第三十一幕 親友
──そこはまるで、箱庭のようだった。
私の視界に映る下方には植物が生え、沢山のお人形さんが動き回っている。
なんだかみんな楽しそうな雰囲気。
クルクルクルリ、ターン、タン。
メラメラメラリ、ズバババーン。
飛び回り、植物と戯れているお人形さん。草刈りをし、焼畑をし、妖精さんのように私と遊んでくれる。
するとなんだろう。箱庭の側面が開き、他の炎より小さな、だけどとても優しくて暖かい灯火が入り込んできた。
そう、あれは──
「ティーナ!」
「「……!」」
「……? ボルカ……ちゃん?」
私の大切なお友達。
*****
──数分前、ダンジョンの外。
「なあ、これってティーナがやったんだよな……」
「おそらく……しかしこれ程までの力を有していたなんて……」
「何だろう。あの子。スゴい力を秘めているのにそんな事微塵も感じさせなかったなんて」
アタシはボルカ・フレム。そして近くに居るのはルーチェ・ゴルド・シルヴィアとビブリー……じゃなくて、ウラノ・ビブロス。
此処はさっきまで攻略していたダンジョンの前であり、目の前にはアタシの友達が植物魔法で持ち上げたであろう建物を支えていた。
「……異常……だよな?」
「そう……ですわね。魔力の出力もですけど……それ以外の何かに猛烈な違和感を覚えます……」
「あの子は一体……」
メキメキと伸び、形作る植物。それはまるで、ドールハウスのようだった。
ダンジョンの一部壁は壊されて剥き出しに。そこへ部屋分けが施され、アンデッド達がギコちない動きで歩き回っていた。
明らかに異様な光景。内部で一体何が起こってるんだ……?
「……っ。ちょっと行ってくる!」
「お、お待ちになって! ボルカさん!」
「そうよ。何が起きているのかも分からない状態。先輩達も向かっただろうし、私達は待機すべきだと思う」
そう、アタシ達はゴールした。本来ならそこでまた転移の魔道具によって移動する事になるが、その気配は無い。
ゲームが終わればティーナも自動的に戻れるんだけど、微塵も無いのだ。
=先輩達がダンジョン内に転移したって事に繋がる。
アタシは自分が才能に恵まれている事は自負しているけど、今はまだ先輩達に勝てないのも何となく分かってる。けど、足手纏いだとしても妙に胸が落ち着かない。
「ゴメン。待ってる方が良いのは分かってるけど……やっぱ行くわ。アタシ、ティーナとそう言う約束したから!」
「ボルカさん!」
「ちょ……!」
片手から炎魔術を放出し、高所にあるダンジョンへと移動。
バランス調整はムズいけど、やってやれない事はない!
穴だらけなら好都合。余力を使わずに侵入出来る!
「ったく。心配掛けさせて……やっぱアタシ達だけじゃなくティーナも一緒に連れ出すべきだった……!」
そう、ゲームでは敵同士だった。だからこそティーナがミノタウロスを止めているうちに……勝つ為だけに我先にと脱出してしまった。
友達でも全力を出すのは礼儀……けど、それでも他に方法があったんじゃないかと悔いる。
「後でちゃんと謝んないとな……!」
ダンジョン内へ入り込み、手から炎を消し去って転がるように着地。
勢いを殺すのは地味に大変だな。
入るや否や細長い蔦や蔓が伸び迫り、それらを焼き消す。
動くもの全てが対象みたいだな。こうも魔力や気配に溢れてたら炎の探知機も意味をなさないし、一部屋ずつ探すしかないか……!
だけど問題無し。アタシは運が良いんだ。特に誰かの為に必死になる時はな!
「この辺りに……! ──“ファイアインパクト”!」
炎と魔力の合わせ技で植物を燃やし、石造りの壁を砕く。
数百メートル先には一際大きな樹があった。何となくの直感で分かる。彼処に居るのがティーナだ!
「“ジェット”!」
両手を後ろに突き出し、火炎を放射して加速。空気圧はヤバイけど全身は魔力でコーティング済み。アタシは即席の使い方とか応用力もあるって自分で思ってるからな。
そうだな。何に苦しんでいるのかは分からないけど、ティーナの元に着いたら今週末に一緒に買い物でも行くよう誘ってみるか。
そう思い、植物に覆われた直線を突き抜けた。
*****
「ボルカちゃん……なんで……」
「遊びたいんだろ! じゃあさ! 今度の休日一緒に学院外へ行こうぜ!」
「……」
現れたボルカちゃんを前に、私は息を飲む。
行きたい……けど……ダメ……なんだか落ち着かない。動悸が更に激しくなるように感じた。
嫌なのに……ダメなのに……私の魔力が勝手にボルカちゃんへ植物を伸ばす。
「逃げて……ボルカちゃ……!」
彼女の全方位を囲うように木々が伸び、次の瞬間にはイェラ先輩が切り裂いてくれた。
良かった……。私の所為でボルカちゃんが傷付かなくて。
だけどなんでだろう。なんで私の意思に反して魔法が……。
「ねえ、ママ……これって……」
『………』
「あれ? ママ……?」
私の意思じゃない。かと言ってママでもなく、ティナは私だからそれも違う。
それだけじゃなく、全体的に私の思うように動かない……。これって……魔力の暴走……? ううん、違う。私は楽しめば良いだけ……今の状態もこれからの事も……お人形さんである私に意思なんて必要無いんだ……。
……じゃあもう、終わってもいいよね……みんなもお人形さんになれば良いんだもの。
「あああああ!」
「……っ。ティーナ!」
無数の植物を伸ばし、一つの塊として射出。
迫るそれらをイェラ先輩が斬り伏せ、ルミエル先輩が焼き払う。ボルカちゃんも炎で抵抗するけど、まだこっちの方が上なのかな。
「植物が……!」
「丁度良い機会かもしれないな。ボルカ。炎の形を一点に集中してみろ。それだけで楽になる」
「一点にッスか? やってみます!」
「即座にやってみますとなるのは素直で良いな」
ボルカちゃんはイェラ先輩に何かしらの教えられ、掌の魔力を集中させる。
アハハ! 何やってるんだろう。それは伸び、彼女に得物が渡った。
「安直だが“フレイムソード”や“火炎剣”とでも名付けるか? これなら疎らに放つより通る筈だ」
「マジですか。いいですね。お陰で防げます! ティーナも救える!」
「もうマスターしたか……噂に違わぬ天賦の才を有している」
ボルカちゃんは炎の剣を持ち、迫る植物を燃やして斬り伏す。
一点集中かぁ。私もやってみよ!
「……! 離れて!」
「ルミエル先輩!」
樹に力を込め、それがみんなの元へ。ルミエル先輩はボルカちゃんとイェラ先輩の正面に立ち、庇うように魔力の壁で防いだ。
「今のアドバイスを聞いていたようね。つまり声が届く」
「アタシ達の声が……」
流石はルミエル先輩。そう簡単に私のお人形仲間になってはくれないみたい。
一筋縄じゃいかないね。だったらもっと力を込めて、まずはその動きを止めよっか!
更なる植物を嗾け、先輩達の守りを崩すよう攻め立てる。
「……先輩。どうにかしてアタシをティーナの一番近くまで運べませんか?」
「ボルカさんを?」
「ウス。さっきの言葉への反応を見る限り、もう一押しかもしれないんです!」
「……そう。それは私も同意よ。けれど危険じゃないかしら?」
「友達の所に行くのに危険なんてある訳ないじゃないですか。頼みます」
「……裏表無い本心……ね。フフ、ええ。分かったわ。ボルカさん」
「あざす!」
二人は何かを話してる。私は仲間外れー?
そんなのズルい! 早く捕まえてみんなで一緒に遊ばなきゃ!
『それならティーナ。残りの魔力を全て注ぎ込んで、確実に捕まえに行きましょう?』
「あ、ママ。なんでさっきは黙ってたの?」
『フフ、ちょっと眠かっただけよ。さあ、やりましょうか』
「うん!」
ママに魔力を込め、大量の草木を生やし、花を咲かせる。
これは全部ママの魔法。早く捕まえる為には色んな方法を試さなくちゃね!
「……チャンスね。どうやらティーナさんは痺れを切らして一気に仕掛けてくるみたい」
「それじゃあ頼みました!」
「ええ。全ての攻撃は私が防ぐから、イェラ。お願いね」
「了解した。風圧は凄まじいから魔力で全身を守っておけよ?」
「はい!」
「そーれ! ドングリマシンガン!」
木の実が成る樹を生やし、種が弾け飛ぶ植物の要領でみんなの元に自然の弾丸を撃ち込んだ。
破裂音が響いて飛び出し、高速で迫る。それをルミエル先輩は魔力の防壁で包んで防いだ。
「じゃあ次はこれ!」
「葉っぱ……?」
「切れ味抜群みたいね。木々を切り裂いて迫っているわ。けれど薄いから問題無いわね。イェラ。準備は良いかしら?」
「ああ。出来ている」
「それじゃあ、全部燃やすから後はお願いね」
「はい!」「ああ」
葉刃がルミエル先輩の炎魔術で焼き尽くされ、辺りが煙で見えなくなる。
けど大丈夫! 大きくて頑丈な葉っぱを蔦でくるめて仰げば……!
「葉っぱの団扇!」
「……っ。凄まじい暴風だな……!」
「手足のように操れる植物。基本的にはなんでもありみたいね。……けど」
「……あれ?」
下方を見てみると居るのはルミエル先輩とイェラ先輩だけ。ボルカちゃんは何処?
そう思った矢先、私の背後に人影が。
「ティィィィナァァァ!!!」
「うそ……どうやって此処まで……!?」
「イェラ先輩に投げ飛ばされて貰ったのさ!! ……ん? あれ? なんか言葉が変だな。あ、投げて貰ったんだ!」
「投げ──!?」
人を……!? けど、牛のお人形さんを腕力で吹き飛ばしてたし、イェラ先輩ならあり得るのかも……。
バロンさんにも可能だろうし、先輩達にはやれるんだなぁ。やっぱりみんなスゴい。いつかは私も先輩達やボルカちゃんみたいに……って、ダメ。私は意思を持っちゃダメなの……だって私は……お人形さんだから。
と、とにかく今は目の前のボル──
「捕まえたァーッ!」
「……!」
要らない思考が過り、ボルカちゃんに押し倒される体勢で捕まってしまった。
彼女は肩で息をし、赤毛を揺らし、私の目を見て口を開く。
「ティーナ! お前今揺らいでるだろ!? ホントはこんな事したくないんじゃないか!?」
「……っ。違う……私はお人形さんだから……だからママもみんなも……!」
「ティーナは人間だ! ちゃんと自分の意思も心もある! 何がどうしてこうなったのかはこの際聞かない……けど、いつもみたいにオドオドしながらも芯を強く持って笑っていれば良いんだよ! それがティーナだろ!!」
「……っ」
──ボルカちゃんと話していると、何だか心が軽くなる感覚がある。
これは何だろう……。何だかとても安心する……かつてはママにも──ううん。今も……だけど……それについて考えようとすると頭に靄が掛かって上手く思い出せない。言葉が纏まらない。
「取り敢えずさ……早く帰ろうぜ。もうゲームは終わりだ。勿論アタシの勝ちな! それは譲らないから!」
「ボルカ……ちゃん……」
向けられる彼女の明るい笑顔。思わず頬が綻び、なぜか目頭が熱くなってきた。
なんでだろう。お人形の私には悲しい感情なんて必要無いのに。
「さっきティーナは自分を人形って言ったけどさ。そんな顔する人形があるか? 顔も紅潮しているし、涙も出てる。間違いなく人間である証明だよ!」
「……ボルカちゃん……」
「なんだよ。さっきから。名前ばかり呼んで。大丈夫だ。消え入りそうなか細い声だけど……ちゃんと聞こえてる」
「うん……!」
周りの木々や植物が消え去っていく。そう、遊びはもう終わり。だから出し続けている意味も無いよね。
動悸が収まり、呼吸が楽になった。それなら一言だけ言おっかな。
「今回のゲームだけど、私がミノタウロスを抑えたんだから実質私の勝ちじゃないかな? ウラノちゃんも先に行ってたしさ」
「んなっ!? 涙目で言う事がそれかよ!? ダメダメ! ティーナはスゲェけど、ルール上はアタシの勝ちだ! ビブリーの走力じゃアタシに追い付けなかった!」
「えー!? ズルーい!」
「ズルくなーい! 正当な意見だ!」
私の負け……だね。
悔しいな。だけど嬉しいな。またボルカちゃんと距離が縮まった気もする。
互いにしばらく見つめ合い、思わず口から空気が漏れる。
「プッ……変なの~」
「お前がな~。全く、人騒がせだな!」
「ふふ、ごめんね。ボルカちゃん」
「うーん、許す! 友達……いや、親友のやった事だからな!」
「ボルカちゃん……! 今、親友って!」
「うわ! 抱き付くなよ!」
今回の一件で、私に友達と親友が出来た。
ふふ……また心が軽くなった感じがする。
あ、そうだ。せっかくだし、これも言っておこうかな……。
ボルカちゃんをギュッとし、私は耳元で言葉を発した。
「……ありがと。ボルカちゃん」
「……ああ、どういたしまして」
迷惑掛けちゃったのに怒りもせずに私を受け入れてくれた。私の親友。
なんであんな思考になっちゃったんだろう。今思えばよく分からない。思い出したくもない……けど、ちょっと疲れちゃったかな。
「……」
「おっと……出力の高い魔法を使い過ぎだよ。ティーナ」
「えへへ……ごめんなさーい」
体に力が入らず、ボルカちゃんに支えて貰う。
ママに……私にこんな力があったんだね。スゴい力だけど、誤ったら大切な人達を傷付けちゃう……今度からは気を付けよう……。
「ボルカちゃん……」
「なんだ?」
「今度のお休み……一緒に買い物行こっ……」
「ああ。そう言う約束だしな」
その言葉を区切りとし、私の意識は微睡みへと沈んでいく。
だけど不安も何もない。身も心も安らかな気持ちになる。
私達中等部一年生だけのダイバース。それは惜しくも私が敗れちゃった。
けど、楽しかったー♪




