第二百二十八幕 土のご令嬢、頑張る。
「“土槍”!」
『細かな攻撃をチマチマと。無駄ですよ』
土魔術からなる槍を放ち、氷鳥さんを狙いましてよ。
しかし容易く防がれ、氷の暴力が私へと迫り来る。けれど問題ありませんわ。私流の戦い方それは、堪え忍んで一抹のチャンスを掴み、確実に打ち倒すと言うもの。
それを遂行して見せますわ!
『圧倒的な質量の前に平伏しなさい!』
「ご令嬢であらせられる私が、その様な醜態晒す訳にはいきませんの!」
『プライドの高さは一人前ですね』
「プライドも持てない程の小さな人間になる訳にはいきませんからね。“土爪”!」
『それでは時間稼ぎすら叶いませんよ』
切り立った土からなる鋭い爪の攻撃。周りを囲いましたが、それが大した効果を成さないのは百も承知ですわ。
大きな氷が差し迫り、私の周りを凍えさせる。
『それとも、仲間の救援をお待ちになっているのでしょうか? この乱戦。そんな事に回す手は空いていない事でしょう』
至るところで戦いが行われているのもあり、先輩達やディーネさん達の助けが期待出来ないのも承知の上。
正しく絶体絶命とも言えるこの状況。あちらが圧倒的に有利なのもそうですわね。
「“土礫”」
『小さな攻撃ですね。数撃ったところで変わりませんよ』
しかし、だからこそ私自身の成長に繋がる事でしょう。他種族に他国の方々と相まみえる事の叶う折角の機会ですもの。
今までの小技は単なる下準備に過ぎませんの!
「“上昇土流”!」
『……! 下方から……しかしこの程度の攻撃など……!』
「勿論この程度では終わらせません事よ! “土壌拘束”!」
『……! 私の美しい翼が……!』
「美しいの一言は必要ですの? 汗水流して奮闘している私の方が何倍も美しいですわ!」
『私の美しさに張り合おうなど、千年早いですね。我が種族はその美しさ故に、数百年前まで種族ごと狩られていたのですから!』
「そ、それは壮絶な歴史をお持ちで……」
何故か自信満々に申す氷鳥さん。
盛り上げた土を動かし、先程放った小技も含めて伸ばし、土の縄としてあの方を拘束する。
しかし種族の歴史を聞くとこの行為は縁起でもない気がしますわね。あくまで祖先の話でしょうけど、ちょっと思うところがありますわ。
『少し拘束が緩くなっていますね。気を使ってくれなくて構いませんよ。狩られていたのも我が種族の美しさ故。此れ即ち古来より世界に認められていた証明。当時の記憶を持つ者などおりませんし、同情される筋合いはありません。その事を引き摺り続ける方が惨め。誇りと変わらぬ美しさのみを残し、忌まわしき記憶は残さなくとも良いのです。戒めにするのは良いと思いますがね』
「そ、そうですの。その口調、他者と会う度に同じような事を言われたのでしょう」
『そうですね。特別視されるのは悪い気分じゃありませんが、それによって同情されると言うのは心地好いものではありません。己が同情出来るような立場にあると思い上がった者達が勝手にするものですから』
「それについては同意見ですわ。私は恵まれております。しかし、それを振りかざそうとは思いませんわ。仮に私がその様な立場に堕ちたとして、そのプライド故に情けなど掛けられたくありませんから!」
『貴女とは気が合いそうですね。しかし、拘束の緩みは見過ごしませんよ』
羽ばたき、土の拘束が解かれる。
見る見るうちに周りは凍結し、無数の氷柱が作り出された。
私は瞬時に状況を理解して土の壁を形成。刹那に放たれ、氷霧と土煙が舞い上がる。
このままでは破られるのも時間の問題……ですけれど、前述したように既に準備は終えていますの。
「解かれた拘束にご注意を。“多連拘束”!」
『……! 崩した筈の土が……いえ、そうですか。土魔術による土壌の遠隔操作ですね』
「そうですわ! 私は地面に触れ、ティーナ先輩程ではありませんが遠隔操作が出来ると申し上げたでしょう。いえ、私の頭の中で思っただけかもしれませんが、とにかくそれによって緩んだ拘束が更に強くなりましたの!」
『そうですか。しかし、この程度では止まりませんよ。絶対零度とまでは行きませんが、圧倒的氷結による氷点下の苦しみを味わいなさい!』
「アナタこそ! 土の重み暖かみをしかと肌に感じなさいませ!」
瞬く間に凍り付き、土の拘束が破壊される。その瞬間に次の土を差し向け、氷と土のぶつかり合いが起こる。
更に土を伸ばし、周りには霜が出来る。多少肌寒いですわね。震えたり息は白くなってますが、全然効いてませんわよ!
(そう、やれますの。このまま行けば私の勝ちですわ!)
(やれる。このまま鬩ぎ合えば私の氷が競り勝つ。毛皮の薄い人間はあの薄着で氷点下の場所に長居は出来ませんからね。ベル・ノームさん。貴女の事は覚えて差し上げましょう!)
土と氷がより強く鬩ぎ合い、周りの植物が枯れ果てる。生命が奪われ、まるで死地のように──
((──え? 枯れ果てる……?))
それはおかしい。私の土魔術に自然を枯らす力はありませんわ。だったら氷? いえ、氷なれば枯れるよりも前に凍結する筈。そもそもで霜が前兆として出来てるではありませんか。
向こうもそう思ったのか、私達の頭に“?”が浮かび上がった次の瞬間──
「──派手にやっているな。狙ってくれと言わんばかりの動き……まあ全体的にそうだが、此処が一番狙いやすかった。下準備ももう終えた。周りは土や氷によって予め魔力で整っていたからな。お前達のお陰だ」
『アナタは……!』
「誰ですの! 乙女の間に挟まろうなどと言う不届きな輩は……!」
「待て。なんか最後の方余計な言葉が入ってなかったか? 挟まろうとはしてねェし、両取りした方が勝率が上がるから待っていただけなんだけどな」
現れた方、おそらく殿方でしょうか。黒髪に色白、灰色の目。
何やら禍々しいオーラを纏っており、淡々と姿を現した。色白ですけど牙はありませんし、魔族の方でしょうか。
しかし、誰であろうと勝負の最中に割り込むなど言語道断! あら? ……いえ、確かに今回はそれがルールでしたわ。
「俺はバハ。と言っても名乗る必要は無い。何故なら名前と言う俺の情報はお前達の仲間にゃ伝わらねェからだ。お前達は今、此処でゲームオーバーだからな」
「『…………!』」
パチンと指を鳴らされると同時に何かが体を通り抜け、私の力が一気に抜ける。令嬢として恥ずべき事に膝を着いてしまい、頭が痛く、吐き気もする。目眩で視界が覆われ、何故か流れる涙と共に顔を上げて見やる。
なんと言う屈辱! 私とあろう者がこの様な表情となり、むざむざ平伏すような形になってしまうとは。
見れば氷鳥さんも力が抜けており、美しき翼を地に着けていた。
「何を……!」
「ああ。取り憑かせた。そして感覚を奪った。目眩と頭痛に吐き気、何故か悲しくなったりもするだろう。そりゃあアレだ。憑いたやつの感情や記憶。現世ってのはどうにもツラく苦しいらしい。それについては悪いと思ってな、詫びとして後々体を貸したりしてるんだ。生前に行ってみたかった場所に行ったりな。ちゃんと全員、事前に許可は取ってるからな」
「……取り……憑かせた……? それに生前とは……」
「俺ァ“死霊人卿”だ。魂を呼び出したり降ろしたりどうこうしてそうこうする。よって相手を討つ。とは言っても、基本的には肉弾戦メインだからな。じゃねェと今言ったように魂のやつが苦しむんだ。こう言った場面でくらいしか魂を呼び出したりはしねェぜ」
死霊人卿。死者の魂などを操る呪術師の名称。
バハさんとやら……まさか特異な力を操る方が参加しているとは……いえ、それが代表戦ですわね。
「思わぬ伏兵が……」
『くっ……不覚……』
「もう休め。この2ポイントは有効活用する。それに俺は主力だ。……今回の強敵はティーナ・ロスト・ルミナスとボルカ・フレム率いる“魔専アステリア女学院”だからな。なるべくストックは温存しておかなきゃならねェ。お前らだってこんな場所に長居はしたくねェだろ?」
【【【…………】】】
「え? そうでもない? まあわざわざ苦しい思いをして俺に力を貸してくれるからな。生前から変わり者だったって訳だ」
【【【…………】】】
「ハハ、だろ? やっぱりそうだと思ったぜ。けど、助かる。結局死霊を操れなきゃ持ち前の身体能力で戦うしかねェからな。バフや相手へのデバフ。頼りにしてるぜ」
【【【…………】】】
何やら独り言を話しているように見えますが、おそらく魂と対話しているのでしょう。恐るべき敵です。“死霊人卿”のバハさん。
不甲斐なく無得点で私はリタイア。後は頼みましたわ。先輩方、ディーネさん……!
意識が遠退き、私の体は光に包まれた。




