第二百九十五幕 大将への討ち入り
「──“火遁・焼却”!」
「シンプルな忍術ね」
向こうの方が騒がしくなりつつあるけど、私達も絶賛攻め込まれ中。
忍術も様々な属性に変換させる事の出来る力。要領は魔導と同じだけど、その熟練度は高いわね。
「“光球”!」
「“水弾”!」
「三人の相手はキツイで御座るな……!」
私は本の鳥達を突撃させ、別方向からは光の球と大きさを抑えている水の弾丸を撃ち込む。
忍者だけあって身軽ね。次々と攻撃を避けている。でも流石に1vs3は厳しそう。勝利条件に必要な刺客が一人と言うのはどうなのかしら。
いえ、元々レモンさんも来ていたとしたら十分な数だったわね。彼女はティーナさんが止めてくれているから、ボルカさんが相手の大将を討ち取るまで私達が耐え忍べば良いだけ。このまま引き伸ばそうかしら。
「なれば! “忍法・分身の術”!」
「あら、数の不利を覆したわね」
自分を増やす影分身。それを用いて人数の差を無くした。
一概に分身と言っても種類は二つ。本当に自分を増やす物か片方は実体の無い物か。この状況で考えるのなら実体のある分身を増やしているでしょうね。
「「「「「行くぞ! “陰陽五行法陣波”!!!!!」」」」」
「……!? なんですの!? 火に水に土に木に……鉄……!?」
「厳密に言えば金ね。エレメントとは異なる元素の総称。“日の下”ではそれが主流なの」
「しかし、それを全て扱えるなんて……。私達で言うところの全てのエレメントを扱えるのと同義ですよね……」
「そうね。更には分身した状態でそれを遂行しているんだもの。かなりの実力者よ」
それぞれの忍者からそれぞれの属性が放たれる。
私達は何とか相殺するけど、数の差では向こうに有利があるわね。とは言え、負担は相応なのか本体を含めた五人しかいない。
まあその本体がブラフの可能性はあるけど、おそらくこれ以上増える事は無いでしょう。
「この力は耐えられまい!」「大将を討ち取り、拙者らの勝利を確実とする」「これで終わりよ!」「……! いや待て……! 耐えられている!?」「あれは……!」
「“空間掌握・囲”……!」
「空間妖術か……!」「空間によって阻まれている!」「ええい! 難儀な……!」
五つの力はディーネさんの空間魔術によって防ぐ。
術のレベルは高いけど、流石に空間を破壊する領域までは到達していないみたいね。
「今のうちに策を考えなくてはね。数の不利を覆したとは言ったけれど、相手はあくまで一人が複数人に増えてるだけ。私達は三人しか居ないけどゴーレムやビースト。本の鳥。兵力自体は残っているわ。単純に分身の数を減らせば良いだけよ」
「そうなるとやはり攻撃あるのみですわね。試合が終わるまでにこの空間魔術を維持出来るのなら籠っていれば良いですけど、一瞬足りとも気の抜けないこの状況。ディーネさんへの魔力的な負担と精神的な負担が大きくなってしまいますわね」
「わ、私はまだまだ大丈夫です……。魔力には余裕がありますから……!」
「それでも無茶は禁物よ。後にどんな影響が出るかは分からないもの」
「私はもう個人の部が残っていませんので、後の影響についても代表戦までの間なら……!」
「それに、貴女はまだ永続的な空間魔術を使えないじゃない。どう転んでも時間制限のある防御地帯だから無茶はせず、自分の意思で解除するかどうかを決めた方が効率的だわ。このまま続くと思って急に途切れたら私達が一網打尽になってしまうもの」
「うっ……確かに……それは……そうです……」
ディーネさんの体の心配が一番だけど、それを言っても無茶をするのは分かり切っていた事。
なので私は論理的に纏め、それによって生じる利点不利点を明確に述べた。これにより、無茶をする事で返ってピンチを招く恐れがあると理解したディーネさんは納得してくれたわね。
元より感情だけで勝てるならもっと全体的に拮抗する筈でしょうもの。感情だけでは埋まらない差はあるのよ。
「しかし、どうすれば。任意で空間魔術を消し去るとして、どのタイミングでなどの問題は生じます……」
「私が別の壁を作るわ。そしてルーチェさん。貴女が光魔法で──」
「分かりましたわ!」
「了解しました!」
方法は考えてある。一瞬でも相手から消える事が出来ればその時点で遂行可能。
指示通りディーネさんはタイミングを待ち、ルーチェさんが魔力を込める。私も魔力を込めながら魔導書をパラパラと開いた。
「“降下”」
「……! 本を自身の周りに?」
大きな本を落とし、四方を囲んで壁とする。
それと同時にディーネさんが空間魔術を消し去り、放たれ続けていた五行忍術を直に受けた。
それによって大きな本は消え去り、相手が粉塵の中を確認。そこにはルーチェさんの光魔法で空けた大穴が。
「……!? しまった……!」「すぐ近くに……!」「「……?」」
気付いた時にはもう遅い。移動していたルーチェさんとディーネさんにより、二人の分身が消滅した。
「“光球”!」
「“水弾”……! って、放った後での追加呪文って効果があるのでしょうか?」
「あるんじゃなーい? だって着弾してからも少しは留まるしさ!」
「な、成る程……」
「くっ……!」「拙者らが……!」「一瞬の隙を突かれて……!」
一瞬の隙は命取り。あの中に本体は居なかったようだけど、確かな戦力削減には繋がった。
本当に、油断や隙は大変よね。
『ブモオオオォォォォッ!!!』
「……!?」「半人半牛の怪物……!」「ウラノ・ビブロスの……!」
本の鳥達と大きな本。それを召喚した上で、追加召喚は可能。
ミノタウロスは戦斧を振り抜いて嗾け、相手は片方の自分を押し飛ばして消え去った。
つまり、庇われた方が本物。
「本当に本物が混ざっていたのかしら? でも、どちらにしても倒すから関係無いわよね」
「……っ」
「まだだ……! まだ拙者は残っている……!」
どちらが本物か。庇った事さえブラフで本物は控えているのか。あらゆる可能性は考慮しつつ構える。
私達の戦いはなんとかなりそう。ボルカさん達の大将討伐はどうなっているかしら。
*****
──“城内・天守閣”。
「おっ邪魔しまーす」
「邪魔するなら帰ってくれない? 迷惑なんだけど」
「お、その風貌。大将はやっぱり狐のヨーコなのか?」
「貴女とはそんなに親しい仲じゃなかったと思う。ボルカ・フレム」
「そうかもな~」
戸を焼き払い、大将の居る大広間に到達。大将は予想通り妖狐のヨーコ。っても、アタシはそんなに面識がある訳じゃない。ルーチェやメリア先輩の方が知ってるかもな~。
アタシも打ち上げで一緒に過ごしたりはしたけど、割と満遍なく話し掛けていたから親しい認定はされなかったみたいだ。
「でもまあ、最大防衛ラインのカッパがティーナのゴーレムによる攻撃を防いで手間取っている今のうちに大将を討ち取っちまうか」
「あまり舐めないでくれる? あまりしたくなかったけど鍛練も積んだ。前に貴女達の“魔専アステリア女学院”に負けてから。お陰で妖力も高まったよ……!」
「へえ~。……確かにスゴい妖気を感じるな」
茶化そうと思ったけど、油断は出来なさそうだ。
妖力が集い、背後に五本の尾のような物が見える。前に後から映像で見た時は四本だったけど、妖狐の一族ってのは尾の本数が増えるんだな。
九尾の狐ことタマモさんは中等部三年生時点で九本の尻尾があったけど、去年の“神妖百鬼天照学園”は改めてとんでもない強敵だったらしい。今のアタシ達がそのまま当時にタイムスリップしても勝てるか分からないや。
でも今は今。目の前の妖狐を倒すのみ。二人同時は大変かもだけど、一人ならなんとかなりそうだ。
「“狐火”」
「“ファイアボール”!」
五つの火球が放たれ、一回り大きな火球で相殺。畳が燃え、広間に火が回る。
木造や藺草を主体に使われてる城の中で火を使ったらこうなるのも当たり前か。
「やっぱこの場所なら剣が映えるよな!」
「剣術なんか使わない」
炎剣を作り出して差し迫り、一本の妖力からなる尾で受け止められる。
妖力であって本物じゃないから受けるだけならダメージは無さそうだな。
尾を弾き、魔力の膜を足に纏う。それによって妖力上の移動を可能とし、ヨーコの元へ駆け抜けた。
「そう言う魔力の使い方もあるんだ……!」
「ああ。魔力や妖力は多種多様。日々開拓が進められてる。ルミエル先輩もかなり研究していて成果が出ているからな」
「そう。なら、私も開拓しようかな」
妖尾の上に居るアタシへ向け、更に二本の尾を嗾ける。それを紙一重で躱し、その瞬間に妖力が変化。槍のように伸び、アタシの体を掠めた。
ルミエル先輩がやっていたような体から離れた魔力操作とはまた別。近いのはティーナの植物操作かもな。妖力の形を変えて攻撃に用いてるんだ。
「これくらいなら、先人はチラホラ居るぜ!」
「……っ」
妖槍と妖槍の間を潜り抜け、尾を炎の衝撃波で飛ばして引き離す。
同時に加速し、炎剣を振り下ろしてヨーコの体を切り裂いた。でも浅いな。瞬時に妖力で覆われた。
「私の体に傷を……! 許さない……!」
「戦いなんだ。当然だろ?」
複数本の尾が降り注ぎ、周囲を打つ。
ドドドドド! と畳と床を叩き、最上階が崩れて下の階へと落ちた。
怒りで周りが見えなくなるタイプか。能力は高いけど感情のコントロールがやや苦手。それを上手く出来たらもっと強くなるな……っと、一丁前に先輩らしく分析してみる。
でもそれを言ったら更にキレるだろうな。思考が短角的になって狙いが乱雑になるのは戦いやすくて助かるけど、どうするのが正解なんだろうな。先輩風を吹かせてみるか、チームの勝利を優先するか。
答えは……。
「もっと感情をコントロールしてみろ。そうすれば──今みたいな事態に陥る可能性はグッと下がる」
「……ッ!」
その両方。
キレて雑になるのは問題だからこそ、痛みと同時に実践で示してみる。
我ながらスパルタなやり方だけど、それがヨーコの為でもあるだろう。
「この……!」
「ほら、また感情任せに行動しちまってる。罠とかがある可能性を一切考えていない」
「……!?」
ヨーコの足元から火柱が立ち、その全身を焼き尽くす。
まあ相手も炎が得意分野みたいだからトドメまでは期待出来ないけど、少しは頭が冷えたろ……いや、逆に熱されて熱くなったか。
「何処までも私をコケにして……! 絶対に許さない……!』
「それが真の姿か。良いじゃん。アタシは好きだぜ」
『黙れェ!』
狐の姿を現し、巨大な尾で周りを薙ぎ払う。それによってこの階も崩れ落ち、いくつかのゴーレムやビースト達が払われちまった。
でもお陰で力を温存しつつ来る事が出来た。ティーナに感謝だな。
「来な。相手してやる」
『調子に乗らないで……!』
掌をクイッと自分の方に返し、挑発の態勢を取る。
ヨーコが暫定大将だからアタシが行くべきなんだけど、頭に血が上ってるアイツはこの挑発にも乗るだろう。アタシとしても策を練っての騙し合いより単純な力の押し合いの方が気楽だ。
アタシ達と“神妖百鬼天照学園”の戦い。アタシと妖狐が向き合った。




