二百五十五幕 赤い星
──“第四惑星”。
「……ちょっと冷えるな」
開始するや否や、アタシは赤い星へ降り立った。
赤いとは言っても太陽みたいな恒星の近くにあるんじゃなく、大気や地表の関係で地面が錆びて赤くなってる感じ。
流石に宇宙に飛び出した事はないから実際はどうなってんのか分からないけど、割と宇宙系の映像も見たりするから多分再現されてんだろうなってのは分かる。
けれど当然呼吸は出来るし、重力の影響もそんな無い。冷えると言っても飲み物とかを保存する魔道具並み。本物の惑星と同じじゃダイバースが成立しないし、全体的に環境はナーフされてんだろうな。
「お、砂嵐」
とは言えなるべく再現してあるのは間違いない。砂嵐は吹いてるし、錆びの地表もそう。
冷えるからさっさと体を動かして暖めたいところだぜ。
そんなんでアタシは気配を探る。
「……一応居るな」
幾つかの気配は見つけた。
少なくともこの星ではまだ誰も会ってないみたいだし、さっさと気配の感じた方へ行くとするか。
アタシ的には見つかるのも大歓迎なんで周りを気にせず、炎による加速で気配の方へと向かい進んだ。
遠目に見えるは人型の何か。それだけなら魔族・幻獣・魔物の全部があり得るな。まだ他の種族の気配だけじゃ存在までは特定出来ないし。
仲間の気配は分かるから敵なのは確定なんだがな。
取り敢えず戦って確かめるしかないか。
「そらよっと!」
『……!』
炎の加速そのまま、高速で炎剣を斬り付ける。
けれど防がれちまったな。割と不意討ちだったんだけど、かなりの手練れと見た。
砂塵が上がり、晴れてその姿が明らかになる。
見た目は猿みたいな頭に猿みたいな体……って……。
「猿じゃん!?」
『普通の猿が喋るかァ!』
衣服は着てるけど、完全に猿。まんま猿。百人中百人が猿と言うくらい猿。
だけど確かに普通の猿は口利かないよな。て事はあれだ。
「ははーん、さては猿と何かのハーフだな?」
『いや猿だ』
「猿じゃねえか!」
『猿だがそんじょそこらこ猿じゃない』
「取り敢えず、猿の魔物か幻獣って事だな」
『まあな。分類上はどちらでも良いが、今は幻獣の国の代表として活躍してんだ』
「そうかい。活躍は前提なのね」
猿は猿だが、幻獣や魔物の一種との事。
猿はクルクルと赤い棒のような物を回し、アタシに構え直した。
『どうせ内心では猿って読んでるだろうから教えてやる。俺ぁ猿のソンセイ。こう見えて名のある祖先を持ってるんだぜ?』
「大抵そうだろうさ。特に幻獣・魔物はな。アタシの祖先は……まあ、戦時中は何処かの騎士団や兵隊に入ってたり平時は農民とか商人だったり色々だ」
『つまり普通の人間という事か。ボルカ・フレム。しかし気にするな。俺の祖先は様々な功績を積んだが、それは俺の功績や実績じゃない。加えて言えばお前の祖先は普通だがお前は天才を謳われる。何れにせよ祖先が偉大なのは変わらないが、現時点では関係無いだろう』
「そう言って貰えると嬉しいな。んでソンセイとやら。アンタの祖先って誰なんだ?」
『“美猴王”に“斉天大聖”。名は色々持ってるが、晩年は孫悟空を名乗っていたと聞く』
「成る程な。世界最強の猿だ」
神力や妖術。様々な能力を用いて天界に喧嘩を売ったと言われる斉天大聖。それがソンセイの先祖。
神や仙人だから寿命なんて概念は無い筈だけど、伝承の割にこの世界でかつての神々を見た者は居ない。
単純に功績から言い伝えられてるだけで、実際は結構違うんだろうな。歴史ってのはそんなもんだ。復活すると言われてる神仏も割と居るけどその気配は無いし、気にしない方が良さそうだな。
けど、このソンセイとやら。手練れなのは間違いない。初っぱなから苦戦しそうな相手だぜ。
「そんじゃソンセイ。さっさとやろうか!」
『受けて立つ……!』
踏み込み、炎で加速。高速で迫って炎剣を振り抜き、棒で受け止めアタシを弾く。
そこから体勢を変えて卍蹴りを打ち付け、アタシは魔力でガード。冷たい地表を滑る。
その眼前には棒が迫っており、仰け反って躱した。
瞬時に大地を踏み砕き、ソンセイへ炎剣を突き立てる。それも棒で防がれ、お互いの体は引き離された。
「アタシの方がダメージ入っちまってんな~。素早い猿だ」
『人間が猿に追い付けるものか。握力、身体能力、運動神経、身の塾し。どれを除いても人間が勝る部分は無い』
「全部身体能力の一種だろ!」
取り敢えず、人間が勝ってるのは知能面とかそんな感じと言いたいんだろうな。
けど知能面ったって幻獣や魔物の時点で同程度ある。強いて言えば本能の部分が少し高まるくらいだろうけど、戦闘に置いて理性は枷になったりもするしな。魔力とかも然り。
確かに今の状態じゃアタシの方が不利。
「まあでも、やらなきゃ勝てないしな!」
『その意気だ!』
数言交わした後、再びソンセイへと嗾ける。
今のところ妖術や仙術は使っていない。使わないのか使えないのか、後者はまあ有り得ないし前者だろうな。温存でもしてるんだろう。
だったら武器が増えるよりも前に倒すが吉。倒せればの話だけどな。
「そら!」
『オラァ!』
炎剣と棒が衝突。火花を散らす。
この星の環境的に少し寒くなってるからな。毛が豊富なソンセイはともかく、髪の毛や眉に睫毛とか以外の毛が生えてないアタシはようやく体が暖まってきた頃合いだ。
「よっと!」
『……! 動きが良くなった……?』
「そらぁ!」
『……!』
鬩ぎ合いの中炎剣にて棒を弾き、ソンセイの腹部に蹴りを突き刺す。
少し距離を空けた後に三連火球を放出。全てが命中して燃え盛る。更に炎で加速し、炎剣を振り抜いてその体を吹き飛ばした。
ソンセイは星の岩石にぶつかって遠方へと吹き飛ぶ。てか、この岩石は多分あれか。この星にとっちゃ山とかみたいなもんなんだきっと。ミニチュアサイズで再現された場所な訳だもんな。
『カハッ……』
「へへん。猿が人間に追い付けるかよ。遺伝子的には1%程度の差らしいけど、1%先に進んでるのがアタシら人間だ」
『……っ。ハッ、その程度の差、即座に埋めてやるぜ!』
「……ッ!」
次の瞬間、ソンセイの持っていた棒がグンッと伸び、高速でアタシの腹部に突き刺さった。
それでも伸びは止まらず、アタシもこの星の岩石を砕きながら押し出されて更なる距離が空く。
そう言やそうだった。斉天大聖と言えばアレを持ってるし、この大会のルール的にはあくまで棒扱いだから違反にならないか。
『ハッ、これこそが俺の持つ』
「神珍鉄からなる伸縮自在の如意金箍棒。完全に油断してたな」
『俺より先に言うなよ! 俺のアイデンティティだぞ!?』
如意金箍棒。長いから如意棒として、説明通り伸縮自在。耳の中に入れられるサイズから宇宙に届くサイズまでその大きさの差は激しい。
その知識が抜け落ちていたなんて我ながら情けない。
けど、伸縮自在ってだけで変幻自在じゃない。基本的には狙った方向にしか行かないし、見極めは簡単だ。
問題点があるとすれば、
『だったら次は俺自身を使うまで! “妖術・分身の術”!』
『俺だぜ!』『俺だ!』『俺俺!』
「妖術の御出座しだ」
ソンセイ自身の妖術。
“神妖百鬼天照学園”の面々とはまた一風変わった力。要点は同じなんだけどな。
三人増え、四人のソンセイが迫り来る。だったら一気に焼き払うか。相手が相手。出し惜しみをしている暇はない。
「“フレイムバーン”!」
『『『…………!』』』
「いきなり大技かよ……!」
魔力の消費は激しいが、まだ七割近くは残してある。それより四人のソンセイに翻弄される方が最終的の蓄積疲労が高いだろうしな。
避けたのが本物という事で、そこへ向けて加速。回転を交えて斬り伏せる。
『……ッ!』
「これはオマケだ!」
『サービス精神旺盛だな……!』
焼き斬れたところに火球を押し当て、そのまま炸裂。爆風で相手を吹き飛ばし、更に詳細な狙いを定める。
「“ファイアショット”!」
『速い炎で透かさず追撃。やるじゃねえか……!』
吹き飛ぶ最中に当たる火球。
全身を毛で覆われているからこそ効果は絶大な筈だ。
アタシは更に魔力を込め、片手をソンセイへ突き出した。
「“フレイムレーザー”!」
『“妖術・業火一閃”!』
細く速い炎と細く速い炎が正面衝突。火と火の押し合いが発生。
ソンセイの妖術。アタシの炎魔術とほぼ互角って感じだな。
互いに火を放ちながら肉薄し、炎剣と如意棒がぶつかり合って凍った地表を熔解させた。
炎を頻繁に使ったのもあって暖かくなってきた。これなら問題無く動けそうだ。ま、アタシに元々問題なんて無かったんだけどな!
「まだまだ敵は残ってるし、終わらせるぜ。ソンセイ!」
『それは此方のセリフだ! ウキィ!』
炎と魔力で自身の体を操り、炎剣と如意棒で高速の鬩ぎ合いを執り行う。向こうも妖力で身体能力は向上させているか。元々高いしな。
けどまあ、関係無い。
「そらよっと!」
『おらよっと!』
炎剣を振るい、如意棒と衝突。即座に体勢を変えて回し蹴りを打ち込み、相手は掌でガード。
足を掴まれる前に抜け出し、再び炎剣を薙ぐ。それは逸らされ、腹部に如意棒が打ち込まれた。
『伸びろ、如意棒!』
「……ッ!」
至近距離で棒を伸ばされ、アタシの体は遠方へ。けど敢えて如意棒を掴み、魔力を込めた。
「“伝達炎熱”!」
『熱っ!?』
神珍鉄は鉄の一種。熱は通りやすい。かなりの高温なんでソンセイも思わず怯み、アタシは抜け出し熱々の棒上を駆け出した。
「“ジェットフレイムパンチ”!」
『ただ炎で加速した拳じゃねえか!』
「でも威力はあるだろ?」
ただ加速して拳を打ち込むより呪文を考えて叩き込んだ方が効果的。単なるパンチが魔導に昇格するからな。
頬を殴打して吹き飛ばし、更なる魔力を込めた。そうだな。今回はあの時感じた熱を再現してみるか。
ソンセイも空中で体勢を立て直し、着地して力を込めていた。
「これで終わりだ!」
『終わらせるぜッ!』
両手に魔力を込め、狙いは正面へ。ソンセイも妖力を……いや、神気の感じる力を込める。これは……!
『行くぜ“仙術・──』
「遂に来たか……! ──“ヘルファイア”!」
放たれるは仙術。アタシはいち早く、しかし確かな魔力を込めて前にエメと共に行った地獄みたいな場所の炎を再現して放出した。経験がある分、イメージはしやすい。
その熱量によって冷えた惑星は暖まり、過ごしやすい環境となる。
そしてソンセイはと言うと、
『……あ、不発だ』
「は?」
神気が消え去り、地獄の業火に飲み込まれた。
光が消え去ったのを見届け、肩透かしを食らったアタシはため息を吐いて肩を落とす。
「まだ覚えてなかったのかよ……。まあ、妖術や如意金箍棒相手でも打ち消せるだけの魔力は込めていたけど」
結果的にアタシの勝利。まあ、幻獣とは言え人間換算での十五歳未満。まだまだ未熟なところもあるのは当たり前だ。
けどそうなると、今年の新人戦で代表まで行けば当たる可能性もあるかもな。その辺の修行はしてくると思うし、今後に期待ってところだ。アタシ達とも同年代っぽいしな。
「痛つ……けどキツいな……」
攻撃を受けた回数自体は少ないけど、それでも割と厳しいダメージを負っていた。
如意棒の一撃とか、咄嗟に熱さなかったらそのまま意識は飛んでいたと思う。咄嗟に動いたアタシの体に感謝だな。
何はともあれ、簡単な治癒魔術で応急処置。動いても問題無いくらいにはする。
アタシ達のダイバース決勝戦的な舞台。まずは順調に1ポイント獲得だな。




