第二百五十幕 侍と吸血鬼再び
「参る!」
「来い!」
踏み込み、加速。瞬く間にシュティル殿との距離を詰め寄り、木刀を差し込むように振り抜いた。
彼女は掌を用いてその軌道を逸らし、私の懐へと踏み入って掌底を眼前へ。それを紙一重で躱し、木刀を薙ぎ払って弾き飛ばした。
一連の流れを経て互いに無傷。先ずは小手調べや様子見の段階。次へ進むとしようぞ。
互いにゆっくりと歩み寄り、次第に足早となって迫り行く。
「「………」」
数秒後には衝突し、鬩ぎ合いを織り成す。
次はシュティル殿が先に仕掛け、突き出された掌を躱す。その先には蹴りが迫っており、仰け反って回避。そこへまた掌が迫り、私は飛び退くように避けた。
今のところ術は使わず肉弾戦のみを仕掛けている様子。向こうとしても様子見か。
始まりは比較的穏やかな入り。現時点では白熱する様子も無し。
一切手は抜いていないが、やはり体力の温存や長期戦を見据えて動くとこうなってしまうな。何か良い方法は無かろうか。
単純に力を少しずつ入れ、押し切る他あるまい。
私は駆け出す。
「はっ!」
「さて、どうしようかね」
木刀を振り下ろしたが、シュティル殿は回避。舞うように私の傍らから死角へと周り込み、手に歪な力の気配を纏っていた。
この感じ。特殊能力を使ってくるな。それくらいは見抜けよう。だがそれによって私の行動が変わるという事もない。
刹那に衝撃波のような力が放たれ、至近距離で回避。攻撃の隙に木刀を用いて胴を打ち、シュティル殿の体を吹き飛ばした。
一戸建ての家屋に飛んではバキバキと粉砕して粉塵を巻き上げ、私も追撃の為その後を追う。
「あの勢いで人が入って形を保つとは、頑丈な家屋よ」
「そうだな。さて、狭い室内は私の専売特許だ。君はどう出る?」
「考えずに吹き飛ばしたのが仇となってしまったようだな」
「更に言えば得物を持っていては戦いにくかろう」
「案ずるな短い木刀も持っている」
「抜け目無い侍だ」
「元より侍は二本差しなのだ」
明かりもなく、外が曇りなのもあって薄暗い室内。確かにシュティル殿の得意とする環境が整っているな。
「続けよう」
「そうよの」
瞬時に天井から降り立つように攻め入り、爪による切り裂きを放つ。
私は長物から短刀へと持ち替えてその爪を防ぎ、弾く。弾かれたシュティル殿は忍よりも身軽な動きでまた天井へとぶら下がり、勢いを付けて降り掛かる。
「まだまだ行くぞ」
「ああ。全て防いでやろう」
遠距離と近距離の緩急を付けた攻撃を幾度となく執り行う。
それにつき、私は防ぎながら室内を駆け回る形で狙いを定めさせず対処。
攻撃は食らっていないが、やはり室内では私が不利か。
しかしもう問題無い。しかと見極めた。
「何も短刀の利点は室内でも振り回せるだけじゃない。加わる力が狭まり、より強い一撃を叩き込める所だ」
「ほう?」
駆け巡った事で把握したこの家屋の支柱。それを短刀にて打ち抜いて破壊し、建物その物を倒壊させた。
崩れた家屋の中から飛び出し、シュティル殿を待つ。周りには粉塵があるばかりで姿は見えぬが……いや、違うな。
「粉塵……ではなく霧。シュティル殿は既に居るようだな」
長太刀も再び取り出し、短刀との合わせ技で回転させて風を起こす。
霧を払い、斬り払う。
「微かな気配を探ったが……当たりのようだの」
「やれやれ。気配を消した上でも目眩ましは通じないか。不意討ち耐性高いな」
「いつ何時闇夜で辻斬りに闇討ちされるか分からぬからな。目に見えずとも常に警戒しているのさ」
「“日の下”はそんなに治安が悪かったのか?」
「いや、世界的に見てもトップクラスの治安の良さだな。夜に女子供が出歩いても問題無い程に。治安のランキングも数百ヶ国中トップ10入りしていた」
「では何故それ程までの警戒を?」
「そう言った気概を持つ方が万が一に備えられるだろう。どんな場所だとしても何かが起こる可能性は零ではないのだからな」
「成る程な。だが、治安で言えば下位層をほぼ埋め尽くしている我ら魔物の国に敵うかな?」
「圧勝しているだろう。いや、悪さで言えば負けているが。何故誇らしげなのだ」
魔物の国は治安が悪いと小耳に挟んでいるが、余程のようだ。
そう言った順位に無法地帯は含まれず、あくまで管理された国内に留まっているが、その上で今の文言。斯様な国で生活しているだけで鍛えられそうなものよ。
とは言え、シュティル殿の強さの秘密は理解した。その上で私が二度も敗れる訳にはいかなかろう。
「何にせよ、如何様な環境で育とうとも然して差は生まれない事の証明をしようか」
「ほぼ引き分けだった去年の時点でそれは証明されているだろう」
「それもそうよの」
踏み込み、肉薄。シュティル殿は力を込めて暴風を正面へと放出した。
魔導や妖術とも違うこの力。念力の類いであり、天候を操るもの。周りの空気からなる力だろう。
このくらいの風なれば問題無い。先程倒壊させた建物の瓦礫は吹き飛んだが、私には関係無い事だな。
「基本的には……いや、常に近接主体。遠距離から仕掛け続けてるだけで勝てれば良いのだがな」
「願望を語るでない」
念力によって土塊が操られて投擲され、それらを木刀で砕いて弾く。
シュティル殿の胸元へ刺突を繰り出し、剣尖は素手によって止められた。
「それなりに渾身の一撃だったのだが、こうも簡単に止められると手厳しいな」
「案ずるな。しかと掌が複雑骨折している。再生したがな」
「例え真剣であってもその再生力の前では意味を成さないな」
「いや、腕その物が切断されるから防御の術が少なくなり効果的だろう。木刀だから一撃一撃を的確に防げるというものだ」
「そうか。銀でコーティングすればより効果的だな」
「それは木刀でも同じだろう」
そのまま木刀を握り締められ、私の体が引き寄せられる。息の掛かる距離まで近付くや否や頭突きが打ち込まれ、追撃のように回し蹴りが放たれ体を吹き飛ばされた。
建物の瓦礫に身を包み、舞った粉塵の中で私は思う。そう言えばシュティル殿は吸血鬼だから息は掛からぬなと。
「体中が痛いの。他の者達はこれを受けていたのか。我ながら悪い事をしていた」
「そう言うルールなのだから仕方無かろう。しかし、それを言うという事は今までまともなダメージを受ける事が少なかった意。もしや去年の私以降対して受けてなかったのではないか?」
「いや、イェラ・ミールと手合わせさせて貰った事など少々ある。む? いやそれは新人代表戦の前か。ボルカ殿やティーナ殿……そうだな。今年の代表決定戦では苦戦を強いられたぞ」
「どちらにせよ比べる相手が上澄み中の上澄みだな」
光を背に腰に手を当て話すシュティル殿。
今回のステージは曇り模様だから体調が良さそうだ。とは言え常に太陽対策のクリームを塗っているからあまり変わらぬと思うが。
今年の試合は去年よりも厄介さに拍車が掛かっているな。
私は立ち上がり、木刀を構えた。
「立つまで待っているとは温情だな」
「追撃したとしてカウンターで弾かれるのがオチだろう」
「果たしてそうかな?」
「吹き飛んだ最中にも木刀を離さず、瓦礫の下に潜り込ませているのがその証拠だ」
「不意を突くやり方は好みじゃないのだがな。まあそれによって追撃を免れたのは良しとするか」
「どっち付かずの言い方。真偽は何処へ?」
「フッ、心理戦だ」
「それ程大層なものでもなかろう」
「そうだな。正直に生きている手前、嘘吐き合戦の心理戦は苦手分野だ」
木刀を離さぬのは侍の魂として。それ以上でも以下でもない。
何はともあれ、一呼吸置いてシュティル殿へ。向こうも既に準備していた。
「万端という訳だ」
「お互いにな」
それだけ交わし、木刀と肉体を交える。
家屋は衝撃波で吹き飛び、外へ飛び出した私とシュティル殿による幾度目かの鬩ぎ合い。
振り下ろし、薙ぎ払い、突いて吹き飛ばす。シュティル殿はそれらを自身の腕で受け止め、的確にガードしていた。
その度に腕は骨折と再生を繰り返し、攻めて受けての反復応酬。相手を弾き、シュティル殿は念力を込めた。
「そら」
「フム」
左右から挟み込むように撃ち込まれた土塊。私はそれを木刀を横にして防ぎ砕く。
シュティル殿は訝しげな表情で訊ねた。
「岩石とそう変わらぬ強度の土塊だが、そんな細い木刀で防がれるとはな」
「直接受けたら砕けよう。だが、土塊には亀裂があったのでな。その位置に剣尖と石突が当たるよう横にしたのだ」
「技術力も一線を画しているな」
横に添えるだけで土塊を粉砕した理由は以上の通り。
とは言え、攻撃を防げるだけでは何の意味もないのだがな。
「やはり確実なのは近距離かもしれないな。しかし遠距離や中距離からの牽制も大事だ」
「どんな方法でも仕掛けるが良い。私は構わず剣一筋で迎え撃つのみ」
瓦礫の隙間からシュティル殿が迫り、掌に宿した風の衝撃波を私に打ち付ける。
それを紙一重で躱し、胴体へと木刀を叩き込む。同時に彼女は回し蹴りを放ち、私達の体は多少の距離を置かれた。
「去年も似たような事を言ったかもしれないが、再生する分、どう足掻いても私が有利。如何様な方法で打開して見せる?」
「やる事は変わらぬよ。私はどのタイミングで聞かれてもそう答える。ただひたすらに打つのみ。打つべし」
「良い返答だ。それでこそやり甲斐がある。私が不死身であるが為、様々な方法で討とうとしてくる者は多いが、君のように正面から倒す気概の相手は珍しい。嫌いじゃない。寧ろ大好きだぞ、そう言う心意気」
「好かれるのは悪くないが、試合中の今ではないな」
「その誠実さも好ましい」
「主、もしや女性でありながらも女色か?」
「フム、此処は敢えてノーコメントとしておこう」
「そうか」
今のところ決定打は無し。ダメージで言えば再生力の分私の方が多く受けてしまっているな。
何にせよ、私達の立ち合いが本格的に動き出す。




