第三百二十幕 体験留学・二日目・植林
──“体験留学・二日目”。
昨日……今朝の騒動から数時間後、“闇永血輝紅月学園”一同及び“神魔物エマテュポヌス”のメンバーは無法地帯へと入っていた。
と言うのも先日……前述通り数時間前なんだけど、vsバフォメットの時に無法地帯が荒れに荒れて大きな被害が及んじゃったからね。エルマさんの方針で復興活動に当たっているの。
それでも安全は保証出来ないから、エルマさんが同伴。ラセツさん案内の元で行動中って感じかな。
だけど授業を中断してまで危険な無法地帯へ行かなければならない。生徒のみんなからはさぞかし不平不満が……。
『初めてだ。無法地帯』
『ヘッ、俺達がシメてやるぜ……!』
『掛かって来いやァ!』
出ていなかった。一人も、一匹も。
魔物の国の中では優等生も多いというシュティルさんの学校。それはあくまでも当社比であり、結局のところ血気盛んみたいだね。……って言うか、私って留学に来てから一度も勉強してない。ある意味授業や社会勉強の形は保っているけど、思ってたのとなんか違う……。
「ああそうだ。本当は今日の全校集会で説明しようと思っていたが、人間の国“魔専アステリア女学院”からティーナ・ロスト・ルミナスが体験留学にやって来た。話しておくぞ~」
「今!?」
そして唐突な紹介。
エルマさんもエルマさんで流石は魔物の国の住人って感じだね……。
『ハッ、お嬢様学校の“魔専アステリア女学院”か』
『高嶺の花が下界に降りて来やがった』
『温室育ちの人間の国の奴め。この国の在り方を教えてやるぜ』
しかも全然歓迎されてない!? 確かに立場的には余所者だけど、こんなに敵意剥き出しで見られるなんて……。
これからクラスメイトになるみんなとの出会いなんだけど、早くも不安しかない……。
エルマさんは言葉を続ける。
「まあ喧嘩を売るのも自由だが、少なくともこの学園の中等部でティーナに勝てる可能性がある奴は限られてるぞ。ダイバース大会での優勝経験あり。ダイバース新人戦では団体の部・個人の部共にトップで代表戦入り決定。中等部十四歳以下では人類最強だ」
『『『…………!?』』』
「……!?」
な、なんかスゴい肩書きを言われちゃった!?
確かに事実ではあるんだけど、ボルカちゃん達が居てくれたからそうなれた訳だし、新人個人戦も同時優勝で彼女とツートップって感じだったから、完全に一人の力で最強って感じでもないのに……。
『こんな弱そうな人間の女がなァ?』
『信じらんねェ……』
『確かに今年、通常大会ではシュティルさんが負けたが……』
『本当にそうなのかァ!?』
「ひっ……ど、怒鳴らないでください……」
『オイオイ、怯えちまったぞ?』
『やっぱ何かの間違いなンじゃねェの?』
魔物さん達に取り囲まれる私。絶体絶命の大ピンチ……。
そこへ助け船が入った。
「そこまでにしておけ。ティーナは強いんだが、割と臆病なんだ」
「シュティルさぁ~ん!」
『シュティルさんがそう言うなら』
『ケッ、次は確かめてやる』
シュティルさんが割って入ってくれたお陰で魔物のクラスメイト達は離れていく。
助かったよぉ~。本当に彼女には感謝してもし切れないや。
「ほら、そこで話しているな。早いところ無法地帯へ入るぞ」
『『『へぇ~い』』』
エルマさんの言葉に気の抜けた返事をし、魔物さん達は付いていく。
私達も移動するけど、シュティルさんからは離れられない。単純にみんなが怖いから……!
そして辿り着き、重鈍で頑丈な大門が開く。余裕の表情を浮かべていた留学先のクラスメイト達は、その光景を見て余裕が消え去り、息の飲む音が聞こえた。
『これが……』
『無法地帯……!?』
『無法地帯ってか……』
『何も無ェじゃねェか……!?』
そこに広がっていた物は、今朝までの戦闘の余波によって何もかもが消滅した大きな地割れのみが残る大地だった。
改めて見ると凄まじい破壊痕……。
バフォメットの炎魔術によって全ては消え去り、惑星が崩壊する余波でこんなに大きな地割れが残っている。
エルマさんが星の崩壊とそれに伴って起こる事態は止めたんだけど、表面はまだ割れたまま残っちゃってるんだね。
他のみんなが唖然とする中、エルマさんは私に話す。
「ティーナ。君は永続的な植物魔法を使えるか?」
「……! 永続的な……?」
「ああ。このままでは地上の酸素が数十パーセント減る。魔物の国は人間の国や魔族の国と違って街が発達していない分、この星の植物を大多数になっているからな。幻獣の国と魔物の国の二極だ。だから植物魔法を扱える君に頼みたいのだが、どうだろう」
どうやらエルマさんは、この消え去った森の植物の再生を私達に頼みたい様子。魔物の国はこの星の植物を半数近く担っている……確かに本にそういう事が書かれていた。
でもどうしよう……。
「自分の魔力から永続的な魔法を生み出すのはまだ出来ません。一時的に生やす事は出来ますけど、制限時間があります」
「……そうか」
私にはまだ、永続的な魔導を扱う事が出来ない。そもそも私じゃなくてママの植物魔法だもんね。色々と難しいと思う。
それにつき、エルマさんは言葉を続けて話した。
「しかしその言い方……“自分の魔力から”……か。つまり何者かの介入や触媒があれば作れるのか?」
「えーと……出来なくはない……かもしれませんが、それには本物の植物が必要ですね。私(達)の植物魔法は魔力から植物を顕現させるだけじゃなく、近くの木々や花々を操るので」
「そうか。ではこの種を成長させる事は出来るか?」
「種?」
そう言い、エルマさんが取り出したのは沢山の種。更に空中へ無数の種が浮かんでいた……って!
「こ、こんなに沢山ですか!?」
「ああ。更地となったこの場だが、地面に埋まっていた物や消え去る際に飛び散った物があってな。回収してみたらこれ程の数となった。軽く一万は越えている」
「な、成る程……」
消滅した場所だけど、破壊の範囲が届かない地面の中や数多の植物が消え去る事によって種が現れ、これ程の数をかき集められたとの事。
確かにこれを急成長させる事が出来れば一気に自然が戻るかもしれない。その後の植物からも種が取れるようになるもんね。
「では、やってみます。種を出来るだけ疎らにバラ蒔いてください」
「心得た」
『オイ、人間が何かするぞ』
『ハッ、見届けてやろうぜ』
種を念力で操り、周囲へと蒔く。
周りの魔物さん達の目線は怖いけど、取り敢えずこれで基盤が作られた。後はそれを見越して広範囲の植物魔法を……!
「“樹海生成”!」
『『『……な……!?』』』
更地を全て植物魔法で埋め尽くした。
木々が生え、うねり、花が咲き乱れる。辺り一面は瞬く間に緑の世界と化す。
これで準備完了。魔物さん達の反応を余所に、蒔かれた種の成長を促進させる。
「“急成長”!」
『『『…………!?』』』
周りの植物から種へ繋ぎ、魔力を流し込んで種から芽が出て大きくなり、たちまち大木へと成長した。
この数はどうなるのか不安だったけど、なんとかなって良かった~。これなら魔力との接続を切っても残り続けるね。
そして樹海を消し去り、所々に決して小さくない隙間はあるけど、森林と化す。種子の元が無法地帯の森にあった植物だから環境への影響も及ばない。後はその木の実から更に増やせば良いよね。
「やった! 成功しましたよ! エルマさん!」
「ああ。見事だ。次に川とかも再生させなくてはな。既にある水を元の方向へ流せば良いだけだから比較的簡単だ」
「か、簡単なんですか?」
「ああ。水源の位置も把握している。容易い所業だ」
「スゴいです……」
植物を生やす事には成功し、次はここに棲む魔物さん達の生活源となる水。
それについてはエルマさんが上手くするみたい。ヴァンパイアって五感が優れているし、エルマさん程の実力者なら本当に容易いんだろうね~。
『まさか……これ程の所業を……』
『たった一人の人間の力で……』
『これがダイバースの優勝者……』
「ふっ、これがティーナ・ロスト・ルミナスだ。見た目は美しくキュートで可憐な乙女だが、あまり舐めない方が良い」
生み出された森を見て驚愕するクラスメイト達と、何故か誇らしげなシュティルさん。
私だけの力じゃないんだけどね。ママ達もそうだけど、エルマさんが予め散った種を集めてくれていたから生態系に影響が及ばない植物を生み出せたんだもん。
何はともあれ、そこから更に植林。他のクラスメイト達はエルマさんの指示の元、水源から水を堀り当てて整備する。
『俺の鋭い爪は、岩盤すら貫く!』
『私の聴覚で水の音を聞けば容易く見つかるわ!』
みんなも魔物らしく固有の能力が優れている。なのでその作業も順調に進められた。
『都市部の奴等が何の用だァ!?』
『助けに来てやってんだろうがァ! 地面に頭埋めて感謝しろやマヌケェ!』
『手助けなど要らん! 余所者は出ていけェ!!』
『あァあ!?』
そしてまあ、血の気が多い人も大勢居るから争いに発展しそうにもなる。
その場合は双方から注意が下る。
『ケンカを売るな。此処が無事なのもその都市部の者達のお陰だ』
『あでっ!』
『ケンカを買うな。体力が余っているなら森を整えよ』
『ガハッ……!』
ラセツさんとエルマさんが止めた。
その為にラセツさんの拠点付近を使わせて貰っているんだもんね。二人のお陰で本格的な戦いに発展する事はなく、比較的順調に作業は行われる。
『昼食の時間だ。腹が減っては力も出ぬからな』
「食ったらまた行うぞ」
『『『ウーッス』』』
食料は予め買い込んでおり、“闇永血輝紅月学園”のみんなと“ホーンシップ”のメンバー。“神魔物エマテュポヌス”のメンバーはお昼休憩となる。
作業速度はとても早く、建物はともかく自然の景観は午前中の作業だけでかなり進んだ。
それはいいんだけど……。
『ティーナ・ロスト・ルミナスさん! 俺ァアンタの力に惚れた! 是非とも弟子にしてくれ!』
『私も! 同じメスとして尊敬出来る部分が沢山あるわ!』
『抜け駆けすんなザコ共! 俺様の方がティーナさんに気に入られてる!』
『でっち上げるな! 貴様らはティーナさんを侮っていただろ! それを掌返したみたいに!』
『『『お前が言うな!』』』
……何故か私への弟子入り志願者が続出した。……本当になんで?
「あの……私弟子とかそう言うのはちょっと……」
『言われてるぞ!』
『ほらね! やっぱり私だけで十分なのよ!』
『どう聞いたらそうなるんだ!? テメェらはアホか!』
『断られてるだろ! しっかりと考えろ! 全く! 俺以外はダメダメだな!』
『『『お前が言うな!』』』
聞く耳を持たないみたい……。
シュティルさんがそんな私達の隣に座り、説明してくれる。
「困惑しているな。だが、これが魔物の国の在り方だ。力が全て物を言うこの国。傍から見れば野蛮だが、その分仁義には厚く、裏切りなどの行為も少ない。力が全てだからこそ力には忠実なんだ」
「私ってそんなスゴい力を見せたかな……?」
「先程の植物魔法。それのみで敵わぬと判断した者達が大勢居たのさ。賢明な判断。だが逆に、それを見て挑戦する意欲を燃やしている者達も居る」
シュティルさんが指し示した方向を見てみると、魔物さん達が私を睨み付けるように見ていた。
『あれ程の実力者……手合わせ願いたいな』
『シュティルにも勝利したのか。見せて欲しいものだ』
『腕が鳴る……!』
「ほ、ホントだ……」
「まあ気にするな。挑む者を返り討ちにしていけば何れ収まる」
「寧ろ気にしない理由が無いよ……」
色々あるんだね。魔物の国って。
でも初日にバフォメット騒動があったからあまり気にしないかな。少し慣れた感じ。
そんな感じのやり取りをしつつ、午前の復興作業が終わるのだった。




