってるから分かる。
そんな感じでここも一通り見て回り、いくつかの物を購入していた。
「っし、じゃあ次は……」
「次は……?」
「歌でも歌うか!」
「歌!?」
そんな彼女に引っ張られ、防音の個室へと入る。
部屋の雰囲気は明るく、周りにはソファーの類いやテーブル。中心となる所に映像の魔道具が大きく置かれた感じ。
そこに入るや否や、ボルカちゃんは慣れた手つきで魔道具の操作に当たる。
「ティーナはこう言う所初めてか?」
「うん。みんなとも来た事無かったよね」
「だなぁ。今度誘ってみっか。此処は基本的に歌を歌う場所だ。それでポイントを競う感じ。説明って程の説明は無いから試してみようぜ」
「う、うん。やってみる……!」
ボルカちゃんに手取り足取り教えて貰い、マイク越しに歌を歌ってみた。
人前で歌うのってちょっと照れちゃうけど、先にボルカちゃんが歌ってくれたし聞いているのも彼女一人だけだからそんなには恥ずかしくなかった。
あ、聞いてくれるのはママやティナも居るけど、それは別だよ。多分。
そして知ってる曲を一つ歌い終えた。
「はぁ~。緊張したぁ~……」
「上手い上手い! でも珍しい曲知ってんな~。娯楽センサーがビンビンなアタシは知ってる曲だけど、中等部でこの曲を歌う人は殆ど居ないんじゃないか?」
「そうなのかな? 昔……ママが歌ってくれた曲で……なんとなくそのメロディーが残ってたの」
「そっかぁ。確かに高得点……っし、アタシも負けてられねえぞ!」
「頑張れー!」
「任せとけ!」
良い点数を取れたらしく、ボルカちゃんに代わる。
初めての場所だけど楽しいね。今度は他のみんなとも来たいかも!
私達は歌を満喫した。
*****
「あ゛~。喉がガラガラだ」
「ぶっ通しで歌ってたもんね~」
たっぷり二、三時間は歌い続け、まだ足りない様子だったけど喉の限界を感じたのでそこを後にした私達。
続いてやって来たのは海中の生物や魔獣が居る水族館。
さっきの場所では私達二人の声しかなかったけど、賑やかだったのもあってここの静寂さには違和感や戸惑いすら覚えてしまう。
だけどその違和感さえ消え去る程に美しく、綺麗な水の世界がそこには広がっていた。
優雅に泳ぐお魚さん。海に比べたら遥かに狭い筈の水槽なのにそれを感じさせない動き。
「落ち着くね~。まるで海の中に居るみたい」
「だなぁ。ダイバースの海ステージで入った事はあるけど、やっぱ本物の魚は違うぜ」
「確かにねぇ。なんだろうね。生命の息吹を感じると言うか」
「生きてるしな~」
「生きてるねぇ~」
あまりにも綺麗な光景を前に中身の無い会話となってしまうね。お互いにフワフワしている感じ。でもそれが気にならないレベルで水槽に見惚れていた。
これまたたっぷり楽しみ、水族館も後にする。
「そろそろ夕方だね。どうしよっか」
「魚でも食うか~?」
「水族館に寄ったばかりなのに……!?」
「やっぱ魚を見てると食いたくもなるぜ」
「確かに美味しいけど……」
日も暮れ始めた時間帯。そろそろ夕御飯だけど、ボルカちゃんの提案にはちょっと思うところあり。
お魚は美味しいし賛同出来るけど、やっぱり水族館の直後だとね~……。
「あ、そうだ。そしたらさ、最後に行ってみたい場所があるんだ。そろそろ良い時間だからな。何らかのお店も出ているだろうし、そこへ行こうぜ!」
「行ってみたい場所? うん、行ってみよっか!」
お魚とはまた別の提案がされ、そこに行ってみる事にした。
その場所までは数十分。今の季節的にそれだけの時間でも日はどんどん沈んでいく。到着した頃にはすっかり夜となっていたけど──
「わあ……キレイ……」
「へへ、だろー?」
──眼前に広がる光景を前に、その方が良かったと思える状態にあった。
赤、青、緑、黄色、橙、紫。街路樹に施された美しいイルミネーション。雪も降り始め、空中で光に乱反射してキラキラ輝く。
道行く人々もその光景に見惚れており、私も感嘆のため息が止まらなかった。
「これを見せたかったんだ。そろそろシーズンも終わりだしな。この時期のこの辺りはこんな風に彩られるって訳だぜ」
「そうなんだぁ。とてもキレイだよ。ボルカちゃん!」
「ハハ、その言い方だとアタシに言ってるみたいだぜ?」
「間違ってはいないよ~。でも本当にキレイ……女神様の日じゃないのにね」
「その日以外もイルミネーションを飾るのは禁止されてないしな。ほら、行こうか」
「うん!」
二言目にはキレイ綺麗と発しちゃう。それ程までに圧巻の景色だった。
ボルカちゃんに手を引かれてその道を行き、周りを囲むイルミネーションに包まれる。その道中、屋台で暖かい食べ物も購入し、どこまでも続いているかのように錯覚する道を行く。
「ティーナ。アタシのと分け合おうぜ。そっちも美味そうだ」
「良いよー。ボルカちゃんのも美味しそう」
二人で別々の物を買ったけど、相手の食べ物も美味しそうに見えちゃう。
このまま進みたいから戻るのも億劫なのでその場で交換して食べながらイルミネーションの街路樹トンネルを抜けていく。
「そして此処の広場が最大の見せ場だぜ!」
「大きな樹……女神様の日のツリーみたい……」
「それの再利用だな。装飾とかを変えて魅せているんだ」
「すっごく綺麗だね!」
「気に入って貰えて何よりだ!」
トンネルの先にあったのは大きな樹を彩った様々な光と美麗な装飾。
夜なのにとても明るく、その光は広場全体を優しく包み込む。雪も相まってとても幻想的な光景が作り出されていた。
「明日からの学校。そして二ヶ月後に控えた代表戦。どっちも頑張ろうぜ! ティーナ!」
「うん! 今日はとても楽しかったよ! ありがとー! ボルカちゃん!」
「ティーナが楽しんでくれたなら来た甲斐があったな!」
二人で鮮やかな光を眺め、白い吐息を漏らす。
しばらくこの光景に見惚れていたけど、寒さによって私達は夢の世界から戻っていく。雪空の下、光に彩られた現の世界。雪が降り頻り、降り積もり、白銀の世界へと姿を見る見る変えていく。
雪に反射する目映い光はさながら銀の宝の山が如し。光が周囲を包み、まるでこの世界には私達しか居ないような錯覚にも陥った。
寒い日の長期休暇、最終日。私とボルカちゃんは雪と光が織り成す幻想的な世界を暫し眺め、白く染まった街中へと消えていくのだった。




