第二百五十一幕 勝負と試合の勝者と敗者
「そら」
「その掛け声、もしや天上。空と掛け合わせているのか?」
「それはヒノモトの言葉遊びか? 意識はしていなかったが、確かにそう思われてもおかしくないな」
念力によって天を操り、私の元へ空からの落雷を落とす。
流石に雷速へ反応するのは難しいが、私の居場所を狙っているのは分かるので気配と同時に動けば難なく躱せる。
雷を避け、シュティル殿との距離を詰め寄った。
「はっ!」
「同じ事の繰り返しだな」
「継続が大事なのは何事に置いても当てはまろうて。いつか切り開くのを自らの手で進行させるのさ」
「例え報われずともか?」
「元よりその事の方が多い世の中。今更気にする事でもない。ただひたすらに積み重ね、それにとやかく言う者達は見る目が無いと思えばそれまで。何度も言うように、周りからどう言われようとやる事は変わらないのだからな」
「何処までも真っ直ぐな心意気だ。実際のところ、君の剣筋は並々ならぬ努力の賜物だろうからな」
「大した事ではない。やるべき事を毎日やる。積み重ねの繰り返し。それだけよ」
早朝に目覚め、鍛練を積んだ後に食事。文学に励み、友と言葉を交わす。昼食を終えてまた文学。その後に鍛練。夕食まで積み重ね、食事を終えたら鍛練。そして風呂。就寝前にも軽い鍛練を積み、決まった時刻に眠りに付く。
休日なれば心身を休める事に使うか空いた時間に鍛練を積むか。その様な日々を過ごし、積み重ねていく。私がやるのはそれだけよ。
今ある私の実力は運や才能ではなく、日々の積み重ねからなる物。故に、自信となって一歩先へと進める。
「はあ!」
「……! 一撃が重くなったな」
「ああ。そろそろ終わらせようと思ってな。主に時間を掛けるのが一番の問題点。今回は個人戦ではなく、あくまでもチームの為に行っている事だからな」
「フフ、その意見には同意だ。真面目に取り組んだとして、最終的にチームが勝利を掴まなければ無意味となってしまうからな。合わせる顔が無くなる」
「物理的に無くす事も可能だろうて」
「再生するがな」
木刀を弾き、シュティル殿の体を押し出す。瞬時に迫りて打ち抜き、更に吹き飛ばした。
しかし、フム。先程から吹き飛ばしなどを交えているが、些か違うかもしれぬな。シュティル殿の再生力は凄まじい。態々吹き飛ばしては回復の猶予を与えているに等しき行為。
ともすれば、距離を離さずその場で連続して打ち付ける他あるまい。
気配を探りてシュティル殿を見つけ、そちらへと嗾けた。
「ふっ!」
「攻撃の手法が少し変わったな。私の再生力を警戒しての在り方だ」
「気付くのが少々遅れたがな」
「時間にすれば僅か数分。恥じる事でもないだろう」
「手数にすれば数十。侍としてそれは恥ずべき事よ」
「己に厳しいものだ」
「それが私よ」
木刀を振り抜き、シュティル殿を打つ。然れど吹き飛ばさず、その場に留める方法を用いて連撃を叩く。
その都度再生するが、今までよりかは手応えも感じよう。いや、それこそが攻略の糸口なのかもしれぬな。
「一つ聞きたい。仮に主の脳が損傷した場合、再生するまでの暇は意識があるのか?」
「何を? ……うーむ、そうだな。意識があるかの意識をした事は無かったが、半分の視界や体が少し動き辛くなる。一秒にも満たない僅かな時の間だがな」
「そうか。この際その言葉に嘘偽りが無いと仮定し、主を攻略する方法を掴めた」
「ほう? 面白い。この試合を見ている者達にとってもそれは有益な情報。不死身の再生力を持つ私や同族、及び同等の能力を有する者達を攻略するに当たって今後の活用となるだろう。君は開拓者になるか?」
「今後の活用については他の者達が決める事。私は今、シュティル殿を打ち倒す事にしか集中しておらんよ」
「それもまた一興だ。良い催しとなる」
脳などの損傷はシュティル殿にも僅かな時間効果がある。そしてダイバースのルール。物騒な殺し合いなどではないこれは相手の意識を奪うだけで良いのだからな。
要するに、
「狙い目は……!」
「……フム、変わらないように見えるが」
「はあ!」
「首から上を中心的に狙っているな」
脳天へ突き刺し、躱された方向へ横に薙ぐ。
それも避けられるが即座に体勢を変え、振り下ろして地面を粉砕。飛び退くように離れ、瞬時に詰めて貫く。
流石に気付かれたようだが、問題無用。成果は得られそうだ。
「回避が多くなっている様からして、効果的なようだな」
「さて、どうだろうな。回避くらいなら先程からしているが」
「なれば続けるまでよ」
シュティル殿は吸血鬼だけあって身体能力が高いが、特筆していたり他の者達に比べてズバ抜けているという程でもない。あくまで平均的な吸血鬼とそう変わらぬのだ。
しかし観察眼や能力の応用力によってこの位置、魔物の国で最強格という立ち位置に居る。
何を申したいかと言うと、私なら十分に食い下がれるという事。
「はっ!」
「……!」
「当たったの」
「そうだな……!」
度重なる連撃によって打ち込み、シュティル殿を怯ませる。一瞬の怯みがあればそこから続けて嗾けるのも可能。
此処からは私のターンだ。
「主の攻略法、それは……」
「……っ」
次いで顎下を揺らし、振り上げて叩き、薙ぎ払いで打ち、頭上から振り下ろして脳天を割る。
不死身なのは知っているが、やはり他者を傷付けるという行為は胸が痛むな。
今までの試合では急所を打てばあまり痛みを与えずに意識を奪えたが、彼女の不死性にそれは通じない。なので今までには無い力を込めた一撃を放っている。出血も普通にしており、我ながら見ていて痛々しい。
だが、シュティル殿に勝利するにはこれくらいせねばなるまい。
更なる連撃を叩き込み、美しき顔の原型を崩した。
「……成る程な。これが私の攻略法か。脳を損傷すれば一瞬は意識が飛ぶ。その間隔を伸ばし、リタイアとされる時間まで意識を飛ばし続ける作戦か」
「そうだな。見事に看破された」
「受ける側ならすぐに気付けるさ。前提として不死身があるのだからな」
シュティル殿の見立て通り、一瞬だけ意識を喪失させられるのならその一瞬を何十何百と伸ばせば良いだけ。
ダイバースのルールでは意識を失っていると認定された瞬間に光となって強制転移なのだからな。
此方が一方的に攻め、意識を一瞬×数百奪い続ければ勝利となる。
とは言え、
「このまま私が何もせずやられ続ければの話だがな」
「心得ている」
シュティル殿が無抵抗の場合に限っての事。
一瞬で治癒するが為、一撃でも避けられてしまえばそこから見る見るうちに再生し、双六で言うところの初期位置に戻されてしまう。
反撃の隙を与えず、延々と攻撃を仕掛け続けなければならぬが今の役割。難儀だが、致し方あるまい。壁は高い方が登り甲斐もあるというもの。精々そこから転がり落ちぬように気を付けるのみ。
「はっ!」
「何度も食らう訳にはいかぬな」
「……!」
肉薄した辺りでシュティル殿の手に風が込められ、私の腹部へとそれが押し当てられる。
次の瞬間には風の衝撃波が突き抜け、意識を一気に遠退かせる。
「追撃だ!」
「……ッ」
次いで雷を纏い、私の体が感電。
マズイな。私の肉体的な構造は魔導師などとも違い、魔力の無い人間と同義。先祖帰りの力と言うものも鍛練を積めば積むだけ強靭になっていくだけであり、霆などその手の分野は苦手意識がある。
現状で耐えられはするが、何度も受けては意識を失ってしまうな。
然れども行動を変える事は出来ぬ。敵前逃亡は恥。死に等しきもの。玉砕覚悟で挑むしかあるまい。
「どちらかが尽きるまでの我慢比べと言ったところかの」
「君の方が不利な気もするが、私の意識も一瞬は飛んでいる。望むところだ」
これが最後の鬩ぎ合いとなろう。
距離を詰め寄り木刀を最小限の動きで叩き込み、シュティル殿は念力を用いて仕掛ける。
相手の頭に複数回の攻撃を叩き、私の体は念力や衝撃波、雷などでダメージが蓄積していく。
だが関係無い。繰り返し度重なり、打ち込んで身に溶け込む。
もはやノーガードの殴り合い。意識の途絶えた方が終わりとなる単純な立ち合い。
「銘のある刀は数多に存する。魔導は呪文を告げる事で威力が増幅するらしいな」
「いきなり何を言う? 攻撃の手は止めていないが」
「いや、私達の双方を打ち負かすまで続くであろう単純な立ち回り。それにも名があれば箔が付くと思わぬか?」
「フッ、面白い。確かに私も呪文や詠唱は考えた事が無かった。やってみるとしよう」
魔導は想像力からなる力。故に名を付ける事でそのイメージがより鮮明になり、威力が高まると言う理屈。
それらとは差違のある私達であったとしても、イメージによって体がその通りに動けば成果が生まれるかもしれない。
それを思い、攻撃の手は緩めぬままに力を抜き、最上のリラックスからなる鋭い一撃、いや、複数撃を叩き込む。向こうは念力からなる様々な力。名付けるならば──
「──“波状多連撃”!」
「──“天候掌握波”!」
力を抜き、刹那に上下左右、ありとあらゆる方向から目にも止まらぬ数百回の攻撃を叩き込む。シュティル殿の頭は陥没し、顔の原型も数秒だけ消え去った。無論の事その肉体も粉砕しておる。
対する向こうの天候撃。風が私の体を突き抜けて血液を吹き飛ばし、舞った血に電流を感電させて全身の自由を奪う。これではもう意識も残らぬな。
然し乍ら、シュティル殿へ的確なダメージを与えられた。
眩む視界で歪む中、彼女の体が光に包まれたのを確認。だがその光は弱まった。おそらくまた再生しようとしているのだろうが、私の攻撃は波状攻撃。即ち二連制よ。
「……!」
遅れて複数回の攻撃が入り、シュティル殿からまた意識が遠退く。
一回目は細胞が気付く程度の早さ。二度目が本命となる。細胞は砕けた後、遅れて漸く自身の置かれた立場に気付く。
消え掛かっていたシュティル殿の光はまた放たれ、私も意識が暗転。
さて、どちらが勝利を収めた事やら。
*****
──試合が終わり、私達はレモンさん達が運ばれた医務室へ急いでいた。
試合は見届け、スゴい戦いだったなと思えるものだけど、やっぱり心配だから途中で切り上げて来ちゃった。
あ、試合を見届けたと言うのは、どちらのチームがより多くのポイントを取ったか推測でも分かる点差になったからだよ。
何はともあれ、私達は医務室へと入る。
そこには、
「……いや、どう考えても私の方が後に転移しただろう。二度目の攻撃は遅れて来たのだからな!」
「それは違うぞ。私はしかと、シュティル殿が先に消えるのを目にした!」
どっちが先に転移したかで争う二人の姿が。珍しく声を上げてる。
アハハ……普通に元気だね。再生力の高いシュティルさんはともかく、レモンさんに至っては生物学上私と同じ筈なのに。
「む? ティーナ殿らか。その様子、心配で来てくれたのだろう」
「やあ、歓迎するよ」
「歓迎って……一応ここ、負傷者達の為の部屋なんだけど……」
「そう言えばそうだったな」
「失敬失敬」
とまあこんな調子で心配には至らなかったみたい。本当にスゴいタフネスだね。特にレモンさん。
「此処は第三者に聞くとしよう。ティーナ殿ら。私とシュティル殿、先にやられたのはどっちだ?」
「そうだな。外から見ていた君達の意見ならば確実だ」
そして私に訊ねる二人。
えーと、取り敢えず見たまんまの結果を教えた方が良いよね。
「レモンさんの方が後に消えたよ。ほんの一瞬の差だったけどね」
「ああ。双方に1ポイントずつ追加されたけど、その時も先にポイントが入ったのはレモンだったぜ」
「フッ、やはりな。私とシュティル殿の一騎討ちは一勝一敗という結果になった」
「くっ……たかが人間の癖になんという耐久性。本当に人間か?」
「違いない。まだその気配は無いが、何れは人の子を産む事も出来るだろう」
「その発言からして人間離れしているがな。何故ヴァンパイアの私がそう述べなければならないのだ?」
「知らぬ」
二人の戦いで言えば、レモンさんの方が長く意識を保っていた。
シュティルさんは腑に落ちない様子だけど、私達の言葉を信じてくれたみたい。
それで勝負はレモンさんの勝ちだったけど……。
試合の結果は医務室からも見れるモニターに映し出された。丁度ポイント集計が終わったところらしく、司会者さんは総合得点の多かったチームを告げる。
《勝者! ──“神魔物エマテュポヌス”となりましたァ━━ッ!!!》
「「「どわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!」」」
「ウオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!」
『グギャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!』
『キュオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォンンンンンンンッッッッッ!!!!!!!!』
総合ポイントではシュティルさん達のチーム、“神魔物エマテュポヌス”という事になった。
勝負では勝てたけれど、結果としては残念なモノになっちゃったね。レモンさん達にとっても、人間の国にとっても。
《ポイント上位者は“神妖百鬼天照学園”のルーナ=アマラール・麗衛門選手と“神魔物エマテュポヌス”のシュティル・ローゼ選手が6ポイント獲得で同率一位でしたが、僅差で“神妖百鬼天照学園”が敗れてしまいましたァ━━ッ!! 今大会、全試合で圧倒的な強さを見せていたこのチームですが──》
モニターの向こう側では結果発表が続いているけど、医務室内では既にそれについての話がされていた。
「惜しかったな。まさかシュティル殿が我がチームの者達を中心的に倒していたとは」
「しかし倒せたのは精々二人。一人に大ダメージは与えたが倒し切れなかった。なんともまあ、皆が強敵で大変だった。だがこの再生力も相まって君と当たる時には万全となっていたぞ。いやしかし、私が先に敗れてしまった事を思えば予めそちらのチームを狙って良かったというもの」
「うーむ、確かに私は戦い易いからと魔族の者達を中心に狙っていた……シュティル殿のチームで削ったのはシュティル殿ともう一匹だけ。私の甘えが招いた結果だ」
「だが、君のチームの河童とやら。強者揃いのあの中でも厄介そうだから残していたが、後半の追い上げはマズかった。私も肝を冷やしたよ。既に体は冷え切っているがな。私は構造上、死体と変わらぬのだ」
「とは言え敗れてしまったからな。私の体たらくが原因。皆に申し訳が立たぬ」
「互いに学ぶ事の多い試合だった」
“神妖百鬼天照学園”の選手のみんな。確かに全員がスゴい強敵だったもんね。結果的にシュティルさんに倒されたのはレモンさんを含めて三人だけ。本当に個々が洗練されているチームって印象。
白熱した試合だったよ。
「取り敢えず、私達は今回あまりポイントを取れなかった。ティーナ殿ら。第二試合で君達が私達以上のポイントを取れば、明日の決勝戦は君達が出場する事になるかもしれないな。私は第二試合目、出るに出れないからな」
「た、確かに……そうなったらシュティルさん達と戦うんだ……」
あくまで総合得点を競ったポイント制だけど、最終試合は最もポイントが高いチーム同士のブロックになる。
つまり、それを一先ずの決勝戦として仮定しておいて、そうなったらそれが優勝を決める大一番……!
「はっ、上等だ。ティーナ。アタシ達が総合ポイント一位を掻っ攫ってやろうぜ!」
「ボルカちゃん……うん。そうだね! それがメリア先輩の為にもなるもん!」
「その前に第二試合をレモンさん達以上のポイントで通過しないといけないのを忘れずにね」
「うっ……アハハ、そうだよね。ウラノちゃん。全チームが強敵揃い。油断は出来ないや!」
まだ可能性の段階は抜けないけど、それなりに高い位置にある。だったらそれを目指すのが今年ダイバースを引退するメリア先輩への餞別! やってみせるよ!
ダイバース代表戦、上位ブロックの第一試合。それはレモンさん達とシュティルさん達が当たり、“神魔物エマテュポヌス”が勝利を飾った。それにより、明日の決勝戦出場はほぼ当確。私達の目標もそことする。
その為にも、私達は総合得点で人間の国一位を取る意気込みで第二試合に臨むのだった。




