第二百九十一幕 神妖百鬼天照vsゼウサロス
──“準決勝・チームバトル”。
準決勝となるルールは、単純明快なチーム戦。
代表戦の主体がそれであるからな。勝ち残るにつれて必然的にそう言ったルールが増えるというもの。
舞台となるステージは近代都市。ビル群が建ち並び、全体的に高い建物が多い。下はコンクリートの歩道であり、踏み込みがしっかりと利く。
ステージの時刻を述べれば夜。街の明かりで然して暗くはないな。
周りを見ればチームの者達は居ない。今回は個別に転送されたか。
とは言え、私の行動は変わらない。チームの障害となる者へ嗾け、打ち倒すのみ。
「……向こうか」
気配を察知し、腰の木刀を軽く握りそちらは赴く。
大抵のチームは最も強い気配が一つ。故に相手は掴みやすい。二人以上居る例外もあるにはあるが、今回はユピテル殿にのみ集中すれば皆の者は勝ってくれるだろう。互いに信用している。
ビルからビルへと跳び移り、その気配の方へと駆け抜けた。
……ふむ、考えは向こうも同じようだ。双方にとって都合が良い。
「いざ、参る!」
「受けて立つ!」
ビルからビルを跳んで加速を付け、正面から飛行して迫っていたユピテル殿の雷槍と木刀が正面衝突を引き起こす。
私と彼女は空中で押し合いの形となり、着地と同時に風圧で周りの街路樹などが揺れた。
「初動は同じ。さあ、始めようぞ」
「既に始まっておろうて」
電流が迸り、街明かりが共鳴するようにバチバチと点滅する。
雷術の使い手であるユピテル殿はその像が夜の都市に映えるな。闇夜で目立つのは少々問題かもしれぬがな。
ともあれ、話はこれくらいにして仕掛けるとするか。
「行くぞ」
「来い」
踏み込み、木刀を振り抜きユピテル殿を打つ。
しかし彼女は紙一重で避け、発光と同時に放電を走らせた。
触れるだけで意識が無くなる危険性の高い雷。大抵のルールに置いてそれだけで大きな有利となるな。
とは言え、雷より光の方が早い為、攻撃の直前に猶予はある。それを見極めれば避けられぬ事ではなかろう。
(……とでも考えているだろうが……我の真髄はそこではない)
「……!」
刹那に瞬き、私は距離を置く。だがその瞬間、全身にバチバチと電圧が走り抜けた。
狙い目を単一から周囲へ変えたか。咄嗟に木刀を突き立て、雷を他へ逃さなければ意識を失っていた。
「金属製ではないようだが、雷くらいは受け流せるか。君の瞬間反応速度は雷速以上あるかもしれないな」
「雷が何処へ向かうかは理解しているからな。その方向に突き刺せば電流を食らわなかろう」
「普通は理解していても最適な動きなど出来ないだろうに。雷ぞ。雷。痺れてるだろ」
「武士道を極めれば雷に反応する事も可能。先人が行いし雷切りの伝承は“日の下”にある」
「ならば我の家系は全宇宙を雷で焼き尽くした伝承がある!」
「急激に規模が広がったな」
私の伝承もユピテル殿の伝承も真偽は定かではないが、それを遂行する説得力はあろう。
私達の戦いも後に神話となるようなものを目指すとするか。
「はっ!」
「ふっ!」
木刀を横に薙ぎ払い、ユピテル殿は電膜で防ぐと同時に雷を反射して攻防を一つで執り行う。
迂闊に攻撃を仕掛ければ逆に此方の不利となってしまうな。雷は攻守に長けている。古来より様々な伝承になっているのも納得だ。
だからと言って手を休めれば向こうから攻撃が来るのみ。なれば仕掛ける他あるまい。
「構わず来るか。並大抵の者ならこれだけで戦意を失うがな。近接主体の者は特に諦めが早い」
「斯様な者達と同列に語るでない。勝ち目が無いのなら仕掛けぬのも賢明な判断ではあるが、私には勝ち筋も見えている。立っている土俵が違うのだからな」
「魔力も無く、素でこれを遂行するのだから末恐ろしいものよ。先祖帰りだったか。異能の類いではないらしいな」
「野生動物の牙や爪、毛皮や皮膚を異能とは認定しなかろう。生まれついての在り方でしかない」
一筋の雷は躱し、体勢を低くしてユピテル殿へと嗾ける。
この身体能力も全ては私の素体。幻獣、魔物、魔族とも違く、遺伝子などを調べても常人と変わらぬので毎度驚かれるが、そうなのだからそうとしか言えなかろう。
そのお陰で私は凄まじい魔力の持ち主とも神力の持ち主とも渡り合えている。
木刀を振り下ろし、ユピテル殿は跳躍して回避した。その衝撃でコンクリートの道は割れる。
彼女は空中で留まり、電磁浮遊する。空に逃げられるのは面倒だな。
「折角だ。これも利用させて貰おう」
「電気の通さぬコンクリートを投擲……いや、打ち込んだか」
木刀で瓦礫を叩き、空中のユピテル殿へと放つ。
瓦礫は空気を突き抜けて進み、ユピテル殿はそれらも避け行く。空を突き抜けた瓦礫はビル群を倒壊させ、街の明かりが一部区画から消えた。
あまり明かりを消すのは問題かもしれぬが、私達の仲間には妖怪の血を引く者が多く、夜目も利く。私や忍びなども気配を読む行為や闇夜での行動に慣れているので明かりが消えるのは大した問題ではなかろう。
ユピテル殿の仲間達が気掛かりだが、今は目の前の相手に集中するのみ。彼女を打ち倒す事が出来れば敵が残っていても私が倒す。逆もまた然りが為、油断は出来ないがな。
「はあ!」
「次々とコンクリートが飛んでくる。このステージでは空中も安全ではないな」
「地面でも土塊くらいは飛ばしたと思うが、威力は此方の方が高いな。加工もしやすく、その辺の石ころや材木より融通が利いて良い」
「我にとってはよろしくないものだ」
急降下し、体を瞬かせて加速。稲光の軌跡が描かれ、ユピテル殿は私の背後へと回り込んでいた。
なんとか反応は適ったが、雷を纏いて霆その物となったか。少し本気を出したようだな。
目で追う事は出来ぬが、気配を追い予測する事は出来る。その手法を用いて相手取るとしよう。ユピテル殿としても体を慣らすまで多少の時間と手間を取る筈だからな。
「悪いが、楽しむ余裕が無さそうだ。終わらせに掛かる!」
「そうか」
聞こえたのは少し前の声。私の返答も彼女が発してから暫し空けて届いている事だろう。
既に幾度かの攻撃を避け、躱し、止めている。
「このステージで良かった」
「……!」
ユピテル殿を辛うじて回避しながら駆け出し、戦闘の余波に巻き込まれていない場所へ来た。
そこで木刀を突き立て、コンクリートの歩道を放射状に割る。その中心部に力を入れて踏み込み、私の体を囲う壁ようにコンクリートの瓦礫を立たせた。
多少の隙間はあるが、あくまで肉体の魔力を雷へ変換しているだけのユピテル殿が通り抜ける事は出来なかろう。
さすれば必然的に行く場所も絞られるというもの。
「そこだ!」
「……ッ!」
稲光を打ち、力に身を任せて振り抜いた。
それによってユピテル殿の体は吹き飛び、複数のビル群を貫いて粉砕。その衝撃で粉塵が舞い散り、煙の中でも稲光が迸っているのを確認した。
吹き飛ばしたは良いが、態々そちらへ赴くのは愚作。気配が読めたとて視界不良では惑わされる可能性もあるからな。
気配が移動したのを確認し、そちらへと視線を向ける。そこには血の流れる側頭部を抑え、中腰でしゃがみ込むユピテル殿の姿が。
「雷を殴り付けるなんてな。それが木刀ではなく、真剣ならばやられていた」
「真剣であれば主程の者が迂闊に近付く筈もあるまい。警戒心が微細なレベルでも和らぐ木刀だからこそ叶った事柄よ」
「フォローをしてくれるなんてな。優しい者だ」
「事実を述べたまでに過ぎない」
それなりに堪えた一撃だったようだが、まだ話をする程度の気力も残っている。中々に頑丈みたいだ。
しかし相手が不死身ではないのはやり易い。生死の問題ではなく、意識の奪い易さの問題。この調子なれば私がやられないうちに数発叩き込めれば勝利を掴む事も可能。それまでが遠いが、何れは届く筈だ。
ユピテル殿は立ち上がり、今一度雷と成った。
「直接仕掛けるのは危険なようだが、果たして遠距離からの攻撃ではどうなるかが判断に困るな」
「確かめてみると良い」
「そうしよう」
彼女の体は瞬き、パッと光った刹那に遠雷が正面から迫った。
それを紙一重で避け、踏み込んでユピテル殿へ迫る。
「さて、如何様か」
彼女は距離を置き、ただひたすらに遠距離攻撃を仕掛け続ける。
正面から左右、上から落ち、気配を読んで追い掛け、それら全ては薙ぎ払う。
魔力を相殺する事も可能な、魔導などでもない身体能力。ご先祖様には感謝よの。
「雷を容易く消し去るとはな。的確に気配を読んでいるのもあり、遠方に離れようと追い付いてくる」
ゴロゴロと雷鳴轟き、全方位から霆が差し迫る。
なればとその隙間を縫い、或いは道を切り開き、振り払って肉薄する。
「はっ!」
「……ッ!」
追い付いたので木刀を振るい、ユピテル殿の脇腹を打ち抜いた。
しかし彼女は逆にそれを掴んで抑え、私の体を引き寄せた。
「この距離なら防げまい」
「成る程。一本取られた」
刹那に至近距離で電流が放たれ、私の体が感電する。
「……ッ!」
凄まじい威力。気合いが無ければ既に意識を失っていた事だろう。このまま行けばそれもまた時間の問題となるが、木刀を離す訳にはいかない。
私に徒手空拳の心得はあれど、武士の魂である刀を己の可愛さが為に手放すのは愚の骨頂でしかないからだ。
なれば如何するか。この状況を私も利用するのみ。
「まだ意識は……ある……!」
「……!」
グイッと木刀を引き、息の掛かる距離まで迫る。既に雷の電熱で呼吸の云々は分からぬ程になっているがな。
そこから思い切り仰け反り、ユピテル殿へ頭突きを噛ました。それによって彼女から鼻血が流れ、木刀を抑える手が緩む。
その隙に取り返し、感電する体で踏み込んだ。
「これで終わりとしようぞ」
「望むところ……!」
刹那に振り切り、木刀を横に薙ぎ払う。ユピテル殿も電圧を高め、より強い電流によって私の細胞が焼け焦げていくのを感じた。
しかし既に峠は越えている。後は全力で振り抜くのみ。
強力な電流と渾身の一撃が互いを打ち合い、私の体から煙が吹き出てユピテル殿の頬を打ち抜く。
一瞬止まったかと思った瞬間に互いの距離が引き離れ、私はその場で立ち往生。ユピテル殿は更なるビル群を粉砕して飛び行き、ビルの崩落に巻き込まれた。
この辺り一帯が停電となった矢先、一筋の光が飛んでいくのを確認する。
「……私の……勝ちだ……」
既に意識は消え去る寸前だが、確かな確認。消えるまではまだ暫くあるかもしれぬな。それを思い、気配を探って“ゼウサロス学院”の者達を捜索に。
結局は数分で消え去ってしまったが、二人を倒す事が出来た。上々の成果であろう。
それにより、準決勝の対決は私達“神妖百鬼天照学園”が勝利を収めた。
これにて連続での決勝進出を果たすのだった。
決勝の相手は間違いなく彼女らであろう。




