第三百三十五幕 ワケ
シュティルさんが魔物さん達を操り、こちらの戦力を大幅に拡大させた。
しかし相手の龍さんはそれに怯まず、数の差だろうと仲間だろうと果敢に立ち向かう。
……かに思えたんだけど、
『……』
『ぬぅ……!』
『………』
『ぐう……!』
『…………』
『ぐぐ……!』
──一切の抵抗をせず、操った魔物さんに攻撃され続けていた。
なんか変。今さっき関係無い的な事を言ったばかりなのに一向に反撃する気配が無い。
そんな龍さんを見てシュティルさんは肩を落とす。
「拍子抜けだな。先程の心意気を買ったつもりだが、どうやら無駄遣いだったようだ」
『舐めるな……!』
シュティルさんに向けて風を放ち、彼女も風で防御。二つの風は衝突して舞い上がり、辺りに砂塵を巻き上げた。
私達には構わず攻撃を仕掛けてくる。ただ一つ、仲間達にはどんなに傷つけられても抵抗していない。
なんか私達が悪者になった気分。パーティーを台無しにしたのは向こうなのに。
『フム、詳しい事情を聞くか。仲間に手を出せぬのは分かるが、このままでは埒が開かない』
「そうですね。何だか悪い気がしますけど、倒します」
「やれやれ。思いの外退屈な立ち合いとなったな。先程までの方がやり応えがあった」
『小癪な!』
可哀想だけど、このままじゃ戦いは終結しない。寧ろ龍さんがどんどん傷ついて苦しむ一方。
相手の意識を奪ったら少なくともこの戦いには終止符が打たれる。だったらそれを遂行するのみ。そろそろ日付も変わってパーティーの日が終わっちゃうからね。
「終わらせるぞ」
『やってみろ!』
踏み込み、跳躍。操った魔物さん達と共に龍さんの方へと直進する。
私とラセツさんも行動に移り、地に足着ける魔物さん達を用いて迫り行く。
『くっ……』
「これでは攻撃出来まい。仲間思いなのも全然嫌いじゃないが、貴様らから攻め立てて置いてそれは都合が良過ぎるだろう。今更被害者面をするんじゃあないさ」
『その様な事……心得ている! 被害者ではない! 我が支配者となるのだ!』
空から攻め立て、複数の大気を念力で圧縮。一斉に龍さんへと打ち込んで全身を叩く。
下方からは植物と共に私達が駆け抜け、相手の体を拘束。動きを止めた所で嗾ける。
「“樹圧”!」
『はあ!』
『ぬぅ……!』
怯んだ所に差し込まれる樹木の圧力。身動きを完全に停止させ、ラセツさんが斬り付けた。
他の魔物さん達も龍さんへと飛び掛かって仕掛け、地面へと押し付ける。その上から更なる植物を叩き込み、シュティルさんは地に伏せた顔へ片手を翳し、不敵に笑う。
「この様な形で終わってしまうのは申し訳無いが、拘束した後に色々と聞いておこう。尋問……にしては少々ボロボロにしてしまったか」
『まだ……だ……まだ我はやられていない……! これで終わらせる……!』
大気の塊を放出して爆発が起こりつつ、その中から相手は飛び出す。遥か上空へと舞い上がり、全身のエネルギーを込めている気配を感じた。
仲間達はまだ居るけど見境無くなったのかな。元々そのつもりだったのかもしれないし、今更考える事じゃない。私達がこの攻撃を防げば良いだけだからね。
『何度傷を負おうと、最終的に貴様らを打ち倒す事が我らの勝利となる!』
「高貴そうな見た目に反して存外泥臭いのだな」
「でもスゴい気合い……!」
『奴は更に危険な中心部でもそれなりの実力者ではあるからな』
「あれでそれなりなんだ……」
龍さん。あの実力で中心部では中堅並みとの事。改めて魔物の国の無法地帯に置ける魔境感が凄まじい。
でもそれも関係無い。今はただ、来る攻撃を防ぐだけ。
『カァ━━ッ!!』
ガパッと口を開き、今までで一番の熱線が放出された。
あれが生み出す熱量だけで大気は熱く、冬場なのに夏の如き様。いや、それ以上。本当に炎の中に居るみたい。
これに対する防御策は今までみたいに火に強い植物を魔力で強化するか、別の植物で守りを固めるか。
答えは──
「これ!」
『……! 先程の炎か……!』
ボルカちゃんの炎。
火に強くても植物は燃えちゃう。だからこそ、一時的にでも塞き止める事の出来る炎を私も使った。
熱と熱がぶつかり合って燃え盛り、寒空を目映く照らす。押し合いでは互角。ダイバースの試合で確認したけど、山河くらいは熔解させられる熱量なのにこれ程までなんて……!
だけど私は、私達は一人じゃない!
「真っ向勝負じゃなくて悪いな。先程のティーナが行った事から考えて、この方法が一番効果的だと判断した」
『…………!?』
首元にシュティルさんが入り込み、下顎に衝撃波を叩き込む。それによって顎が閉じられ、熱線が停止。さっきのように口内で大爆発が起き、上部が爆風に包まれた。
それに伴い私達の放った炎が直撃。更に大きな爆発が起こった。
『ガハッ……』
龍さんの体は揺らぎ、そのまま倒れるように──
『……っ。……まだ……だ……!』
「……!」
意識は朦朧としている筈。だけど気力だけで立ち直り、再びエネルギーを溜めた。
『そのタフネス、称賛に値する』
『……!』
起き上がると同時にラセツさんの大剣が直撃し、攻撃を阻止。この機は逃さず、魔力を一点に込めて一つに纏めた。
「“樹木一点”!」
『……!』
最大の攻撃を放ち、相手の体を打つ。
積み重なるダメージによって疲弊した龍さんはついに倒れ伏せ、意識を失った。
その瞬間に透かさず拘束。これにて戦闘は終結を迎える。
*****
──“パーティー会場”。
戦いが終わり、捕らえた魔物さん達は一先ず拘束したまま、場所も無いので広いパーティー会場に集めていた。
口とか翼とか、攻撃の可能性がある場所は閉じているけど、これからどうするんだろう?
「どうするの? シュティルさんにラセツさん」
「そうだな。明らかな敵意があったし、本来ならこのまま投獄といきたいところだが、攻められたのはラセツのチーム“ホーンシップ”。同盟関係でもなく、友人と言う立場の私に判断を下す事はないさ」
『フム、折角の聖なる夜。まあ我らに信仰などは特に無いが、物騒な真似はしたくないな。まずは話を聞くとしよう。本当に我らを脅威に感じたからなのか、はたまた別の理由があるのかをな』
拘束した魔物さん達は一先ず保留。誰かが目覚めたら話を聞くみたい。
会場は建て直し、仲間達もそれぞれ治療や食事に戻る。回復力がスゴいね。私も薬草とかでサポートしたけど、こんなに早いなんて。
『……む……』
「お目覚めか。あのダメージから一時間程で復帰するとは大した回復力だ。しかし、その図体は何とかならんのか? 会場に入り切らず、寒空の下で拘束する羽目になってしまった」
『それについてはどうしようも無かろう。生まれつきだ。お主こそ小さくなれと言われてなれぬだろう』
「なれるぞ? ほら、こうして体を細かく分ければな」
『そうか。では種族の問題だ』
ある程度戻ってきた頃合い、最初に目覚めたのは龍さん。あんなにダメージを負っていたのにこんなに早いんだね。
でも既に戦意は無く、己の敗北を悟っているような面持ちだった。
そこにラセツさんがやって来る。
『さて、起きるや否やの質問だが、何故中心部のお前達が“ホーンシップ”へ攻め入ってきた? 勢力を伸ばしていると勘違いしていたとして、それでも外層付近の集い。大した脅威にはならなかろう。それに、今日は数が多い。崩壊した直後の弱っている時ではなく今来るとは変な話だ。一網打尽にでもしようとしていたのか?』
訊ねたのはここに攻めてきた理由。
ラセツさん曰く、この辺りの魔物達が徒党を組んだとしても敵わないらしく、更には全戦力が揃っている時に仕掛けたのが疑問だったみたい。
龍さんは返答する。
『何れは全無法地帯……いや、魔物の国を支配しようと考えているのだ。弱い場所を攻め立て、此方の兵力に加えるのは合理的だろう。“ホーンシップ”が崩壊した事も知っていたが、エルマ・ローゼがよく出入りしていたと聞く。現魔物の国で最強を謳われるあの者に挑むのは得策ではないと判断したまでよ』
『そうか。確かに合理的。納得も出来る。初手で再興途中の拠点を破壊しなかったのも何れ兵力に加える為とあらば当然だ』
理由は以上の通り。納得のいく言い分ではある。
しかしラセツさんはまだ怪訝そうな表情をしていた。
『しかし腑に落ちない。何故他の部下達は連れず、主力のみでやって来たのだ? 此方も数は居る。流石に多勢に無勢だろう。まあ実際は壊滅させられ掛けたのだが、それにしてもだ』
確かにそうかも。組織としてはかなり大きい筈なのに、わざわざ主力だけでやって来て労力を消費した。どう考えても他の部下を率いての進軍の方がより合理的だよね……。
龍さんは返す。
『その通りの意味よ。それで十分と判断したのだ。主力がこんなにも揃っているのなら勝ち戦と思った次第』
『本当にそうか?』
『……。……ああ』
少し違和感のある間。
その横で、龍さんに続いて人狼のウェルフさんが起きていた。
周りの様子を確認し、現状を悟ったのか言葉を発する。
『……部下達は皆、この季節の寒さにやられて行動不能だ。中心部とは言え無法地帯では病なども蔓延している。力が強く、体力も魔力もある俺達しか動けなかった。だから此処に攻め入り、部下の回復の為に食料と労働力を調達しようとしたのだ』
『ウェルフ……!』
『ドランさん。俺達は負けたみてェだ。同情を誘おうって訳じゃ無ェが、本調子じゃなかったと強がりたくなった』
との事。
嘘を吐く事で有名な人狼だけど、その眼差しは真実を述べているような感覚があった。
そして龍さんはドランって名前なんだね。今度からはドランさんって呼ぼっか。
ウェルフさんの言葉に対して、あるのか分からないけど肩を落とし、ため息を吐くように言葉を綴った。
『ああ、その通りだ。勢力を脅威に感じて早めに潰そうとしたのには変わらないが、大部分はこの通り。だが、敗れた上で同情などされたら情けないからな。我のプライドの問題で伏せた』
『そうか』
魔物の国、無法地帯。その名の通りのこの場所には防寒具などは無く、お医者さんも居ない。
思えばここに来た時身ぐるみを剥がそうとしていた魔物さんも居たけど、衣服があれば寒さは凌げる。ここでは仕方無い事なんだね。
ドランさんは言葉を続ける。
『さあ、敗者に口無し。煮るなり焼くなり好きにしろ。龍の肉は様々な効能を齎す。……だが、もしそうした場合……我らの拠点に我らの肉を持って行って病にやられた部下達に食わせてやってくれ。烏滸がましいが、プライドの高い我からの最初で最後の願いだ』
「……っ」
『そんな事我らはせぬが……どうしたものか』
スゴい覚悟。仲間達の為なら自分を犠牲にしてでもそうしようとするんだ……。
私も、ボルカちゃん達の為なら出来るかもしれないけど、今はとても考えられない。
……パーティーは壊されたけど……何か私にやれる事……。
「ラセツさん。シュティルさん。一つ、お願いがあるんだけど良いかな?」
「……? なんだ改まって。今回一番の功労者はティーナだ。私から断る理由は無いが」
『ああ、我からもだ。言ってみろ』
苦労の末に出てしまった行動。無法地帯の常識なんだけど、今だけは郷に従わない。
思い付いた事。それを試してみたい。
「私を──ドランさん達の拠点に連れていって……!」
「『………!?』」
『何を……!?』
私からの申し出。それはドランさん達の拠点に行き、力になってみる事。
流石のシュティルさんとラセツさんも驚愕の表情を浮かべ、ドランさんも信じられない面持ちだった。
私は言葉を続ける。
「無茶なのは承知しているけど、私にもやれる事があると思うの。だからドランさん達の力になりたい」
その言葉に返したのは当のドランさん。
『何を言っている!? 人間の小娘が! 敗れた上に同情までされ、更に力を借りるだと!? 我らは貴様らの敵! パーティーを台無しにしたのだぞ!? そんな生き恥を晒すのなればこの身を部下達に授けた方が──』
「違う! アナタが居るから仲間達も付いて来たんでしょ? だったらアナタが居なきゃダメだと思うから!」
『……っ』
大切な何かを失う。そんな経験は無い。無い……筈なんだけど、胸の奥から沸々と上がってくる悲しみと苦しみ。よく分からないのに、落ち着かない。
ドランさんは口を噤み、私は最後に続ける。
「聖なる夜には、奇跡が起きても良いと思うから……私じゃなくて、アナタの仲間達を大切に思う気持ちが起こした奇跡になるだけ。人間、ティーナ・ロスト・ルミナスはそれに一切関与していないの……」
『…………』
聖なる夜の、一度の奇跡。私の……私とママの植物魔法ならそれを起こせる気がする。
私達は、私とシュティルさんでドランさん達の拠点がある中心部へと向かうのだった。




