第三百四十三幕 油断大敵
「場所に合わせて小規模な樹海。これくらいはリタル先輩のバフでパワーアップした私達なら乗り越えられるよね!」
「もち! やったりましょう先輩!」
「では更に追加ぁ~」
魔力の気配がまた変わった。何気に一番厄介なのはリタル先輩かな。味方ならなんのリスクも無くパワーアップさせてくれるから頼もしいんだけど、敵に回ると途端にその無法さが伝わって実感出来る。
でもまだ本人強化はしていない。狙い目はリタル先輩自身かな。
「“防炎狭”!」
「……!」
でも流石にそれは向こうも理解しているみたい。
サラちゃんの炎がリタル先輩を守るように覆い、私達の進行を阻む。それだけなら炎に耐性のあるボルカちゃんが突破出来るけど、メリア先輩がそれをさせてくれないね。
「“ウィンド”!」
「初級魔法でも、狙いが別だと厄介ッスね!」
同じくリタル先輩を狙うボルカちゃんは、メリア先輩の妨害に苦戦していた。
本人も言っているように狙いの対象が別だから結果的に行動が制限されちゃってるみたい。一人分の人数差も響いているね。相手が強いと一人多いだけで大きなものになる。
だったらその差は埋めておこうかな!
「“フォレストゴーレム”&“フォレストビースト”!」
「有利不利を無くしてきたね!」
数だけなら増やせる。だけど大量に召喚しちゃうと魔力のリソースがそちらに割かれて質が落ちてしまう。
なのであまり多くは出さず、少数精鋭ながら数の有利を取った。
『……!』
「速い……!」
ゴーレムがサラちゃんの元に向かい、巨腕を振り下ろす。彼女はそれを躱したけれど地面が大きく割れ、思わず跳躍。その横からビーストが飛び掛かる。
「この……!」
咄嗟にそちらへ炎を放ち、強化されたビーストを焼き払う。サラちゃん自身も強化されているから簡単にやられちゃうのは仕方無い。
でもそれは、明確な隙となった。
「“樹木殴打”!」
「樹……! けど……!」
「──“投擲”!」
「あっ……!」
流石の反応速度で物理的な攻撃は躱された。けど、その瞬間に別方向から投げたボールを当てた。
当たったのは胸元。手が近いので防御されるリスクだったり、正面から向き合わないといけないのも相まって高得点を取れる。
ビーストと樹木。二重の囮によってそれを獲得した。
「やられたー!」
「やった!」
当てたら即離脱。そうしなくちゃ思わぬカウンターを受ける危険性もあるから。
高得点を得て良い気分になっている時こそ隙が生まれちゃうもんね。油断大敵!
一方でボルカちゃんも優勢な雰囲気だった。
「この数ヶ月で、また強く速くなったんですよメリア先輩!」
「本当に速い……!」
炎で加速を続け、強化された筈のメリア先輩を逆に翻弄する。
世界でもトップクラスの速度を持つ先輩。その強化状態。そんな先輩を翻弄出来るなんて流石……て言うか、改めて前より遥かに強くなっている。
「そこッス!」
「あ痛! 後頭部~!」
背後へと回り込み、後頭部にボールをぶつけた。
頭もプレイヤーの警戒が高まっている場所だから高得点。順調に獲得していってるね。
「これは大変ですねぇ~。“保護色香”」
「……! 消えた……!」
「なんなら気配も増えてる……!」
「“気配の香り”でぇす~」
「ホントなんでもありッスね……!」
周りに匂いを充満させ、視角に直接影響を及ぼすリタル先輩。更には気配も周囲に漂わせて完全に溶け込んだ。
リタル先輩の“香料魔法”。それの解釈を広げる事であらゆる事柄を可能にしている。言ったもん勝ちを作り出すなんてとんでもない……!
「……! 色んな気配からボールが……!」
「サラとメリア先輩も覆い隠したか……!」
香料は更に広がり、二人の姿すら隠してしまった。
当たったのはポイントの低い手足だからまだしも、このままじゃやられちゃう……!
「だったらこの匂いを消すしかないな! ティーナ!」
「……! うん! ボルカちゃん! “樹海生成”!」
目配せで互いの動きを確認。匂いによって不利な状況に陥っているならその匂いを消すまで。
植物魔法で全方位に木々を生やし、ボルカちゃんは魔力を込めた。
「“山火事”!」
木々に向けて炎を放ち、一気に炎上させる。
炎は見る見るうちに広がりを見せ、植物の焼ける匂いと煙が充満した。
「あららぁ~、これでは匂いが消されてしまいますねぇ~」
「じゃあ完全に消えるよりも前に集中狙いしないと!」
「乗ったー!」
効果は早速現れたけど、完全に消えた訳じゃないので見えないあらゆる方向からボールが飛んでくる。
でもそれで気付いた。気配も姿も分からなくても、飛んでくる方向には絶対居るって事に。逆に盲点だったね。
「“薙払樹林”!」
「「……!」」
「あららぁ~」
完全に見切って消し去り、三人の姿が露になる。私はボールを三つ投げ、それら全ては防がれた。
これで私は球切れとなる。
「よし、球切れ! このまま畳み掛け──」
「……! 待って……今まで含めて持ち玉が計四つって……少なくない?」
「……!」
「そう言えばぁ~」
三人がその違和感に気付いた瞬間、煙の中から渡したボールを大量に持ったボルカちゃんが姿を現す。球切れを前にしても、油断大敵だね。
私はもうこれでお仕舞い。後は全球、メリア先輩ですら翻弄されるボルカちゃんに委ねてあるから!
「“火球連弾”!」
「「……ッ!」」
「やられてしまいましたねぇ~」
その全てを確実に当て、大量のポイントを確認。
この三人相手に、香料を消したくらいで勝てるとは思ってないからね。さっき目配せをした時点で全部を使い捨ての伏線にしたの。
これによって試合終了。私達が勝利を収めた。
「お、向こうの試合も終わったみたいだぜ」
「どっちが勝ったんだろうね~」
時同じくしてウラノちゃん達とルーチェちゃん達の試合も終わり、勝ち上がったチームがやって来る。
「やはり勝利を収めたのは君達か」
「概ね予想通りね。と言っても五分五分より少しは高いかなくらいだったけど」
「実際、私達も苦戦しましたものね」
「ウラノちゃん達だ!」
「チーム“女学院”か。相手にとって不足無しだぜ!」
「「……私負けましたわ……」」
「私達全員ですよ……」
接戦だったみたいだけど、勝ったのはウラノちゃん達“チーム女学院”。“チームお嬢様”は負けちゃったみたいだね。
あくまで商店のダイバースなので五分程度の軽い休憩を挟み、決勝戦はすぐに開始された。
ゲームルールは“お買い物争奪戦”。
これは初めてのルールだけど、単純に指定された物を相手チームより早く持ってくれば勝ちの借り物競争みたいなもの。
一番注目が集まる決勝戦でお店の宣伝を兼ねたルールを提示するなんてやり手だね~。
やるからには負けないけどね! すぐに試合は開始された。
──“街ステージ”。
舞台は街ステージ。お店に並んでいる商品がこの商店の物であり、数あるお店の中から探し出すゲーム。無論、相手チームへの妨害もあり。
指定物は前方のモニターに表示される。でも答えじゃなく、あくまでヒントのみ。それに合ったシチュエーションも現れるの。
全部で五品。思ったより少なく、ちょっぴり自重しているみたい。十品とか二十品とかにせず、あくまでゲームに落とし込んでいるのは好感が持てるね。
まずは一つ目。最初はヒントも簡単な筈。
『子供が怪我をしてしまった。泣き止ませる為の物を持ってこよう!』
「子供……!」
「怪我……!」
「泣き止み……!」
出されたワードの中から特徴的な物を選出。その考えは向こうも同じみたい。元々向こうは頭脳チームみたいな側面もあるからかなり手強いね。
取り敢えず私とボルカちゃんは動き出した。なんの商品かは行きながら考える。
「まずは子供がどうすれば泣き止むかだな。怪我しているとは言うけど、傷の手当てをしたところで傷薬が染みて更に泣きじゃくる可能性もある。そうしたら泣き止むのに時間が掛かるだろうぜ」
「怪我って部分自体が引っ掛けの場合だね」
「ああ。注射とかを打つ時におもちゃで気を引くみたいに泣き止ませる為だけのアイテムの方が効果的な可能性もありだ」
シンプルに考えるなら痛みを止める傷薬だけど、一度泣いたら泣き止むのにも少し時間が掛かる場合があるからね。
この商店は様々な物を取り扱う雑貨店。なので必ずしも傷薬とは限らない。可能性は高いけどね。
子供の好きな物と併用して考えよっか。向こうの方が人数が多い分、ゆっくりはしていられない。
『ブモオオオォォォォッ!!!』
「っと、向こうも早速妨害工作に出たな。ビブリーのミノタウロスだ」
「そうみたいだね。でも、今は相手をしている暇がない! だから“フォレストゴーレム”!」
『………』
ウラノちゃんの仕掛けてきた妨害に対し、ゴーレムで応戦。何も倒す必要は無い。本魔法の性質上、ウラノちゃんは複数体の召喚が難しいもんね。
日々練習を怠らないから二、三体は同時召喚出来てもおかしくないけど、あまり多くの魔力が使えないのは変わらない。なので上位勢に比べたら弱めのミノタウロスの足止めをしておく。倒さない事で相手の動きを制限出来るって訳。
「んじゃアタシはおもちゃ的な物を探してくる!」
「じゃあ私はお薬とか! 治療魔法はダメっぽいもんね!」
「ああ! “泣き止ませる為の物を持ってこよう”だからな! あくまで物で泣き止ませなきゃならねえ!」
怪我が引っ掛けの可能性は考慮しつつ、念の為にお薬の準備もしておく。
どちらかがあれば泣き止ませそうだもんね。私とボルカちゃんはそれらを探し、子供のシチュエーションオブジェクトの前に持ってきた物を──
「……あら、遅かったわね」
「……!」
「ビブリー……!」
──間に合わなかった。
既に子供は泣き止ませており、その手にはおもちゃが。やっぱり正解はそっちだったんだ……!
「やっぱおもちゃか……!」
「いいえ、違うわ。泣き止ませたのは私達の魔法。おもちゃはそのおまけよ」
「はあ!? だって、物を持ってこいって……」
ウラノちゃんの攻略法に疑問符を浮かべるボルカちゃん。
斯く言う私もちょっと不満。ここから持ってくるんじゃなかったのぉ~!?
ウラノちゃんは説明する。
「だって“このステージから”とは書かれていないじゃない。“何処から”の指定は無いから私達は“その場で”作ったのよ。貴女達なら、ティーナさんの植物魔法であやせたと思うわ」
「マジかよ!? そこも引っ掛けぇ!?」
「宣言目的とかじゃなく、本当にちゃんと考えられたゲームなんだ……」
言われてみればと、やや納得し兼ねるけど確かにそう書かれてはいなかった。
寧ろ所詮はお店の商品アピールと蔑ろにしていた私達の非。本当にエンターテイメントとして楽しませる為に行われているゲームなんだと理解した。
このポイントはお勉強料だね。今度からもっと深くを掘り下げなきゃ。
「けど、優しいなビブリー。アタシ達にヒントをくれるなんてさ」
「この問題はもう終わっているからね。それに、貴女達は二人とも頭が良いけど、数の差は生まれてしまう。こう言った借り物競争方式ならティーナさんの魔法による数の増加も場の制圧も無意味。流石にハンデがあると判断したのよ」
「ハッ、感謝するぜビブリー。次は勝つ!」
「ええ、望むところ。単純な戦闘は兎も角、こう言ったルールでは負けられないわ」
ちょっと気が緩んでいたと言うか、色々と油断しちゃってたかな。やっぱり油断大敵。
先取されちゃったけど、後四回残っている。先に三回取られた方が負けだからまだやれる。ちゃんと観察し、確実な答えを用いて勝ちに行こう。
商店の行うダイバース大会。決勝戦が始まった。




