第二百九十四幕 燃え上がる戦い
「“火樹種弾”!」
魔力を込め、種にボルカちゃんの炎を宿してレモンさんへ撃ち込む。
それらは木刀によって軌道を逸らされ、背後で爆発を起こした。
これくらいは想定内。今回の私はレモンさんに勝つ事が目的じゃない。勿論それが出来れば一番だけど、お城に向かったボルカちゃんが先に相手の大将を倒せば私達の勝ちが決まる。それまで耐える事が出来れば良いだけ。
「はっ!」
「っと……!」
とは言え、私がレモンさんにやられちゃったら戦況が一気に不利になる。戦いは常に綱渡りかな。
木刀が振り下ろされたので植物で防ぐけど、植物は当然粉砕される。いつも攻撃は破壊されてたもんね。
だけどこれ以上詰め寄られたら意識が奪われるのも時間の問題。一定以上の距離は常に空けておきたいところ。
「距離を空けようとしているようだが、この程度は間合いだ」
「……!」
刺突が差し込まれ、植物が粉砕して頬を掠る。
念の為に滑り気を高めた茎で良かった。お陰で軌道が逸れて掠り傷程度で済んだから。
でもやっぱり一瞬も気を抜けない。数十メートルも間合いなんだね。分かり切っていた事だけど、改めて注意しなきゃ。
私にレモンさんと近接戦を出来るような身体能力は無い。だからやれる範囲でやれる事をするのみ。
「はっ!」
「これは滑りじゃどうしようもないよね……!」
刺突からの薙ぎ払い。複数の植物からなる壁で何とか逸らし、相手へ向けて木々を打ち込む。
それらは容易く破壊され、またレモンさんの間合いになってしまった。
「ふっ!」
「……っ」
木刀を振り下ろし、植物を正面に貼ってガード。木刀なのに植物は綺麗に裂け、レモンさんは体勢を変え、今一度突きを放つ。
今度は強固な植物を多重に貼って何とかやり過ごすも勢いに押されて引き離された。そこ目掛けて驚異的な速度で差し迫り、また木刀で吹き飛ばされる。
斬ると言うよりは打つ事が主体の木刀。結果的に距離は置けるけど一向に隙が生まれない。
やっぱり自分で切り開かなきゃかな。でも、自分一人じゃないよ。ずっと!
『『『…………』』』
『『『…………』』』
「獣と樹木人形。ティーナ殿得意の在り方か」
ビーストとゴーレムを仕掛け、一時的にでもレモンさんの動きを止める。
その間にママへ魔力を込め、複数の植物を彼女へ突き立てた。
それら全ても薙ぎ払われるけど、確実に足止めする事は出来ている。
(時間稼ぎが狙いとなると、少々厄介だな)
(流石にずっとこのやり方でレモンさんを止める事は難しいかな)
止め続ける事はきっと不可能。自軍を増やしてもそれを凌駕する勢いで倒していくから。
まだ止められてる今のうちに考えなきゃね。レモンさんとは既に何度も戦っている仲。良し悪しじゃなくて勝ち進むと必然的に当たるから。
今までの傾向から今までチャレンジしなかった事まで。あらゆる事象を想定に収め、最善の一手を打たなきゃ勝てない。
戦い方自体は非常にシンプルな在り方。シンプルだからこそ、搦め手だろうとお構い無しに正面突破してくる。
導き出された答えは──
「成長した私じゃなくて……成長前の私のやり方……!」
思い付いた。今までの私は成長したのもあり、一つ一つに精密な魔力を込めていた。
勿論それも良いんだけど、向こうがシンプルに仕掛けてくるなら此方も単純かつ確実な方法で上回れば良いだけ……!
上回れるかどうかは、その時次第!
「“樹海生成”!」
「……! こう来たか」
辺り一帯を樹海とし、私達を囲んだ。
今までは一つ一つに精密な魔力操作を与え、狙いもしっかりと定めていた。
でもそれじゃ正確過ぎるんだよね。だから悉く防がれてしまう。
だから私は、あの辺りにレモンさんが居るかもと言う曖昧な狙いで最大の植物をぶつける。そうする事で予測不能な攻撃を可能と出来るから。
でもただ放つだけじゃ簡単に防がれちゃうよね。なので乱雑な植物一つ一つにも精密な魔力を込める。魔力の無駄遣い極まりないけど、それくらいしなきゃレモンさんに勝つ事は出来ない。
前の大会でも一度やってるやり方。感覚はある。
「“樹海進攻”!」
ブワッと植物が広がり、その全てをレモンさんへと打ち込んだ。
それだけじゃない。魔力が持つ限り、ありったけをぶつけてみる。
「+“フォレストゴーレム”!」
ミニサイズではない、巨大なゴーレムも生成。
このままお城へと進攻させてみる。ボルカちゃんの手助けになれば良いかなくらいの感覚。
「さあレモンさん! 決着を付けるよ!」
「フッ、これが俗に言うラスボスというやつか。正に怪物だ」
ゴーレムが下方に火炎を放ち、ドーム状の爆炎が広がる。
その炎に包まれても消えない植物が意思を持ってレモンさんを叩き、彼女は上手く捌いていた。
出来れば倒す。倒せなくても勝つまでの時間は稼ぐよ!
*****
「そらよっと!」
『……』
「まさか……! 私の人物画が押されている……!」
墨のレモンと鬩ぎ合い、弾いて吹き飛ばす。
動きは悪くないけど、やっぱり本物にゃちょっと足りないな。そのちょっとの差はまだ暫く埋まる事は無さそうだ。
「本物のレモンに近付ける為には、アンタ自身の成長が必要だな。多分まだ一年生とかそんなところだろ? 将来性は高いと思うぜ」
「知ったような口を……! 確かに試合は初だが、決して実力不足という訳では無かった! レモンさん以外の見る目が無かっただけだ!」
どうやらレモン以外はこの絵師に注目していなかったらしいな。プライドが高いコイツにとっては屈辱的だろう。
でもまあ、汎用性は高い能力。単純に“神妖百鬼天照学園”の層が厚くて出番が無かっただけなんだろうさ。でもそれは励ましの言葉にはならない。
取り敢えず、挫折は味わい尽くしているんだろうけど更に積み重ねる結果になりそうだな。これもまた成長に繋がる。
「アタシの口を塞ぎたいなら、実力で上回るしか無いさ」
「……!」
炎を小さく噴出させて加速し、相手の死角へ回り込む。
向こうは反応出来なかったみたいだけど、墨のレモンは反応したな。アタシに追い付き、墨の刀を振るう。
それは炎剣で防いで弾き、炎で勢いを上げた回し蹴りを打ち込む。墨のレモンは吹き飛び、そこへ追撃するよう火炎を放射。既に火の手が回っている城が崩れ出した。
「くっ……レモンさんが……。確かに私の実力不足……だが、チームの護衛を任された今、やられる訳にはいかない!」
「成る程な。属性も描けるのか。便利な力だ」
水を描き、墨の海が城内へ流れ込んで炎を鎮火させる。
人物から属性から、思った以上にやれる事の多そうな能力。まだ未熟だから苦戦はしてないけど、このままレギュラー入りして鍛え上げたら化けそうだ。
「そう言や聞いてなかったな。アンタ、名は? 絵師なら名を売る必要もあるだろうし、言っちまいなよ」
「……? 売名行為はあまり好きじゃないが、アンタやお前と呼ばれるのも気に食わない。名乗ろう。私はスミ。“日の下”のみならず、何れは世界一の絵描き職人となる者の名だ!」
「そうかい、スミ。アンタの将来性には期待してるぜ」
「結局“アンタ”か……!」
加速し、墨の水を蒸発させながら正面へ。
死角からトドメを刺すのも良いけど、経験なら正面きって敗れた方が良いだろう。
「そも、負けるつもりは毛頭無い! ──“黒墨一文字”!」
筆を一薙ぎし、墨で辺りを覆い尽くす。
一文字とは言う物の、その“一”の範囲がとても広く、この部屋くらいは埋め尽くしそうだ。
触れたらどうなるのかは周りの柱を見れば明白。黒に染まって腐食している。
墨が全てを塗り潰して消し去ると言う解釈を広げ、触れれば消える墨を顕現させたみたいだな。
てか、これを対人で使ったら命も奪い兼ねないぞ。その辺も経験不足が浮き彫りになってる感じだ。
「黒に染まれぇ!」
「……」
まあでも、アタシがそうなる事は無さそうだ。
「墨。あくまで紙に描いた絵の解釈なら……焼けば消える。水気が無くなれば描く事も出来なくなるってもんだよな」
「……!?」
炎でアタシ自身を包み込み、更に加速を加える。
元々加速してたけど、一旦正面から逸れて一文字の様子確認をしたしな。その間にも勢いは弱めなかったし、十分に威力は育っている。
「これで終わりだ!」
「……ッ!」
墨に突っ込み、水気は無くなり黒く世界を塗り潰す事も叶わなくなる。その勢いでスミにぶつかり、相手の体を吹き飛ばした。
飛ばされたスミは真っ直ぐに進み行き、城の壁を砕いて外へ追い出される。そのまま空中で光となって転移した。
アタシの視界には外の様子が映り込む。そこに広がるのは満天の星空に月明かり……みたいに幻想的な光景ではなかった。
「ハッ、派手にやってんな~」
遠方で暴れるゴーレムと溢れ出る植物。あの様子だとレモンと戦ってるみたいだな。
気配からして此処に居ないのは分かってたけど、現時点でもティーナが要なのは間違いない。
足止めしてくれているうちに此処の大将を討ち取るか。最強の番人であるカッパも動けないみたいだしな。
『ブオオオォォォォッ!!!』
『“噴水”!』
ティーナの巨大ゴーレムが放った炎の光線を水妖術で相殺し、文字通り城に降り掛かる火の粉を消し去っていた。
ティーナのお陰で城に攻め込むに当たって一番の強敵は足止め出来ている。一人で二人の最強格を止めるなんて流石はアタシの大親友。誇らしいぜ。
その気概に応える為、まだ少し残っている墨の兵士達を蹴散らして最上階へ。
残り一人だけ見当たらないけど、ビブリー達の方に攻め込まれているかもな。




