第二百五十七幕 青い惑星
──“第八惑星”。
「さ、寒いです……」
ガタガタガタと、震える体を擦って暖めながら私は、外から見たら私の惑星を再現した場所よりも青い星を移動していた。
本来は氷点下二百数十度を下回る場所ですもんね。再現された此処はこれでも十分に暖かいのでしょうけど、それでもやっぱり寒いです。とても。
(こんな場所、早く離れた方が良さそうですね。水魔術は辛うじて凍らずに使えますけど……放置したら凍り付くと思います)
環境が再現されているとしても、それによって何種類かの魔法や魔術が使えなくなり戦う事がかなわなくなってしまったらゲームが破錠してしまう。
なのでこの環境でも問題無く使えると思うのですけど、それはそれとして魔術としての役割を終えたら凍ると思います。
しかし弱音ばかりを考えてはいられませんものね。私はこの氷に包まれた惑星を移動する。寒いからそれなりに急いで。
「もういっその事、早く誰か出て来ないかな……。このまま歩き続けるのは寒いです……」
普通は体を動かせば暖かくなるけど、氷とかを冷やす魔導レベルの寒さである此処は体温がどんどん奪われていく……。
一応魔力で体は強化しているから何もしないよりは動けますけど、それでも堪えますね。服装も夏服の軽装ですし。
「……あ、それなら……」
白い息を吐き、一つの事を思い付く。
私の水魔術。それの解釈を広げ、温水を作り出せれば……。でも炎魔術は使えないから上手い方法で体を温めなきゃ。
その方法は、
「“空間掌握・抜”」
冷気の部分を切り抜き、水魔術で体を覆う。水も冷たいけど、外気に比べたら幾分マシですもんね。
炎で熱する事は出来ずとも、体温を魔力に適応させて少しでも周りの温度を上げる。それを空間魔術で固定。
これで寒さは軽減しましたね。落ち着いて相手を探せます。
「……!」
「ほう? 避けたか」
その瞬間、私の眼前に何かが通り過ぎ、ハラリと前髪が落ちる。その先では氷塊が切断された様が見受けられた。
危なかった……。気付くのがほんのちょっぴり遅れていたらやられてました……!
「貴方は……何処かで見覚えが……」
「ああ。何試合目だかに“魔専アステリア女学院”のボルカ・フレムに負けちまったラームだ。他の試合じゃ割とポイント稼いだりしてたんだが、最初の黒星って事で効いたぜ」
「そうですか……」
現れたのは模擬刀を所持するラームさん。
確かにボルカ先輩との試合で戦ってましたね。その時は参加メンバーでしたので見たのは試合の後ですけれど。
何はともあれ、実力者なのは変わりません。集中せねば……!
「クク、良い表情だ。だが、俺も負ける訳にゃいかねェ。試合の最中、新たに魔力を刀に込め、斬撃を飛ばす術を身に付けたからな」
「それは良かったですね……」
「ああ。リベンジマッチの前に前哨戦だ。一度負けちまった俺は雑魚だが、払拭して見せる……!」
「自分に厳しい事で……」
第一印象は、怖い方。
魔族の方々は基本的に戦闘好きで口調も荒々しく、私にとっては恐怖の対象です。
しかし、勇気を出して挑まなければ。私も“レイル街立暗黒学園”にはリテさんに敗れてしまってますものね。あの方の言う通り、敗北の記憶は勝利で払拭せねばなりません。
「さあ、戦闘祭典の始まりだ!」
「なんかニュアンスが……」
終始呆気に取られる中、ラームさんは踏み込んで加速。遠距離斬撃は使わないのですね。魔力を込める時間が必要なのか、私相手には詰め寄った方が最適なのか。その両方か。
何れにしても迎撃はしなくてはなりません!
「“水球”……!」
「無駄ァ!」
魔力を込め、特大の水球を射出。それを断ち斬り、水飛沫を浴びながらラームさんは眼前へ迫る。
「“空間掌握・受”……!」
「ハッ、空間その物で受け止めてのガードか! なんだこの感触! 硬いような柔らかいような、グニグニしてるような妙な感覚よ!」
振り下ろされた剣は空間によって塞き止め、弾く。大きな隙を突いて回り込むように死角へ。
水魔術を込め、懐へと打ち付けた。
「“水衝波”!」
「……ッ! やるなァ……!」
水を放ち、ラームさんの体を突き抜ける。
ダメージはあったけどまだまだ戦闘続行可能な雰囲気。流石の魔族ならではの耐久力ですけど、多分これが決定打になる事はあまりありませんよね。
再び剣が薙ぎ払われ、私は距離を置く。その距離が詰められ、刺突が放たれたけど紙一重で躱した。
その間に足元へ空間を生成。押し上げるように空中へと移動し、そこ目掛けて斬撃が飛ばされる。
空間を捻じ曲げてそれを避け、空間を柔らかくして自分を弾く。スリングショットのように突っ込み、氷塵を上げた。
そこから地面に干渉。今度はラームさんの体を空中へと押し上げる。
「“空間掌握・硬”!」
「成る程な。さっき触れてたか……!」
私の空間魔術は範囲が限られている。なのである程度はマーキングしなければなりません。
その下準備を終えたが為、ラームさんの体は上下の空間と空間に挟まれた。
「……ッ! 流石にまだ空間を斬る段階にゃ到達してねェ……!」
「何れは行くつもりですか……」
「そりゃ男なら上へ行かなきゃな!」
「女だってそうです……!」
空間に潰されてもまだ意識は失わない様子のラームさん。なので私は更に魔力を込め、水を放出した。
「“水放射”!」
「単なる水魔術の初級じゃねェか!」
「そうですね! “空間掌握・移”!」
「……! 水が……氷に……!?」
私はまだ水魔術を氷魔術に変える程の熟練度ではありません。なので周りの冷たい空間を転移させて水魔術に干渉。この低温で凍り付かせました。
剣で受けていたラームさんは氷に包まれ、体が固まる。トドメです!
「“空間掌握・圧”!」
「……ッ! カハッ……また……降格か……」
氷ごと空間で押し潰し、意識をそのまま奪い去る。
それによってラームさんは転移し、私の勝利が確定しました。
「何とかなりました……」
幸い大したダメージは受けていない。と言うのも、今回は前回のリテさんの時のように様子見は挟まず、相手が窺っているうちに一気に嗾けたので。
更に言えば今回の相手は剣一筋。空間で挟んでも空間跳躍……即ちテレポートなどで躱されてしまうリテさんより相性が良かったので掴めました。思考も読まれませんもんね。
だけど少し自信が付きました。この調子で次の相手も──
『──妙な力の気配を感じたが、成る程。空間魔術か。どれ、一手しごいて貰いたい所だな』
「……!?」
ゾワッ……と得体の知れない威圧感に押され、私はバッ! とそちらを振り向き魔力を最大限に高める。
その存在は悠然とした歩みでゆっくりと近付き、その一歩一歩を踏み込む度に私の体は鳥肌と寒気が立つ。これは惑星の環境なんかではありません……。
確かこの方は先輩達と事前に話していた……。
「……フェンリルのリルさん……でしたっけ……」
『如何にも。敵を探していたが、ようやく見つけた強い気配が主とはな。ティーナ殿にも負けず劣らずの魔力量。人間とは数が多く、総合的には魔力や身体能力で他種族に劣るが、定期的に突然変異が生まれてくるのだな』
「そうなんですか……」
灰色の体毛が氷景色のこの惑星によく似合ってますね。フェンリルのリルさん。とても美しく、様になっています。
しかしこの方の放つ威圧感が凄まじく、この姿に見惚れる事は出来ません。
『では、ダイバースのルールに則り仕掛けさせて頂く』
「受けて立ちます……! “水球”!」
水魔術を放ち、初手は私が仕掛ける。
先手必勝とも言いますもんね。魔力は既に最大限込めており、かなりの威力となってリルさんへ迫る。
そして次の瞬間、水球は破裂し、私の背後にリルさんが移動していた。
「“空間掌握──」
『咄嗟に防御姿勢に入る。その判断力は流石だが、あまりにも遅過ぎたな』
「……!」
私の眼前には肉球が。ああ、プニプニしてて柔らかそう。そう思ったのも束の間、空間が間に合わず体に当てられ、一気に氷の惑星を吹き飛ばされた。
風に逆らい幾つもの氷山を砕き、一際大きな山に突撃。意識が遠退く。
これが現時点での私の実力ですね。最高戦力を前には一撃でやられてしまう程度。1ポイントは取れたので良しとしましょうか。
そう思いながら寒さに晒され、私の体は転移した。
先輩方……私より遥かに実力も経験もある皆様は大丈夫でしょうか……。




