第二百十七幕 クラーケン騒動
『……』
クラーケンの巨大な脚が伸び、撓って突き迫る。
それに対して植物を伸ばして逸らし、ズズーン! と大きな振動が響き渡る。あそこに人が居ないのは確認済みだから無問題。
けれど向こうも透かさず次の脚を降ろし、広範囲を巻き込んで吹き飛ばした。
「一挙一動がとてつもない……!」
「ティーナの植物魔法のお陰で被害は出てないけど、海岸の方から離した方が良さそうだ」
「そうみたいだね……!」
「て事で行ってくるから援護頼むぜ!」
「うん!」
それだけ告げてボルカちゃんは炎魔術を片手から放出し、空中へと舞い上がって加速。
そう言えば、彼女は炎魔術も使えるから良いけどルーチェちゃんやウラノちゃんの杖とか魔導書みたいな触媒はここに無いから魔法の使用が限られちゃってるね。
現状フルで戦えるのは私とボルカちゃん、ディーネちゃんにベルちゃんくらいかな。あ、メリア先輩は箒を持ち込んでいたから大丈夫かも。
「皆様は此方に来てくださいまし! あの光球が目印ですわ!」
「落ち着く香りで冷静に行動してくださぁい」
それを他のみんなも理解しているからか、ルーチェちゃん達は触媒無しでやれる範疇の魔法を使い、避難誘導を中心に行動していた。
とても大事なこと。状況判断能力も確実に備わってるね。
『…………』
「よっと!」
一方でクラーケンへ近寄ったボルカちゃん。巨大な脚を炎を使って巧みに躱し、足から火を出して空中停止。両手に魔力を込めた。
「たこ焼きにしてやるぜ! “フレイムバーン”!」
『……!』
「おっと、ゆでダコだったかな?」
最大火力の炎を放出し、クラーケンの脚を焼き尽くした。
香ばしい匂いが辺りに広がり、なんだかお腹が空いてきた。でも脚一本じゃ少し怯むだけであり、即座に無数の脚がボルカちゃんを捕らえようと差し迫る。
「“空間掌握・抜”!」
「お、ナイス。ディーネ!」
そんな脚をディーネちゃんが空間魔術で刳り貫き、ボルカちゃんへの影響を阻止。
すぐに炎で加速して距離を詰め、火炎を込めた。
「やっぱり本元を狙わなきゃダメか! “フレイムバーン”!」
『……』
クラーケンの頭と思しき場所目掛け、爆炎を撃ち込む。
周りの海水もそれによって蒸発する程の威力であり、あれを直撃したのはかなりのダメージが期待出来る筈。
『……』
「……!」
「ボルカちゃん!」
そう思っていたけど、クラーケンは想像よりも強靭だった。
爆炎の中から脚が伸び、ボルカちゃんに打ち付ける。その一撃で勢いよく吹き飛び、海面に叩き付けられた。
あの勢いでの衝突は岩にぶつかったのと何も変わらない。大丈夫かな……。
「痛~ッ! 効いた~! 全身を魔力で包んでなきゃ骨が粉々だった……!」
「ボルカちゃん!」
海の中から飛び出し、加速するボルカちゃんを前に安堵。
戦闘中は基本的に魔力で覆っているから通常よりは耐えられるけど、やっぱり心配になっちゃうよね。
でも無事で何よ──
「ボ! ボボボ、ボルカちゃん! 水着水着!」
「ん? あー! 今の衝撃で取れちまったか。道理でスースーすると思ったぜ」
肉体的には無事だけど、水着が取れてトップレスの状態になってしまっていた。少し膨らみ、綺麗な赤ピンク色の乳頭も丸見えに……。
あの勢いだもんね……。薄い水着は簡単に取れちゃう。と言うかスースーするって……もしかしてボルカちゃんの速度に付いて来れず早い段階で取れちゃってたのかな。幸い人々は避難しているから周りには私達しか居ないけど。
「ま、知った顔で見慣れてる面々しか居ないしいっか。水着探してる暇があったらクラーケンを追い出した方が良い」
「続行するんだ……」
ちょっと離れてるので声は聞き取りにくいけど、その行動から戦闘は続行するみたい。ボルカちゃんらしいけど、遠目からでも見えない訳じゃないから植物魔法で隠しながら戦うしかないね。
植物魔法自体がボルカちゃんの速度に追い付けるかどうかの瀬戸際だけど。
「ボ、ボルカ先輩……大胆……」
「それであの動じなさ。流石ですわ」
「ディーネちゃん。ベルちゃん色々とサポートとかフォローお願いね。私もするから」
「はい……!」
「分かりましたわ!」
取り敢えずみんなでフォロー。クラーケンに一番近いのがボルカちゃんだから水着が取れちゃったのを置いといてもフォローする予定だったよ。
植物をクラーケンへ嗾け、水魔術で牽制。土魔術で脚の侵入を防ぎ、メリア先輩が箒で一気に加速する。
「ボルカちゃん! まずはあの厄介な脚を止めよう!」
「ウッス! メリア先輩!」
風と炎で加速し、二人を捕らえようと脚が伸びる。
しかし二人の動体視力からなる反応速度で躱し、いくつかの脚を絡めて封じた。
そこに迫るは不可避の空間術。
「“空間掌握・斬”!」
『……!』
絡めた脚を切断。海に落ち、大きな水飛沫を上げる。
ディーネちゃんが空間ごと切り取ったから断面も綺麗。これである程度は抑えられる。……そう思った時、
『……』
「再生した!?」
「ウソ!?」
クラーケンの脚は再生し、ボルカちゃんとメリア先輩を吹き飛ばした。
切り傷一つ残らずの再生。空間を斬ったから? ううん。関係無い。本来なら傷すら残らず再生する生き物なんだ。見れば刳り貫かれた部分も治ってる。
なんて生命力。それと同時にクラーケンに消えない傷を付けた存在は何なのかが気になった。再生力は特殊能力でも異能でもないから無効化術も関係無い。打撲も然り。あの生き物にあんなダメージを与えた存在がかつては居たって事なんだね……。
『……』
「「ティーナ先輩!」」
「……!」
考え事をしていると脚が迫り、押し潰す。
ディーネちゃんとベルちゃんの言葉でハッとして植物のガードを貼り、何とか堪えた。
今は集中しなきゃならないね。相手はそれ程だ。
「お返し!」
『……!』
複数の木々を束にし、拳のように見せてクラーケンの頭を殴り付ける。
でもこの感じ……とてつもなく重い……! 大陸相応の存在だから当たり前だけど、山よりも遥かに重い。けれどそこは魔力の込め方次第。一点に集中して力を込め、更なる植物を追加して圧倒的質量で打ち抜く。
「飛んでけー!」
『……っ』
渾身の一撃を用いて漸く海岸近くから少し遠方に引き離す事が出来た。
でも脚はまだまだ砂浜にくっついてる。あくまで頭の位置をズラした程度の認識かな。
「これは脚を斬ったりするんじゃなく、直接仕掛けなきゃならなそうですねメリア先輩!」
「そうみたいだね! まだ私達に山河を吹き飛ばす力は無いけど、目とか生物としての弱点を狙えば怯むんじゃないかな!」
「砂埃とか、アタシ達より遥かに小さな粒が目に入るだけで痛いですもんね!」
「そう言う事!」
少し離れたクラーケンの元へ、先程吹き飛ばされた二人が肉薄する。
ボルカちゃんのみならずメリア先輩の水着まで取れちゃってる……。それどころじゃないし、流石にあの距離は双眼鏡とか使っても見えにくいから大丈夫だとは思うけど……。
「“フレイムランス”!」
「“ウィンドアロー”!」
『……』
炎の槍と風の矢が放たれ、クラーケンの目と思しき場所に直撃。
大したダメージは無いみたいだけど、脚で覆ったり擦ったり嫌がってはいる様子。このままなら離れてくれるかも……!
『……!』
「「……!」」
「ボルカちゃん! メリア先輩!」
すると、海中から更なる脚が生えて二人の体を絡め取った。
一本の脚を巻かれた二人は体同士が密着し、脚の中で拘束される。
「……っ。海中にも複数の脚があったみたいッスね……!」
「そうみたい……! だけど私達の動きを捉えるって、スゴい精密な動き……!」
「どんどん締め付けも強くなってきましたね……!」
「う……ん……!」
「ん……くっ……」
「んあっ……」
締め付けが強まり、二人の胸と胸。体と体が押し合う形となって赤くなる。
このまま握り潰すつもりなんだ……! もしくは窒息狙い……タコは賢いって言うもんね。
でもそうはさせない! 私は植物を嗾け、クラーケンを狙う。……けど……自分で引き離したから間に合わない。
ダメ、このままじゃ……!
「──はあ!」
「「……!」」
「え?」
『……!』
すると、遠目で見えにくいけど海中から何かが現れ、クラーケンの脚を切り裂いた。
脚の拘束は解かれ、圧迫された事で赤くなったボルカちゃんとメリア先輩の肌の色も徐々に戻り、火炎と箒で空中に留まる。
その影は此方を見やり、海面を突き抜け砂浜で抑えていた脚も切り裂いた。スゴい速さ。
そしてそれにより、その姿が明らかになる。
「レ、レモンさん!?」
「一体何事ぞ? あのタコの化け物は?」
それはよく知った顔、ルーナ=アマラール・麗衛門さん。
褌姿で胸にはサラシを巻き、多分ヒノモト特有の水着みたいな在り方で彼女も来ていた……って事なのかな?
……あれ? だったら何で沖の方に……。
取り敢えず事情を説明する。
「実は──という事で……」
「成る程。突如としてアレが現れ、人々を飲み込んだと」
「うん。他の人達は避難させたから誰も怪我はしてないけど。……そう言うレモンさんは何故ここに?」
「うむ。そろそろ代表戦も近いからな。日の下から遊泳にて鍛練をしていたんだ」
「遊泳でって……ヒノモトから!? 一体何百キロ泳いできたの……」
「心身ともに鍛えられる良き修練になるぞ。そう言うティーナ殿らは?」
「私達は普通に……遊びに……」
「そうか。それも悪くない。鍛練や修練ばかりでは却って効率が落ちるからな。程々が一番だ」
レモンさんはあろうことかヒノモトからここまで泳いで来たとの事。と言うより、たまたま泳いでいたら辿り着いた……が正しいかな。
何はともあれ、彼女が来てくれたのはスゴくありがたい事。
「レモンさん。そう言う事だからクラーケンをせめて遠方に逃がすのを手伝って!」
「うむ、心得た。良い修行相手となろう」
レモンさんの協力を得る事も叶った。
これなら百人力。話を終えた私達はクラーケンの方へと視線を──
「ティーナ! レモン! 離れろ!」
「危ない!」
「「……!」」
ボルカちゃんとメリア先輩の声が届き、頭上には巨脚の影が。
植物魔法でそれを受け止め、レモンさんは切り裂いた。ボルカちゃん達が近くに来たという事はクラーケンも……!
『……!』
「なんと巨躯な怪物よ」
「こんな近くまで……!」
すぐ近くに来ていた。
私達は再び臨戦態勢に入り、千は軽く越える無数の脚が雨のように海岸へ降り注ぐ。
これ……マズイかも。だって一つ一つが山並みの大きさを誇る脚だから……。
「……っ」
思考が停止し掛けた緊急事態。レモンさんが来てくれたけど、こんなの止められるのかな……!?
でもそんな事は言っていられない。止めなきゃみんなが危ないから!
私達はクラーケンへ──
「「……?」」
「……?」
「……あれ?」
『…………』
向き合った瞬間、無数の脚は着弾前に停止した。ディーネちゃんの空間魔術? ううん。流石にまだこんな広範囲は抑えられない筈。
すると一本の脚がゆっくりと近付き、私達の前へ。まるで敵意が無い事を証明するかのようなそれはレモンさんの体に巻き付いた。
「レモンさん……!」
「待て。ティーナ殿。心なしか此奴に敵意は感じぬ」
「ホ、ホントだ……」
さっきのボルカちゃんとメリア先輩相手の時みたいな締め付けではなく、優しく持ち上げる感じ。そうじゃないなら即座に切り捨てているもんね。
そうなるとこの行動が意味する事は……。
『……』
「……?」
触手の上でレモンさんを眺め、そっと砂浜へ。
クラーケンは全ての脚を引っ込め、ゆっくりと海中へと戻っていった。
な、なんだったんだろう……。
「レモンさん。何か心当たりは?」
「いや……無い……が……彼奴の切り傷……我がルーナ家の家宝からなる物と近しい気がした」
「え……傷痕を見ただけで分かるの……?」
「うむ。家宝自体はいくつかあるが、間違いなくご先祖様がお使いになっていた刀傷。とは言え、剣尖はポッキリと折れてしまっているのだがな。即「すなわ」ちあの傷、刀が折れるよりも前に作られたようだ」
「そうなるとあのクラーケンに傷を付けた存在一つ……一人はレモンさんの……」
「だったのかもしれぬな。まあ、英雄よりも遥かに前の時代。彼奴が存在していたかすら危ういがな」
「…………」
だからレモンさんを見て何かを感じ、この場所を後にしてくれた。
眉唾だけど妙に信憑性があり、そうとしか思えない行為。不思議な感覚。そこへ声が掛かる。
「いやー、助かったぜレモン。って、なんだその格好?」
「これは日の下の正式な水着よ。と言うかボルカ殿。主の国では上半身は裸体のままで遊泳するのか?」
「あ、すっかり忘れてたぜ。流石のアタシも男よりは膨らみがあるしこのままじゃ恥ずいな」
「あ、私もそうだった」
「ボルカちゃんにメリア先輩……取り敢えず植物で代用品作りましたので」
「お、サンキュー!」
「ありがとねー!」
クラーケンが去り、ボルカちゃんとメリア先輩も戻ってきたね。
二人とも裸のままだったので植物魔法で簡易的な物を作って渡し、取り敢えず一段落かな?
たまたまそこにクラーケンがおり、たまたま目覚めたから起こった騒動。全てが完全なる偶然の産物って感じだったね。
何はともあれ、そんなクラーケン騒動。軍隊とかの派遣が来るよりも前に終わり、軽い事情聴衆で私達も解放された。
代表戦前の長期休暇。色々起こるんだね~。




