第三百二十二幕 体験留学・授業
──“翌日”。
次の朝、魔物の国“闇永血輝紅月学園”の寮にて私は目覚めた。
爽やかな朝。昨日の疲れもあってスゴく早く寝ており、初めての場所なのに途中で目覚める事もなくゆっくりと熟睡する事が出来た。
近くではシュティルさんが何かをしている音がする。
「おはよう。シュティルさん。朝から何してるの?」
「ん? おお、目覚めたか。おはよう。いやな、暇だったもので絵を描いていたんだ」
「シュティルさん絵描くんだ~」
「まあな」
シュティルさんがしていたのはお絵描きみたい。私も小さい頃はよく描いたなぁ。
お花畑とか、パパやママ、私が揃った絵とか。最近じゃすっかり描かなくなったけど、久し振りに描いてみようかな……。
「こ、これがシュティルさんの絵……!? 上手い! 上手過ぎるよシュティルさん!」
シュティルさんの絵は、とても上手な物だった。
繊細なコントラスト。それでいながらハッキリと分かる線。巧みな色使い。綺麗な背景だけど主役を邪魔しておらず、寧ろ引き立てている。一枚から伝わるストーリー性。 素人目で見ても分かる上手さ。私はただの素人よりは目も肥えてると思うから間違いないよ!
シュティルさんは少し照れ臭そうに話す。
「オイオイ……大袈裟だな。私くらいのレベルならいっぱい居るぞ」
「ううん! 美術館とか行く事もあったけど、その画家さん達に比毛を取らない上手さだよ!」
「褒め過ぎだ。全く……ほら、起きたなら身支度をして戦場だ」
「うん。そうだね! ……あれ? なんかニュアンスが……」
パレット等を仕舞い、朝の戦場へと向かう準備をする。
私も着替え、髪を整え歯などを磨いたり洗顔したりで完了。食後も歯は磨くんだけど、寝起きも磨いた方が良いって言うもんね。
十数分で準備を終え、部屋から外に出た。
『おはようございます! ティーナさんにシュティルさん!』
『今朝も良き日であり……』
『さあ! お荷物をお持ちします!』
『存分にお使いくだせェ!』
「わわ! もしかしてずっと待ってたの……!?」
「忠誠心が高いな。ティーナも懐かれたものだ」
部屋から出るや否や、昨日から一晩中待ってくれていた魔物のみんなに迎えられる。
ここまでされるとちょっと悪いような……あくまで植物魔法の一端を見せただけなのに牽かれる要素はなんなんだろう……朝からみんなで行けるのは悪くないけどさ。
何はともあれ、私達はその場所へと向かうのだった。
──“食堂”。
『これは俺様の焼き肉だ!』
『返せよ俺のサラダバー!』
『ホットスープは頂いた!』
来た瞬間、朝から大盛り上がりを見せていた。
これが魔物の国の日常なんだね……。人間の私より早く起きる人が多いから、早朝でも構わず大乱闘が執り行われている。
無論、私達は自分の分を簡単に確保したけど。
「朝から元気だね~」
「そうだな。あまり眠らぬ私だが、朝は苦手と言うに」
「それは種族上の問題だよ……」
「しかし最近は朝更かしをする同族も増えてきているんだ。よくやると思うよ」
「朝更かしって一体……まあ想像は付くけどね~」
同じヴァンパイア族でも、結構ルーティンが変わっている人は多いんだね。私達人間にも朝型と夜型が居るからそう言うものなんだと思う。
そして朝食を終え、今日は無法地帯ではなく教室に向かう。
「今日はちゃんと授業をするんだっけ」
「ああ。午後からはまた復興作業に取り掛かるようだがな。一応学生という身分。知識を取り込む事は重要だ」
『かったりィですよね~』
『無法地帯の方が勉強より楽しいのにぃ~』
『面倒ですよねぇ~』
『全くだ』
「アハハ……私は一応体験留学だから魔物の国の授業を受ける機会があった方が良いんだけど……」
『そっスよね~!』
『勉強も楽しいもんねぇ~!』
『熱心になれますよね~』
『全く、お前ら。コロコロと意見を変え過ぎだ』
『『『お前が言うな!』』』
渡り廊下のやり取り。賑やかだねぇ~。
何にしても魔物の国では初めての授業。内容がそんなに大きく変わる事はないと思うけど、楽しみだね。
私達は教室に入った。
──“教室”。
魔物の国の教室は、“魔専アステリア女学院”とは結構違う。
まずテーブルや椅子のサイズが魔物さん達に合わせており、大小様々。更にはそう言った概念の無いクラスメイトもおり、青空教室みたいに野晒しになっている場所もあった。天井が一部吹き抜けになってるの。
ボードの役割を担う物は木材であり、ちゃんと書けるようにもなっている。
景観もよくある教室とは違い、まるで大樹の中に造っているような感じ。葉っぱとかもそのまま残ってるね。雰囲気良いな~。
基本的に席は自由らしく、好きな場所を選ぶみたい。
「どこにしよう……」
「私はいつも窓際から離れているな。その辺りにしないか?」
「あー、確かにシュティルさんは日差しが集中する場所厳しいもんね~」
「ああ。それ用の対策もしているが、やはりツラいものもある」
「それじゃあ壁際が良いね。吹き抜けになっている場所も大変そうだし」
「助かる」
座る場所を決めてそこへ着席。お連れ? になった取り巻きの魔物さん達もそれぞれ近くに付いた。
そして担任の先生がやって来、言葉を発する。
『それでは、知っての通り今日。厳密に言えば昨日から人間の国“魔専アステリア女学院”のティーナ・ロスト・ルミナスさんがこの教室に来た。皆の者、魔物の国の恥にならぬよう心掛けよ』
な、なんか厳しい自己紹介。国の恥って……私そこまで大きな存在じゃないんだけど……。
取り敢えず私としても人間の国の代表みたいな物だからその心意気は持って置いた方が良いよね。肝に命じておく。
『それでは授業を始める』
それからホームルームなどが終わり、授業が開始された。
内容を言えば、予想通り人間の国とそんなに大きな差がある訳じゃない。でも魔物さん特有の表現とかならではの活用とか、ちょっと違う部分もある。
だからと言って分からないという事は無く、無難に終える事が出来た。
「フッ、どうやら魔物の国の授業にも余裕を持って付いてこれているようだ。君にとっては簡単なのかもしれないな。心無しか担当教師もいつもより楽しそうにしていた」
「そうかな? でもそれなら良かったよ~。基本的に私達の学校では殆ど終えている場所だから復習って感じでやれたかな」
「流石は名門“魔専アステリア女学院”だ。魔物の国は単純な進行はともかく、授業を真面目に聞かぬ者も多く本来より遅れてしまっているからな。私としても授業とは別に習っていない場所は暇な時間に進めている」
「あまり睡眠が必要無いって言ってたもんね~。その分多くの事が学べるんだ」
「そうだな。君にも負けているつもりはないぞ」
「ふふん、私も負けてないよ~」
魔物の国の授業スピードはゆっくりしてるけど、シュティルさんみたいに自習で先を進めている人も多いのかな?
確かに彼女も頭良さそうだもんね~。ヴァンパイアという種族の感覚で考えれば昼間はこれくらいゆっくりしていた方が良いのかも。
ともあれ、午前の授業も一通り終わった。昼食を終えてから午後の授業を少した後に復興作業になるね。
──“食堂”。
『俺の!』『私の!』『我輩の!』
お昼、早くも見慣れた光景となった争奪戦。
私達は問題無く食料を取る事が出来、争いに巻き込まれるよりも前に終えた。
──“午後の授業・実技”。
『今回の実技は“戦場ドッジボール”を行う。折角の客人。皆で楽しめる物の方が良いからな』
昼食後、これから復興作業に当たる事となるので今日は最後の授業。それは“戦場ドッジボール”とやら。
名前である程度の想像は付くね。名前の示す通り戦争みたいなドッジボールをするんだと思う。
なんでも私が居るからチームプレーをするとか。悪くないね。
『このクラスの人数を考え、4チームを作るとしよう。1チームの数は10~12くらいだ』
1クラス分のチームを考え、数はそれくらい。誰と組もうか迷うところだけど、私には選択肢が限られてるね。ここに来て仲良くなったみんな!
「では同じチームとなろう。ティーナ」
『お供します。シュティルさん』
『ティーナ・ロスト・ルミナス一派。少人数ながら精鋭揃い。我らシュティル・ローゼ一派と力を合わせればこの学園の掌握も夢ではありません』
『同じチームになりましょう! ティーナさん!』
『私達ティーナ・ロスト・ルミナス一派もシュティル一派と組むのは賛成です!』
「いつの間に派閥が生まれたの!?」
組むメンバーは決まっていたけど、まさかこんな事になっているなんて思わなかった。
シュティルさんはこの学園でも知名度が高いし派閥があるのは何となく想像が付くけど、まさか私の取り巻きになってくれたみんなは私達の一派という事になっていたなんて……。
それにシュティルさんの所に居る強そうな魔物さんが言うに精鋭らしいし、なんかバフォメット騒動後も大きな事態になりつつあるような……。
組む事自体は否定しないけど、なんか大変だ……。
『やはりティーナ・ロスト・ルミナス一派はシュティル・ローゼ一派と組んだか』
『ただでさえ幅を利かせているシュティル・ローゼ一同。厄介な相手になりそうだ』
『だが“戦場ドッジボール”。この競技なれば鼻をへし折る事も叶う……!』
「えぇ……」
そして見るからに裏がありそうな魔物さん達に目を付けられていた。確かに昨日からそんな子達が居たけど……。
“闇永血輝紅月学園”って派閥による派遣争いとか盛んだったんだね……。やっぱり“魔専アステリア女学院”とは色々と理が違うや。
『──それでは、“戦場ドッジボール”を開始する!』
担当先生の合図と同時に決まったチームが対戦を行う。四チームだから二回やるのかな? それとも総当たり形式で三回か。
何はともあれ、ようやくまともな授業が始められた“闇永血輝紅月学園”の体験留学。けどそれは、その授業内でもとんでもない事になろうとしていた。
……まさかいつの間にか派遣争いに巻き込まれちゃうなんて……。




