第三百三十二幕 聖なる夜の襲撃者
「愉快な物だな。パーティーというものは。食事はあまり摂らぬが、皆で楽しむのは悪くない」
「そうだよねぇ~」
パーティーが始まって二、三時間経った頃合い、周りの魔物さん達は気の合う仲間達とお話していた。シュティルさんも楽しんでいるらしく、これくらいの時間を経ても場は盛り上がり続ける一方。
やっぱりみんなで集まるのって良いよね~。
「……?」
「なんだ?」
すると、拠点入り口の方が少し騒がしくなってきた。
楽しさによる盛り上がりの変化などではなく、少し不穏な雰囲気漂う面持ち。例えるならそう、何者かが侵入したような、そんな感覚。
折角のパーティーなのに……。即座に私達は会話と食事を止めて気配を読み、その場所へと向かい行く。
『な、何故キサマが此処に……!?』
『外層付近に何の用だ!?』
『あ……? 用だァ……?』
「あれは……?」
「フム……厄介な事態になりそうだ」
来てみるや否や、既に再興途中の建物が破壊されており、魔物さん達が外部からやって来た別の魔物さんに傷付けられている状態にあった。
こんな日まで抗争なんて……! 本当に魔物の国、無法地帯は休まる時が無い……! でもそれより、みんなで直した建物が……!
『用って言うなら、テメェらの親玉であるラセツにある!』
その魔物さんは二足歩行であり、手には得物を持っている。
なんの種類かは分からないけど取り敢えず……!
「やめて!」
『……!』
止めるのが先決。
植物の波をその魔物さんに放ち、相手の体を飲み込む。
向こうは得物を振るって植物を破壊し、巧みに躱しながら私達の前に躍り出た。
『植物魔法……そうか、テメェがティーナ・ロスト・ルミナスか』
「私を知ってるの……?」
『ああ。魔物の国にやって来ては都市部の学園と無法地帯の外層付近を手中に収めたやり手とな』
「違う! そうだけどそうじゃないよ!?」
な、なんか曲解した情報が伝わっちゃっているみたい……。
確かになぜか結果的にこうなっているけど、私は勢力なんか伸ばさないし試合とか以外の争いは嫌いなのに……!
「私はそんなつもりありません! 体験留学に来ていただけで、お友達とは思っているけど部下とか兵とかそんな風には全く思ってませんので!」
『体験留学……だが、友となればその者達の味方という事。俺達の邪魔には、確実になる!』
「……!」
返答と同時に踏み込み、眼前へと肉薄される。その前にシュティルさんが躍り出て片手で受け止め、回し蹴りを差し込んで相手を吹き飛ばした。
『シュティル・ローゼ。無法地帯外の温室育ちの割にはやる奴だと聞いている』
「無法地帯が外なのだが、まあいい。此処が基盤の貴様にとっては正しい表現だ」
ヴァンパイアであるシュティルさんの蹴りを諸に受けているけど問題無く戦闘続行が可能な様子。かなりの実力者だね。
そんな人……? がわざわざ攻めてくるなんて。目的は私達を脅威に感じたから。
近くで見ると種族が何となく分かってきたね。狼みたいな顔立ちに人の姿。多分人狼の仲間。
種族自体は人間の国でも何度か見ているけど、ここまで好戦的なのは無法地帯出身だからかな。
「さて、それでだが……ラセツに用があると吠えていたな。狼らしく大声で。簡単に推察するなら潰しに来たと言うのが妥当……いや、危害を加えている時点で推理するまでもないか」
『分かっているなら話は早い。“ホーンシップ”をぶっ潰す!』
「確かにツノのある生き物は狼の餌になる者も多いな」
ウェアウルフさんは再び踏み込んでシュティルさんとの距離を詰める。
強靭な足腰で加速して鋭い爪を向け、シュティルさんに切り込んだ。
「直線的な動きだな。単純な力比べをご所望とあれば避けるまでもない」
『流石はヴァンパイアだな……!』
鋭い爪はシュティルさんの手の平に突き刺さり、鮮血が噴き出した後、緩やかに流れる。
しかし彼女にとってこれは軽傷にも満たない傷。そのまま握り締め、引き寄せて腹部に今一度蹴りを突き刺した。
『……ッ!』
それによってウェアウルフさんは吹き飛び、建物の外まで追いやられる。
だけど倒れはせず、腹部を抑えて睨み付けていた。
『ヴァンパイアの力からなる打撃は厳しいな。痛みが響く。ついでに俺の手の平も砕きやがった』
「結構強く仕掛けたんだが……成る程。強敵だ。貴様、やはり中心部の者か」
『ああ。外層は殆ど支配したみたいだが、所詮は中心部から逃げた弱者の集い。俺一人で十分だ』
「……マズイかもな。ティーナ! 表は私に任せ、裏側へ行け!」
「え!?」
何かを話したかと思ったらシュティルさんは私へ指示を出した。
敵なら一緒に戦うつもりだったけど、そういう雰囲気じゃないよね。だって今、遠くから何かが砕ける音が聞こえたから。
「コイツは“人狼”。即ち大嘘吐きだ。“俺一人で十分”という事は、既に仲間が別の死角から内部に侵入している可能性がある! コイツは陽動だ!」
「……!?」
との事。
確かにそれは私がこの戦いに参加している暇がないね。
シュティルさん一人で勝てる筈だから私は頷いてラセツさん達の居る拠点の奥に戻っていく。
『余計な事を言うんじゃねえよ』
「だったら止めたら良いのではないか? 私に最後まで話をさせたところを見るに、今止める為に仕掛けていたら手痛いカウンターを受けると野生の勘で気付いたのだろう?」
『ククク、ノーコメントだ……!』
二人の声と姿を遠目に、一目散に拠点内へ。しかしシュティルさんの予想通り、既に戦いは始まっていた。
完成が近かった建物の壁が破られており、寒い風が入ってきている。
瓦礫の下敷きになってしまった魔物さん達を助け出し、一先ずの状況確認から。
「一体何があったの!?」
『ティ、ティーナさん……良かった……実は貴女方が様子を見に行ってすぐ、巨大な何かによって壁が破壊され、そいつが運んできた無法地帯中心部の者達に会場が占拠され……』
「巨大な何か……」
それを隠す為にウェアウルフさんが派手に暴れて騒ぎ立て、不意を突いて壁を破壊した……。
“ホーンシップ”の拠点は広い。集中して気配を読まなきゃ遠方の存在には気付かない程に。
完全にしてやられたんだ。それに巨大な何かって……。
『あんれぇ~? 全員潰したと思ったけど、まだ残ってたんだぁ~』
「……!」
『ティーナさん! 後ろ!』
明らかに高い場所から聞こえた野太い声。イルミネーションの明かりが巨大な影に覆われて暗くなり、大きな存在を確認した。
『いいや。また潰そ~っと』
「危ない!」
更に影が濃くなり、空から降りてきたのは巨大な足の裏。
私は近くの魔物さん達を全員植物で運んで躱し、足元に何も無いと気付いたその存在は小首を傾げる……よく見えないから厳密には分からないけど、傾げたような動作をした。
『あんれぇ~。居ないやぁ~。避けたなぁ~。オラの足ぃ~。すばしっこいのが多いなぁ~』
「巨大な……人……!」
『はい……あの者こそ拠点の壁を……! 五階はある建物の壁を粉砕した……──“巨人族”です!』
「“巨人族”……実在してたんだ……」
目撃例が少なく、半ば存在が疑われていた“巨人族”。
その末裔とかはダイバースに参加したりしてるけど、ここまで大きな人は見た事無い……。魔物の国の無法地帯に居たなら見つからないのも納得かな……!
『生意気なチビだぁ。さっさと潰れろぉ~!』
「……!」
また一歩踏み出し、それだけで大きな破壊を生み出す。
このままじゃこの巨人さんが歩くだけで再興し立ての“ホーンシップ”の拠点が壊れちゃう……! 何としてでも……私が止めなきゃ!
「“樹拳”!」
『ブヘォ!?』
植物を込めて巨大な拳とし、巨人さんの頬にパンチを打ち込んだ。
それによって相手は怯み、足が少し浮く。その隙を突き、逆方向の手を巨大な蔦で引っ張った。
「“蔦引樹”!」
『わ、わ、わぁ~!? オラの体が何かに引っ張られてぇ~!』
そのまま回転を交え、一気に体を押し倒す。
場所は既に壊れている建物の外。これ以上の被害はごめんだもんね。
外に倒し、巨人さんは頭を抑えていた。
『アデデ……頭打ったぁ~。コブができてるぅ~』
「“夜薙樹”!」
『んあっ? なんか空が暗く……雪かぁ~?』
「どちらかと言えば……雨かな!」
『……!?』
倒れた瞬間に追撃し、無数の巨大な樹木で巨人さんの体を打つ。
基本的に避けられるか防がれるこの魔法だけど、こんなに的が大きくて狙いを定めやすいなら当たらない方がおかしいよね!
『アブッ!? ブヘッ!? ゴボッ!? ブフォ!?』
とにかく乱打乱打乱打乱打乱打!
巨人さんの動きが止まり、気絶したっぽいから攻撃を止める。念の為に太い蔦で体を縛り付け、私は先を急ぐ。
「ここで見張ってて! 拘束が解けそうだったらまた私を呼んでね!」
『わ、分かりましたァ!!』
『スゲェ……あの巨人を一方的に……』
『流石は俺が惚れ込んだ人間……!』
『私が先だけどね』
『いや、僕だね』
『お前ら、最初は敵意しか向けてなかっただろ』
『『『お前が言うな!』』』
巨人さんを片付け、見張りを仲間達に任せて私は主戦場となっているであろうパーティー会場に入った。
室内なのに外からの風で寒く、一瞬目を閉じ、次に開けた時にどんな事が起こっているか把握した。
目の前にあるのは大きなツリー。そして──
『おや、また一人やって来た』
『人間の女?』
『成る程。あれがティーナ・ロスト・ルミナス』
『ウェルフはシュティル・ローゼが止めているとして、ジャイに見張らせていた筈だが……』
『倒してきたか。前評判通りの実力者だ』
『あー、さっきの轟音はそれで』
『ぐっ……逃げろ……ティーナ……殿……!』
「ラセツさん!!」
ツリーの装飾に立ち、全体を見下ろす複数人と複数匹の姿。そんな彼らの真ん中にはボロボロになったラセツさんがおり、パーティー会場に居た魔物さん達は全員が倒れて大怪我を負っていた。
遅かったのかな……こんな酷い事を……みんなに……みんなが……!
「みんなに何をするの!?」
『質問か? なら答えは簡単。雪辱を与え、完全に支配する。無法地帯と言われるこの場所は我らが手にする』
「……っ」
目的は分かった。少なくとも全員生きているみたいだね。それは良かったけど、決して無事じゃない。早くなんとかしないといけない状況。
考えている暇なんて無いよね。ここに居るのは私だけ。私がやらなきゃ……!
『私も居るわよ。ティーナ』
「……うん、そうだね。ママ」
『『『…………!?』』』
私“達”だったね。
ママに魔力を込め、辺り一面を植物で覆い尽くす。
その植物はゴーレムやビーストとなり、盤面は整った。
「──悪い子達にはお仕置きしなきゃ♪」
『なんだこの異様な魔力……!?』
『何を一人で話しているんだ……?』
『これ程の実力……成る程、手強いな』
『数の差は覆されちゃったけど?』
『有象無象だろう。気にするな』
ツリーの周りをみんなで囲む。折角のパーティーが台無しになった。この罪はとても重い。
私一人……じゃないよ。みんなに酷い事したんだもん。許さない。私達は戦闘を開始する。




