第二百三十三幕 死霊の活用
「取り敢えず、多少は効果があるみてェだ。隙を作る為にも仕掛ける」
【【【…………】】】
「見えない何かが複数……!」
黒い影のようなアレ。影魔術とかじゃないけど、触れたらさっきみたいな症状に陥る危険な物。
植物もすり抜けるし、避けるしか対処法が無いのが厄介。なぜか私には耐性があるみたいだから一撃じゃやられないのは良いけど、動きが止められるから食らわないに越した事はない。
「“リーフカッター”!」
「植物から直接切り離しても同じだ」
葉を刃のように飛ばし、それも腐敗する。
相手に植物魔法は効かず、一方的に攻撃される。これはレモンさんよりも戦いにくい……!
でも植物が効かないならやり方を変えるだけ。
「“ファイアボール”!」
「炎魔法。これは瘴気の天敵だな」
火球を放ち、それは避ける。
そっか。瘴気は謂わば病気の一種。基本的に病原菌や細菌は熱に弱く、炎は瘴気の対策になるんだ。
だったら戦法はこれかな。
「“ジャングルドーム”!」
「周りを植物で覆った? 閉じ込めたつもりなら意味無ェぜ。腐敗させれば脱出可──」
「“引火”!」
「……!」
バハさんの周りを植物で囲み、そこに炎を放って燃やす。
私の使うボルカちゃんの炎魔法はまだそこまで器用じゃない。だってほら、小さいボルカちゃんが放ってるからその分威力も下がっちゃうの。
だけどこれなら広範囲を少量の火で埋める事が出来る!
「これじゃ成す術が減るな。しゃあねェ。移動すっか」
「来る……!」『ええ、そうね』『よけてー!』
「……あ?」
植物のドームから移動し、自ら仕掛けてくるバハさん。
これは狙い通り。植物魔法が通じない向こうは止まったまま遠距離から仕掛け続けた方が良いんだろうけど、文字通り炙り出す事でチャンスを作った。
このまま炎と植物を上手い具合に組み合わせて仕掛けるのが最適かな。
「“夜薙樹”!」
「おっ。去年ダクさんに使った技」
天から植物を垂らし、無数の木々で打ち付ける。
当たりそうな物は相変わらず瘴気で防ぐけど、魂さん達を防御に回してるからさっきみたく狙われ続ける事はない。
そしてボルカちゃんに魔力を込める。
「“ファイアビーム”!」
「炎のレーザー……!」
速い炎を放ち、一直線に突き抜ける。
魔力が込められた瞬間を読んで何とか避けたバハさんだけど、その影響で瘴気が一部削られた。
そこ目掛けて降り注ぐ柳の木。守りが緩んだのもあり、簡単には朽ち果てずいくつかのダメージを与えた。
「炎魔法で防御を無効化してからの植物魔法による圧倒的質量。厄介な合わせ技だぜ」
【…………】
「ああ。そうすっか」
また会話している。何かしらの案があるらしく、多少の傷を負ったバハさんは私との距離を詰め寄る。
「直接叩き込むに限る!」
「……! 速い……!」
その辺は流石の魔族。身体能力はとても高く、呪術無しでもかなりのもの。
一瞬にして私の眼前へと迫り、私は紙一重で躱す。と言うよりも距離を置いた方が良さそうだったので蔦を伸ばして近くの木へ跳び移った。
「ワイヤーのように使う事も可能か。直接注入してやろうと思ったのに残念だぜ」
「……! 手からスゴい瘴気が……」
バハさんの手から感じる歪な気配。
おそらく魂と瘴気を纏う事で一撃の強化を図ったんだ。
耐性があっても多分普通にダメージとなっていた。魔族の筋力と魔力強化だもんね。果たして■霊人卿も魔力なのかは不明だけど。
取り敢えず避けられて良かったって言ったところかな。そのままここから嗾ける!
「“ファイア”!」
「単純な炎魔法だが……威力は高い。初級魔法や中級魔法クラスしか使えない分を膨大な魔力で補っていると言ったところか」
努力はしているけど、まだまだそこまで使える訳じゃない。ボルカちゃんの力を引き出し切れていない。
だから魔力で補っていたんだけど、当然観察力も高いバハさんにはバレちゃうね。
とは言え、全ての対処が可能って訳じゃない。弱点なのは変わらないからね。
周りは炎で埋め尽くし、燃えにくい素材の植物を仕掛ける。
「瘴気の力を封じたところでこの植物。良い組み合わせだが、死霊達の力はそんなにヤワじゃねェ!」
【【【…………】】】
「……!」
瞬間、魂さん達がクルクルと回り、黒い竜巻のような物を形成。それは見る見るうちに炎を飲み込み、植物を枯らし、私達の方へと接近していた。
確かに瘴気を受けた時、風っぽい感じもあった。それの解釈を広げて竜巻へと変化させたんだ。
「だったら……! “樹海生成”&“引火”」
「膨大な魔力を消費し、更なる炎で防いだか。ティーナ・ロスト・ルミナスだからこそやれる手法だな」
一度樹海を作り出し、それに炎を引火。一瞬にして燃やし、大火事とする。
それによって瘴気の竜巻を打ち消し、辺りは真っ赤に染まった。
その炎の中から無数の植物を打ち込み、今度こそバハさんの体へ叩き込んだ。
「……ッ! そのまま目眩ましとなり、樹が叩き込まれる……!」
植物を受けたバハさんは吹き飛び、木々を粉砕して遠方へ。
そのまま砂浜へと落ち、砂塵を巻き上げながら海の中へと飛び込んだ。
大きな水飛沫が上がり、私は透かさずその後を追い行く。あれくらいじゃ意識を失う訳がないからね。
植物に乗って私も海に飛び込み、魔力を込めて追撃する。
「“樹拳”!」
「……このくらいなら……!」
樹木からなる巨腕を放ち、瘴気で腐り落ちる。
海の中でも効果的なんだ。確かに炎魔法が使える海だから効果が無くなる事はないけど。
「“ファイアランス”!」
「炎の槍も問題無い!」
海中を火槍が突き進み、バハさんを貫く。でも直撃はせずに掠っただけ。反射神経は当然のように高いね。
だったらと周りを植物で囲み、更には炎を追加。のらりくらりと躱しているけど、その間に距離を詰め寄った。
「超至近距離なら……!」
「ハッ、俺と張り合おうってか?」
植物を込め、至近距離で拳を打ち付ける。向こうも瘴気を纏った拳を放ち、植物は腐敗。私の体にも侵食するけど、これも狙い通り!
「“ファイア”!」
「……! 植物はカモフラージュか!」
植物ごと炎で焼き払い、バハさんを打つ。
彼は海中に水泡を出しながら燃えて吹き飛び、魂さん達を用いて鎮火。そこへ更なる樹木を嗾ける!
「ちと押され気味だな。お前ら! 力を貸せ!」
【【【…………】】】
「ありがとよ!」
「……!」
樹木が激突する寸前、バハさんの体を黒い影が覆い尽くす。あまりの勢いに引き離され、植物も瞬時に枯れる。
魔力とは違う力の巡り、気配のような物を何となく感じる。多分これは本気を出した合図……!
“黒”に身を包んだバハさんの姿が明らかになる。
【「【──“死霊纏繞】”」】
「……っ」
バハさん自身の声以外に複数の声が聞こえるような気がした。
魔族特有の言語だから呪文の意味は分からないけど、多分その身に宿した感じかな。
「強化状態……みたいな感じですかね……」
【「【そんなところだ。今の俺は数倍強い】」】
「そうですか……」
元より色白だった肌の色は血の気が引いたようにより青白くなり、半分の髪からも色素が抜け落ち、黒と白のハーフとなった。
灰色の瞳だけは変わらず……いや、半分は黒くなってオッドアイ。色合い自体は似てたから一瞬分らなかったよ。
その姿を形容するなら、半分が■人のようになったみたいな感覚だった。
「魂の……融合……」
【「【ああ。だが自我は俺が持ってる。お前には言ってなかったが、死霊を纏う事が出来るんでな。ある種“死霊人卿”の真髄とも言える】」】
魂を纏い、力の強化。まだその片鱗は見ていないけど、威圧感が増したように感じる。
どんな感覚なのかも分からないまま、私はバハさんに向き直る。
【「【今の俺は、ゼルさんよりもダクさんよりも強い】」】
「……ッ!?」
──気付いた時、私は海上……上空に居た。
全身に痛みが走り、何かをされたという事がようやく分かった。けれど認識が遅れ、頭の中は混乱している。
状況を理解しようとしていた時、バハさんが眼前に躍り出た。
【「【魔族の国、個人じゃ今の俺は最強クラスだな。一挙一動が一撃必殺……なんだが、呪いに耐性があるお前は一筋縄じゃいかないらしい】」】
「……!」
次の刹那に私はまた吹き飛んでおり、取り敢えず周りを植物で覆ってガードの体勢に入る。
直接攻撃は防げなかったけど、このまま吹き飛ばされたら確実にどこかに衝突してダメージを負っちゃうから……!
そう考えた瞬間、予想通り私の背には強い衝撃が走り、肺から鉄味の空気が漏れた。
「ゲホッ……ゴホッ……」
「品の無ェ咳き込みだが、実際はそんなもんだよな。緊急事態に品性を保つ事は出来ねェ。品性が大事なお嬢様学校だが、仕方無ェ事だから恥じる事も無ェぜ」
「………」
自分でも分かる程の実力差。戦意が喪失していくのがなんとなく分かった。
でも何とか奮い立たせ、せめて相討ち……ダメージは与えたい。
【「【この一撃でトドメだ】」】
「……っ」
踏み込み、何も見えない。多分次に目覚めたら控え室。そう理解した時、私の力は抜けた気がした。この苦しい戦いから離れられると言う安堵が──
「──“フレイムバーン”!」
「──“トルネード”!」
「……!」
【「【…………!】」】
そんな中、突如として放たれた轟炎と暴風が吹き抜け、バハさんの体を吹き飛ばす。
私の前には、親友であり頼れるボルカちゃん。頼れる先輩であるメリア先輩が姿を現した。
「オイ! 大丈夫か!? ティーナ!?」
「なんかあの人からとんでもないオーラを感じるんだけど!?」
「ボルカちゃん……メリア先輩……」
自然と涙が零れ、また力が抜けてペタンと座り込む。だけど今度は諦めではなく、小さな希望が灯されるような感覚になった。
あれらを受けたバハさんだけど、殆ど無傷の状態で粉塵の中から姿を現す。
【「【ボルカ・フレムにメリア・ブリーズ。両方とも評判の良い主力。今の俺なら三人相手でも立ち回れそうだ。“魔専アステリア女学院”はこれで全滅になる!】」】
「……!? それって……」
「既にディーネとベルはやられちゃったみたいだ。アタシも唐突に現れた強大な気配と破壊痕で気付いたから来ただけで、戦況は把握してなかった」
「私もそんな感じ。誰とも行動してなかったから戦況は分からなかったよ。最後にディーネちゃんは見たけど、まだ戦っている最中だったからね」
ディーネちゃんとベルちゃんはいつの間にかやられちゃってたみたい。そして戦う前に聞いた言葉からすると、魔族の国はバハさん含めて残り二人。幻獣の国と魔物の国も残り二匹ずつ。そして人間の国は私達三人だけみたいだね。
人数で言えば私達が有利だけど、どちらがどれくらいのポイントを有しているかも分からない。それに加えてバハさん一人に私達が壊滅する可能性もある。
何にせよ、ここが勝負の分かれ目なのは間違いない。
【「【どうやら残りの奴等も戦い始めたな。仮にこの戦いで重傷を負ったとしても、リタイアされない程度なら問題無く対処出来そうだ】」】
「そうか。状況説明助かるよ。アタシはまだ気配が完全には読めないから正直戦況がよく分からなくてな」
【「【気にするな。随分昔に使わせて貰った日の下の死霊に親切をしておくのは悪い事じゃねェって教わってな。なるべくそうするようにしてんだ。それに、聞いたところで意味無いしな】」】
「ハッ、随分と舐められたものだが、確かにちっと厳しいかもな」
受け答えはボルカちゃんがしてくれてる。こう言う時、堂々と話せるのは彼女の強みだよね。もちろんボルカちゃんって存在の全部が良いところなんだけど。
何はともあれ、私達“魔専アステリア女学院”と魔族の国“イルム街立アスリー科学専門学校”。バハさんの言葉を参考にするなら、この試合の終幕となる最終局面に突入した。




