第三百十一幕 留学先の学園長
──“魔物の国”。
転移の魔道具から移動し、降り立った先は魔物の国。
四つの大国の中で最も治安が悪く、今でも旧時代のような争いが日夜繰り広げられている場所。
そこに留学用の荷物を纏め、私は来ていた。
「ようこそ、魔物の国へ。前とは場所も違うが二度目だな。ティーナ」
「うん、シュティルさん! おはよー!」
出迎えてくれたのはシュティルさん。留学先がシュティルさんの通う学校だからね。そこまでの道案内を担ってくれるんだ。
この辺にはヴァンパイアの人達が多く住んでおり、治安も魔物の国では一番良いとの事。ヴァンパイアは元々高貴な存在が多いので自然と治安も良くなるとか。
それでも他の魔物間での争い事が無い訳じゃないから、案内を出来て襲われても対応出来る実力を有するシュティルさんが案内人って事。
「では私達の学校へ行こう。最初に私との血縁でもある学園長と挨拶をする必要もあるからな」
「よろしくー」
シュティルさんがダイバースの大会に参加する際は学校ではなく別のチームだけど、ヴァンパイア族は普通にそう言った制度がある。
ある程度は調べてきたから過ごし方も把握してるよ。ちゃんと荷物が盗まれたり金銭が通常より高かったりの対策もしてあるの。
そのまま特に問題無く、楽しくお話しながらシュティルさんの通っている学校に到着した。
「では改めて……私達の通う“闇永血輝紅月学園”だ」
──“闇永血輝紅月学園”。
ここがシュティルさんの通う学校、“闇永血輝紅月学園”。ちょっと物騒な名前だね。
外観は全体的に黒をイメージしており、周りの景観も合わせて暗いように見える。けれどその建物はどこか神秘的であり、黒いのに暗闇ではその色がより引き立つ感覚があった。
装飾や掲げられた校旗には赤……というよりは紅。黄……というよりは金が施されており、気品を感じさせる美しい佇まいだった。
私達はその学園の正門から中庭を通り、校舎へと入っていく。
「此処は君達で言うところの貴族やお嬢様の学校だが、人間の国程マナーには厳しくない。魔物の国らしく自由な校風が特徴的だな。まあ、マナーを知る者が極端に少ないってだけの話だが、歓迎するよ」
「うん。お邪魔しまーす!」
校内には人型以外の存在も沢山見受けられる。体験とは言え、留学生が珍しいのか道行く人達には結構見られてるね。でも見た目が見た目なので恥ずかしいって感じはなかった。
そんな道中、シュティルさんはこの学園での在り方について話す。
「“魔専アステリア女学院”と同じで中高一貫だが、“アステリア学院”とは違って全寮制ではない。留学生という扱いになる君は此処の寮で生活する事になる。無法地帯よりはマシとは言え、治安は終わっているから不用意に出掛けない事をオススメするよ。まあ君の実力なら大抵の輩は簡単に片付けられるだろう。念の為の注意事項と言った感じだ」
「成る程……かなり大変そうだね」
「慣れれば大した事無い。人間の適応力は高いからな。幻獣や魔物には棲み処が変わるだけで死してしまう者も多い。多少体調が崩れるだけで少しすれば慣れる君達なら大丈夫だ」
「アハハ……。確かに何だかんだ慣れちゃうかもね。魔物の国での在り方は前にある程度教わったから大丈夫だよ!」
「フッ、確かに無法地帯近くにある私達のチーム拠点に来たな。そこで大丈夫だったなら数週間程度は大した事無いだろう」
色々と過ごし方に注意点はあるけど、実力にはそれなりに自信があるから多分大丈夫。ママやティナ、ボルカちゃんも居るもんね。
魔物の国は魔力が至るところに漂っているので人間にとっては魔法や魔術が使いにくいと感じる事もあるみたいだけど、前に来た時のように魔法も問題無く使えるのは確認済み。今のところ心配は無さそう。
その他にも色々と注意点が話され、私達は学長室の前に来た。
「此処が学長室。私の血縁が務めている。見た目や態度は高圧的だが、それは別に威圧している訳じゃないから気にするな」
「そ、そうなんだ」
その口振りからして、悪い人じゃ無さそう。元々そんな人だとは思ってないけどね。
私は扉をノックし、学長室へと入った。
「失礼します」
「私の友人を連れてきた」
「……やれやれ。会話が外から筒抜けだ。誰が高圧的だ? 態度は兎も角、見た目はそうでもないだろう」
「この人が……」
そこに居たのは、背の高い女性の人。
見た目は先ず目に映るのが腰まで届いている長く美しい金髪。瞳の紅いつり目であり、ヴァンパイアらしく色白の肌をしていた。スレンダーな体型で気品があり、名画や彫刻のような美しさと気高さ、神々しさを感じられた。
姿だけならシュティルさんをそのまま大きくしたような感じ。その辺は流石の血縁者って事かな。
その女性は言葉を続ける。
「ようこそ、ティーナ・ロスト・ルミナス。君の事はよく知っている。ダイバースもそうだが、シュティルとたまに顔を合わせると君やその仲間、友達の事ばかりを話すからな」
「オイ。それは関係無いだろ!」
「アハハ……どうも……」
私の事は認知しているみたい。ダイバースで有名になったのもあるけど、シュティルさんがよく話してくれているとの事。
本人は恥ずかしそうにしているけど、とても嬉しいよ!
女性は更に綴った。
「名乗り遅れたな。私は『エルマ・ローゼ』。知っての通りこの学園の学園長を務めている」
「よろしくお願いします。エルマさん!」
エルマ・ローゼさん。姓はシュティルさんと同じだね。
スゴく若々しいし、お姉さんとかかな?
「……。ティーナ。勘違いしているようだが、エルマは英雄の時代より遥かに昔から生きている。前に年齢は話したと思うぞ」
「え!? そ、そう言えば……それじゃあ軽く見積もって千歳以上……この見た目で……」
「フッ、驚くのも無理もない。厳密に言えば英雄の時代の更に数千年前くらいだが、アイツがこの世界から居なくなってからは数えていないな」
「アイツ……?」
「……愛すべき者とだけ言っておこう。若い君達に深く掘り下げる事は無いからな。それに、別に死した訳でもない。寿命という概念の無い世界でかつての支配者や神々と共に過ごしているだろう」
「き、規模がとんでもない……。確かに深く知ったら情報量でパンクしちゃいそうです……」
少し話しただけで、エルマさんの人生経験の豊富さが伝わってきた。
そんな世界があるなんて信じられないけど、なんだかとても信憑性がある。もしかして本当に……。
「老人の与太話だ。そんなに深く考える必要は無いぞ。ティーナ」
「やれやれ。お年寄りは労るものだぞ? 今では身体中にガタが……特に来てはいないが、数千年生きた伝説だからな」
「労る要素が何処にある。片手で星くらいなら砕ける化け物が」
「私自身は砕いた事がない。それが容易く行える面々と渡り合ったくらいだ」
「十分過ぎるだろう」
「アハハ……」
苦笑いを浮かべるしか出来なかった。しれっとスゴい実力を知っちゃったけど、それも不確か。
そして別世界については結局どっちなんだろう。シュティルさんは気にするなって言うし、エルマさん自身も冗談っぽく笑っているけど、「愛すべき者」って言った時のどこか憂いを帯びた表情が頭から離れない。
深くは探らず、心のうちに秘めておくのが最適解かな?
「取り敢えず、君を歓迎しよう。ティーナ・ロスト・ルミナス。名門“魔専アステリア女学院”の君が此処で学ぶ事なんかあるのか分からないが、ゆっくりと過ごしていってくれ」
「はい! エルマさん!」
一先ず歓迎してくれた。それは良いね。絶対に私より物を知っているからエルマ学園長には色々聞きたいな~。あまり過激な事じゃないので。
「……?」
そしてふと学園長のテーブルを見ると、写真のような物が置かれていた。随分と古く、風化しているのを再生の魔道具で繋ぎ止めているような状態。
そこを見ているとエルマさんはパタンと倒し、隠すような行動に移る。気になるけどあまり触れられたくないみたいだね。だったらその意を汲む。
「………」
でもチラッとは見えちゃった。再生の魔道具を使っていてもボロボロで、色褪せていたから詳細は分からなかったけど、私と同い年くらいの男の子。剣を携えた女の子。どこか見覚えがあるような顔立ちの女の子。白……じゃなくて金髪かな……の少女に大人しそうな女の子。
五人パーティって感じの写真だった。
金髪の、一番幼く見えるのがエルマさんかな。今の姿の面影があるや。
「では、軽く学園を案内しよう。本格的に授業に参加するのは明日からだろう。地の利を得ておく必要もあるからな。ある程度の構造を知っておいて損はない」
「地の利……この学園も戦場になるの……?」
「かもな。この魔物の国、何が起こるかは分からないのが常識だ」
「本当に大変だね……」
早くも不穏な気配が漂っているけど、それはともかくとしても場所を知っておくのは大事だもんね。
私達は学長室を後にするのだった。
「──“魔専『アステリア』女学院”か……。ふふ、長い年月を経てちと変わってはいるが、人間の国では忌み嫌われていたお前の姓が今では英雄扱いだな……友よ」




