第三百二十三幕 実技・戦場ドッジボール
──“戦場ドッジボール”。
『今回の相手は留学生のティーナ・ロスト・ルミナスとシュティル・ローゼか』
『相手にとって不足なし……!』
「これってあくまでも実技の授業なんだよね……?」
「そうだな。しかしながら、知っての通り魔物は気性が荒い。力を存分に振るえる実技の時間は気合いも入っているんだ」
「そうみたいだね……見ての通り……」
単なる実技。されど実技。魔物のみんなはこの時間に力を入れているんだね。そして試合の形式は総当たりみたい。全員と戦う事になるかな。
ともあれ“戦場ドッジボール”が始まる。
ジャンプボールで分けられ、相手チームにボールが渡った。
『食らえェ!』
「……!」
瞬間的にボールは凄まじい腕力で投げられ、空気を割って直進。これってドッジボールなんだよね……?
スポーツという括りならダイバースでは今以上の攻撃が繰り出されるけど、授業でこのレベルはそんなに無いのに……。
高速で放たれたボールは直進し、
「まあ、この程度なれば問題無かろう。この国の平均だ」
シュティルさんが片手で受け止めた。
少しは押されてコート内を擦ったけど、ピッタリと停止させた。
やっぱりシュティルさんはスゴいや。あの威力のボールを簡単に止めちゃうんだもんね。
同時に投げ、これまた凄まじい速度で地面を抉りながらボールは飛び行く。
『『『グッハァ!』』』
そのボールは相手に止められる事無く当たり、魔物さん達を吹き飛ばした。
しかしそれに留まらず、ぶつかった事でバウンドしたボールは念力によって操り、一投で相手コートの全員を倒した。
「まあこんなものだろう」
「スゴいスゴい! スゴいやシュティルさん!」
単純な腕力でも上澄みなのに、念力による巧みなコントロールを可能とする彼女。シュティルさんと一緒のチームなら負ける事は無いんじゃないかって思うよ。
順調なスタートを切って勝利を収めた第一試合。次の試合も同じ手法で攻略し、三試合のうちの二試合は余裕を持って勝てた。
そして“戦場ドッジボール”最後の試合。
『やはりシュティル・ローゼは凄まじいな』
『少しでも情報を集めようと思っていたが、結局は一人で終わらせてしまったか』
『だが問題無い。我らにも特別な才能があるのだからな』
最後の相手は、此方も私達と同じく二つの試合に勝利しているチーム。
何かと目を付けられているけど、私は彼らを知らない。そもそも私の派閥があった事も知らなかったからね~。
けれど強いのは間違いない。油断せずに勝ちに行こう!
『スタート!』
最初は必ずジャンプボールから。担当の先生がボールを放り、宙に浮かんだ。
今回のジャンプボールは私。上手く取らなきゃね。
ボールは頂点に達し、重力に伴って落下。私はティナに魔力を込めて動かした。
「それ!」
『……! 人形……!』
『人形を操り……最速のタイミングで取ったか』
『てっきり植物で来ると思ったが、違ったか』
『まあいい。試合で目の当たりにする機会はある』
ママの植物魔法でも良かったけど、単純に発動してから発生するまでの時間を考えると予め繋がっているティナの方が早いもんね。
上手くボールを奪い取り、的確にシュティルさんの方へとパスする事が出来た。
「ナイスジャンプボール。ティーナ」
取った瞬間に力を込め、シュティルさんが高速でボールを放つ。
相手のジャンプボーラーさんに当て、ボールは地面に着いてバウンド。そのまま念力で操作し、再び今までのように変幻自在の球がコートの中を進み行く。
『アイツは囮。ティーナ・ロスト・ルミナスの力を見る為のな』
『つまりやられてもいい奴。本命は此方だ』
『はあ!』
「お? 考えたな」
飛び来るボールに向かい、三匹で陣形を組む。それによってボールは行き場を無くし、そのまま剛力で念力ボールは止められた。
一同バウンドはしているからジャンプボールをした魔物さんは倒したけど、それに続く事は無かった。
『まずは……貴様だ!』
「……! 私なら……!」
一番近くの位置に居るのは私。それなら狙いも必然的にそうなる。
だけど体に当たらなきゃセーフなので植物の壁を形成させて正面から迫るボールをガードし──
『フッ……狙いは貴様ではない……!』
「……! 曲がった……!?」
私を狙ったかと思われたボールは掛けられたスピンによって軌道を変え、私の近くに居た魔物さんを狙った。
咄嗟の変化に付いてこれず命中し、跳ね返ったボールを拾う事も叶わなかった。
『くっ……!』
『これで一匹ずつだ……!』
お互いに削られたのは一匹。私とシュティルさんは無事だけど、ボールが再び相手チームの手に渡ったので戦力差が引っくり返る可能性も十分にある。
そんな思考も束の間、第二投目が放たれた。
特殊な回転や豪速球。それらが来たとしても、抑える術はある!
「“守衛樹林”!」
『……!』
全体を守ってしまえば関係無い事柄。
植物の防壁に当たったボールは弾かれるように浮き上がり、それに植物を伸ばして優しくキャッチした。
「これでボールは私の……! って、重っ!?」
植物から私にボールを落とし、包み込んだ瞬間に及ぶとてつもない重圧。
咄嗟に魔力で身体能力を強化したので取りこぼさず事なきを得たけど、想像よりも遥かに重いボールだった。
「よく止めたぞ。ティーナ」
「う、うん……だけどここのボールってこんなに重いの……?」
「ああ。魔物達の投擲に耐えねばならないからな。強度も相応だ」
「知らなかった……」
シュティルさんが受け取っては投げていたので知る由も無かったけど、理由を考えれば納得しかない。
確かに普通や普通より少し頑丈程度のボールだと魔物さん達のやり取りに耐えられないもんね……。ちゃんと理に適った物だった。
という事はこの重さのボールがあの速度で飛び交ってシュティルさんは楽々と片手で止めたり放ったりしていたんだ……。
改めてヴァンパイア族のスゴさを思い知った。そして、ボールは私の手に渡ったから私が投げる番! パスしても良いけど、それを止められちゃう可能性もあるもんね。
だから投げるとしたら……。
「“投擲蔦”! 発射!」
『……!?』
足元から植物を生やし、そこにボールを置く。その植物は後ろに倒れ、次の瞬間には起き上がって前方に射出した。
スリングショットとかとはちょっと違うかもしれないけど、似たような感じ。人間もボールを投げる時は一旦後ろに傾けてから放るもんね。
飛んだボールは相手の魔物さんに当たり、その体を吹き飛ばしてアウトを取る。
出だしが見えにくいから結構便利な方法かもね。
『あの植物は厄介だな』
『だが問題無い。植物魔法の使い手なのは予め知っていたからな。それへの対策もしかと練ってある』
相手にボールが行き、魔力を込める気配を感じた。
今までは単純な身体能力や技術で仕掛けていた。ここからが本番って事かな。
『行くぞ!』
『食らえ!』
「……!」
一匹が高速回転を加えて放り投げ、もう一匹がそれに炎を付与。
回転と熱で威力の増したボールは植物の防壁を貫き、近くに居た味方に当たってしまった。
『防壁を突破された……!』
「植物が壁になっちゃって見えなかったんだ……」
「気にするな。元よりあれはアイツの実力では元々止める事も避ける事も出来ぬ威力だった」
シュティルさんはそう言ってくれているけど、全体を覆う防壁は突破されたら大変だね。
ボールが弾かれて相手のコートに行かないように強度もいつもの防御よりは薄くしてるし、完全な守りじゃなかった……。
熱に包まれたボールは相手の外野まで行き、後ろから続くように放たれる。
『はあ!』
「パス……!」
それはパス。内野の味方にボールが行き、また再び力を込められていた。
だったら次に私がする事は……!
『食らうがいい!』
「“樹軟壁”!」
『……!』
硬いのではなく、柔軟な植物の壁を用いてゴムクッションのように防御。
植物のネットに包まれたボールは燃え盛り、再び植物を焼き尽くすけど威力は弱まった。
「フッ、良いサポートだ。ティーナ!」
『『………!?』』
弱ったボールにシュティルさんが念力を込めて操作。一回転してサイドスロー気味で放ち、再点火させてその魔球を扱う二匹を打ち倒した。
「誰かに当たったにも関わらず外野まで一直線に飛び行くボール。炎の威力はそのまま返してやったぞ」
『シュティル・ローゼ……!』
弱ったボールを念力で受け止め、威力は消さない。そこから簡単な風を操り再点火。結果、威力そのままでお返しする事が出来た。
私はただボールを弱めただけなんだけど、それを利用してこんな方法に昇格させるなんて本当にシュティルさんはスゴい!
「そちらの数が随分と減ってきたようだな。やはり私達がこの学園でNo.1と言っても過言ではないんじゃないか?」
『ナメるな……!』
『まだ我らが残っている!』
挑発的な態度を取るシュティルさんと反論する相手。
相手チームではさっきの二匹とこの二匹が主力って感じみたいだね。つまり既に戦力の半分は削った状態。対する私達は、チームメイトは多少削られたけどまだまだ余力はある。このままの調子をキープしたいところかな。
「そうか。しかし、まだボールは生きているぞ?」
『『…………!』』
炎に包まれ、念力で操るボールの行方は、未だに健在。文字通りシュティルさんの手足になっているようなものだもんね。
更に相手チームを削り、見る見るうちに数を減らしていく。瞬く間にその主力二匹だけとなった。
『くっ……このままでは押し切られる……!』
『させるかァァァ!!』
そんな二匹だけで陣形を組み、念力ボールを停止させる。同時に力を高め、最大の球が放たれた。
まさに最大級。地表が抉れるくらいの勢いで衝撃波を放出して突き抜ける豪速球。既に音は越えており、摩擦熱で球が熔解するのも時間の問題。
え? なんで解説出来ているのかって? 何故なら既に──
「速いけど……今まで音速以上で動き回るみんなが居たもんね」
「フッ、私の力は必要無かったか?」
「ううん。シュティルさんが居なければコートから外に出てアウトになっちゃってたかもしれないから。ありがとうね♪」
「どういたしまして」
──私とシュティルさんでボールは止めていたから。
狙いは分かっていたから私の前に植物の壁を形成。衝撃を弱め、そこにシュティルさんが支えてくれたから外に出る事は無かった。
「折角だ。このまま一緒に決めよう。ティーナ」
「うん。シュティルさん!」
最後の一投は二人で一緒に。
魔力を込めて身体能力強化。植物にも力を込め、投擲。シュティルさんの支えと力添えもあり、さっきの球速よりも更に速く突き抜けた。
『これが……』
『ティーナ・ロスト・ルミナスとシュティル・ローゼ……!』
『『敵わぬ……!』』
衝撃波が迸り、二匹の主力は同時にアウト。それにより、相手のコート上には誰もいなくなった。
『勝者、シュティル・ローゼ&ティーナ・ロスト・ルミナスチーム! これで授業も終わりだ!』
試合終了。私達が全チームに勝利し、完全制覇を果たした。
あくまで実技の授業で行ったドッジボールだけど、やっぱり勝利するって良いね。何よりみんなで喜びを分かち合えるのが最高!
これにて授業は終了するのだった。
──……だけど問題が一つ……。
『我ら一同』
『これよりティーナ・ロスト・ルミナス』
『及びシュティル・ローゼ一派に属します』
『これからよろしくお願い申し立て奉る』
「そ、それは遠慮しておきます!!」
「なんだ。良いではないか。傘下が増えるのは今後の行動にも良いぞ? 特に魔物の国は治安が悪く、無法地帯も多いのだからな」
「私の柄じゃないよ~!」
「フフ、自然と人や動物が集まる体質なのだろう」
「そんな体質聞いた事無い~!」
負けたら下に付く決まりでもあるのか、予想だにしない状況になっていた。
友達なら大歓迎だけど、こんな風に人や生き物の上に立つのは性に合ってないよ~。
そんな感じで新しいメンバーも増え、午後の復興作業に乗り出す事となった……なっちゃった。
こんな風にちょっとハチャメチャな日常。魔物の国での体験留学は数日間に及んで続くのだった。




