第二百三十二幕 呪術
「……ふぅ……少し落ち着いたかな……」
戦闘終了間際、ヒドラさんに撃ち込まれた毒をなんとか治療し、私は立ち上がった。
現在地は光も届かない海底。結構落ち着く場所だけど、休んでいる間に上の方でいくつかの魔力が消えたような気がした。試合は激化しているみたい。
“魔専アステリア女学院”のみんなは何人残ってるのかな。毒の影響か、さっきみたいに思考は回らない。と言うかなんか戻った感じ。私ってさっき変な言動だったりしないよね……? 妙に最適な判断が出来たけど、有頂天になって必要無い挑発的な発言とかしちゃってたら大変。
記憶にはあるから大丈夫だとは思うけど……。
(取り敢えず移動して、次の相手を探さなきゃね!)
今やる事はなるべくポイントを取る事。今の私は2ポイント持ってるから、もうちょっと集めたいね。
一つの国につき五人か五匹。私達を含めて二十の数が居るって事。チームによっては一人や二人少ないところもあるけど、基本的にはその数。
私が倒したのは一匹と一羽で、一人は横から取られた。少なくともその数はリタイア済み。
多少は減った事を考慮し、ティナを先行させる。そのまま感覚を繋ぎ、外の様子を窺う。
今まで見つからなかったここなら十分に集中して探せるね。
(思ったよりも激しい戦闘が起こってたみたい。結構ステージが壊れてるね)
周りに警戒しつつ上空からステージの様子を確認。
欠けてたり穴が空いてたり損壊はそれなり。なのに比較的静かな様子であり、既に結構な数はリタイアしているのかも。ボルカちゃん達、大丈夫かな……。
でもこの様子なら海底から地上に出てもすぐに狙われる心配は無いかな。既にゴーレムやビースト達はやられちゃってるみたいだし、追加しておこう。全部余波で消えたっぽいからあまり効果は無かったのかもしれないけど。
一度感覚を私の方へ戻し、泳いで海上へと出る。
「……居ない……よね……?」
チャプン……と小さく波を揺らし、海岸へと上がる。
一応水の影響で体が濡れたりはするけど、本物とは少し違うからすぐに乾く。生臭さも残らない。
まずは今の戦況確認かな。四チームがどんな状態なのかを知る必要がある。敵でも味方でも、なるべく味方が良いけど誰かと会って確認しなきゃね。
(魔力の気配を探ってみる……さっきや感覚が研ぎ澄まされていた時はやれたんだもん。今の私がやれない道理は無い……ハズ)
周りへの気配集中。
ハッキリではないけど、少しは分かりやすくなったかも。
あっちとそっちとあそこに誰かの気配を感じる。気配自体読み立てホヤホヤだから誰の魔力がどんな気配かは分からない。でも近くであろう三つの居場所は確認した。
行動しなきゃ始まらないし、私はそちらへ向かうのだった。
*****
「これで4ポイント……魔族と魔物と幻獣のチーム人数は二人と二匹で同じになったな。ったく、ゼルさん達が負けるなんてな。“魔専アステリア女学院”。思った以上に手強いぜ。本来なら魔族の国がストレート勝ちだった筈なんだけどな~」
『『…………』』
到達するや否や、爬虫類っぽい魔物の方と鳥類っぽい幻獣の方がやられる光景が映った。
それに4ポイントって……それくらいの数をたった一人で倒しているって訳……?
確かにより強く感じる気配の方に赴いたけど……まさかこんな強者だったなんて。ディーネちゃん辺りかと思ったのに。
「──なあ、そう思うだろ? お前らもさ」
「……!?」
心臓をギュッと掴まれたような気分に陥った。
寒気がし、ゾワッとくすぐったいような不快なような不思議な感覚が走る。
気付かれた? 確かに気配は読めるのかもしれないけど、まだ遠目から見ていただけで数百メートル先には居るよ……?
この距離じゃ音は聞こえないからティナを先行させていたのに見つかるなんて……。
相手は所得ポイントからしてもこのブロック随一の強者。一筋縄じゃいかない……!
……そう思ったんだけど、
「あ? 他国の奴等も強いし代表戦ならそれも当たり前? いや、そりゃそうだけどよ。俺達魔族の国でトップ5に入る“イルム街立アスリー科学専門学校”だぜ?」
【…………】
「いや、確かにそうだけどよ。他のチームも各国の代表ってのは分かってるが、最初に隙を突いてトドメを刺した奴等以外はちゃんと正面から戦って圧勝したんだぜ? お前達のお陰だけどな」
【…………】
「ううむ……分ーったよ。決して油断はしねェぜ」
……誰かと話してる?
姿は見えないけど、何となくそこに居るのが分かる存在。誰? と言うか、ナニ……?
【…………】
「あー……分かってる分かってる。ちゃんとすっから。言われなくても大丈夫だよ。マジで。お前は俺の母ちゃんか」
【…………】
「俺もお前から産まれた覚えはねェよ!?」
傍から見たら完全に不思議な人。何か居るかもしれないけど、独り言にしか聞こえないもんね。
『変わった人ね。あの人』
『魔族って言ってたね~』
「うん、そうだね。ママ、ティナ。しかもゼルさんと同じ学校……チームの人みたい。って、参加者的に当たり前か」
『此方に気付いているかは分からないわね。どうしましょうか? ティーナ』
「このまま様子を見ていても始まらないし、気付いていないなら不意を突いての奇襲かな。先手を取るのは有利だもん」
『ええ。ではそうするとしましょう。準備は出来てるわよ!』
「うん、ママ」
ママとティナとの会話を終え、気付かれない範囲で魔力を込める。
相手は強敵。それは火を見るよりも明らか。だったらなるべく有利を取って私のペースに運ぶ事。
ゆっくりと音を立てず、気配を消してあの人の元へ──
【…………】
「……ああ。それも分かってる。ようやく動いたみたいだな」
「──!?(まさか……やっぱり私達に気付いて……!)」
こちらの方を見やり、向こうの人は手を翳した。
すると黒く実体の無い影のような何かが私達目掛けて迫ってくる。
これはもう確定。私達が動くのを待っていたんだ……!
でも逆に好都合。方法を考えなくて良くなった今、一網打尽してみせる!
「“樹木掌底”!」
影に向けて樹木の巨腕を放ち、一掃。影が散ったのを確認。
そのまま相手へ向けて真っ直ぐと突き抜ける。相手はまた手を動かした。
「これが噂の植物魔法。大した威力だが、噂通り乱雑な力だ」
「……! 植物が……!」
それにより、相手の周りにある植物は枯れ果て、塵のように消えていった。
一体どんな力を使ったんだろう。あの量の植物を一瞬で枯らすなんて余程のもの。時間操作系の特異魔導の可能性もある。
「そして、これでお前は終わりだ。ティーナ・ロスト・ルミナス」
「……!」
瞬間、背後から先程放たれた影が迫り、私の体を通り抜ける。
さっきので追い払えてなかった……!
視界が揺らぎ、立ち眩みのような状態となり、立っておられず思わず膝を着いた。
「もう間に合わねェ。折角だ。意識を失う前に説明するか。俺は親切なんだ。倒す度にちゃんと自己紹介している。倒れる相手からは情報漏洩も無いからな」
「……」
間に合わない……確かに体調不良になったけど、これも毒か何かの一種なのかな……。確かに植物も枯れた。
相手は勝ちを確信した様子で言葉を続ける。そこまでの自信がある攻撃。せめて情報収集はしておかないと。もし気絶するとしても伝えられる術はあるかもしれない。
「俺ァバハ。“死霊人卿”であり、今の攻撃は瘴気のような物だ」
【…………】
「分かってる分かってる。お前達も望んで出してる訳じゃねェよな。けどお陰で助かってんだ。ありがとよ」
「ネクロ……マンサー……」
名をバハさんで“■霊人卿”。確か魂とかを操ったりする術師だったよね。魔法や魔術とはまた別のジャンル。呪術師が近いのかな。
なるほど。だから独り言みたいに会話してるんだ。周りには魂さん達が居るんだね。
「植物を防いだのも瘴気。意識を奪うのも瘴気。呪いに耐性が無ェとほぼ確定で気絶や失神を引き起こす。死霊達も望んでる訳じゃねェんだが、まあ霊界も色々複雑なんだ」
「そう……ですか……」
だからこんなに自信満々なんだ。謂わば治療不可の毒。ダイバースのルール上気絶に留めているけど、多分それ以上の症状を引き起こす事も可能だよね。
情報は掴んだ。何とかして回復を終え、バハさんをここで倒すか残っている仲間達に通達するか。二つに一つ。
「……にしても、随分と長い事意識を保ってんな。膝は着いてるが、一向に気絶しねェ」
「そ、そう言えば……」
「もしかしてテメェ、呪いに耐性あったりするか? 幽霊とか見た事あるか?」
「幽……霊……」
曰く、私にはそう言った事柄の耐性があるとの事。
幽霊……幽霊……。確かに旅行とか合宿とか年始とか七不思議を探す時とか、その度に不思議な経験はした事あるような……。あれが幽霊なのかは分からないけどね。
「えーと……一応かくかくしかじかで、不思議な体験は色々と」
「……マジか。つまり俺は慢心していたな。今まで基本的には簡単に倒せたから図に乗っちまってた。反省しなくちゃならねェ。……んじゃ、俺が直々に始末する」
「切り替え早いですね……でも、少し治ってきましたよ!」
「……!」
膝を着いている時、ママも地面に着けていた。つまり魔力の伝達は可能という事。
地面から植物を生やし、バハさんを急襲。彼は飛び退くように避け、影響が及びそうな物は瘴気で消し去っていた。
「チッ、我ながら情けねェニアミスをしちまった。慢心はダメだ。肝に命じておこう。世界中の強者が集うダイバースの世界大会。霊障呪いetc.様々な事に耐性を持っていたり体験している存在は居るんだからな……!」
【…………】
「……あ? オイ、そりゃどういう事だ? アイツ……ティーナ・ロスト・ルミナスに一体何が……?」
「……?」
反省したと思ったら幽霊さん達と話、何かしらについて疑問符を浮かべるバハさん。
更には私関連の何かとの事。……分からないけど、今は好機。一気に攻め立てるよ!
「“樹海行進”!」
「……! 今はそれについてじゃねェな。現在の“魔専アステリア女学院”。最警戒人物兼最高戦力はティーナ・ロスト・ルミナスだ……!」
樹海を押し付け、バハさんに降り掛かる物は瘴気によって枯れる。というよりもはや腐敗している。
これは……炎のように尽きるのに時間は掛からないし、風のように大多数を残す事もない防御力。もしかしてバハさん、私の天敵かも……。
毒から回復し、地上に上がって出会った魔族の国の主力。“■霊人卿”のバハさん。
今回では一番の強敵になるかも……!




