第三百十五幕 操り人形
──“ホーンゴート・城の前”。
要塞を破壊した私達は一気にお城の方へと突き進んでいた。
拠点だけあって敵の数は多い。次から次にツノのある魔物、無い魔物まで出てくる。
「全員がツノありって訳じゃないんだ……!」
「取り込まれた他のチームメンバーも居る訳だからな。とは言え元々のメンバーでない者達は扱き使われるのがオチ。単なる捨て駒でしかない」
「シビアだね……」
「そう言うものだ。そうありたくなければ強くならねばならぬのが魔物の国、無法地帯の在り方。門番はツノありだったが、ツノ無しは信用出来ぬからツノありに任せているのだろう」
主体はツノありだけど、引き込んだツノ無しメンバーは扱いが悪くなるらしい。
だから最も攻め込まれやすい警備に当たっているんだね。
門番については信用の有無だとか。確かに信頼出来ない人が入り口を守っていたら敵を入れちゃうかもしれない。ヒドイ話だけど、合理的な判断だった。
「此処まで来れば特定も容易い。一番強い気配を追えば良いだけだからな」
「うん! お城の天辺に居るみたい!」
「だろうな。馬鹿と煙は高い所が好きだが、飛行手段が限られている相手なら有利な位置だ」
強い気配の位置は掴んでいる。私はまだ魔力の観測以外はそうでもないけど、とても強い魔力なのも分かった。
なので私とシュティルさんはそちらへ向かい行く。
『通すな!』
『通したら殺される!』
『行かせるかァ!』
「……っ。やりにくい……」
「君のその優しさは好きだが、今は目先の事だけを考えろ。ティーナ」
私達の行く手を阻むのは、怯えた様子のツノの無い魔物さん達。こう言われると戦う事に躊躇しちゃうけど、シュティルさんが道を切り開いた。
お城の門を抜け、城内へと侵入する。
『来たぞ!』『通すな!』『殺せ!』
『処罰を!』『与えろ!』『死ね!』
「こんなに沢山……」
「今に始まった事でもない」
お城の中には沢山のツノあり兵が。
ツノには金属のコーティングが施された物を嵌めており、貫通力などの攻撃全般を高めているみたい。
全身も鎧で包んでおり、重装備だった。
『や、やるぞ!』『おお!』『来い!』
『ま、負けてなるか!』『やらねば!』
「……っ」
そしてそれとは対照的に、貧弱な格好の兵士達。
見ての通りツノは無い。お城の警備を任されているけど、その格差は一目瞭然だった。
「シュティルとティーナは先に行け。此処は俺一人で十分だ」
「ブラドさん……!」
「行こう。リーダーに任せておけば問題無い」
「うん……」
苦労しそうな相手だけど、私達が戦う事は無かった。
どうやらお城の兵士達は全員をブラドさん一人で担うらしい。
他のメンバーは外で食い止めているから、ここからは私とシュティルさんの行動になる。
『舐められたものだ』『行け、ツノも無い下等な奴隷共!』『死んでこい』『壁程度にはなっておけ』
『『『う、うわああああ!!!』』』
「やれやれ。扱いがナンセンスだ。これが君達の天命にならぬよう、俺が解放してやろう」
『……!?』『な、何をする!?』
「……え!? 仲間同士で戦い始めた……!」
「我らヴァンパイア族の能力の一つだ。気にするな」
階段を登り、ふと下を見るとブラドさんは動かず、鎧を纏ったツノあり兵が同じツノあり兵を突いていた。
シュティルさん曰くヴァンパイア族の能力。こんな事も出来るんだね。
「高みの見物とは良い身分だ。下民の苦労を知るのも上流階級には必要事項だぞ?」
『や、やめろ! 同士ではないのか!?』
『…………』
ツノあり同士でやり合い、ブラドさんは優雅に戦場を闊歩する。手を動かし、念動力にて引き寄せた。
「この城に居る者達の気配は掴んだ。少し狭くなるが、来い」
『『『…………!?』』』
──お城の兵士全員を。
気配を捉え、その持ち主達に念力を当てる。それによってブラドさんの元に部屋ごと寄せられ、結果的に全戦力が彼の元に向かった。
あの数を一人で相手にするなんて……操って同士討ちさせているとは言えスゴい……! と言うかあの数を操る事自体がスゴい!
「お陰で楽に進める。ブラド様々だな」
「うん……! 強い気配の位置はあそこ……!」
歪んでいるような、重なっているような、そんな魔力の気配。オーガのラセツさん。果たしてそれはどんな人なのか。
他の敵には会わず真っ直ぐ進み、私達はその部屋の扉を粉砕して飛び込んだ。
──“鏡の間”。
「ここが……主の部屋?」
「その様だな。私としても来るのは初めて。当たり一面鏡貼りだ」
「文字通りね……!」
私達が飛び込んだ部屋は、全面が鏡に覆われている所だった。
鏡貼りと言っても壁が鏡になっているのではなく、色んな種類の鏡が沢山置かれている感じ。
丸い物から四角い物。中には三角や星形など、よく見るような物からあまり見る機会の無い物まで様々。奥には一際大きな鏡が。どれくらいだろう。軽く十メートルはありそうな大鏡。
そんな鏡部屋の中心には玉座が置かれており、巨大鏡を背に4~6メートルの巨体を有する主の姿が。
『来たか。“神魔物エマテュポヌス”のシュティル・ローゼに“魔専アステリア女学院”のティーナ・ロスト・ルミナス。待っていたぞ』
「私達を知っていたようだな。名やチームではなく、此処に来る事に対して」
「……っ」
第一声、くぐもっているような、重なっているような、反響しているような、そんな声。
全面に鏡があるから複雑に反響してこんな風になっちゃっているのかな。
シュティルさんは質問するように言葉を続ける。
「待っていたとはどういう事だ? 私達が来るのを理解しているのと何か関係でもあるのか?」
『そうだな。あるとも言えるし、無いとも言える。気紛れかもしれぬし、理念に基づいた行動かもしれぬ』
「曖昧過ぎるだろ。揶揄っているのか?」
『いるかいないかで言えば居る。相まみえるのを楽しみにしていたぞ』
よく分からない事を口走るラセツさんだけど、要約すると私達と戦いたかったって感じかな。
なんでこんな回りくどい言い方をするんだろう。からかっているって言っていたから、馬鹿にするように遊んでいる感じなのかも。
「楽しみか。その為に私達の拠点へ攻め入ったのではあるまいな?」
『どちらとも言える。別に拠点を襲撃出来たのなら何処でも良く、部下が囚われたのならそれも良し。何れ世界を支配する為の足掛けに過ぎん』
「は? 世界を支配とか何言ってるんだ? アホなのか貴様は」
『それをどう解釈するもお前達の勝手。今はただ──愉悦を』
立ち上がり、巨大な剣を携え向き直る。
ラセツさんは剣士なのかな。体躯よりも巨大な剣。それは一振りで大地を割る程の威力になりそう……。
だけど今回は私達とシュティルさん。勝てる気がする……!
『始めよう』
「ああ。丁度私もそう思っていたところだ」
「うん……!」
ゆっくりと動き出し、刹那に足を踏み込んだ。
一瞬にして私達との距離を詰め寄り、巨躯の大剣を薙ぎ払う。
「流石は鬼、馬鹿力だ」
「スゴい威力……!」
一瞬の動きだけど、ラセツさんより遥かに速いボルカちゃんやレモンさんとも戦った事がある私達。巨体にしては素早いけど、見切れない速度ではなかった。
だけど威力は凄まじく、一薙ぎで王室の壁が消え去った。
自分の部屋なのにあまり気にしない感じなのかな? 戦いを楽しむタイプなら多少の破壊は許容範囲なのかも。
『一気に畳み掛ける』
「そうか。ご苦労な」
「ホントに被害を気にしてない……!」
振り下ろし、足場を破壊。周りの鏡も落ちて割れ、上階から下層へと落下した。
ガラスの破片が散っているだけでとても危険。ブラドさん達が戦っている場所から離れてて良かった。
『はっ!』
「破片を……!」
「問題無い」
ラセツさんも念力のような力で破片を操り、私達に向けて散弾銃のように放射した。
シュティルさんは念力で止め、私達も植物で防いだから無傷で済んだけど、そこにまた大剣が振り下ろされる。
「遠距離と近距離を分けている……!」
「前までは魔導やそれと同等の力が使えなかったらしいが、今は使えているな」
「え!? こんなに巧みに操っているのに……」
「魔物だって成長するのかもな。向上心自体は高いと聞いているが、何せそう言った情報でしか知らぬから眉唾だ」
鏡の破片や周りの瓦礫を操りつつ自身も剣を携えて向かってくる。
この技量で得意じゃなかったなんて、スゴかったんだね。私もオーガとか鬼の一族は腕力による力押しが基本って思っていたから意外。
「でも、やられてばかりじゃ始まらないよね!」
「フッ、そうだな。同意見だ」
今のところ私達は防戦一方。それでは埒が明かないので此方からも仕掛ける事にした。
私は魔力を込め、シュティルさんは踏み込んでラセツさんへと肉薄する。
「“樹木拳”!」
『……!』
巨木の拳を射出し、ラセツさんは大剣で切り裂いて防御。そこへシュティルさんが入り、念力を込めた片手を向けていた。
「吹き飛べ」
『……!』
頭に向けてそれを放ち、その巨体を吹き飛ばした。
吹き飛んだ先には植物で追撃するように畳み掛け、ドドドドド! と樹木の雨霰が降り注ぐ。
それでもラセツさんは抜け出しては剣を振るって薙ぎ払い、その欠片を操って投擲した。
それらは植物の壁でガード。その隙間を抜けてシュティルさんはまた嗾けた。
「単なる念力ではなく、天候付与をした方が良いか」
『……ッ!』
風と雷を一点に集中させ、小さな嵐の爆弾を直撃させた。
暴風雨は弾けて破裂し、ラセツさんの体はもう一度吹き飛ぶ。
それによってお城から飛び出し、一気に飛ばされて中心部の方へと行った。
「……! 鏡や瓦礫が……!」
「まだ意識も気概もあるようだな。武器を揃え、遠方でも戦う気らしい」
「そうみたいだね……!」
それらは遠距離や中距離用の武器となる。吹き飛ばされた事を即座に認識し、武器とする為に自分の元へと引き寄せる。
合理的に戦いを続行していると思うよ。
「後を追うぞ」
「うん……!」
シュティルさんはコウモリのような翼を広げ、私は植物の上に乗って移動。
お城から飛び出して向かい行き、薙ぎ払われた木々の中心へと到達した。
『ケヘヘ!』
『獲物だ!』
『外層付近から飛んで来やがった!』
『喧嘩だとしても丁度良い!』
『腹減ってんだ!』
そこには既に何体かの魔物達が取り囲んでいる。
本当に油断も隙も無いね。無法地帯は。誰であろうと自分か獲物かの二択になる。
しかも中心部付近の魔物だから力も確実に上な筈。
『早い者勝ちだァ!』
『『『ゲヒャヒャヒャヒャ!』』』
ラセツさんへと飛び掛かり、次の瞬間には両断された。
「うっ……」
「あまり見ぬ方が良い。君は慣れていないだろうからな」
肉片や色んな物が飛び散り、私は思わず目を逸らした。
何の躊躇いも無く切り捨てた。魔物の国ではこれが常識なんだろうけど、私にはちょっと刺激が強過ぎる……。
『獲物ォ!』
『ケヒャア!』
「こっちにも……!」
「空を移動しようと、安息の場所は無いからな。今に始まった事でもない」
「うん……!」
シュティルさんは襲い掛かって来た魔物を吹き飛ばし、私達も植物魔法で薙ぎ払う。
郷に入っては郷に従え。そうは言うけど、命までは奪いたくない。だって■んじゃったらもう会えないから。……誰に?
違う! 誰にじゃない! 世間一般的な常識! だから何も関係無い!
「はぁ……はぁ……」
「ティーナ? 辛いのなら戻った方が良い。雑兵相手なら命のやり取りになる事は少ない」
「大丈夫……大……丈夫……。何の問題も無いから……!」
植物で周りの魔物達を吹き飛ばし、ラセツさんの前に降り立つ。そこにはさっきまで生き物だったモノの……。
大丈夫。大丈夫。ステーキとかのお肉も最初はそんな感じだったから。今のこの場所だけの話じゃない……!
『……ほう? そこの小娘……使えそうだな』
「何を言っている? ティーナに狙いを定めたのなら、友として私が許さぬ」
目を付けられた……早く対処しないと。
どうでもいい事でシュティルさんの手を煩わせたくない。
やらなきゃ……私がやらなきゃ!!
『この一撃にて、終わらせてやろう!』
「来るぞ、ティーナ!」
「うん……大丈夫……!」
大剣を構え、周りの瓦礫も巻き上げる。鏡が向かい合い、反射で映る世界がさながら無限回廊の様。
やるんだ……私がやるんだ!!
『死ねい!』
私が……!
「──“大森林”!」
『……ッ!?』
大剣が振るわれ、その大剣ごと植物の大波によって流した。
無数の植物はラセツさんを飲み込み、一気に押し出して遠方へと追いやる。
初手で少量の植物は切られたけど関係無い。更なる植物が全てを担い補い、正面全てを植物で覆い尽くした。
『な、なんだ……!?』
『この植物……』
『たった一人の……人間によって……?』
『に、逃げろ……!』
またいつの間にか魔物さん達が私達を囲んでいたみたい。
そうだよね。流石にこの量は怖いんだ。
でも、
──逃がしちゃダメだよね?
『『『ヒイイィィィィ!!!』』』
『た、助け──』
『誰……か……』
生み出した植物は魔物達を飲み込み、押し潰す。
やらなきゃ……まだまだやらなきゃ。役に……立つ為に……。
「ティーナ! 何をしている!? 戦意の無い者まで巻き込む必要は無い!」
「あ、シュティルさん。だってほら、無法地帯があるからこんな事になっちゃってるんだもん」
なんだろう。なんだか力が溢れてくる。シュティルさんの声が、小さくなったかな?
「私が……私がやらなきゃ……】
「……!(この感覚……今のティーナは、ティーナではない……?)」
よく分からないけど、世界の全てが小さく見える。
そうだ、思い付いた。植物の形を変えて、こうしよう。
「──“フォレストゴート”……】
『…………】
「ヤギ……そしてこの忌々しい気配……周りにあるは“合わせ鏡”……そうか、成る程な。私達は初めから“ホーンシップ”のラセツとは戦っていなかったのか。私達の相手はずっと──“ホーンゴート”だった」
【クク……ケヒ……気付かれた……ヴァンパイアの考察力もそうだが、この女……妙だ。心の闇は深いのに、完全には操れない……依り代が必要だ。だから樹で作らせた。多少は脆いが、あのオーガよりは頑丈だろう。私の魔力で強化もする】
なんだろう。頭がボーッとする。シュティルさんが何かを誰かと話しているけど、分からない。何の事?
「ティーナが作ってやったそれだが、人間の女の体にヤギの頭を持つ姿……貴様──“悪魔”・“バフォメット”だな? 確かに生き物を操る力はあった」
【お前らヴァンパイアが操るを言うか? 数千年前、英雄と持て囃されている奴らによって地獄はぬるま湯となっちまった。七大罪の魔王共もすっかり腑抜けている。一年前に突然来た英雄の子孫が地獄の一角を消滅させても現世に手を出そうともしねぇ。だから私が現世も地獄も支配する!】
「聞いてもいない、微塵も興味を感じない事をベラベラと。だが、“ホーンゴート”の奴等もそうだった。全体が貴様の手に落ちていたのか」
【ああ、その通り。余計な目の無い魔物の国は拠点に好都合。英雄ももう居ない。この世は私が支配する!】
「下らぬな。来い。地獄へ帰してやる」
よく分からない言葉でよく分からない会話をする二人。一人は誰?
私の視界は黒く染まり、ズンっと重く深淵へと沈み行く感覚に陥った。




