第二百五十八幕 大きな惑星
──“第五惑星”。
「うーん、居るかな~」
ガスを抜けた先にある茶色やオレンジの巨大惑星に舞い降りた私は、箒を用いて空から下方を探していた。
此処はガス惑星。暴風や雷が吹き荒れており、ちょっと操作が大変。更には地表と言う地表が無いから戦うのも難しそうだよね。
とは言えこの星もあくまでステージの一つ。なので選手達が戦えるスペースは作られているよ。ガスに覆われて強めの風が吹き雷が落ちている部分しか再現していないのかも。
まあ実際はもっと寒い上に更に激しい雷が落ちまくったり今の数百倍の風が吹いてたり、唯一の踏み場である核は数千や数万度で重力がスゴかったりで本来は生き物なんか降りられないもんね。もちろん呼吸用の空気も無いし。
「居ないな~」
何はともあれ、索敵は続ける。
風は強いけど飛べない程じゃなくて、人体にも大きな影響は無い程度に抑えられてるから問題無し。一番の問題はこの惑星にどれくらいの数居るのか。全員が強いのは確定として、誰と当たるかは重大な指数だね。
「……! 何か来る……!」
敵意か何か、不思議な力を感じて回避。箒を巧みに操り、飛んできた塊を避けてそちらの方向へと降り立った。
「……貴女だったんだ。キドナちゃん」
『見つかってしまったわね。メリアさん。まあ狙ったのだから当たり前だけれど、このガスの中よく見つけられたわ……って、ちゃん? 私と貴女、人間換算で同年代よ』
「いーじゃんいーじゃーん! とにかく、あの塊は魔力か身体能力か否か」
『厳密に言えば魔力も身体能力の一種だけど、そうね。強いて言えば身体能力かしら』
そう言い、キドナちゃんは掌から液体のような物を垂らし、それが付着した地面からまた別のガスが出る。
多分、毒。一個体として確立してる魔物であり、蛇と人間のハーフとかじゃないけど二つの性質を併せ持つもんね。
普通に魔導も使えると思うし、蛇の能力も使える。遠距離も近距離も対応してるかな。
『効力は見ての通りよ』
「そうみたいだね~」
手を薙ぎ、毒の液体を粒のようにして飛ばす。
魔物の中では身体能力が低い方だけど、常人よりは遥かに力があるもんね。毒液の弾丸を撃ち込む事も腕力のみで可能みたい。
もちろん避けるけど!
「空は飛べ……そうだね」
『そうね。人間の上半身に蛇の下半身。そしてミニサイズの翼が生えているもの』
「よく支えられるね~」
それがエキドナの特徴。生まれついての姿。
あんなに小さい翼でどうやって飛んでいるかは疑問だけど、理論とかじゃないんだろうね。
毒液を躱すと同時に空を飛んだ私をキドナちゃんは追い掛ける形となり、脱落を賭けた競争が始まった。
『それで、何処まで競争しようかしら?』
「もちろん、私達のどちらかが落ちるまで!」
『良いわね。嫌いじゃないわ。その追いかけっこ』
ガスを突き抜けて加速し、私とキドナちゃんによるガス型惑星の鬼ごっこ(攻撃あり)。
私は魔力を込め、キドナちゃんも毒を込めて振り向き様に発射した。
「“ウィンドキャノン”!」
『はあ!』
風と毒が衝突。炸裂し、毒ガスが辺りを埋め尽くした。
私の後ろ方向で良かった~。そのまま通り過ぎる事が出来るから毒ガスの影響は及ばずに済むもんね。ま、正面でも風で吹き飛ばすつもりだったけど。
そしてこの毒ガスの中で彼女は……。
「あら、無事なんだね」
『私の体内で作り出される毒物だもの。抗体はとっくにあるわよ』
「確かに毒持ちの生き物って自分の毒でやられないもんね~。溜め込み過ぎると危ないのは人間と同じだけど~」
『そうね』
自分の毒ではそうそうやられないみたいだね。
このまま追いかけっこを続けるのも良いけど、そろそろ仕掛けなきゃ始まらないし終わらないかな。
「そーれ!」
『……! この速度で急旋回? からの回り込みね』
更に加速し、キドナちゃんの死角を狙って回り込む。本人もそれは理解しているみたいで停止し、迎撃態勢に入っていた。
やっぱりこのクラスになると隙は中々見つからないよね。その小さな隙間を通り抜けて仕掛けるのが醍醐味だけど!
「“ウィンドブロー”!」
『まだ死角と言う死角に差し掛かってないわね』
あくまで牽制目的。それくらいしなきゃ真の隙は見つからないもんね。
魔力消費は少なく、速い魔法で仕掛け続ければそれが生まれる筈。我慢強さは負けないよ!
「“ウィンドカッター”!」
『チマチマと厄介……と言うより面倒ね。メリアさんも地味に速いし狙いにくいわ』
この速度での攻撃は本来なら難しい事だけど、もう慣れてるもんね~。
どんどん加速してキドナちゃんに確実な一撃を与えるよ!
『メリアさん……更に速く……!』
箒を操り、キドナちゃんの周りを旋回。縦軸も利用して立体的に回り、更に相手を翻弄する。
次第に視線が合わなくなり、追い付かなくなってた頃合いを見て近付く。当然翻弄は止めずに。
「“ウィンドキャノン”!」
『……! いつの間にこんな近くに……!』
迫り、至近距離で風魔法を撃ち込んだ。
キドナちゃんの体は風によって吹き飛ばされ、周囲を覆うガスも消し去りながら地面へと叩き付ける。
ガスの煙が着弾地点から上がり、私も箒でそこに降り立った。
「確かな一撃は与えられたと思うけど、流石にこれくらいじゃ意識までは届かないよね~」
『ええそうね。祖先は不死身だったりしたみたいだけど、私はそうじゃない。でも傷はすぐに治るのよ』
「ホントだ。確かにエキドナって不死身の伝承もあるもんねぇ~。最後は普通に殺されちゃってるんだけど」
『最期が死なのは伝承のみならず大抵の生物がそうだろう。エキドナの種族に限った話ではないわ』
「それはそうだよね~」
どんな偉人だろうと悪人だろうと伝承の存在であっても死は平等に訪れる……なんてね。私に哲学的な事は似合わないや。
取り敢えずみんないつか死んじゃうからそれまで色々頑張ろー! って気概で向き合えば大丈夫だね!
「“ウィンドマシンガン”!」
『もはや風である意味』
ダダダダダダーン! と風の弾丸を無数に撃ち込む。
キドナちゃんは体をくねらせて躱し、私の前に迫ってくる。
「なんか妖艶な動きだねぇ。体の構造とか動き上仕方無い事なんだけど、上半身も薄着……と言うか殆ど裸だから刺激が強いかも」
『私的には裸を見られても恥ずかしくないんだけれどね。世界中に映るから隠さなきゃと言われてるわ。なのに下半身には何も着なくて良いと言われるのよ?』
「その辺は感性の違いだねぇ~。下半身の露出OKは蛇だからだと思うよ。私も親しい人に見せるのは恥ずかしくないけど、流石に大衆の面前に晒されるのは恥ずかしいよ。やってみたらやってみたで何か開放的なものに目覚めるかもしれないけどね~」
『……それは目覚めない方が良いと思うわ。種族の違う私でも分かるもの』
「だよね~」
キドナちゃんの言及もあり、私が人の道を踏み外す事は無かった。端からそんなつもりはないよ! 冗談ジョーダン!
何はともあれ、風の弾丸は全てすり抜けるように躱されてしまった。細かい攻撃よりは大技風なものが良いのかな。文字通りね。
「“トルネード”!」
『既に嵐が吹き荒れている惑星だけど、更に増えたわね。でも意味が無いんじゃないかしら?』
「あー! 星の風が私の風を……」
此処はガス惑星であり、全部が小さく再現されているけど高い山が無い。なので風は止まず、竜巻が掻き消されてしまった。
方向が逆だったね。此方側じゃなきゃ威力を上げられたのに……!
『人に影響が無い程度に抑えられた風だとしても、回転方向によって威力が弱まったりするのね』
「そうみたい……!」
スルスルと下半身を這わせ、キドナちゃんが迫る。でも正面じゃないよね。多分その辺は蛇の性質的に……!
『気付いたとして、私の方が箒の無い貴女より速いわ』
「回り込まれた……!」
滑らかな動きで背後に回り込まれ、私の体が締め付けられる。
この力も強いね……! 魔力強化が無かったら身体中の骨が折れちゃう。
『本来ならこのまま殺めて呑み込む所だけど、ダイバースのルールで殺生は厳禁。締め付けて意識だけを奪い取っておくわ』
「それは結構な事だね……!」
体の締め付けがより強まり、ミシミシと軋む感覚が包み込む。
だけど、何度も言うように私の体には魔力強化が施されている。それはこの世界では常識。身体能力の向上に防御力のアップもあるからね。
そしてそれは、捨て身の覚悟ならこの状況から脱出する術にもなる!
「──“ウィンドエクスプロージョン”!」
『……!? 自らの肉体を……!?』
体の強化に回している魔力を操り、性質を変える。
次の瞬間には行き場の無くした風が体外へと抜け出し、辺りへ散って消え去った。
周りのガスが吹き飛び、私は地面を転がる。辺りはシンと静まったまま。なので沈黙を打開する。
「一気に纏めて吹き飛ばしたけど、この衝撃は結構効いたんじゃないかな?」
『……そうね。意識が飛び掛けたわ。けど耐えて見せた。代わりに貴女も大ダメージを負ったようね』
「そうだね~。体内から魔力を爆発させた訳だし、傷は深いかも~」
自爆覚悟の魔力放出。お互いにダメージは大きいけど、キドナちゃんを倒し切る事は出来なかった。
膨大な魔力を放出しちゃったし、少し時間を置かなきゃ満足に魔法も使えない状態。絶体絶命って感じかな。
『一思いにトドメを刺してあげるわ……!』
「そう、優しいね」
向こうも無理矢理体を動かす形で加速し、正面から迫り来る。
これなら上手く行くかな。上手く行けば私の勝利は確定する。
『終わりよ!』
「“自由の風”」
『……!? 風……何処から!?』
魔力を操り、竜巻を形成。それが頭上からキドナちゃんへと降下する。次の瞬間には取り込まれ、竜巻は地表を粉砕しながら留まる。
良かった。上手く行ったみたい。反応するよりも前に飲み込み、キドナちゃんは暴風に弄ばれる。
「周りは既に、私の魔力で埋め尽くされてるからね!」
『……!? まさかこれは、体外へ放った魔力を操って……! しかし、殆ど散った筈なのにこの威力って……!』
まだ話す事が出来るのは流石の魔物さんだね。耐久力は段違い。
そして体外に魔力は確かに散った。私の中の魔力は空っぽに近い状態。この竜巻が消えるかキドナちゃんが意識を失うまでする事も無いので説明してみる。
「ルミエル先輩がやっていた事を即席で再現してみたの。体外の魔力を再び操るやり方。それの解釈を広げてこの惑星に使われている魔力もそのまま利用した感じかな」
『……っ。それで……!』
魔力は確かに外に放出された。大半は消え去ったかもしれないね。
だけどいくつかは残っており、干渉する事も出来た。やり方はルミエル先輩よりティーナちゃんの他の植物にも影響を及ぼすものが近いかも。
近くの魔力を風に変換させ、このガス惑星を吹き荒れる風に干渉。連鎖させるように小さな風を広げ、一つの大きな竜巻にしたの。
私の操作は外れた自由な風。それが今現在の事柄。
『しかし……この程度……!』
「……!」
竜巻に飲まれながら魔力を放ち、内部から打ち消すように試みるキドナちゃん。
まだ使える魔力が残っているみたいだね。もし脱出されたら私の敗北は確定する。
結論を述べれば……。
『……!?』
「……やった……ラッキ~……」
キドナちゃんに雷が落ち、その体を感電させた。
偶然とも言えるけど、この星は常に暴風と雷の嵐が吹き荒れている。周りの風を引き寄せたなら、必然的に雷が当たる事もあるよね。
彼女は気を失い、光の粒子となって転移。疲弊し切った私は横になり、周りに他の選手が居ないのを確認して控え室へと魔力を伸ばす。
「疲れた~。交代~」
そして私は控えの選手と交代する。ポイントはそのまま。また戻る事も可能だけど、多分この試合のうちは魔力が戻る事も無いだろうし、最後の試合での出番はこれで終わりかな。
相手の主力を倒せたとは言え、華々しい引退じゃないね。でも後輩に後を託すのも先輩として必要な役割だもんね。強い先輩達に頼りっぱなしの結果、弱体化したチームも少なくない。去年までの私達もそうだった。
そもそも“魔専アステリア女学院”はルミエル先輩とイェラ先輩が居たから一世代で名門校と呼ばれる位置まで来れたけど、私達の成績はティーナちゃん達が来るまでそんなに芳しくなかったの。後進の育成って大事だよね~。ルミエル先輩はその辺りに早い段階で着手していたけど、私達がちょっとサボり気味だったから去年までの振るわない結果に終わっちゃってたんだ。
取り敢えず、長く思考していたけど私は終わり。後は次の世代の役割だよ。一年程度の差だけどね!
私に代わり、ステージには一先ずの年功序列でウラノちゃんが降り立った。
「……やれやれ。今日は出番が無いと思っていたのに」
ダイバース代表戦、おそらく中盤辺りへと差し掛かるのだった。
・人間の国:残り三人
・幻獣の国:残り三匹
・魔族の国:残り三人
・魔物の国:残り一人と二匹




