第二百四十一幕 マゾク
風雷神を召喚し、風と雷を落として仕掛ける。
今までこれで決まった事は無いのだけれど、時間稼ぎにはなるでしょう。
相手が自分より強い時は徹底的に時間稼ぎをするのに限るわね。もしかしたらチャンスを見つけられるかもしれないし、手強い相手を止められるから味方の役にも立つ。
別にそこまで本気でダイバースはしていないのだけれど、足手纏いになるのは好ましくないものね。
「………」
「ハッ、この風雨の中でも精密な狙い。鍛練は積んでいるみたいだ」
「一度やるなら平均以上は扱えるようになりたいじゃない」
雷が落ち、風が吹き荒れ、その隙間を縫って弾丸を撃ち込む。
剣と同様、銃の使い方もそこそこ練習したのよ。今告げた理由の通りにね。
私の本魔法や召喚師の場合、召喚獣がやられてしまったら術者は成す術無く敗北を喫してしまう。魔力で肉体を強化して戦うと言う前提条件は向こうも同じだし、それならやれる事を実行した方が良いものね。
多vs1を作り出せる召喚の在り方。その環境を利用しない手は無いわ。
結果的には全く当たっていないけれどね。
「風雷神が居るから本の鳥共は居ねェようだな。寧ろやり易くなってんぜ」
「そう。それは残念」
確かに相手をする存在の数が減ったら負担も少なくなるかもね。
ゾルさんにとっては風雷神も本の鳥達もあまり変わらない。だから少ない方が楽なのかもしれないわね。
まあでも、体は濡れるし風に吹かれる今の状況。肉体が強靭なだけでは言い表せない不快感はあるでしょう。彼が人魚のハーフでもなければね。
だから多分──
「……ハッ、そろそろ仕舞ェだ!」
──風雷神への直接攻撃を仕掛けてくる。
予想通り。要因はあの子達だもの。口ではああ言っているけど、煩わしく感じていた筈。感性はともかく、万人が不快な物は大半の人はそう思うでしょう。視覚的なモノではなく、身に感じるモノは特にね。
だからそこを突けば一撃を入れる事も出来る。
「……!」
タンッ! と銃口から放ち、脳天に弾丸を撃ち込んだ。
空中で直撃して怯みを見せ、そこへ霆が降り注ぐ。
ゾルさんの体が感電。更に風が吹き抜け、飛ばされて木々を粉砕しながら遠方へ。
多vs1の場合、一度でも怯みを与える事が出来ればそこから間髪入れず追撃が加わる。あまりダメージは無いのでしょうけど、濡れた体を伝う感電に風による視界不良。木々への衝突ダメージ。畳み掛ける衝撃に少しは効いてくれたかしら。
本来なら感電で意識を失うと思うけど、ゾルさんの魔力は多分電気が効きにくい。雷神を相手取る此処までの動きで何となく思った。私に相手の魔力の気配は掴めないのだけれどね。
「取り敢えず、チャンスは逃しちゃダメよね」
風雷神達に指示を出し、ゾルさんが吹き飛んだ方向へ縦横無尽に嗾ける。
範囲に対して体は小さいけれど、これだけやれば当たるでしょう。仲間達が居る可能性もあるけど、上手く躱してくれる筈。何気にみんな不意討ち耐性は高いものね。
雷で森を焼き払い、風で吹き飛ばす。自然の中での読書も嫌いじゃないから本来はこんな事しないけれど、試合はあくまで全てが魔力からなる贋物。オブジェクト。気にする事は無いわ。昨日を機にティーナさんも植物を張り巡らさなくなったものね。破壊しても問題無し。
一通り攻撃を終え、様子を窺う。次の瞬間、遠方の森が発火した。あれは炎かしら……いいえ、雷。
「効いたァ! やっぱり代表戦だな! 強敵揃いで嬉しいぜ!!」
「そう。喜んで貰えて何よりよ」
魔族の性分と言うかなんと言うか、ダメージが喜びになるなんてマゾだわ。
もしかして魔族ってM組って事なのかしら。変わってるわね。
ゾルさんの居場所から伸びた雷はそのまま突き抜け、雷神の体を貫通。消滅させた。
雷を司る雷神を感電死させるなんてね。とんでもない魔力。
そのまま雷は薙ぎ払われ、風神も消滅。青天井が広がりを見せる。単なる放出じゃなくてある程度の操作も可能みたい。
「雨は嫌いじゃねェが、雨上がりの清々しい感じも好きだぜ。テメェはどうよ。ウラノ・ビブロス」
「そうね。雨音を横に静かな読書も良いけど、雨上がりにベランダで行う読書も悪くないわ」
「クク、本当に気が合うな。趣味は合わねェが、感性は似ている。案外ロマンチストなんだろ? テメェもよ」
「本好きがロマンチストじゃない訳が無いじゃない。史実でも物語でも、空想の世界に思いを馳せる生き物だもの」
バチバチと放電し、不敵に笑うゾルさん。
彼もロマンチストなのかしら。他人には興味ないけど。この会話に意味もない。単純に私の魔力が溜まるまで暇だから会話を振っているだけのようね。
なら、それに応えましょうか。そろそろ誰かが来るかもしれないもの。
「物語──“龍”」
『ガギャアアアァァァァッ!!!』
「本命の登場だ……!」
現時点の私の最高戦力である龍。
ゾルさんはワクワクが目に見えており、より大きく発電した。何かしらのエネルギーに使えそうね。
能力は一番高い龍だけど、使用魔力の負担総量で言えば風雷神よりも低い。なので本の鳥達を再び召喚し、万全の体勢となる。
後は誰かが来るまでの時間稼ぎを目的に動きましょうか。
「その力、見せてみろォ!」
「そこまで大層なものでもないわよ」
バチバチと放電し、雷を正面へと放つ。龍は炎をぶつけて打ち消し、周りの環境を変化させた。
雷鳴轟き、暴風雨が駆け巡る。
「ハッ、風雷神両方の力を抑えた状態で使えんならずっと此方を使ってた方が良いんじゃねェのか?」
「その分消費魔力が半端無いのよ。風雷神ともまた別のね。本の鳥達を出す分は賄えるけど、破壊されたら数分は何も出来なくなるもの。前までは数十分から数時間だったけどね」
「成長はしてるが、魔力の量が釣り合ってねェのか。ハッ、それもまたロマン技だ!」
雷と暴風雨が放たれ、雷だけでそれらを掻き消す。そこへ炎を吐き付け、全身を包んだのを見越して鳥達と銃弾で仕掛ける。
ゾルさんはそれらを薙ぎ払い、炎を掻き消して龍の頬へ蹴りを打ち付けた。
「オラァ!」
『……!』
「重さ数tはあるのだけれど、軽々と蹴り飛ばすのね」
魔族にとっては大した重さじゃないのか、ゾルさん含め特定の人だけそうなのか。
何はともあれ、龍もこれくらいじゃやられないから問題無く戦闘続行する。
『グギャア!』
「尾か!」
尾を薙ぎ払い、ゾルさんは両腕でガード。そのまま掬い上げるように上空へと飛ばし、逃げ場を無くして火炎を放出した。
その上からは雷が落ち、上下を雷と炎に包まれて大きな爆発を引き起こす。……雷と炎で爆発って起きるかしら? 熱と衝撃波は伝わるから二つの力が噛み合って爆発のようになったのかもね。
自己完結し、炎雷の中心へ銃弾を撃ち込む。確かに直撃し、本の鳥達が突進して吹き飛ばした。
「流石に深手を負ったと思うけれど、どうかしら」
遠方を見、独り言を呟く。
風雷神の攻撃ではビクともしなかったけど、今回の龍は山を焼いて穴を空けられる炎。雷も河を割るレベルはあり、小さなダメージとして銃弾や本の鳥達で与えていた。
意識を失っていないのは転移の光が見えない事から察し、私は龍に指示を出した。
「トドメと行きましょうか。当たればこれで終わると思うわ」
『ガギャア……!』
ガパッと口を開き、力を込める。次の瞬間に今まで以上の轟炎を吐き出し、それはレーザービームのようにゾルさんの方向へ。
何処かに着弾し、ドーム状の白い巨大爆発を引き起こした。
あの辺りは消し飛んだわね。あるのは草も残らぬ更地。真反対側にある数キロは離れた湖の水も半分くらい蒸発したみたい。だって蒸気が見えるもの。
間違いなく渾身の一撃。実力は相手が完全に上だったけれど、案外勝てたのかしら? まだ余力を残している雰囲気はあったわね。力を使わせずに倒せたなら良いけど……──残念ながら転移の光は見えない。
「危なかったぜ……いや、流石に意識を失うかと思った。強ェな。ウラノ・ビブロス。内向的と聞いていたが、もっと外に出りゃ更に強くなんじゃねェの?」
「……あら、案外アクティブなのよ。こう見えてもね」
声が掛かり、私の隣では龍が感電して消滅していた。
転移の光が爆発の光に紛れて見えなくなった可能性に賭けたかったけど、残念ね。結局余力を残されたまま敗れてしまった。
「でもまあ……」
「これで終わりだ!」
踏み込み、雷鳴と共に移動。成る程ね。雷魔術を使える事から可能性は感じていたけど、やっぱり自身の雷速移動も可能みたい。
すれ違い様に感電し、私の意識が遠退く。
問題は無いわ。十分に時間は稼げたし、それなりのダメージ自体は与えられた。0ポイントでも上々の出来じゃないかしら。
「……お、テメェは……」
「気配が薄れてたと思ったら……遅かったか」
「ボルカ・フレム。“魔専アステリア女学院”のトップをティーナ・ロスト・ルミナスと争う実力者!」
「別に争った事なんかねえよ。ま、確実に三本の指には入ると思ってるけどな。そしてナイスファイト。ビブリー!」
「……。……後は頼んだわよ……」
意識が消え去り、光に体が包まれる。
私が消えてもボルカさんが間に合ったら無問題。加えて相手は手負い。軽症の可能性もあるけど、ボルカさんなら十分でしょう。
早々に離脱したのはちょっと不満だけれど、その分ゆっくり休めるから良いわ。
「バチバチ弾ける雷の気配。なんか、アタシって雷使いと縁があるよな。割と珍しい魔導なんだけど」
「強いし珍しいが、そう言う選ばれた存在がゴロゴロ居てトップを争うのがダイバースだ。さあ、始めようぜ。ボルカ・フレム!」
「ああ、ビブリーの仇は取らせて貰う。墓の前で詫びな!」
「殺してねェよ! 言ーかそしたら退場だ!」
“魔専アステリア女学院”のボルカ・フレムと“レイル街立暗黒学園”のゾル。
二人の主力による熾烈な勝負が開始された。




