第二百三十一幕 辛勝
『ダリャア!』
「よっと」
「ほらよ」
「『危なっ』」
ザードの剣が振り下ろされ、アタシは炎剣で受け流して逸らす。そこ目掛けて複数の弾丸が迫り、アタシらは紙一重で避けた。
隠し玉を明らかにした途端キアーは距離を置くようになったな。
弾丸一つ一つは大したダメージにならないけど、痛いものは痛い。距離を置かれてチマチマと攻撃されんのは厄介だぜ。
とは言え肉弾戦が苦手って訳じゃないんで定期的に接近しては仕掛けてくる。あくまで遠距離攻撃の頻度が増えたって感じだな。
アタシとザードの両方狙ってるし、アタシ達も両方狙っての総取り目的。ターゲットが互いに分散しているから攻撃を躱す事自体は割と容易だ。
「“サイドフレイム”!」
「単純に両手から炎放ってるだけじゃねェか」
『初級から中級の中間程度の魔術。関係ぬるェ!』
炎を撃ち込んで焼き払い、両者は躱してザードが近くへ迫り来る。
アタシは剣尖を握って受け流し、首根っこを掴んで正面へ向ける。撃ち込まれた弾丸をザードで防御した。
「流石はリザードマン。強靭な鱗は弾丸を跳ね返すな」
『テンメェェ! 俺ウォ盾にしやがっとぅるえええェェェ!!』
「盾じゃないぞ。このまま焼却だ」
『……!』
ザードの首を掴んだまま、ゼロ距離で炎を放出。すぐに流れていく炎は突進するだけで払われるけど、逃げ場無く焼き続ければ何れザードの力が尽きるだろ。
『うぐァァァ!? テ……メェ……!』
「そうだった。一応尾もあるんだな」
アタシの腕に尾が絡まり、振り回されて吹き飛ばされる。
ただ投げられただけだからダメージは少ない。けど木々を砕きながら飛んだから木屑が体に付いちゃうな。地味にチクチクして痛い。
『熱ィじゃねくァア……!』
「だろ? アタシの炎だかんな。そして今も熱い筈だ」
『ァア? 熱っ……まだ余熱ぐぁ……あ?』
ザードが見やると、そこには長い炎が巻き付いていた。当然、それが続くのはアタシの方。
『くぉれわ……!?』
「ご名答! 焼き尽くすぜ! “フレイムバーン”!」
『うぐああああぁぁぁぁ!!!』
「この熱量……俺の弾丸が逆に消されちまうな」
魔力を込め、キアーにも邪魔されないレベルの轟炎を直接体に注入。見る見るうちに炎は燃え広がり、ザードはのたうち回る。
『どぅあぐぁ……この程度……』
「まだ耐えるか。本当にタフだな」
剣で扇ぐように焔を裂き、近くの水辺で掻き消す。割と移動してたんだな。もう海岸の近くだ。
とは言えその水辺は浅く、炎を消すと同時に全部蒸発。ザードはフラフラと体調が悪そうだ。
……ま、そろそろだよな。
『ぐ……な……んだ……? 視界ぐぁ……呂律ぎゃ……』
「呂律は元々だろー。舌出してんだから」
フラつき、剣を足場に立てて杖代わりとして膝を着く。
魔物だから違う可能性もあったけど、どうやら目論見通り運んだみたいだな。
『何……を……』
「何をも何も、自然の摂理。体の構造通りだろ」
『……?』
「だってリザードマンって変温動物だよな? 外部の熱に左右される」
『……! ……。……?』
変温動物。初等部辺りで習った事。爬虫類に居るもので、汗とか掻かないから体温調整は日陰とか水辺とか限られた場所でやらなきゃってやつ。
リザードマンは二足歩行で歩いて言語も交わす魔物だけど、その辺は変わらないらしい。実は亜人とかあまり会った事無いんだよな~、アタシ。
「戦闘では常に炎を展開してるし、海岸ステージだけあって環境もまあまあ熱帯。流石に時間は掛かったけど、ちゃんとその通りになって何よりだ」
『ぐっ……こんな……ところどぅえ……』
バタリと倒れ、光となって転移。しばらく堪えていたけど、直接的な要因はアタシだからアタシに1ポイントだ。
改めてキアーの方を見やる。
「そして次はアンタだ。横取りしないで見守ってくれててありがとなー」
「減らず口を。弾は魔力が尽きるまでの実質無制限だが、力を込めたり弾を撃つまでの予備動作はちょっとある。ザードを狙っていたらそのまま俺ごと焼き尽くすつもりだったろ。策士め」
「ハハ、っぱやるなら一網打尽が良いと思ったんだけどな~。魔力も節約出来るし。けど、ワンチャン賭けて撃ってたら0ポイントで退場しない可能性が少しはあったのに。惜しい事をしたな~」
「抜かせ。総取りは無理だったが、お前を倒して他の選手も倒せば十分に取り返せる」
常に隙を突く準備は出来ていた。それもあってポイントの奪取の邪魔をされる事無く事なきを得たって訳だ。
とは言えキアーはまだ残ってるし、他の選手もどこかに潜んでいるかもしれない。アタシ達三人はそこそこ派手に争ってたから目立つとも思うしな。
その瞬間、遠方では水の爆発みたいな物が起こり、別方向では竜巻的な物が起こった。そして気付けばティーナの張った植物類が消えている。
十中八九“魔専アステリア女学院”の仲間達だな。アタシ達より派手な戦闘になってるみたいだ。
「周りの激しさが増している。アタシ達も本格的に動き出すか!」
「既に動いているだろう」
火炎で加速し、遠距離が得意なキアーとの距離を詰める。
眼前に迫ったところで踵からも炎を放出。勢い付けた回し蹴りが炸裂!
「動きは見えてる」
「ちぇっ、そんな簡単にはいかないか」
する前にしゃがんで避けられ、タタン! と銃声が複数。連続で撃って来たな。
予備動作はあると言ったけど、予め込められた弾丸なら連射可能って訳だ。
弾に当たるよりも前に加速して避け、キアーの頭上へと舞い上がる。既に魔力は込めてあるぜ。
「“降落炎”!」
「厄介な炎魔術だ」
雷のように炎を落とし、地面を焼いて大穴を空ける。そう、地面だけを。
つまりキアーには避けられており、アタシの方へ対空ライフルが向けられていた。というか──
「……ッ!」
「反射神経も高いな。音速の数倍だぞ」
撃ち込まれていたライフルの弾丸は躱す。
速いっちゃ速いけど、代表決定戦や都市大会じゃ亜雷速とかと戦ってたんだ。避けるくらいは可能だし、直撃してもちょっと出血する程度だろ。魔力で強化された肉体の強度はとんでもないからな。
片手から炎を放出して移動。キアーの背後へ降り立つ。流石に予期していたのかいつの間にか持ち構えていた剣を薙ぎ払い、アタシとの距離を置く。
「剣なんだ。少なくとも現代兵器じゃないんじゃないか?」
「そうだな。では改めよう。俺の戦い方は様々な武器全般だ」
剣を握り、踏み込んでアタシの前へ。
武術は一通り精通してるのは当たり前か。モデルガンとか模擬刀とかだけど、キアーが見つけた最適な戦い方がそうなんだろう。
アタシも剣術はイェラ先輩の元で一年間みっちり鍛えたかんな。単純な身体能力は魔族が上だけど、その魔族を差し置いて純血の人間でありながら世界最強に匹敵する実力を有した先輩直伝の力。負ける訳にはいかないな! ……アタシは割と負け率高いけど。
「はっ!」
「よっと」
模擬刀のような剣と炎剣がぶつかり合い、文字通り火花を散らす。
剣同士の一手目は基本的にぶつかり合いだ。弾いて距離を置き、即座に詰め寄って突く。
剣と剣は掠って互いの喉元へ差し向け、見切って躱す。基本的には当たらないよな。
そのまま互いに横へ振り抜き、それをしゃがんで回避。大砲と火球を撃ち込み、アタシ達は爆風で引き離された。
「互角と言ったところか。人間の女と互角なんてな」
「そう言うなよ。ルミエル先輩もイェラ先輩も女なんだからな」
「いやそうじゃねェ。魔力による強化や先祖帰りの力とかで男女の差が無いのは大前提だが、互角だと必要以上に打ちのめさなきゃ勝てねェからな。女の顔に傷を付けるのは惨い仕打ちだと思ったんだ」
「気遣いのようだけど、そんな事を気にしなくて良いぜ~。ダイバースに出ている時点である程度の怪我や傷は承諾済みだかんな。遠慮無く仕掛けてくれ。そもそもアタシって男勝りだし、お淑やかな女に比べたら殴りやすいだろ?」
「ハッ、そうかよ。確かに顔立ちは整ってるが、美男子って言っても通じるかも知れねェ。体も全体的に慎ましいしな」
「オイ貴様。言って良い事と悪い事があるぞ。アタシが言ったのは性格方面だ。魔族って言うのはデリカシーが無いのかよ? 下心とか裏表もマジで無くて率直な感想として話すからダメージはデカいんだぞ」
「おっと悪かったな。詫びとしてこの一撃で終わらせてやるよ」
「唐突だな。いや、確かにまあまあ時間は食ってるか。そんじゃアタシも、終わらせようか」
ティーナが植物を展開してから消し去るまで十数分は経過している。アタシの体内時計だ。割と正確だぜ~?
そんなもんで、さっきまで激しかった各所の戦闘の余波も無くなったし、ボチボチ終わってるみたいだ。とは言えまだ気配はいくつか感じるから試合自体は割と続きそうな雰囲気。
何はともあれ、今の小競り合いを終わらせるのは賛成だな。
「一気に終わらせる」
「あらゆる武器の展開か。良いじゃん」
ズラッと生み出す無数の武器類。何処に仕舞ってたんだ?
そんな疑問は掻き消し、アタシも魔力を集中させる。来るのは当然最大級の破壊。試合の状況から八割くらいには抑えるんだろうけど、それでも十分過ぎる脅威になる。
アタシがやれる事は魔導で相殺するくらいだ。
「覚悟は良いか?」
「お互いにな~!」
軽口は叩くけど真剣その物。まあ相手も本当に真剣使ってくるんだけど、それはさておく。
アタシ達は数回呼吸をし、相手に視線を向けた。
「──“多纏重火器”!」
「──“ラージ・フレイムバーン”!」
お互いに込めた魔力を解放。様々な武器を触媒とし、より威力の高まった現代兵器に最大火力の炎をぶつける。
火力と火力の鬩ぎ合い。魔力からなる二つのエネルギーは辺りを大きく揺らし、巨大な爆発を引き起こした。
─
──
───
「──……さて……まだくたばってねェみてェだな……お互いによ……!」
「そうだ……なぁ……!」
辺りは粉塵に包まれ、肩で息をするキアー。それのみが聞こえる。
斯く言うアタシもまあまあ限界。八割程度であっても意識を奪うには余裕の領域だ。
お互いに結構弱ってる。全身痛むけど、この奇襲でトドメを刺せなきゃアタシの負けだ。
意を決し、アタシは粉塵の中、痛む体を動かしてキアーへ突撃した。
「“フレイムスピア”!」
「やっぱりな……!」
左右からの炎の槍。キアーは長物を取り出していなし、煙が揺れる。あの様子、これくらいは読んでたらしい。
この煙は良い目眩まし。気配は読めても辺りが魔力に包まれてるしな。アタシ自身弱ってるのもあって結構紛らわしい筈だ。
だからこの槍は陽動。本命である炎剣で終わらせる。そのチャンスは今……!
一か八か、アタシは煙に紛れてキアーの方へと飛び出した。
「ハッ、読めてるぜ。お前の目論見!」
「……!」
キアーも剣を取り出し、影の見えた方へ薙ぎ払う。キアーが切り裂いた物は、
「魔力を込めたアタシの私物だ!」
「……! 上着を……!」
中は下着だけど、まあしゃあない。後で周りの物で隠すとして、今は粉塵で見えないから好都合。
上着を放り、一か八かの賭けに出て見事キアーの意表を突く。炎剣を振り抜き、アタシはトドメを──
「だが、薙いだならそのまま攻撃に繋がる!」
「……!」
斬った体勢そのまま、片足を軸に回転。アタシの方へ剣が迫る。
炎剣は少し足りず、このままなら万事休す。……でもないぜ!
「そこだァ!!」
「……! 剣が……伸び……!」
「今まで使わなかったけど、剣も魔力! 更に力を込めれば当然伸びるぜ!」
「しまっ……!」
炎剣を横に薙ぎ、キアーの体を切り裂いた。
ま、ルール的に威力は限られるけど、意識を奪うには十分……。
「なんてな……!」
「……!」
キアーは更にその上を行った。
切り裂いたのは模擬刀。流石にダメージは入ったけど、少し浅い。攻撃体勢をそのまま防御に回したのか。
模擬刀は折れたが、武器庫であるキアーは袖に忍ばせていたモデルガンを向ける。脳天目掛けてアタシを狙う。
それによりアタシは──勝利を確信した。
「──“ファイアソード”……!」
「……!? 斬った上着から……火の剣が……!?」
「アタシは、上着に魔力を込めてたんだよ!」
炎は実体が無い。斬っても斬れず、また元に戻る。
それ故、今のアタシと同等の魔力からなる別の炎剣を収束して忍ばせていた。囮が実は大本命って訳さ。
そしてちゃんと予定通り、炎剣で仕留める。
モデルガンを構えたままのキアーは反応する事が叶わず、収束した状態から伸ばした炎剣によって貫かれた。
「……ッ!」
「……!」
その間に一発撃ち込まれ、アタシの脇腹に激痛が走る。
避ける体勢にしていたから脳天から脇腹で済んだけど……やっぱり痛いな。
「……ク……ソ……」
「本当にギリギリの戦いだったよ……最後の最後までな」
意識を失い、キアーは光となって転移。
脇腹を撃たれたアタシも意識が遠退くけど炎による治癒魔術で応急措置をし、なんとか留まった。
「……っはあ……強すぎ……これが代表戦か……」
物陰に隠れ、周りに気配が無いのを確認。ドッと疲労が押し寄せ、ペタンと座り込む。
アタシにとっても初めての代表戦。余裕アピールをしてもキツイ物はキツイな。あと何人と何匹残っているのか、考えるのも億劫だぜ。
何はともあれ、キアーとザードとの戦いはアタシが2ポイント取って勝利。体感的には20ポイントくらいだけど、人数的にそんなには取れないな。当たり前だけどチームメイトは除外されるし、そんな事は考えないしな。
アタシのダイバース代表戦、初陣。上着を失って下着姿のまま何とか勝利を収めるのだった。




