第二十九幕 心の行方
──私はルミエル・セイブ・アステリア。
魔専アステリア女学院の理事長の娘で、委員長とか色々な役職に就いてるわ。
そんな私は今、数ある役職の一つであるダイバース部の部長。そこでちょっと精神的に参っちゃった後輩の前に立っている。
現在はとあるゲームの真っ最中。仲間達と協力する事の大切さ。信頼。新入生同士の親睦を深めようと思って始めたんだけど、裏目に出ちゃったみたいね。
気分転換になると思ったんだけど、一人ぼっちになっちゃったのが悪かったのかも。みんなで脱出する直前までは良かったんだけれどね。
だから此処は責任を持って部長である私が止めなくちゃ!
「ルミ。また一人で全部やろうとしていないか?」
「えー? ソンナコトナイワヨー」
「その口振りが全てを物語っているな。責任は副部長である私にもある。彼女の心の内側の事柄に気付けなかったのだからな」
「それなら私もそうよ。一先ずこのジャングルからティーナさんを連れ出して話を聞いてみた方が良いわね」
「そうだな」
周りに広がる無数の植物。表現だけならファンシーだけど、木の実のように吊るされているアンデッドモンスターを見たらそんな気にはなれない。
そしてミノタウロス。前に下見に来た時は居なかったのに、いつの間に棲んでいたのかしら。前は運悪く見つからなかっただけ?
それを考えるのは後にしましょうか。今は泣きながら笑っているティーナさんを止めるのが先決。
「遊ぼー!」
「幼児退行……? いいえ。違うわね。意識や認識はハッキリしていたもの」
「私達の存在には気付いていたしな。となると……人形魔法が鍵かもしれない」
ティーナさんは植物魔法の蔦を伸ばし、私達目掛けて放つ。
それをイェラが木刀で斬り伏せ、私はティーナさんの元に駆け出す。理由はまだ不明瞭だけれど、此処はあの子に合わせて事を起こした方が良さそうね。
「お人形遊びね。良いわよ。何ごっこをしましょうか?」
「それじゃあルミエル先輩がお姫様で、イェラ先輩が王子様の舞踏会! あの子達は見た目が良くなくてイマイチ乗れませんから!」
そう言って指を差す先にはボロボロのゾンビ達。死なないアンデッドモンスターだから壊れてそのままのようね。
小さい子……特に男の子辺りは無邪気に虫達を踏み潰したりするけど、今の彼女はまさにそんな感じ。ちょっと違うのはあくまで“お人形”として扱い、お遊戯の為にしているという事かしら。
何にしても役割が指名されたなら事は簡単。このまま安全にあの子の元に行きましょうか。
「ふふ、分かったわ。今から私がそこに向かうから──」
「ううん! 大丈夫ですよ! 先輩達はお人形さんになるから!」
「……一筋縄じゃいかないみたいね」
私の体を絡め取ろうと細長い植物が無数に伸び来る。
お人形遊びはお人形遊びでも、あの子の言うそれはおままごととかじゃなく、人形劇とかのような“マリオネット”。
頑丈なミノタウロスを潰す程の圧力。あれを受けたら流石にただじゃ済まないわね。
魔力の塊で植物を破壊し、全身を覆って圧力に耐える。そのまま引き千切って脱出した。
イェラもちゃんと自分に降り掛かる物を斬り伏せているわね。流石だわ。
「なんで捕まってくれないんですかー!? お人形遊びするって言ったじゃないですか!」
「ごめんなさいね。お人形遊びは嫌いじゃないけれど、私は自分の意思で動きたいのよ」
「えー! お人形遊びなのに自分の意思なんて要らないじゃないですか!」
(そう言う認識なのね……これは思ったより手古摺りそうだわ)
ティーナさんの言うお人形遊びはお人形を持って役に徹するのではなく、演者の方がお人形に成るというもの。
そう言う事なら彼女自身もお人形なのかしら。それとも操り人の彼女は別?
いえ、もう既に自分が成り切っているお人形があるって考えた方が良さそうね。
一番大事そうに抱えている二つのお人形。あれの可能性が高いかしら。
「ちゃんとお人形になってください!」
「うーん、ちょっとムリかしら……」
「どうして!?」
大量の植物が迫り来る。
凄まじい質量の応酬。既にダンジョンをある程度攻略した上で、そのダンジョンを支えながらこれ程までの力を扱うなんて。
ティーナさんに秘められた才能は末恐ろしいわね。平常時なら頼りになるのだけれど。
植物類は吹き飛ばし、やっぱり自分の足で彼女の元へと向かう。
「なんで私の言う事聞いてくれないんですか!」
「癇癪……にしては範囲が広過ぎるわ……」
駄々を捏ね、魔力が集って大きな樹木が形成される。
あら、けれどただの樹じゃないみたいね。これは──
『──』
「所謂木人かしら。格闘技の練習道具じゃなくて木のお人形さん」
メキメキと大きな掌が私目掛けて降り注ぐ。
これくらいなら問題無用ね。
片手を翳し、魔力で槍を形成して貫いた。
強度は普通の樹木並み。鍛えればより強靭になるのだろうけれど、その辺はまだ未熟なのね。
だからこそ先輩の私が面倒を見なくちゃならないわ。
「ほら、ティーナさん。いらっしゃい。ダイバースは終わったわよ。部室に帰って美味しいお茶とお菓子でも食べましょう!」
「欲し──い、 要らない! 私は此処のお家でみんなと遊ぶの!」
ティーナさんの言葉に共鳴し、周りの木々が動き出す。
元より彼女の魔法からなる植物。それも当たり前ね。
「やれやれ。聞き分けが悪いな。ルミの言葉も届かないか」
「あら、イェラ。そうなのよ。困っちゃったわ。ティーナさんったら」
木々を斬り伏せ、イェラもこの場にやって来る。
彼女との距離自体は短め。だけど道を阻む木々が厄介ね。どうしましょう。
「考えている時間の方が勿体無い。強度がそんなに無いのなら正面突破をするだけだ!」
「もう、強引なんだから。けれどしょうがないわね。賛成よ」
優雅じゃないのは思うところもあるけど、それより大事なのはティーナさんだものね。
そうと決まれば事は迅速。次々と嗾けられる植物に向けて魔力を放ち、イェラは魔力を込めた木刀で斬り伏す。
こんな事なら箒か絨毯を持ってくれば良かったわね。身体能力を強化はしているけど、移動が大変。
あ、そうだ。こうしましょうか。
「イェラ。私を彼処まで放ってくれるかしら?」
「良いのか? 制服だと下着が見えるとかでやりたくないんだろ?」
「私の羞恥心より後輩の方が大事でしょう? それに、見るのは貴女だけなんだもの。何の恥ずかしさもないわ」
「ま、風呂とかも共に入っているしな。分かった。合図を出したらすぐに打つ」
「じゃあ今」
「相変わらず迅速だ」
私はイェラの木刀に足を掛け、彼女は思い切り振り抜いた。
それによって勢いが付き、魔力による追加噴射で更に加速。迫る植物類は一つ残らず消し去り、ティーナさんの眼前に躍り出た。
「さあ、ティーナさん。お話しましょうか?」
「ルミエル先輩……!」
*****
──私の前にやって来たルミエル先輩。イェラ先輩の木刀に乗ってたね。スゴい威力。
なんで分かってくれないのかな。私はただ、ママやお人形さん達と遊びたいだけなのに。
「お話しましょうか?」
「ルミエル先輩……!」
いつもみたいな軽薄な笑み。だけど何処か神妙で、真面目な顔付きだった。
「お話ってなんですか?」
「そうね。貴女が今、暴れている理由かしら」
「別に暴れていませんよ。私はただ、みんなとずっと一緒に遊びたいだけです」
「そんな風には見えなかったけど」
何を言っているんだろう。私は純粋に遊びたいだけ。
だって私はお人形さん。ママやティナと一緒に遊ぶ為だけの存在。何も変じゃない。
「それは先輩の個人的な意見です。私は本当にママ達と遊びたいだけ!」
「……ママ?」
「はい。今までの植物魔法は全部ママの魔法でした。ママとはずっと一緒なんです。……だけど何故か心が重くて……私にもよく分からなくて……」
「……。ママと言うのは、そのお人形さんの事かしら?」
「人形じゃありません……長い闘病生活で体力を消耗して……一時的にお人形になって休んでいるんです……!」
そう。ただそれだけ。
ママの病気は治ったけど、スゴく疲れたからお人形を依代にしてるだけ……。
「……。それは何年前から?」
「五年くらいです……」
「……っ」
ルミエル先輩は息を飲む。
どうしたんだろう? 私は何も変な事を言ってないけど。
より真剣な目付きとなり、更に言葉を続けた。
「どういう経緯でそうなったのか。教えてくれるかしら?」
「え……経緯……? 経緯も何も……」
あれ……そう言えばママはいつお人形さんになったんだっけ。
確かあの時……【……おやすみの後は……おはようじゃなきゃダメなのに……】
あの時……【──ねえ、ママ。これから何して遊ぶ? ━━そうね、それじゃワルツを踊りましょうか。──うん! じゃあ一緒に踊ろう! また昔みたいに、ずっと一緒にね! ━━ふふ、そうね。行くわよ。ティーナ!】
あれ……おかしいな……記憶が無い……私はいつからママと……。それにママの病気は……【ママのウソつき……】
「そんなの……知らない! 私の中に入って来ないで!!!」
「……! 荒療治はダメみたいね……!」
訳が分からなくなっちゃった……。
植物を振り回し、ルミエル先輩を引き離す。私に関わらないで……私から離れて……。私から──
『どうしたの? ティーナ?』
「うん。ママ……先輩がね。意地悪するの……」
『あらあら。それは大変ね。お世話になっているけど、許せないわ!』
「うん、そうだよね。ママ!」
「あ、貴女……何を言っているの……? お人形さんと独り言なんて……」
独り言? 何言ってるんだろう。ママの声が聞こえないのかな?
あ、離れちゃったもんね! それはら仕方無いよ!
だけど許せない。ママの存在を否定するなんて! だから先輩でも……!
*****
記憶を探って手立てを探してみたけど、ダメみたい。何かを思い出そうとしている雰囲気はあるわ。もう一押かしら?
するとティーナさんは一つのお人形を出し、口を開いた。
「━━どうしたの? ティーナ? ──うん。ママ……先輩がね。意地悪するの……━━あらあら。それは大変ね。お世話になっているけど、許せないわ! ──うん、そうだよね。ママ!」
なに……これ……。
お人形とまるでお話ししているように一人芝居を打つティーナさん。
可愛くファンシーな見た目とやり取りとは裏腹に、何となく狂気を感じる光景。
こんな状態、見たこと無い。異常だわ……。
「あ、貴女……何を言っているの……? お人形さんと独り言なんて……」
「……?」
何を言っているの? とでも言いたげなキョトンとした表情。
その様は小動物みたいで可愛いけれど、そんな事を考えている暇はないわね。あの子は思ったよりも重症……だけど戻りつつある記憶を考えれば、助けを求めているようにも見える。
そして多分、ティーナさんの心は……。原因は彼女のお母様。おそらくもう既に……。
「……そう、そうね。五年前なら七歳になったくらい……精神的ショックの大きさは分かるわ。此処は先ず、正気に戻すんじゃなくて慣らして心の壁を取り払う事から始めなければ……」
言い聞かせるように呟く。だけどティーナさんには聞こえないよう注意して。
余計なショックを与えて完全に心を閉ざされたら解決する術が何も無くなるから。
彼女は小首を傾げた。
「何をブツブツ言ってるの?」
「……いいえ、何でもないわ。改めて考えてたの。先輩として、後輩の貴女が心行くまで遊んであげるって♪」
「そうなんだ! じゃあ遊びましょう! ルミエル先輩!」
パァ! と心の底から明るい笑顔を浮かべ、私の全方位は植物達に囲まれた。
話しているうちは植物も止まっていたけど、共鳴して動くのだから当然よね。そろそろイェラも来るかしら。
「ええ。良いわよ♪」
やる事は一つ。彼女を満足させ、魔力切れで意識が無くなるのを待つ。絶対に傷付けてはダメ。傷付けたらチャンスは全て破綻してしまう。
ティーナさんの為。ふふ、ちょっとだけ本気で相手をしましょうか……。




