第三百十幕 体験留学先の選択
──“一ヶ月後”。
「そう言や、ティーナは何処にするんだ? 体験留学」
学院祭から一月を経て、今月に行われる留学についてボルカちゃんから訊ねられた。
今月の数週間。私達中等部二年生は他国へ一時的に留学して交流を深めるという行事があるの。
去年は合宿で、今年は留学。来年は職場体験って感じで決まっている。
それにつき、今年の留学先なんだけど、前に話した時から決め切れていないのが現状。ボルカちゃん、ウラノちゃんにルーチェちゃんは既に決めている。
「そうだなぁ……。もうすぐだけどまだ決めてないからなぁ。ボルカちゃんは魔族の国にするんだよね」
「ああ。国民性とか性格的にもアタシに合いそうだしな。ダク先輩やリテの居る“暗黒学園”も体験留学を受け入れているらしいし、同年代の知り合いが居るのはデカイ。ビブリーとルーチェは前に話した通り幻獣の国にするらしいぜ。留学先の学校は違うけどな」
「そうらしいね~。ウラノちゃんがエルフ族が居る街で、ルーチェちゃんがその近くの別の学校だっけ」
「ま、学校って文化がある幻獣の国はエルフ族の統治する場所くらいだしな。他にもあるにはあるけど、生活スタイルが一番人間に近いのもエルフくらいだ」
三人の行く場所は前に話していた通り、ボルカちゃんが魔族の国でウラノちゃんとルーチェちゃんが幻獣の国。
ボルカちゃんは魔物の国と悩んでいたけど、シュティルさんの案内で前に行った事があるから魔族の国にしたんだって。
クラスのみんなも既に決めており、本当にあと私だけって感じ。
「まっ。決めるのは明後日で明日は休みだし、その明日のうちに考えておけば良いんじゃないか?」
「うん、そうしてみるよ。どこの国にも知り合いが居るから不安はそんなに無いけど、だからこそ迷っちゃうんだね。明日ゆっくり考えてみる」
「それが良い。んじゃ、部活行こーぜ」
「オッケー」
明日一日は休みなのでゆっくりと考える時間がある。部屋で考えるのもいいけど、ちょっと出掛けてみようかな。何か切っ掛けが掴めるかもしれないし。
私達は部活に向かい、いつもの一日を終えて次の日となるのだった。
──“翌日”。
(どうしよっかな~)
後日、私にしては珍しく一人で外出をする。
勿論ママとティナは連れているけど、ここは自分で決断する場面。ママ達には頼らずに行動してみる。
この辺のお店ならボルカちゃん達とよく来ているし、顔見知りが多いから騒がれる事も少ない。
気を紛らわしながらもゆっくり考える事が出来るね。
「いらっしゃい。お、ティーナちゃん。今日はみんなと一緒じゃないんだね?」
「はい。ちょっと考え事していて」
「恋の悩みとかかな?」
「アハハ、そんなんじゃありませんよ。単純に学校の行事についてです」
「中等部二年生でこの時期となると……ああ、体験留学か。毎年一人は何処に行こうかな~って考えている学院生が来てるよ」
「そうですね。今年のその役割は私って感じです」
「そうかい。ま、ゆっくりして行っておくれ。いらっしゃーい!」
ボルカちゃん達と来る事の多いカフェで考える。
カフェインを摂ると頭が働くもんね。お菓子も頼んで糖分も補給。結果、寛いだだけでどこに行くかは思い付かなかった。
「──……という事なんですよ」
「そうか。それなら単純に友達の行く場所にするのはどうだ? その方が落ち着くだろう」
「それはそうなんですけど、やっぱりせっかくの体験留学。たまには自分で行動したいんです。いつもボルカちゃん基準にしてしまっているので」
「ふむ、確かにそれもそうだな。まあ存分に考えて行くといい。見ての通り此処は空いているから一日居ても問題無いよ」
「ありがとうございます」
カフェで寛いだ後、いつもの雑貨屋さんに来た。
ここの女店主さんとは、身内や学生以外では一番親しい仲なのでのんびりと考える事が出来る。でもそれだけだと部屋で悩むのと同じなのでお手伝いをする事にした。
「わざわざ手伝ってくれなくてもいいんだけどねー」
「いえ、やらせてください。じっとしていても落ち着かないので!」
「そう? ウチとしては助かるからありがたいけどね」
店主さんはお客さんが少ないと言っているけど、それでも整理とか掃除とかやれる事はある。
結果的に体を動かす事となり、色々と頭も働いてきた。
「あ、ティーナ・ロスト・ルミナスだ!」
「本物!?」
「ここでお手伝いしているのかな?」
「せっかくだから寄ってみよっか!」
「いらっしゃーい」
「いらっしゃいませ!」
だけど思ったよりお客さんが入ってきたので考える余裕は無い。
客足は良く、雑貨屋さんは盛り上がっていた。全然少なくないや。寧ろ大繁盛しているって感じがするね。
「混み合ってるじゃないですか~。既にスゴいですけど、これでも足りないって事なんですね!」
「……いや、いつもは本当に閑古鳥が鳴いているんだけどね。君が来てくれたお陰だよ」
「私がですか?」
「その通り」
私が来たからお客さんが入ってくれているとは言うけど、本当にそうなのかな?
でも確かにダイバースの大会で名前は知られた。それも原因の一つなのかも。
そんな事を話しているうちにもお客さんは入ってくるので、会話を途中で止めてそちらに集中する。こりゃ大変だ。
「──大人気店かと思えば、君が居たのか。ティーナ」
「いらっしゃ……あ! シュティルさん!」
お客さん達の相手をしていると、シュティルさんも入店してくれた。
人間の国に来ていたんだ。買い物かな? それを彼女に訊ねてみた。
「ああ。偶々この国に来ていたのはそうだが、此処に寄ったのは異様に繁盛しているこの雑貨屋が目に入ってな。気になり、折角なので見てみる事にしたんだ」
「そうだったんだ~。ゆっくりしていってね!」
人間の国を観光中って感じかな?
それでこのお店が目に付いて入店してくれたみたい。
確かに人が多いなら何かあるかもって気になっちゃうよね。ここでシュティルさんと会えたのは嬉しいかも。
話を終え、またお客さんを捌いていく。
「……。随分と忙しそうだな。私も手伝おうか?」
「そんな、悪いよシュティルさん」
「良いんじゃない? 既にティーナちゃんが手伝ってくれているけど、客足はドンドン増えていくからね」
「ほら、そう言っている。このまま一人で物色するのも退屈だしな。友人という立場。もっと頼ってくれ」
「シュティルさんと店主さんがそこまで言うなら……」
既に私が手伝っているのもあり、店主さんに否定する理由はないみたい。
私としてもシュティルさんと一緒にお手伝い出来るのは楽しいし、何よりこのお店の主が言っているんだから私の一存で決める事じゃないよね。
そんな感じでシュティルさんもお手伝いする事となった。
「オイ、あれ!」
「ティーナ・ロスト・ルミナスと……!」
「シュティル・ローゼ様!」
「きゃー!」
「ダイバースのスターが二人も!」
「まだプロデビューはしていないけどね~」
「そんなのは誤差誤差! 行こう!」
「更にお客さんが増えてきちゃった……」
「私の国で行われる抗争並みに大変だな。……フッ、面白い……!」
狙い通りお客さんをスムーズに捌けるようにはなったけど、減る処か更に増えてしまった。
シュティルさんもダイバースで毎回好成績を収めているもんね。人間の国にも知名度は広まっており、シュティルさん目当てで来る人も少なくなかった。
でもそっか。確かに魔物の国って日夜チームやグループによる争いがあるんだっけ。大変そうだね……ううん。そんな他人事じゃない。間違いなく大変だもん。
一通りお客さん達を相手取り、午後に差し掛かる頃、お昼なのもあってようやく客足が落ち着いた。
「いやぁ、助かったよ。売上的な意味でもお客さんへの対応的な意味でもね。これくらいしか出せないけど、昼食を食べていってくれ」
「そんな、ありがとうございます」
「ほう? 流石は薬品主体の雑貨屋。血のストックがあるのか」
「ふふん、シュティル・ローゼちゃんの顔も知っているからね。ちゃんと魔道具で温存していた新鮮な血液だ」
「成る程。適温であり、まるで皮膚から直接戴いているかのような味わい。濃厚さ、良い血液です」
「アハハ……人間の私からするとちょっと特殊な会話だね」
「私も人間だよ?」
お昼の休憩は一時的にお店を畳み、店主さんの手料理を振る舞って貰う。
味付けも絶妙で絶品。所謂高級食材を使っていないのに味わいも鮮度も高い。店主さんって料理上手なんだね~。
談笑しながら食事を楽しむ中、シュティルさんは話を切り出した。
「ティーナ。店主さん、此処まで振る舞って頂いたところ悪いが、午後には帰らせて貰います。ちょっとした野暮用があってな」
「別に構わないよ。寧ろ午後に用事があるのに手伝ってくれたなんてありがたい限りさ」
「その野暮用って?」
どうやらシュティルさんには午後から用事があるらしい。それなのにわざわざ手伝ってくれたんだね。彼女の優しさに触れた気がする。
差し支え無ければと私は訊ね、シュティルさんは言葉を続ける。
「まあ、魔物の国では日常なんだが、チーム間での抗争があってな。私は肉体的に疲れないが、多少は精神を削る。だからと人間の国に来たんだ。魔物の国でも都市部なら転移の魔道具が通っており、利用者も少ないから空いている。ちょっとした息抜きだな」
「物騒だね、魔物の国というものは。いっその事、人間の国や幻獣の国にでも引っ越したらどうだい?」
「それは出来ませんよ。国には仲間も居ますから。その中でも最高戦力である私が抜ける訳にはいかないでしょう」
「そう言うものか。確かに何だかんだ言って故郷からは離れられないものだね」
「そう言う事です。私の血族が統治してから大分改善したんですけど、それでも魔物の国は広く、無法地帯も多い。日々国を良くする為に精進している。食事をありがとうございました。ティーナもまた今度遊ぼう」
「はい、毎度。なんてね」
「うん。シュティルさん……」
魔物の国の情勢は大変そうな感じ。実力が物を言う世界であり、シュティルさん程の実力者が居ながら改善が難しいなんて余程だね。
私にも何か出来る事があれば……。彼女には何も頼まれてないけど、何か……。
「……そうだ……」
二人には聞こえないように呟く。
そう言えば丁度今、悩んでいたんだよね。どこに行くのか。これも社会見学。平和な国でのんびりと過ごすのが一番だけど、友達の役に立ちたい。
私は決心した。せめてこの数週間だけでも、シュティルさんの役に……!
「そう言えば、はい。シュティルちゃん。お手伝い料。少ないけど持って帰ってくれ」
「勝手に押し掛けて手伝ったのは私の方なのですけど」
「気にしない気にしない。働き者には相応の対価を与えられて然るべきだよ。君もまだ学生。全然足りなくても、少しは足しになるだろう?」
「そうですか。ありがとうございます」
私が決心した一方で、シュティルさんと店主さんはお給料のやり取りをしていた。
そう、対価。日々仲間や国の為に活動しているあんなに良い人が報われないなんて絶対おかしいもん。
余計なお世話かもしれない。滞在出来ても数週間しかないけど、少しでも……!
シュティルさんは帰り、私は店主さんに向けて話す。
「店主さん。今日はありがとうございました。私、体験留学先を決めました!」
「お、そうかい。今の話の流れから大凡は予想が付くね。頑張っておいで。君にお給料は要らなそうだから、役に立ちそうな薬や道具をいくつか渡しておくよ」
「ありがとうございます!」
店主さんは私の思考を理解し、良いアイテムを色々と渡してくれた。
もう明日に決めて、すぐに出発だもんね。その行事については知っているから、お手伝い料金の代わりにもっと良い物をくれたみたい。
「それじゃ、頑張ってくるんだよ。ティーナちゃん」
「はい!」
お店を後にし、私は寮へ戻る。
残り時間は少ないけど、少しでも魔物の国の勉強をしつつ備えておく。
そう、私の留学先は──魔物の国。
苦労しているシュティルさんの為にも、少しでも力になりたいの。余計なお世話は百も承知。
翌日、私は体験留学先を選んで許可を貰い、その後日に魔物の国へと赴くのだった。




