第三百二十一幕 午後の作業・一日の終わり
──“午後”。
昼食を摂り終え、私達は午後の作業に取り掛かっていた。
と言ってもやる事は同じ。植林して川を繋げ、ラセツさんの拠点も直していく。
「“フォレストゴーレム”!」
『ブオオオォォォォ━━━━ッ!!』
『おお……!』
『こんな巨大なゴーレムを……!』
『流石はティーナさん……!』
色々と便利だから大きな森のゴーレムを造り出したけど、たったそれだけで大袈裟な反応をされる。
褒められるのは悪い気がしないけど、一つ一つの行動でこんなリアクションしなくてもいいんだけどね~。
因みに拠点の資材は既に集めてある。後はこれを組み合わせるだけ……と言っても強度は大事。ただ重ねるだけじゃ脆いからバランスを考えて補強しなきゃね。
『しかし、我の拠点も同時進行してくれるとはな。此処に棲む者達が最優先。我の城は後回しにしてくれても構わなかったのだぞ?』
「気にするな。聞いた話では鏡を割るのに一役買ってくれたそうではないか。相応の恩恵は与えられて然るべきと判断しただけよ」
『痛み入る。操られていたとは言え、魔物の者達へ行った仕打ち。非道の数々は消えぬと言うに』
「そんな事か。だったら私は更に多くの者を殺め、隷属させたりもしていたぞ。年季が違うのでな。気にする必要もあるまい」
『それは時代だろう。この泰平の世で行った事が問題なのだ』
「貴様こそ不可抗力だろうに……。生真面目なものだな。加えて言えば時代が時代でも元より法の存在せぬ無法地帯の出来事。咎めはあらぬよ。この国の元締めである私が許しているのだ。今回の罪は不問。償いをしたいのなら、さっさと拠点を直して他の魔物達を受け入れ己のやれる範疇で行った方が良い。短気な者は“死”のみを罰としているが、改善の余地があるならそれを見届けるのも罰。反省をする者とせぬ者は簡単に見分けられる」
『……そうか。では、償いとして無法地帯を魔物の国一の安息地とさせよう』
「それが良い。今後それによって改善する事の方が多くなれば罪は償えたと言えるだろう。……失った者は帰って来ぬがな」
『……これ以上は何も言わない方が良さそうだな。しかと償いを受ける』
拠点の再興作業の途中、エルマさんとラセツさんは少しビターな話をしていた。
遠目で見ただけだから内容までは分からないけど、声のトーンから軽い話ではないと判断したの。
でも私が介入する余地は無さそうだね。話自体は纏まったみたいだし、気にせず拠点の建設を続ける。
「資材を沢山運んできたよー!」
「流石だな。ティーナ。人手不足を解消するにも便利な植物魔法だ」
「えへへ♪」
資材を運ぶのは人力。魔力? 取り敢えず無法地帯に運べる便利な道具などは限られているけど、植物によって大量の荷物を運ぶ事で時短に成功していた。
エルマさんの伝で腕の立つ職人さん達は居るので、ラセツさんの拠点も数ヶ月あれば完成しそうな感じ。前より良い物になっちゃうかもね~。
私の体験留学が終わるまでの期間では完成しないけど、出来る限りのお手伝いはするよ!
「ティーナ。ある程度集まったから、今度は別の場所の植林をしていくぞ」
「はい! エルマさん!」
資材集めは一段落。後は他のみんなや職人さん達にお任せする。
私とエルマさんは無法地帯の奥地へと入って行き、植物の無くなった場所の植林を執り行う。
「そう言えば、私達に襲い掛かって来る魔物達が居ませんね。更地になったとは言え、森の残っている場所もあるので一匹くらい会っても良さそうですのに」
「それは私が居るからだな。この星では一番長生きの私。その分より多くの世界を見て回ってきた。無法地帯にも何度か出入りしており、祖先の時代からの付き合いがあったり実力で捩じ伏せているから私に絡んで来ようという者は居ないんだ」
「そうなんですか。気の遠くなる話ですね……」
「存外そうでもないさ。新たな発見や体験が無ければ脳も働かず、体感時間はすぐに過ぎていく。そんな速さで移り変わる世界を見て来たんだ。中々に“飽き”は来ないものだよ」
「なるほど~」
エルマさんは無法地帯でも顔が広いらしく、その実力も知れ渡っているので問題無く歩けるとの事。
凄まじく長生きなんだもんね~。私の想像が付かないくらいの世界を見てきたんだ。
「さて、この辺りから土が目立ち始めているな。種を植えよう」
「はい!」
エルマさんが念力で種を広範囲に蒔き、ママに魔力を込めて植物魔法を使用。樹海を生み出してエネルギー供給。芽が出て木となった。
「ついでに花畑でも作っておこう。気性が荒い無法地帯の者達だが、花でも見れば多少は落ち着くかもしれない」
「あ、それ良いですね! 私もお花大好きです!」
お花畑の案。それはとても素晴らしいアイデアだね! カワイイお花達を見れば魔物さん達も穏やかになるかもしれないもん!
エルマさんは笑って返す。
「ふふ、そうか。しかしながら、美しく咲き誇ったとしても草食の魔物からしたら手頃な位置にある餌でしかない。今度君が来るまでにいくつの花が残っているかどうかだ」
「うっ……確かにそれはそうですね。でもそれが自然の摂理。循環するので受け入れます」
「フム、……の割には案外現実を見れているようだ。現実はシビアだからな。ある程度を見据えておかねば勝手に期待して勝手に落胆する事もある。君は大丈夫そうだな」
「そうですか? と言うか最初の方がよく聞こえなかったんですけど……」
「此方の話だ。何れ向き合う時が来るというだけだよ。年寄りの戯言と軽く流してくれ」
「……? はい……?」
よく分からないけど、取り敢えず気にしなくて良いのかな。
お花畑が無くなっちゃう可能性もあるけど、それはそれとして受け入れておく。それによって生きる事が出来る魔物さんも居るってことだもんね。
そんな感じでお花や木々を植えつつ進み、日が暮れた頃合いでストップが掛かる。
「今日はこんなところで良いだろう。私達にとってはこれからの時間だが、人間には少しツラいものだ。特に君は昨日から殆ど寝ていないだろう?」
「アハハ……そうですね。植林が楽しくて体も動かしていたので眠くなってませんでしたけど、確かに少し頭がボーッとするかもです」
言われて気付く私の疲労感。
確かに昨日にちょっと仮眠を取ってからずっと起きてる。一応朝方からも二、三時間は眠ったけど全然足りないもんね。
気付いてから眠くなってきた。
「眠気が一周回ったようだな。しかし寝床に入ればすぐに落ちてしまうだろう。今日はゆっくり休むと良い」
「分かりました。思えば折角の寮なのに昨日は帰ってませんでしたもんね~」
「シュティルも楽しみにしていたんだがな。バフォメット騒動の所為で遅れてしまった。アイツは高飛車で高圧的だが、悪い奴じゃない。これからも仲良くしてやってくれ」
「良い人なのは分かり切ってますよ! 私もシュティルさん大好きですもん! 是非ともずっと仲良くしたいです!」
「ふふ、それは良かった。どうやら杞憂だったようだ。これからもあの子を末永くよろしく頼む」
「はい!」
シュティルさんが良い人なのは分かっているのに、何を心配しちゃってたんだろうね。
これからもよろしくって言うのは私の考えと同じだもん。ずっと仲良くしたいよ! ともあれ、私達はみんなの場所に戻る。これで今日は終わり。学園寮へと一日振りに帰るのだった。
*****
──“食堂”。
『寄越せ!』『早い者勝ちだ!』『何をう!』『俺のもんだ!』『私のよ!』『貴様らァァァッ!!!』
「な、成る程……戦場だね」
「ふふ、そうだろう? これが此処の日常だ」
寮に帰ると、食堂では大きな争いが繰り広げられていた。
パンやお肉に野菜。あらゆる食品が飛び交い、争奪戦となっている。昨日と今朝は体験出来なかったけど、こんな感じなんだね……でも、郷に入っては郷に従え……乗るしかないかな……!
「私は争奪戦にならないが、ティーナな食えそうな物は人気商品だからな。大変かもしれないから私が……」
「“奪取蔦”!」
「……!」
蔦を伸ばし、的確に他の魔物さん達の隙間を抜ける。
それによってサンドイッチとスープを奪取し、ついでにサラダとお肉も貰い受けた。
『なんと高度な植物魔法……!』
『やはり見込んだ通り……!』
『既に準備していたが、必要無かったようですね!』
「……お前ら……」
「アハハ……気を使わなくても大丈夫だよ。精密なコントロールは慣れてるから」
私の分を確保したけど、今日のやり取りで多分仲良くなった他の魔物さん達は私の為に準備してくれていた。
だけど今は必要無いかな~。
「ありがたいけど、折角この中から取ったんだもん。それはみんなで食べて!」
『おお、なんという優しさ!』
『人間には慈悲深い者も居るという』
『正しくその通り!』
「大袈裟だよぉ~」
「すっかりボスポジションに付けたな。一気にカースト上昇だ」
「そんな制度があるんだ……」
私の分はあるから要らないってだけなんだけど、スゴく大きな表現になっちゃってる。
でも友達が増えたなら良い事だよね。甘んじて受け入れよっか。
そんな感じで夕食も食べ終わった。
──“大浴場”。
『ティーナさん!』
『お背中流します!』
『さあさあ!』
「い、いいよ別に……」
「何処までも付いてきているな。私の一派でも此処まではならんぞ。実はカリスマ性があるのかもしれないな。ティーナ」
「そんな事ある訳無いよぉ~」
お風呂……とは言え男女関係無い混浴。そもそも混浴って概念すらないかも。魔物さん達は人間とも違うもんね。見たところヴァンパイアとかゴブリンとか、人間に近い見た目の魔物さんの男の子は居ないから恥ずかしくないけど、ちょっと狭い。
なんか野生って感じのお風呂。魔物さん達的な言い方だと水浴びになるんだって。でもちゃんと温かいよ!
「それにしても、シュティルさんってお肌白くてスベスベで綺麗だね~」
「そうか? まあ汗などは掻かず老廃物は無いからな。しかしながら、ティーナも美しい肌ではないか」
「そうかな? ふふ、嬉しいかも!」
結果的に私に付いてきてくれるみんなが居るから壁となり、私達はゆっくりと入浴する事が出来た。
お風呂自体は戦場みたいな物で食堂並みに盛り上がってるんだよね~。
何はともあれ、お陰で休めたよ。今日も一日疲れたからね。
──“寮部屋”。
「えーと……みんなは廊下で眠るの?」
『はい! 貴女の睡眠を妨げるような不逞な輩に天誅を下す為に待機しております!』
「なんか難しい言葉遣い……自分のお部屋には戻らないんだ……」
『眠る場所となればどこも同じですからね! 変わりませんよ!』
「そ、そうなんだ……それじゃあおやすみ……」
『『『おやすみなさいませ! ティーナさん! シュティルさん!』』』
私はシュティルさんとの相部屋だけど、クラスメイトの魔物さん達が見張り役を買って出てくれた。
シュティルさんは「たまに襲撃などもあったりするから丁度良いんじゃないか?」って言ってたけど、なんか気が引ける。
でも本人……人? 達が気にしてないなら良いのかな。寝る場所も普段とあまり変わらないとか。
取り敢えず私達はお部屋に入った。
「はあ~……やっと一息吐けるね~。バフォメット騒動もそうだけど、他のみんなが必要以上に私に良くしてくれるからさ~」
「良い舎弟が出来たではないか。この国では群れる事も面倒に関わらぬ為にも必要なものだ」
「舎弟って……そんなんじゃないよ~。だけどみんなと和気藹々するのは良いかも……だってシュティルさんが居てくれるとは言え、色々と不安だったからさ……」
「ふふ、それは嬉しいな。気性の荒い者は多いが良い国だ。残りの日数、満喫していってくれ」
「うん……留学先……魔物の国を選んで良かったよ……シュティルさん……」
「もう限界だな。もう少しガールズトークとやらをしたかったが、明日以降もある。ゆっくり休んでくれ」
「ふふ……エルマさんと同じような事言ってる……」
「そうか? まあ血縁だからな。言動が似る事もあるだろう」
「そうだねぇ……それじゃおやすみ……シュティルさん……」
「ああ、おやすみ。外にも見張り役を買って出た者達は居るが、私もあまり眠らない。君の安全は確保するよ。ティーナ」
「ありがとうねぇ~……」
意識が遠退き、心地好い微睡みに包まれる。
ホントだ。エルマさんの言う通り、お風呂の時まではあまり眠くなかったように思えたけど……ベッドに入るとすぐに眠くなっちゃった。
私としてももう少しシュティルさんとガールズトークをしたいけど……本人が言うように……まだまだ留学の日数は残ってるもんね……ゆっくりと過ごすとするよ……。
次第に声も聞こえなくなり、夢の世界へと誘われる。私は眠りに就き、今日が終わりを迎えるのだった。




