第二百四十五幕 荒療治
「スゴい爆発……向こうの試合が白熱してる……ううん。してたみたい」
「その様だな。あー、体痛ェ……面倒だ……」
ダクさんに確かな一撃は与えた私だけど、当然まだ意識までは届いていない。
連続して起こった大きな爆発。どちらかはボルカちゃんで、どちらかはウラノちゃんかな。
今終わった試合で、片方の魔力の気配が一気に低下したからどうなったか不安だけど、考えていても仕方無いよね。ボルカちゃん達が勝ったと信じて私は、このブロック内では間違いなく最強と言えるダクさんの相手をしなきゃ……!
「取り敢えず終わらせる」
「私こそ……! “雨ノ樹”!」
「さっきの“夜薙樹”と何が違うのか」
「気分的なものです……!」
「そうかよ。単純だな」
無数の木々からなる雨霰。ダクさんはその身一つで迎撃して打ち砕き、次々と落とすけど防がれる。
でも見てみれば手が少しずつ負傷していってる気がする。やっぱりただ殴り付けるだけでもダメージは負うんだ。
だったらと、私は更に魔力を込め、樹木の強度を高める。同時に先端を鋭くし、さっきよりも威力を高めて降り注がせた。
「これは……面倒だな」
遂にダクさんは回避を選択。つまり食らったら痛い攻撃という事。
このやり方が現時点の最善手かな。
「そうと決まれば……!」
「面倒だ。一気に仕掛けるか」
「……!」
好機と判断して放った直後、ダクさんは大地を踏み砕き、一呼吸もしないうちに眼前へ迫った。
咄嗟に植物で体を覆うけど、その拳が打ち込まれる。
「カハッ……!」
口から空気が漏れ、形成途中の植物は崩壊。一瞬後に私の体は吹き飛び、木々を粉砕して突き抜けた。
既に大半が更地になっているけど、私達の植物魔法がここにはある。なので全ての樹を緩衝材とし、吹っ飛ばしによる衝撃は弱めた。結果として受けたダメージはダクさんの拳一発だけど、それだけで意識を失いそうになる。これでも一応ガードはしたのにね……。
「ゲホッ……ゴホッ……」
複数の木々を粉砕し、停止すると同時に品性の欠片もない咳と嗚咽が出る。肺から漏れ出る空気は少し鉄の味がした。
痛い……怖い……ツラい……助けて……。ダクさんがいい人なのは知ってるけど、試合とは言え受けるダメージからそう思ってしまう。
攻撃自体は私の方が多くしており、的確に防御も回避もしているのに……我ながら自分勝手。たった一撃でこんなに弱音を吐いちゃうなんて……いつも私よりも遥かに大きなダメージを負っているボルカちゃん達に合わせる顔がない。
私がもっと強くならなきゃ……。
『ええ、そうね。ティーナ。貴女はまだまだ強くなれるわ』
『そうそう! ほら! 前みたいに全部の力を使い切らなきゃ!』
「うん……うん……。そうだよね、ママ。ティナ。私がもっとやらなきゃ……」
『そうそう! アタシの為にもな!』
「そうだね。ボルカちゃん」
ママ達が励ましてくれる。そう、私はもっとやれるんだ。もっと強くなれるんだ。まだ全部見せていない……。だから私は……!
魔力の大展開。そう、みんなの為なら何が犠牲になっても構わない。私は……私は……!!
「──それが暴走前の前兆みてェなもんか。面倒臭ェ現象だな」
「……!」
するとそこに、仁王立ちしたダクさんが呆れたように見ていた。何故か攻撃の態勢には入らない。
見られちゃったけど、大丈夫。関係無い。向こうから来てくれたなら好都合。私は相手を倒すだけだから。これはそう、ほんのお人形遊び。
「まァ、過去に何があったかの詮索はしねェが、独り言の内容からして大凡の検討は付く。その上で聞くが、それが本当にテメェが好いてる奴らの本音なのか? そいつらはそれを言うか?」
「私が好きな人達の……本音……? みんなが話すかって……」
何を言っているんだろう。それに独り言って……ハッキリとみんなの名前を呼んでいたのに。それでもまだお人形と勘違いしているのかな?
関係無い。関係無い。私は私のやる事をやるだけ。
「ボルカ・フレムとは会ったが、んな事を言う自分勝手な奴じゃねェと思うけどな。アイツ、自分より他人を優先するタマだろ?」
「自分より……」
そうだ……。ボルカちゃんはボルカちゃんの為になんて言わない……ママも常に私を優先してくれた。
……でも、このボルカちゃんは本物のボルカちゃん。ママ達もみんな本物……たまたま同一人物がお人形の中に入ってたまたま揃ってるだけ……。何も変な事は……事は……。
「成る程な。傷は深い。しかし、自分で薄々気付いている箇所もある。んな印象だ。その上で切り捨て、死ぬ気で隠そうとしてやがる」
「■ぬ気でなんて……」
「……あ? んだその言い方。ティーナ・ロスト・ルミナス。お前、なんで“死”を濁す? 言い淀むんだ? そりゃ陰鬱で縁起も聞こえもいい言葉じゃねェが……やっぱそれがトラウマになってるのか。面倒だな」
「え……私、言葉なんて濁して……」
「んじゃ、もう一回言ってみろ。そうだな。連想する言葉も含めるか。“死ぬ”・“殺す”……まあ最もポピュラーなのはこの辺りだな。復唱してみろ」
「なんでそんな事……」
「いいからさっさと言え!」
「……!? ……し……■ぬ……こ……■す……」
「……よーく分かった。怒鳴るみてェな面倒なマネをして悪かったな。深く詫びる。……お前を縛るものは……思ったより根が深ェ……その植物魔法よりも遥かにな。その事にルミエル・セイブ・アステリアが気付かない訳が無ェが……おそらく様子見でゆっくりと解していく方針だったんだろう」
「何を言ってるんですか……」
急に怒鳴ったり静かになったりブツブツ呟いていたり、ダクさんの情緒が不安定な気がする。
それに、もうこれ以上ダクさんの話を聞いちゃダメな気も……。とても大事で、私にとって必要な事なのは何となく分かるけど……これ以上聞いたら悲しい思いをする気がする……。だから──
──止めなきゃ──
「もう……黙ってて下さい!」
「幸いにして、俺なら植物魔法も防げる。対話の時間は十分にある。ルミエル・セイブ・アステリアがどの様な方法で解放してやろうとしていたのか分からねェが、此処は魔族流の荒っぽい方法で少しは和らげてやっか。お節介で学校も違うが、迷っている後輩が居たら答えを示してやるのが先輩の努め。苦しんでいるなら義理人情の魔族に賭けて助けてやらねェとな。去年の新人戦もだったが、中等部最後のダイバースがまさかこんな形になるなんて。面倒だが……それより大事なもんの方が優先だ」
無数の植物を大量に放ち、周りを大きく崩壊させる。
近くの山も切り裂いて持ち上げ、その全てをダクさんに叩き付けた。
ダクさんは降り掛かる物を粉砕して駆け出し、私達の眼前へと迫り来る。
「その程度か!? ティーナ・ロスト・ルミナス! やっぱりテメェの力じゃなく、借り物の力だからそうなのかもな! それとも、テメェのお袋が既に死──」
「それ以上、話さないで下さい! 口も開かないで!! 私に構わないで下さい!!!」
聞きたくない。聞きたくない、聞きたくない! ダクさんの言葉は聞きたくない!!
更なる植物を張り巡らせ、圧倒的な質量を投下。それだけじゃない。複数の森を顕現し、その全てをダクさんに降り注がせた。
「……で……その程度か?」
「……っ」
圧倒的質量は流石に堪えたらしく、全身に傷を負って片腕も使えなくなった状態で姿を現す。
多分避けようと思えば避けられた筈。なのに何故か全ての攻撃を受け、その上で今の言葉を吐いた。
一体……。
「……な……すか……」
「あ?」
「……何なんですか!? なんで貴方は私を追い詰めるんですか!? 消えてと言ったら消えてください!!」
「ま、食らい続けたらそのうち消えんな。リタイアって形でよ。……だが……」
「……?」
「……いや、この辺は俺の役回りじゃねェな。現状一番届く範囲に居るのはボルカ・フレム。及び“魔専アステリア女学院”の仲間やルーナ=アマラール・麗衛門にシュティル・ローゼと言った他チームの友達。俺が関わるのは面倒だ。俺ァ取り敢えず、鬱憤晴らして頭ん中スッキリさせるのが最善手。そろそろ仲間も駆け付けてくるし、更に暴れさせるか」
「……!?」
何かを言い掛けて悟り、言葉を噤んで私の方へ。
植物でガードを貼り、回し蹴りが薙ぎ払われる。それによって体が吹き飛び、周りの植物達が優しく包み込んでくれた。
そう、私にはみんなが居る。あの人になんか負けない……!
「金輪際関わらないで下さい!!」
「ああ。今大会を終えたら関わらなくなる。進路も住む国も別々だしな。だからまあ、テメェにヒントを与え続けてんだよ。ティーナ・ロスト・ルミナス。引き摺る気持ちは分かるが、身内の死は──」
「だ! か! ら! 関わらないで!!」
大量の植物を更に、更に更に更に更に。大放出。全てを飲み込むレベルの質量がダクさんを覆い尽くし、巨大な樹海となる。
今回は今までの樹海とは違う。確実にダクさんを倒す為の在り方。
「ほら、もうちょっとだ。そろそろ意識も飛び掛けてる。引き離せるぞ。良かったな」
「……!」
大地と樹海が踏み砕かれ、血まみれの拳が眼前に迫り来る。防御が間に合わず咄嗟に腕でガードし、私の体は吹き飛ばされた。
痛い……苦しい……ツラい……何故か、悲しい。でもダメ……。その事に気付いたら、私自身が崩壊する。一人でも……違う違う。ママ達と力を合わせて私が勝たなきゃ……!
「私が……やらなきゃ……」
「やってみろ。たった一人でな」
「独り……」
その言葉に胸が痛くなる。嗚咽と吐き気、心臓の鼓動が早まるのを感じた。
ダメ……ダメダメダメダメ。無視しなきゃ……あの人の言葉は全て、無視しなきゃ。私の精神が……壊れ──
「俺よりも先に、テメェが意識を失いそうだな。ティーナ・ロスト・ルミナス。“亡失”の名に相応しい最後だ!」
「最後……」
迫り……迫る拳。あれを受けたら意識が飛んじゃう。間違いなくやられる……でもいいや。これでようやくダクさんから離れる事が出来る。やっと落ち着ける。
その拳は勢いよく私の眼前へ──
「──危ない! ティーナちゃん!!」
「……!」
悟った瞬間、私の前に高速で何か……誰かが現れた。
その人は身を乗り出して私を押し出し、ダクさんの拳を一身に受ける。
威力によって吐血し、箒が折れ、私達の生み出した樹に激突して動かなくなる。
誰が……箒……ほうき……?
「……! メリア先輩!?」
「うぅん……カッコ……悪いなぁ……ティーナちゃんと一緒に戦うんじゃなくて……助けに入ったらそのまま撃沈って……ルミエル先輩ならもっと上手くやったんだろうけど……私じゃこれが限界だ……」
「メリア先輩! メリア先輩!!」
「その様子……成る程ね……また……でも大丈夫……まだティーナちゃんは一人じゃないよ~」
「せんぱ……」
それだけ告げ、光の粒子となって転移。
辺りには静けさのみが残った。私が迷っていたから……色々考えていたから……自分本意だったから……リタイアさせてしまった。
ダメだ……変わるべきは……私だったんだ。全部私がする必要は無かったんだ……。だから、もう……!
「……すみません。ダクさん。失礼な事を言ってしまって……私、本気でやります……!」
「……! ……。……これで第一段階クリアってところか。本当に面倒だな。それに、流石に今回だけで全部を解決する事は出来なかったか。ま、親しくない仲でこの出来なら上々だろ」
頭のモヤモヤが晴れたような、新たな靄が掛かって蓋をしただけのような、複雑な心境。
でもさっきよりは冷静。ゆっくりと深呼吸をし、魔力を込め直す。
「貴方を倒します!」
「ああ。来い。割とキツいが、相手くらいはしてやれる」
何故かわざとダメージを負っていたダクさん。理由は分からないけど、好都合。私がダクさんを倒し、“魔専アステリア女学院”のポイントを得る。
……でも、分からないなりに見つけた答え。それは私の為に何かをしてくれていたんだと思うけど、それに応える魔族流の礼儀は正面から相手取る事だよね……。折角の代表戦。迷惑掛けちゃったみたいだから、せめてそれくらいは実行する。
私とダクさんのダイバース。まだボルカちゃんも残っているらしいし、ここで倒して一歩前進してみせる!




