第三百四十一幕 ニューイヤーフェスティバル
──“翌日”。
「ふわぁ……まだ眠いや……」
「結局夜更けまで過ごしてしまいましたものね……」
「ZZZ……」
「寝ながら歯を磨くなんて器用な真似するわ」
次の日、既に太陽が昇ってからそれなりに経過している時間帯。私達は部屋に備え付けられた物ではなく、洗面所にみんなで集まって歯を磨いていた。
昨日は年を越し、数時間程みんなでワイワイ過ごして寝落ちしちゃったの。
部屋には使用人さん達が運んでくれて風邪を引いたりは無かったけど、夜遅く……と言うよりも殆ど朝までだったからまだ眠いや。
因みにウラノちゃんはみんなが寝ちゃった後に使用人さんと一緒に私達を運んでくれたんだって。いつもの就寝時間とあまり変わらないから普通に過ごしている。ここまで来てくれたのはフラフラしてて危なそうだったからとの事。
「おふぁようございまぁす……」
「おっはー……」
「コラ、サラ。先輩相手だぞ」
「眠いですわ~……」
そして続くようにディーネちゃん達もやって来た。
アハハ。みんな部屋にあるのにここに集まっちゃうんだ。
因みに先輩達は私達より一足先に起きていたらしく、既に準備を終えて使用人さん達や先輩達同士で談笑していた。
「おはよー……。いや~、昨日は楽しかったけど眠いねぇ~」
「あ、おはようございます」
メリア先輩以外は。でもこれが普通だよねぇ。
何はともあれ、身支度は整え、私達はみんなで集まる。食事も終え、今日はとある行事に参加する予定。
「それでは参りますわ! “ニューイヤーフェスティバル”へ!」
「「おー!」」
「「おー!」」
それは、新年をお祝いしたお祭り。
“日の下”では参拝に行ったけど、同じ人間の国内でも私達の国ではお祭りが行われるの。
なので私達は準備をし、そこへ赴く為に身支度を整えたって訳。
そこまではルーチェちゃん家の馬車で行く事となり、私達は自分達、先輩後輩とそれぞれに割り当てられた三台の馬車へと乗り込んだ。
─
──
───
──“ニューイヤーフェスティバル”。
「来たぜお祭りだ!」
「「イエーイ!」」
「元気ね。貴女達」
「着きました……!」
「やっぱしお祭りってアガる~!」
「存分に楽しみますわ!」
「先輩方に負けず劣らず元気な奴らだ」
「来た来た来たー!」
「元気ですねぇ~」
「こう言った祭りはあまり行った事が無いな」
やって来たニューイヤーフェスティバル。と言っても、実はお祭りに来た事がない人も多い。お嬢様学校なのもあり、こう言った行事に参加する事自体が普通は稀有なのだ。
理由は色々。時期が時期なので家の用事だったり親の仕事のお手伝いだったり……って、それも家の用事みたいな物かな。
そんな感じで来る機会は少ない。大きなお祭りだけど、“魔専アステリア女学院”の生徒も私達以外には居ないかもね。
「んじゃ早速。食うぞー!」
「朝ごはん食べてからあまり経ってないんじゃ……」
「美味い物は別腹だぜ! アタシはルーチェん家の飯も今から食えと言われてもいけるぜ!」
「褒めてくださるのは嬉しいですけれど、食欲旺盛ですわね」
ボルカちゃんは早速お祭りの渦中に乗り込んでいく。
私はその後を追い、他のみんなも各々で行動する事になった。
「流石はここいらで一番の祭りだ。他国、それも人間の国以外の面々も沢山居るぞ」
「ホントだねぇ。朝から大盛況!」
屋台特有の匂いがあり、それは悪い物じゃない。雰囲気も良く、種族問わず新年をお祝いする人達の嬉しそうな顔を見ていると自然と笑みが溢れた。
そんな雰囲気を楽しみつつ、ボルカちゃんに付いて行ってお祭りを満喫する。
「去年は“日の下”の“ハツモウデ”に参加したし、やっぱり今年はレモンさんをここに誘いたかったねぇ」
「だなぁ。連絡はしてみたけど、今日はその行事があるから行けないって返ってきたしな」
「仕方無い事だよね~」
実は、私達だけでもそれなりの人数ではあるけどレモンさんと何人かも一緒に誘っていた。
だけど今言った通りの理由で断念。同じようにシュティルさんとかも誘ったんだけど、やっぱりこの時期はどこの国も色々忙しいんだって。
ユピテルさんやエメちゃんも同じような理由で断られちゃった。仕方無いけど残念だなぁ。
「ま、アタシ達はアタシ達で楽しむとしようぜ。折角の祭りだ!」
「そうだね!」
楽しい雰囲気。鳴り響く様々な音。その一つ一つに身を委ね、この場所を歩み行く。周りは寒いけど、見て回るだけで心が踊る。
色々と出店もあるので遊んだり運試しをしたり、楽しい一時を過ごす事が出来た。
「そろそろ昼時か。てか少し過ぎてるし、一旦ビブリー達と合流すっか」
「そうだね。少しずつ食べたりしていたけど、昼食もちゃんと食べよっか」
午前中を目一杯楽しみ、お昼過ぎくらいになった現在。数時間過ごしたので一度他のみんなと合流する事にした。
その道中。
「ん? なんか騒がしいな」
「揉め事かな?」
何やら人だかりが……まあ全体的に人だかりは出来ているんだけど、少し異質な雰囲気の人だかりがそこにあった。
騒ぎの中心は除けており、怒鳴り声のような物が聞こえてくる。
「オウオウオウオウ! ここの屋台にゃ本当に当たりクジがあるのかァ!? ア゛ァ゛!?」
「ホントだぜ! アニキをアシカにするつもりかテメェゴラァ!!」
「……その……オットセイでは?」
「黙れゴラァグラァ!?」
「足ガクガクさせたろかァ!?」
「だからオットセイ……」
「そじゃねだろォ!?」
見るからに柄の悪そうな人達が店主さんに難癖を付けていた。内容を聞く限りくじ引きか何かで、当たりクジが入っていないからとの事。
周りのお客さんの中にはその商品の目玉を抱えている人もチラホラ居るしそんな事はないと思うんだけど、どうにも自分に当たらないから因縁付けられているみたい。
「明らかに悪そうな奴等だな。今時見掛ける方が珍しいってか、まだ居たのか絶滅危惧種って感じだ」
「魔物の国の無法地帯とも随分違う感じの悪そうな人達。と言うか絡む理由がちょっと……」
「しゃーない。アタシが止めてくっか。気配とか諸々含めて見た感じ、アタシ達よりは明らかに弱いしな」
「き、気を付けてね」
流石に店主さんが可哀想だし、見ていられない。法律じゃ喧嘩用途の魔力使用は禁止だけど、向こうから仕掛けてきた、及びその場の状況次第で正当性が認められる。
なのでそこを突いての行動に出るんだね。
「──オイ、そこのチンピラ」
「「アァ!?」」
「「……?」」
ボルカちゃんが人混みを掻き分けてそちらに向かう最中、一人の少年がその人達の前に立っていた。
年代的には私達と同じくらいかな? 多分中等部相当。だけど周りの人達と雰囲気が少し違う。魔力の気配を感じてみると、その雰囲気は魔族特有の物。
「マズイな。魔族の参加となるとややこしくなる。魔族の国で見てきたけど、まあ好戦的だし」
「そ、そうだよね……三人を止めなきゃ……!」
魔族は喧嘩早い。そもそもで好戦的なのが特徴。
今のこの状況、戦いの気配に釣られて出てきたと考えるのが妥当な線。単純な力関係だと人間の常人より魔族の子供の方が上。早く止めないとあの悪そうな二人が大怪我しちゃう……!
ボルカちゃんに続いて私も急ぎ、人混みを乗り越えて数メートル近くへと出た。彼を魔族と知らない二人は相変わらずの態度で因縁を付けている。
「オイ、ガキがしゃしゃり出てんじゃねェよ! ぶっ殺されてェのかァ!?」
「正義のヒーローにでもなったつもりかァ? ケヘヘ、甘ェんだよクソガキィ!!」
「呼んだだけでそれ以上は何も言ってないだろ。脳ミソ詰まってないのか?」
「んだとゴラァ!!」
「あんまし舐めてっと大人の怖さ教え込んでやるぞゴラァ!!」
「怖さ……ね。俺はあれより怖い存在に未だに会った事無いんだけどな」
「頭に乗るんじゃねェ!」
「ぶっ殺してやらァ!」
二人組が少年へと飛び掛かる。
のらりくらりと躱していたけど、向こうが先に躍り出た。
意外とすぐ行動に移らなかった珍しい魔族さんだけど、このままじゃ危ない! 何故なら二人の体を流れる魔力の気配が変わり、攻勢へと移転したから!
私とボルカちゃんは周りの人達に最大限の注意を払って魔力を──
「だから、何も言ってないだろ」
「「…………んなっ!?」」
「「………!」」
魔力の流れる拳を華麗に避け、すれ違い様に足を掛ける。それによって二人組は躓いて転び、自身に込めた魔力を互いの体にぶつけてしまった。
それによって意識は失い、魔族の少年は肩を落とす。
「いや、脳ミソ詰まってないは悪口か。怒るのも無理はないな。……えーと、すみません。止めようとしたら勝手に転んで気絶しちゃったみたいです。道もやや凍結してますし、念の為に医務担架お願いします。ついでにこの店主さんの話の元、“ニューイヤーフェスティバル”の主催者さんに話を付けてください。俺、実は魔族なので手を下してなくても怪しまれてしまうからこの件は内密にお願いします」
「は、はい……」
スゴい。完璧に計算して互いの攻撃が当たる位置に誘導していた。
それなりに経験を積んでいる私達だから……ってのは烏滸がましいかもしれないけど、そんな私達だから見切れた動き。魔族さんなのに穏便に事を済ませちゃった。
ボルカちゃんは早速少年の元に駆け寄って……って、え!?
「アンタやるなぁ。アタシは何とか正当防衛で事を済ませようとしていたけど、それすらする事無く済ませちまった!」
「……? あの、貴女達は?」
「アタシはボルカ・フレム。こっちがティーナ・ロスト・ルミナスだ!」
「ど、どうも」
「……そうですか。俺は……ラトマ。フルネームを名乗る程の者じゃないよ」
その魔族の少年はラトマさん。フルネームでは答えなかったけど、思えば魔族の知り合いってフルネームを知ってる方が少ないかも。そう言う風習なのかな?
なので特段言及はせず、ボルカちゃんはグイグイ話を進める。
「そっか。にしても、何かやってんのか? 魔族の国出身なら喧嘩慣れしてるのは分かるけど、あんなに穏便に解決する奴は珍しいぜ」
「ハハ、まあ特に何かはやってなかったけど、親戚にはスポーツをしている人が居てね。俺も最近それを初めて、親戚には一度も勝ってないけどそこそこ良い線行ってるって言われてる」
「そっかそっかー。スポーツしてっから礼儀が身に付いたんだな。っと、流石に初対面の人に向かって無礼者みたいな言い方は良くないか」
「いや、いいさ。魔族のイメージは俺達魔族が一番理解している。人間にもさっきの連中みたいな者が居たり、多数が集まるとそんなもんだ」
「確かにな~。一部が悪目立ちするだけで周りの人達は普通に祭りを楽しんでたし、たまたま目に付くのがそう言った奴等ってだけだ」
「そうだね。まあ、魔族の場合は戦闘好きの方が大半を占めてるけど」
「違いないな。アタシも魔族の国に留学した時実感したよ」
「うん……って、留学してたのか」
「数週間だけな~」
な、なんか二人で盛り上がっていて疎外感が……。
ボルカちゃんは魔族の国に体験留学していた。だから向こうの事情にも比較的詳しくてラトマさんと話が合うのかな。
「おっと、アタシ達は連れと合流するつもりだったんだ。んじゃまたなー! 行こうぜティーナ!」
「う、うん」
「バイバイ。また会う機会は……まあ、あるかもしれないね。割と早いうちに」
「……?」
駆け足でみんなの元へ向かったので最後の方は聞き取れなかったけど、なんか気になる言い回し。
でも敵意とかも無く、割と失礼な態度取っちゃってたけど普通に返してくれていたから悪い人じゃ無さそう。そもそも二人組を止めてくれたもんね。
特に気にせず、私達はみんなと合流する為、探しに行くのだった。




