第三百一幕 成長速度
──“渓谷ステージ”。
今回選ばれたステージは渓谷。周りは緑豊かであり、谷底には流れる川が見える。
落ち着く雰囲気の所。私達の植物魔法やユピテルさんの雷は似合いそうだね。
既に相手の気配は探っている。見つけたらそれに対する策を練らなきゃかな。でもなんだろう……一向に気配が掴めないような……。
「先手必勝……とでも言っておこうか」
「……成る程ね。もう既に……!」
破裂音がバチバチと迸り、辺りを走る痺れる気配。
ユピテルさんは既に帯電しており、雷と同化している本気モードと言った感じ。出し惜しみはしないって事かな。
それなら私も本気。渓谷を更に樹海で覆い尽くし、万全を喫して臨む。
「ただ闇雲な樹海ではないな。木々が生い茂る事により、我の動きが抑制される。戦い難い環境作りが狙いという事だ」
「何度か戦っていますから……! 対策はしています!」
移動速度は凄まじく、捉えるのは容易じゃない。でも樹木によって動きを遮れば場所を絞る事は出来る。
雷で焼き消される可能性はあるけど、普通の植物よりは遥かに強度を高めてあるから邪魔にはなる。
そして動きを絞ったところに──
「そこ!」
「……!」
別の樹を放ち、ユピテルさんの体を吹き飛ばした。
でも浅い。当たる直前に飛び退いて威力を弱めたみたい。激突の瞬間にも受け身を取って衝撃を逃がしてる。今の体が雷なのもあり、ダメージもそんなに届かないかな。
だから更に追撃を打ち込む。
「“樹追”!」
「この動き……!」
相変わらずのとてつもない速度で避け、その方向を予想して追い討ちを掛ける。
上手く命中し、渓谷の底へと落ちていった。そこ目掛けて今一度大量の植物を嗾け、底で雷の瞬きが映った。
(無駄が減り、動きが良くなっている。先読みのスキルも上がり、魔法の狙いが正確だ。我の速度を目で追う事が出来ずとも別の分野にて補っている……!)
渓谷の底から飛び上がるユピテルさん。
普通の樹よりは頑丈だけど、やっぱり一定以上の力を込めた電圧には耐えられないかな。
でも今までより戦えている。エメちゃんが似たような力を使うのもあり、戦っていくうちに自然と慣れたみたい。
これなら勝率がもっと高くなる!
「“夜薙樹”!」
(空中で枝分かれし、降り注ぐ樹木……今までは我に降り掛かる物だけを払えば良かったが……!)
無数の樹を落とし、ユピテルさんへ打ち付ける。幾つかはその雷で防がれるけど、注ぐ中に織り交えた横伸びの樹によってダメージは蓄積していく。
(紛らわせるのが随分と上手くなったものだ。ティーナ・ロスト・ルミナス……! 捌き切れん……!)
植物の成長は凄まじい。一度完全に枯れてしまっても、残った箇所から再生する。
木々は雷に焼き払われてその瞬間は消え去るけど、そこから伸びて彼女の体に打ち付けた。
「……ッ!」
「“手遊び”!」
ユピテルさんを押し退ける樹を掌の形とし、もう片方を別の掌に。
左右から拍手するように押し付け、パァン! と大きな音と衝撃が渓谷ステージに響き渡った。その風圧でいくつかの崖が崩れ落ちる。
植物の速度じゃユピテルさんには及ばない。だから挟む際にも全体を多重に覆っており、逃げ場を完全に無くさせて押し潰すの。
潰した後に手を離し、空中で怯みを見せているユピテルさんへもう一つの掌が迫る。
「“樹木掌底”!」
「……くっ!」
バチーン! と叩き飛ばし、渓谷の崖や島を貫通して吹き飛ぶ。
貫通痕と共にそれらは崩れ落ち、大きな水飛沫を巻き上げ霞に包まれた。
「“フォレストゴーレム”!」
『ブオオオォォォォッッ!!!』
それと同時にゴーレムを召喚し、ボルカちゃんに魔力を込めて火炎へ変換。ユピテルさんの吹き飛んだ方向に熱線を放ち、霞を消し飛ばして熱の爆発が広がった。
「無茶苦茶する……!」
「当たったは当たったけど、避けたみたいだね」
「ああ。凄まじい猛攻だったよ」
「まだ終わってないよ!」
「無論だ!」
ドーム状の爆発を前に、後ろにはさっきまであそこに居たユピテルさんが。
既にフォレストゴーレムを焼き払っており、私へ仕掛けた直後だった。
でも気配の移動で場所は掴めた。なので問題無く対処する。
体には多少の煤汚れ。濡れて乾いた証拠かな。打撲の痕もあり、それなりのダメージは与えられたみたい。
それでも戦闘続行は可能。流石だね。
「“多重木連”!」
(容赦もしなくなっている。前回の代表戦を経て甘さは消えたか)
気配を捉えたなら即座に攻撃。ユピテルさん相手には、ほんの一瞬の隙すら命取り。
常に気を張り、息吐く暇すら与えない。連続で攻撃するから私もそうなっちゃうけど、これくらいなら耐えられる……! 呼吸の時間が勿体無いもんね!
(一撃一撃が隙間の無い攻撃。我の速度を理解しているからこその対策。如何に速くとも、砕けぬ壁があれば躱すしか無いからな)
複数の木々も避けられる。この速さも本当にスゴい。だけど、都市大会では私だけがエメちゃんと引き分けちゃったりで振るわなかったからね。
今回は友達と遊ぶ感覚じゃなく、本気で勝ちに行く。あ、勿論今までの試合も全部本気だったけど!
取り敢えずやれる事は全て行い、出し尽くし、確実な勝利を! 決勝戦でボルカちゃんかレモンさんと当たったとしても、優勝してみせる!
「一瞬、別の事を考えたな?」
「……ッ!!」
バリッ! とユピテルさんが通り抜け、一瞬目の前が真っ白になった。
ホントだ。別の事を考えちゃってた。それがそのまま隙に繋がって致命的な一撃を……!
念の為に薬草とは常に接続してあるけど、それでも限りがある。足りないくらいの衝撃。彼女の声が聞こえるまで何が起こったか分からなかった。
完全に気を抜いちゃってた……それが敗北に直結するって思ったばかりなのに……!
「回復を仕込んでいたようだが、確かな一撃は与えた。既に痺れて動き難くなっているだろう」
「……っ」
図星だ。
遠退いた意識を失う前に引き戻しただけで、ダメージは完全に消え去っていない。確かにママ達を操る糸が乱れて魔力も込め難くなっちゃってるかも。
まだやれない事は無いけど、意識なんてすぐに奪われちゃう。
「今楽にしてやろう!」
「……!」
確認を取っただけで、行動は迅速。どうにかしてこの一瞬で打開策を見つけないと……!
でも私のやれる事なんて……。
「“網樹”!」
「……! 延命処置か。大した時間は稼げぬぞ」
網目状に植物を張り巡らせ、ユピテルさんの動きを妨害。攻撃を凌いで一瞬が数秒に伸びた。
後はこの数秒をどうやって有効活用するか。改めて植物の能力をおさらい。時間は無いから単純に。性質、特性、在り方。
今まで勉強した事を直ぐ様引き出し、最善の策を考える。
(一か八か……これしかない……!)
「トドメだ!」
強敵が相手の時は、高確率で一か八かの賭けに出ざるを得なくなっている。
ユピテルさんが雷。そして私達の植物。単純に思考した結果、元のエレメントに到達。
本来の植物魔法は水、風、土の性質を併せ持つ物。私達は他の植物使いさんに比べてエレメントを単体じゃ使えないけど、確かに有している。
だから、それによる雷対策。
「はあ!」
「……ッ!」
バチィ! と弾け、放電。クラクラする程の光に包まれ、体を電流が駆け巡る。
本来ならこの時点で意識は無くなっている。だからそう──成功したみたい。
「“鉄の植物”……!」
「……! 雷を……地面に……!」
全身を魔力で覆い、土魔法成分である金属に変換。それによって体に受けた電流と電圧を体外へと流した。
単純に鉄魔法のようにも思えるけど、あくまで植物の一貫。
「植物は……! 地中からあらゆる金属を吸収して必要な栄養素に加えるんだよ……その性質を過大解釈して……金属その物の植物を作ったの……!」
「そんな事……! いや、それが現状か……!」
魔導は想像の世界。やれると思えば大抵の事をやれる。常識に囚われてはいけない。
魔導の解釈を広げる事で新たな変化を生み出して成長する。ルミエル先輩が何度もやって来た事。
そしてその変化は即座に利用する。
「“鉄樹の拳”!」
「……ッ!」
初めての試みだけあり、私も長くは持たない。だからこそ、ユピテルさんを固定させて一点集中の植物魔法。金属バージョンを叩き込んだ。
雷その物になっている今のユピテルさん。金属の部分に触れたなら、自然と電気が流れて一時的にその場に留まってしまう。その速度は雷速だけど、私を倒す為に連続して雷を流している今なら数秒の足止めが可能。
「……ッ! カハッ……!」
「はあ!」
渾身の巨大金属パンチを受けたユピテルさんは吹き飛び、渓谷を突き抜ける。崖や島々を粉砕し、遥か彼方で粉塵が上がったのを確認した。
今回の一撃は金属多め。それもあり、雷その物になっているユピテルさんには逃げ場の無い衝撃が迸る。
これでダメならもう私の負け。
「……っ」
クラッと目の前が白くなって意識が遠退く。全身を金属で包んだとは言え、完全防備にはなっていないもんね。隙間から入り込んだ電気によって既に細胞は限界を迎えている。
倒れる直前、おそらく大きな声が届いた。
《──試合終了ォォォ!!! 準決勝、ティーナ選手vsユピテル選手の戦いはァ──ティーナ・ロスト・ルミナス選手に軍配が上がりましたァ━━ッ!!!》
やった……みたい。
私が意識を失う直前にユピテルさんが力尽き、私達の勝利になった。
残る試合はボルカちゃんとレモンさんの対決。既に終わっているのか、まだ続いているのか。それが分かるのは、また医務室で目覚めた時───




