第百十六幕 海遊び
──“翌日・朝”。
「よくぞお越し下さいましたわ! 皆様!」
「おはよー。ルーチェちゃん」
「来たぜー!」
お祭りを満喫した翌日の朝。私達はルーチェちゃんの別荘に来ていた。
去年も来た所だね。海が近く、清涼感のある場所。
当初の予定はルーチェちゃんの家で勉強だったけど、課題も終わらせた今、予定を変更して遊びにシフトチェンジしたって訳。
メンバーは昨日の面々と変わらないよ。一応勉強自体もちゃんと視野に入れているからレヴィア先輩やウラノちゃんも来てくれたの。
「それでは早速行きましょう!」
「だな! いざ……!」
今は丁度日も高くなり、気温が上がりつつある時間帯。そんな頃合いにどこへ向かうのかと言うと、
「海だー!」
「ひゃっほー!」
海。
水着に着替え、砂浜へと駆けて行く。
でもみんな大胆な格好が多いね……。ボルカちゃんとウラノちゃんは去年も着ていた物だけど、中等部の一年生ながらサラちゃんやベルちゃんは布の面積が少ないのを着てる……。ローライズとかガンタイって呼ばれる種類の物。
レヴィア先輩はクールビューティーって感じの水着……後ろから見たらビキニっぽくて前から見たらワンピースのモノキニって言うんだっけ。で、リタル先輩はハイネックタイプ。メリア先輩は私と同じくフリルがあるフレアビキニだね。私は去年よりちょっと大きいのに変えたけど。
リゼちゃんはボルカちゃんと似たような感じの物であり、ディーネちゃんはスゴく恥ずかしそうに小さめの水着を着てた……これって……。
「もしかしてディーネちゃん。サラちゃんやベルちゃんに……?」
「は……はい……。普通にスクール水着を着ようとしていたら今朝集合前に購入されて……着替えさせられ……」
「アハハ……そうだよね……」
ディーネちゃんの性格らしくないとは思ったけど、やっぱりサラちゃん達の仕業だったみたい。
そんなサラちゃん達を含め、周りの人達はもっと大胆な服装だったりするからあまり目立たないと思うけど、本人の心情は穏やかじゃないよね。
「そう言やティーナにルーチェは水着を去年のやつから変えたんだな」
「うん。一年しか経ってないのにちょっとキツくなっちゃって……。部活動で運動はしてるから、筋肉とか付いて小っちゃくなったのかも」
「私もですわ。しかし、これもまた成長と言う物でしょう!」
「あー、はいはい。確かに成長してるなー。同じ運動量の筈のアタシは筋肉とか関係無くすんなり入ったけど……特に大胸筋」
ちょっとスンとなるボルカちゃん。
どうしたんだろう……。筋肉を付けたいけど付かないから悩んでいるのかな。ボルカちゃんの戦闘スタイルを考えればスレンダーな方が適性だと思うけどね~。
ここは親友として励まさなきゃ!
「大丈夫だよボルカちゃん! ボルカちゃんもちゃんと成長してるって(筋肉が)! 成長度合いで言えば私より上かも!」
「そうか。そうだよな。まだ中等部の二年生。今後大きくなる可能性はある!」
「大きくなる?(あ、筋肉じゃなくて身長の事で悩んでいたんだ。だったら……)そうだよ! それに、ボルカちゃんの方が私より(身長が)大きいんだからまだまだ伸びるって!」
「いや、ティーナの方が大きい筈だけどな」
「え? そうだったの!? 私気付かなかった……(今もどちらかと言えばボルカちゃんを見上げてると思うけど、私の身長の方が高くなってたのかな……? 目線じゃなくておでこの分?)」
「気付かないって……まあ自分の変化は分かりにくいか。去年の水着がキツくなってたんだろ? つまりそう言う事だ」
「な、成る程……。(筋肉じゃなくて身長が伸びたから入らなかったんだ……)だけどボルカちゃんにはすぐ抜かされちゃうと思うな~」
「そう言ってくれると嬉しいぜ。ま、まあ別に気にしてないけどな! いやマジで! ホント本当に!」
「そ、そうなんだ……」
「……貴女達。会話が噛み合っていないわよ?」
私って励ますの下手なのかな。ボルカちゃんに気を使わせちゃった。それにウラノちゃんにも噛み合ってないって言われちゃったね。反省しなきゃ。
取り敢えず話はおしまい。私達は海の方へと向かっていく。
「一先ず折角の海だ。日頃の鬱憤を此処で晴らすぜ!」
「遊泳の際の魔法や魔術の使用は安全面を考慮して禁止されてますわよ?」
「それくらい知ってるぜ。ちゃんと素の力で泳ぐさ!」
海に入り、一気に加速するボルカちゃん。
魔力の気配は感じないし、本当に素であの速度を出してるんだ。常に魔力を纏って身体能力を強化する在り方だからそれに合わせて魔力無しでも能力が向上してるみたい。
「ウチも負けませんよ! ボルカ先輩!」
「私は砂でお城を作りますわ!」
ボルカちゃんに続き、サラちゃんも海へ。本当に憧れの先輩なんだね~。ずっと後を追い掛けてる。今はまだ追い付かないけど、何れその日が来たりして。
そしてベルちゃんは土魔術でお城の作成に取り掛かる。ちゃんと柔くて安全な砂を用いてるから違反じゃないね。
「ディーネちゃんは泳いだり何かを作ったりしないの?」
「はい……。私はこうやってのんびり眺めてるだけで十分です……。それに、大胆に動くと恥ずかしいですし……」
「アハハ……だから常にタオルを羽織ってるんだ。私も暑いから濡れタオル頭に掛けてるけどね~」
露出多めの水着が為、ディーネちゃんはタオルを羽織ってビーチシートの上でちょこんと座る。
私も人に言えないね。のんびりするのが好きだもん。
周りを見ればウラノちゃんはパラソルの日陰の下で読書。ルーチェちゃんは光魔法を用いて日焼け。レヴィア先輩とリゼちゃんはビーチベッドの上で横になっており、リタル先輩はのんびりと砂遊び。
メリア先輩は水上箒でアクティビティ。みんながみんな各々の時間を過ごしていた。
「……お、可愛い子じゃん」
「ねえ君達。お兄さん達と遊ばないかい?」
「「……!」」
すると、私達に話し掛けてくる褐色の男性達が五人以上出没した。
パラソルの周りを囲まれ、全員が笑顔を浮かべている。困惑する私達へ更に言葉を続けた。
「奢るからさ。向こうで飲まない?」
「いーじゃんいーじゃん!」
「なあなあなあなあ!」
「あの……私達まだ飲める年齢じゃないので……」
「…………」
「あれー? まだその年齢になってないんだー」
「そんな格好してるのにー?」
なんだろうこの人達。言葉遣いは柔らかいけど妙に圧が強い。それにサラッとディーネちゃんの格好について話してる。
去年はこんな事無かったのになぁ……。あ、これって……。
「もしかしてナンパの人達ですか? 初めて見ました。今までそれっぽい人達が来た事ありますけど、全員ナンパする人じゃなかったので」
「へーそうなんだー。じゃあ君の初めてを貰ったって事かなー?」
「えーと……すみません。ちょっとよく分からないです」
こんな感じなんだね~。私やディーネちゃんはどちらかと言えば消極的だからちょっと苦手かも。
そもそもこんな人達に付いていっちゃう人が居るのかな? あからさまに怪しいんだけど。
「それじゃ、一緒に来てくれるんだね?」
「え? なんでそんな事に……」
「良いじゃん良いじゃん。楽しければさ!」
「ちょ、ちょっと……」
更に近付き、私達を取り囲む。ダイバースでは珍しくない事だけど、こんなに下心満載でのこの在り方は無い。
嫌だなぁ……。
「今までは人混みで話し掛けてくるのファンの人達くらいしか居なかったのに……」
「……え? それってどういう──」
──訊ねられる前のその瞬間、ザパァン! と突如として海から真っ赤な塔のような物が伸び、大きな水飛沫を上げた。
海岸を波が覆い、海で泳いでいた人達は慌てたように離れる。
もう、今度はなんなのーっ!?
『…………』
「あれって……」
そして見えた姿。まるで一つの山が海から現れたかのように大きく、丸い何か。足の形からして恐ろしく巨大な軟体生物。
あれ……本で読んだ事ある……!
「ク、クラーケン……!」
「クラーケン!? そんなものがこの場所に!?」
それは、或いはイカ。或いはタコ。
あまりにも大き過ぎるが為、その姿の全容が掴めないとされる海の怪物。
大陸一つを飲み込んだと言う逸話もあるモンスターが何でこんなところに……!?
すると私達の近くにボルカちゃん達もやって来た。
「ティーナ! ディーネ! 大丈夫か!?」
「う、うん。だけどあの生物……クラーケン……!」
「はあ!? クラーケン!? なんでそんなモノがこんな場所に!?」
「長年この近くに別荘を所有してますけれど、全く知りませんわよ!?」
ボルカちゃん達の驚きも当然のもの。そしてルーチェちゃんの別荘があるこの場所だけど、彼女も何も知らないみたい。
それにつき、ウラノちゃんが推測を話す。
「おそらく眠りに就いていたのね。あの大きさだもの。半世紀どころじゃない期間寝ていたと思うわ」
「そ、それで……確かにそれなら合点がいく……。たまたまクラーケンの寝ていた島の近くに人が集まって街を建設したんだ……。それだけの期間眠りに就いていた……」
「見れば傷がチラホラあるな。歴戦の王って貫禄だぞありゃ」
脚には切り傷の痕跡。頭にも岩礁か何かにぶつけたのか、殴打されたような傷痕があった。
それだけ長い期間生きている証拠。でもそうだとしたら傷がちょっと少ない気がするけど、一生消えないような傷を負った経験があの切り傷や打撲傷だけなのかも。
《緊急避難警報! 緊急避難警報! 海の怪物、クラーケンが出現しました! ご来訪の方々は速やかに海から離れ、安全な場所に移動してください!》
「もう避難警報が出たんだ」
「私が連絡しておいた。あの特徴からクラーケンとすぐに分かったからね」
「レヴィア先輩!」
流石の迅速な判断。“魔専アステリア女学院”ダイバース部の部長をルミエル先輩から受け継いだ先輩!
私もパニックになるんじゃなくてこんな風にすぐ対応出来るようにならなきゃね。
「と、取り敢えずどうしますか!? レヴィア先輩!」
「人が多いのは幸いともその逆とも取れる。何人かは避難誘導に当たり、残りの者はこれ以上近付けないように対処しよう。人助けの為の魔導使用は禁止されていない。ダイバースで培った経験を此処で生かすのだ。しかし安全第一。あくまで救援が到達するまでの時間稼ぎ。深追いは無用。分かったな?」
「「「はい!」」」
レヴィア先輩の対応に私達は返事をし、魔力を込める。あのクラーケンの大きさなら私達の植物魔法で対応出来る範疇。ちゃんと全員守らなきゃ!
「“樹海生成”!」
ママ達に魔力を込め、沿岸部に別の海、樹海を広げる。このまま壁にもなるし避難誘導にも使えるし、どっちの役にも立つね!
後ろでは腰が抜けた様子のナンパ師の人達が震えていた。大丈夫かな……。
「ダ、ダイバース……? それにこの出力の植物魔法……」
「……! 顔が隠れていてよく見えなかったけど……金髪に紅と碧のオッドアイ……!」
「連れている人形……!」
「ま、まさか……!」
「“魔専アステリア女学院”のティーナ・ロスト・ルミナス!!」
「だったら周りの子達は……!」
「ボルカ・フレム筆頭に……“魔専アステリア女学院”のダイバース部……!!」
「本物!?」
ああ、驚いているのはクラーケンにじゃないみたい。確かに私達って有名になったもんね~。
だけど腰が抜けてる様子だから五人以上居るこの人達は植物で縛って移動させた。
「ティーナ・ロスト・ルミナスの植物魔法に絡まれてる……」
「俺、もう体洗わない」
「いやそれは洗えよ汚えな」
危険な人達は避難させ、クラーケンの脚が砂浜に叩き付けられ砂塵を巻き上げる。
こんなに大きな相手とは戦った事がないけど、みんなが居るなら大丈夫かも。
長期休暇の海遊び。私達の前には波乱が物理的に訪れた。




