第二十三幕 ダンジョンのお人形
出口探索の為、私とウラノちゃんは魔物を探しながら進んでいた。
ティナを先行させ、私達は別方向に進む。ティナの方に居たらそっちに向かい、私達が見つけたら此方で相手をする感じ。
それで出口を見つけたらラッキー。見つからなくても手掛かりは探りたいね。
「今見つけたい魔物はスライム?」
「理想はそうだね。一番生態が分かりやすいし一番安全だから。此処には他のアンデッドモンスターも居るけど……まあ最悪それでも構わないかな」
「アンデッドモンスターの場合はどうやって出口を見つけるの?」
「アンデッドは基本的に日光が苦手。だから日の差さない場所によく居る。つまりスライムが水場の特定ならアンデッドは日の当たる場所が分かるようになるね。現状はどっちでもOK」
水辺を好むスライムを見つけたなら近くに水がある場所が特定出来て、日光を嫌うアンデッドモンスターなら日の当たる場所が分かるとの事。
スライムを見つけたら取り敢えず逃げて、その行動から出口を探すんだもんね。さっきウラノちゃんが言っていたように追ってきたらその先は水場。来なかったら乾燥地帯……つまり太陽の光がよく当たる場所。
アンデッドも然り、追ってきたらその先は陰。来なかったら日当たり良好。どっちを見つけても日当たりの良い場所が分かるんだ。
「それじゃあ、とにかく動くものがあればいいんだね! 頑張ろう!」
「声が大きい。響いてるよ。これで魔物に見つかったら好都合だけど」
ろう! の部分が反響し、反復しながら遠くの方に消えていく。
何の魔物でもヒントに繋がる。それはとても大きな事だね。私は張り切って先を行き、曲がり角を通った。
「痛……!」
「……どうかした?」
「ちょっと壁にぶつかっちゃって……」
「壁……まあ、こう言う場所は行き止まりを敢えて造ったりもするけど、運が無いね」
そこには周りの壁とは材質の違う物体が置かれていた。
レンガ作りの何かかな? ウラノちゃん曰く敢えて行き止まりを造ったりするらしいし、これもそうなのかも。なんか周りには黒い染みも着いてるし。
ウラノちゃんは壁を調べる。
「けどまあ、明らかに質感の違う物質。隠し通路的な物があっても不思議じゃないね」
「隠し通路……! なんか魅力的な響き……!」
「そう? ……一理あるけど」
何かありそうな雰囲気の壁。なんだかダンジョンらしくてワクワクしてきた!
私とウラノちゃんはその壁に触れ、何かスイッチ的な物が無いかを調べる。
すると、ちょっと高い位置に何か字の書かれた物があった。
「ウラノちゃん! これってなんだろう?」
「え? 高いわね……“emeth”……? なんだろう。常用語じゃないけど……」
ウラノちゃんがその文字を読んだ瞬間、その壁はゴゴゴゴゴと重鈍な音を立てて動き出した。
よく分からないけど、これが扉の合言葉とかだったのかな? それならラッキーかもしれない。これで新たな世界への扉が──
『………』
「「──ぇ……?」」
次の瞬間、左右の壁が私達を押し潰すように迫り、ハッとして飛び込むように躱す。
先程まで私達の居た場所の壁は砕けており、警戒しながら立ち上がって見やる。
ウラノちゃんは冷や汗を掻いていた。
「もしかしてこれ……」
「何か見覚えがあるの?」
「見覚えって訳じゃないけど……多分だけどこれ──ゴーレム……!」
「ゴーレム?」
言葉を復唱した瞬間、再び壁が上から降り注ぎ、慌てて飛び退く。
そこにはクレーターのような穴が形成され、ウラノちゃんは青い顔をしながら説明を続ける。
「ゴーレムは魔術師が造った自立型土人形の事。そうだった……“emeth”は命を与える言葉。造られて放置されたゴーレムにそれを言っちゃったから起こしちゃったんだ」
「え!? け、けどウラノちゃんが命を与えたなら言う事聞いてくれるんじゃないの!?」
「多分製作者は動いてからの命令だけ吹き込んで、直後に魔物とかに殺られちゃったんだと思う。声帯を潰されたら言葉も出ないし、形だけのゴーレムを前に……」
「……っ。悲惨……」
誰が助かる為に造り、間に合わなかった。
想像しただけでその時の光景が脳裏に浮かぶ。かなり悲惨な現場だったんだと思う。
もしかして周りにある黒い染みって……そう言う事だったのかな……。考えたくない。
『………』
「ま、また動いてるよ!? これはどうするのが正解!?」
「魔物なら生態から近隣の環境が分かるけど、一度完成したら止まるまで動き続けるゴーレム……環境も何も分からない」
「分からないから……?」
「逃げるが勝ち!」
「賛成!」
こんな怖いお人形さんとは遊べない。私達はその場から立ち去るように逃走した。
けど、まだ追ってくる!
「す、スゴく速いよ~~!」
「単純に図体が大きいからね! 大体目測で三、四メートル。その分一歩の幅が大きいの!」
「重そうな土のお人形さんなのに~!」
「数百キロから数トンはある野生動物も人間より速いでしょ!? それと同じ!」
「筋肉と土は違うよ~!」
「理屈合わせよりダッシュ!」
「してるー!」
話ながら逃げ、ゴーレムの巨腕が振り下ろされて床を大きく沈ませた。
あんなので押し潰されたら一堪りも無い! 私の干物が作られちゃうよ~!
「あ、そうだ。魔力での身体能力強化!」
「それは妙案!」
私達は体。主に足へ集中して魔力を流し、強化して駆け出した。
さっきの三倍くらいの速度にはなったかも。これなら十分逃げられる!
『………』
「わあー! やっぱり無理ぃぃぃ!」
「インドア派の私は三倍くらいになっても上がり幅が少ない……!」
「同じくぅぅぅ!」
まだ足りなかった。
ボルカちゃんとかメチャクチャ運動する子なら簡単に撒けるんだろうけど、あまり運動しない私達には鬼門。
と言うかウラノちゃんもあまり外には行かない子なんだね。なんか親近感湧くなぁ~。
「ね、ねえこれってさ……私達で倒せないかな?」
「それはゴーレムの完成度にも寄るけど……確かに経年劣化でちょっとボロボロのゴーレムなら勝ち筋はあるかも……」
「じゃあそうしよう! 倒さなきゃ先に進めないし! 本当に危険ならルミエル先輩達が助けてくれるって!」
「そ、そうだね。此処はポジティブに捉えましょうか……!」
このまま逃げ続けても意味が無い可能性が出てきた。
だから私達は迎え撃ち、道を切り開く方向に変更。魔力が分散するからティナは私の元に戻し、ママを出す。
ウラノちゃんは本を取り出した。
「……って、本? それがウラノちゃんの魔法なの?」
「魔導書。様々な魔法・魔術が書かれた本。私はそれを使う事が出来るの。エレメントに変換せず、本その物で戦う。所謂本魔法かな」
「本魔法……四大エレメントのどれにも属さない、無属性の魔法……!」
「そう言う意味じゃ貴女の人形魔法と近いかもね。属していないけど、触媒にすればエレメントも使えるところとか」
ウラノちゃんの本魔法。まだ全容は明らかになってないけど、特質な魔法ではあるみたい。
私とウラノちゃん。種類は全く違うけど特殊な魔法仲間でちょっと嬉しい。
「……何をにやけてるの……?」
「特異な魔法同士なのが嬉しくて!」
「それを面と向かって言えるのは大したものね」
ウラノちゃんは肩を軽く落として息を吐き、改めてゴーレムへ向き直る。私もちゃんとするよ!
既に眼前。目の前には岩のような巨腕が迫っていた。
「バロンさんのパンチに比べたら……お茶の子さいさい!」
ゴーレムパンチは樹を生やして受け止め、幹が拉げるけど砕くまでは行かなかった。
そう考えるとこれ以上に力を込めて付
作った樹の防壁を簡単に破壊したバロンさんの規格外がよく分かる。
普通は生身の肉体よりゴーレムとかの方が強いよねきっと……。
「これが植物魔法……魔力から創り出しているから場所とかも関係無いんだ」
「うん! 防御は任せて!」
「頼りになるね」
やった! 頼りになるって言われちゃった!
誰かに認められるのはスゴく嬉しい事。それもちょっと気難しい印象があるウラノちゃんなら尚更!
よーし! 張り切ってやってくよ!
「攻撃にも使えるよ!」
『………』
「……っ。なんて魔力出力……!」
ママを動かし、更なる魔力を込めてゴーレムへ無数の木々を打ち出した。
暴れ過ぎるとこのダンジョンが壊れちゃうから力自体は抑えてあるから完全に壊すまではいかないけど、寄せ付ける事もない!
「全部ティーナさん一人で何とかなりそうだけど、決定打には欠けるみたいだね。周りに気を遣ってる?」
「え? ……アハハ~。まあね~。壊しちゃえば簡単に脱出出来るかもしれないけど、それは無粋だと思うから。そう言う趣旨のゲームだし、ちゃんとしたいの」
「そう。それもそうね。ちゃんとルールに則って行うのは大事」
脱出ゲームで周りを壊して突破するのは一つの戦略かもしれないけど、趣旨を無視はしたくない。テーブルゲームとかでボードを破壊して勝利! は変だもんね。
だから気を遣いながらゴーレムだけを狙う。バロンさんとの戦闘を乗り越えたからか、そんなに怖くは感じないよ!
『……!』
「あ、やっぱりちょっと怖いかも~!」
無数の木々の応酬を越え、ゴーレムは私へ巨腕を振り下ろした。
やっぱり単純な力押しだけじゃこっちが押されちゃうね。寄せ付け難くはしたけど、耐久力と腕力で突破されちゃう。
だけど私が足止めしていたのもあり、ウラノちゃんも整ったみたい。
魔導書を開き、魔力を込めていた。
「──“リーディング”」
その瞬間、無数の巨大な本が顕現し、ゴーレムの周りを囲んだ。
ウラノちゃんの魔力に呼応するようパラパラとページが捲られ、次の行動に移る。
「物語。──“白馬の王子様”」
『……!』
「僕が姫を守る!」
『ヒヒーン!』
「本から……!?」
言葉を紡ぎ、囲んだ本の中から現れるは白馬に乗った王冠を被る男性。
レイピアを片手に巧みにお馬さんを操り、ゴーレムの体を切り刻む。
しかし相手は微動だにしていなかった。
「土の人形にレイピアは威力不足だったかな。物語──“魔女”!」
「ケヒヒヒヒ!」
『……』
男性を仕舞い、次に出されたのは老婆。
燃え盛る炎にてゴーレムの体は包み込まれ、水攻めによる冷水に押し出された。
そのままウラノちゃんは私の方を見やる。
「火と水で土の体を崩した! トドメを刺して! 狙い目は“emeth”の文字がある額付近!」
「わ、分かった! 行くよ、ママ……!」
『ええ、ティーナ』
熱して急激に冷やせば脆くなる。ガラスじゃないけど土人形にも適応するみたい。
私はママに魔力を込めて一際太い大木を正面に打ち込む。それによって額を射抜き、“emeth”が削れて“meth”となる。それが理由か、少し後にゴーレムの体は崩れ落ちて土に還った。
「や、やった! やったよ! ウラノちゃん!」
「わっ。だ、抱き着かないで……ちょっとスキンシップ激しいよ」
「あ、ゴメンゴメン! けどやったんだね!」
「そうだね。狙い通り“e”が消えて“meth”になった。ゴーレムを消し去る手順だね」
「そうなんだ!」
よく分からないけど、文字から魂が送り込まれているからそれを消す事で土に戻る仕様みたい。
高レベルな魔法使いや魔術師になればこんな事も出来るんだ。……そしてその人は多分、半ばで力尽きた。
「ゆっくり休んでください。名前も知らないアナタ様」
『──』
花で囲み、ゴーレムだった砂から芽吹く。
何処からともなく風が吹き、その砂は天井の穴から舞い上がった。
これでやっとダンジョンから抜け出せたんだね。何十年も前の誰かは。
「……これで終わりだね。今風が入ってきた方角はこっち。人形を先行させよう」
「うん。ウラノちゃん」
ママを下げ、ティナを出す。
感覚を共有させ、集中する為に目を閉じウラノちゃんと手を繋いで先に行く。
誰かの遺産だったゴーレム騒動。それは無事解決した。




