第二十七章 迷宮の番人
『モオオオォォォォッッッ!!!』
「ボルカちゃん。流石にこの子相手は協力した方が良いよね……」
「……まぁなー。出口と思しき場所はキッチリ抑えられてるし、抜け駆けしようものならあの斧の餌食になるのがオチだ」
「迷宮の番人というだけあって誰も逃がさないって感じね」
「協力に賛成ですわ……あの筋肉質な牛頭の怪物……とても一人や二人じゃ勝てません。それこそ先輩達レベルはないと……」
絶叫するミノタウロスを前に向き直る私達は、試合の途中だけど今回は協力して抑え込む事にした。
四人なら筋骨隆々な魔物も何とかなるかもしれない!
『モオオオ!』
「来た……!」
「デカイ図体なのに速いな……!」
「筋肉と歩幅があるものね」
猛々しく吠えて戦斧を振り下ろし、破片が散って床に大きな亀裂が入り込む。
振動で天井が崩れて瓦礫が落ち、それはママの植物魔法でネットを張って防御。
その間にボルカちゃんが懐へと踏み入り、杖先を構えた。
「ワームよりは火耐性低いだろ! “フレイムブロー”!」
『……!』
上半身を高熱が包み、一気に焼き尽くす。
これがボルカちゃんの戦闘……。私達が殆ど何も出来なかったからバロンさんの時はじっくり見れなかったけど、こんなに威力が高いんだね。
『グモォ!』
「わっとっと……! 近距離は危険だな!」
その炎は払い除けられ、下方のボルカちゃんへ戦斧が振り下ろされる。
彼女は飛び退くように躱して距離を置き、私がママの植物魔法でミノタウロスの片腕を拘束した。
「動きを止めれば……!」
「お、ナーイス! ティーナ!」
長くは持たないけど一瞬は止められる。そこへボルカちゃんが火球を撃ち込んで怯ませ、ウラノちゃんの準備も完了していた。
「物語──“騎士”!」
「怪物め! 今こそ討ち取る!」
『……!』
鎧を纏った騎士が現れ、ランスを用いてミノタウロスの体を突く。
だけどあの筋肉には鋭利な鉄も阻まれ、貫通はしなかった。
「硬い筋肉。鉄みたい」
「ならば私が攻めますわ! “光の球”!」
『……!』
続いてルーチェちゃんが光の球を放ち、ミノタウロスは光の爆発に包み込まれた。
さっきの技と言い今の在り方と言い、ルーチェちゃんは光属性なのかな? エレメントに換算したら多分炎の親戚かも。
「ポカーンとしてんな。ティーナ。ルーチェの魔法が気になった感じか」
「うん。魔力の塊を放っている人はたまに居たりするけど、光魔法は見た事がないから……」
「惜しいなー。ルーチェは光魔法じゃなくて“聖魔法”だ」
「聖魔法……?」
「そ。まあ、浄化とか回復とかをメインでやるサポート型の魔法だな。けどサポートだけじゃ戦闘に参加出来ないから初等部時代に近縁の光魔法を習得したって訳」
「そうだったんだ……。スゴいね。ルーチェちゃん」
「ああ見えて超努力家だかんな~。初等部で二つ以上の魔法を会得するのは歴代でも稀だ」
ルーチェちゃんの魔法は光魔法じゃなく聖魔法。
何となくイメージは出来るけど、具体的な存在は認知出来ないかも。“聖”って一体なんだろう?
ルーチェちゃんがスゴいって事だけは分かるけど……。
「ちょっとボルカさん! 一応今は敵なのですから私の魔法を教えないでくださいまし! それに私の口から教えたかったですわ!」
「おっと、悪い悪い。取り敢えずそんな感じだから、後の説明は本人から聞いてくれ」
「うん。分かった」
会話の途中でルーチェちゃんに止められる。確かにそこは本人から聞かなきゃ悪いよね。
今は目の前のミノタウロスに集中しよっか。
そんな光の爆発に巻き込まれたミノタウロスはと言うと、
『ブモオォォォッ!!』
「怒らせちゃったみたい」
「ま、あんなにチクチクやられりゃなぁ~」
多少の傷はあれど、それが神経を逆撫でして怒り狂う。
暴れ回られると抑え込むのも大変だね。倒すまではいけないかもしれないから無力化を目標として、落ち着かせなきゃ無理そうかな。
「パワー勝負としましょうか。物語──“オーク”!」
『『『ウガァ!』』』
本を開き、物語に出てくる魔物を使役する。
オーク……豚みたいな頭にダルダルの肉体。あまり良い印象は受けられない魔物だよね。だけど力と数はある。
一斉にミノタウロスへと飛び掛かり、戦斧と棍棒がぶつかり合って衝撃波を散らす。パワーとパワーの衝突……スゴい迫力。
「うひゃあ。相変わらず何でもありの魔法だなー!」
「そんなに便利な物じゃないよ。準備に時間は掛かるのと、二つ以上の物語の同時発動は出来なくてどうしても本物よりは劣るし、水には弱いから」
「水に弱いんだ……あ、本だからか!」
「そ。貴女には言ってなかったね」
「うん。まだまともに話して数十分だから」
ボルカちゃんが三、四メートルのぶつかり合いを見上げ、ウラノちゃんが話す。
初耳の私も会話に参加し、それを終わらせてミノタウロスへ仕掛ける。
「オークさん達! 手伝うよ! “ナチュラルロープ”!」
「それじゃあそれを引っ張るオークを追加召喚するね」
『……!』
蔦を伸ばし、ミノタウロスの体に絡み付かせる。
華奢な私達じゃお人形さんみたいに吹き飛んじゃうからウラノちゃんが召喚したオークさんに預け、キツく縛り付ける。
滑り込むようにボルカちゃんがミノタウロスの股下に入り、片手を翳した。
「杖じゃ長過ぎるしな。“フレイムランス”!」
『……ッ!』
下部から上部に掛けて突き上げられる炎の槍。ミノタウロスは確かなダメージを受け、ルーチェちゃんが追い討ちを掛ける。
「“光の刃”!」
『ブモォ……!』
無数の刃がミノタウロスの体を切り刻み、膝を着く。そこへ畳み掛けるよう、オークさん達が棍棒や近くの瓦礫で暴行を加える。
な、なんか可哀想……。
『グモォ!』
「……!」
そんな同情は、即座に無意味であると突き付けられる。
戦斧を振るって蔦を切り裂き、光の刃を粉砕。オークさん達を薙ぎ払って消し去り、背後へ回り込んでいたボルカちゃんの体が蹴り飛ばされる。
全てが一瞬の出来事。攻撃の速度もスゴく速い……!
「ボルカちゃん!?」
「へーきへーき! バロンセンパイの蹴りの方が重かったし! ティーナの植物やオークのお陰で斧が塞がっていたから受けたのが蹴りで寧ろラッキー!」
壁に叩き付けられてカラカラと欠片が落ちるけど、ボルカちゃん自身は動けるみたい。
それは良かったけど、本当に大丈夫かな……。どんな戦いがあったのか分からないけど、既に戦闘で負傷している筈だもんね……。
「あまり無茶はしないでね!」
「ああ! 任せとけ!」
痩せ我慢の可能性はあるけど、本当に大丈夫な可能性もある。私には判断が難しいからボルカちゃんが無茶しないように言うくらいしか出来ない。
私がもう少しあの子の動きを止めれば……!
「あんまり暴れ回らないで!」
『……!』
「うおっ。スゲェ気迫……!」
ママに魔力を流し、この部屋を覆い尽くす程の植物を顕現。その全てを用いてミノタウロスをグルグル巻きにし、更に足元から根っ子を生やして固定させる。
これくらい巻き付けばもうちょっと持つかもしれない。
今回の目的は一つだから!
「今のうちに脱出して! 試合が終われば倒す必要も無いし、傷付く事もないから!」
「……!」
あくまで脱出。必ず魔物を倒さなきゃならない訳じゃない。
今まで与えたダメージや相手の動きから力の差は歴然。命懸けで倒すまでは必要無い!
「成る程な。確かにアタシ達じゃ怯ませるのが関の山だ」
「長期戦で魔力も尽きかけているものね」
「仕方無いですわ。私もあまり動き周りたくありませんの」
みんなも本来の目的を把握した。そう言えばそうだね。アンデッドモンスターとか魔物とか、ずっと戦っていたから魔力も残り僅かになってきてる。
私はまだそれなりに残っているけど、多分それも時間の問題。そんな状態で格上のミノタウロスは分が悪い。万全でも勝てるか怪しい存在だもん。
「しゃーねぇ。脱出するか!」
「分かりましたわ。あの様子ならまだ暫くは大丈夫そうですの」
「ゲームの勝者は先に脱出した方だもんね」
三人は納得し、ボルカちゃん、ルーチェちゃん、ウラノちゃんは動かないミノタウロスの横を抜けて外へ。
私は抑える為に少し残るけど、ウラノちゃんが最初に出れば私達チームの勝ちになるから問題無し。
魔力を込めながら様子を窺い、更にキツく縛り上げて私も出口へ──
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
「うそ……!」
抜けようとした瞬間に片腕の蔦が引き千切られ、戦斧が放り投げられる。
それは運良く私には当たらなかったけど、運悪く出口の壁に当たって崩れ落ちちゃった……。
「ティーナ!」
「ティーナさん……!」
「ちょっと……!」
抜け出した三人の声が聞こえる。
だけど私に逃げ場は無く、今の動揺で魔力への集中が切れてミノタウロスは蔦から解放された。
「嘘……じゃないよね……閉じ込められちゃった……」
『そうみたいね……』『大変だよぉ~!』
『グモォォォッッッ!!!』
ママとティナは居るけど、さっきまで三人が居たから少し心細い……。ホントにどうしよう……。
私達と迷宮の番人ミノタウロス。三人は無事脱出したけど、色んな意味で私がピンチになっちゃった……。




